溢れる想い
わたくしは一日でも早く仕事を終わらせるべく、早速掃除に取りかかった。
まず、池回りの石やガラスの破片などを徹底的に取り除き、ハサミで芝の長さも揃える。
凸凹したところは土を入れ直し、完璧に整美した。
「…………見事ですね。」
思ったよりも早く作業が終わり確認のため来て頂いたサーラ様が、感心した様子で池回りを一周する。
合格がもらえたわたくしは、まだ日が高いうちに部屋へ案内してもらえた。
「こ……個室ですか!?」
驚くわたくしに特に反応するでもなく、サーラ様は着替えを手渡してくる。
「王宮の者と接触を控えて頂きたいので、食事もこちらで摂って頂きます。
お手洗いも浴室も全てここにありますので、業務時間外での外出は控えてください。」
(なるほど。)
(内部情報を漏らしたくないということなのね。)
そもそもレイア王子に見つかりたくないわたくしにとってはむしろありがたい条件。
しかも末端の掃除婦には過ぎた個室を用意してもらえ、大満足のわたくしはゆっくりと休んだ。
翌日。
「よし、頑張るぞっ!」
ウェットスーツに着替えたわたくしは、水の中に入る。
澄んだ水中には色んな生物が生息しており、掃除しながら心癒された。
(そういえば、昨日はリスやウサギもいて可愛かった♡)
掃除を物珍しそうに眺めていったリスやウサギを思い出して、頬がほころぶ。
「~♪」
鼻歌を歌いながら潜ってはゴミや尖った石などを拾い掃除していると、サーラ様が覗きに来た。
「楽しそうに励んでくれて、ありがたいわ。」
にこやかにそう言うと、池のほとりにあるベンチに昼食を置いていく。
初めはあまりに過酷な仕事内容に愕然としたけれど、やり始めてみたら意外に楽しいし、待遇も手厚く正直とても楽しい。
そして2日、3日とあっという間に日が進んだけれど、お妃様どころかレイア王子の姿を見ることもなく、ホッとするような残念なような気持ちになる。
「今日で終わりそうですね。」
4日目の朝、サーラ様が掃除道具を手渡してくれながら言った。
「もっと日にちがかかると思っていましたが、とても手際が良くて助かりました。
結局ひとりで全てさせてしまいましたが、むしろそちらのほうが作業が捗ったかもしれませんね。」
(たしかに。)
(人手が増えれば手間は減るけれど、そのぶんお喋りなど余計なロスが生まれてしまうものね。)
サーラ様の言葉に納得しながら、わたくしは掃除道具を受け取って、水へ入った。
それからはいつも通り、無心で作業に集中する。
「ぷはっ」
水から顔を上げ息を大きく吸い込んだ時、人影が目の端にうつった。
日が高くなっているので、お昼ご飯をサーラ様が持ってきてくださったのだろう。
わたくしは特に気にも留めず、顔に流れ落ちる水滴を手の甲で拭っていた。
「まさか4日で終わらせるとは、相変わらず優秀だな、あなたは。」
聞き覚えのある声に、心臓が跳び跳ねる。
(…………まさか…………。)
そよ風が吹き、ムスクの香りが鼻をくすぐった。
記憶に刻まれた、甘い香りと心地よい声。
五感が確信している答えを、心が否定し、逃げようとさえ思う。
「誰にも悟られずに探すのは、骨が折れたよ。」
すぐ近くで聞こえた低い声に、愛しさが一気に膨らんだ。
「色々聞きたいことがある。
なるべく夕方までかかるようゆっくり作業を進めて、今日まで王宮に泊まってくれ。」
目の端を深紅が通り過ぎる。
さらりと空気が動き、その人の気配が一瞬で遠ざかった。
ようやく顔を上げると、遠くに深紅のマントが見える。
(探していた…………。)
(誰にも悟られない方法で、探していた………。)
この仕事は、レイア王子の罠だった。
その事実に、胸が甘く疼く。
見つけられたくない。
でも、見つけてほしい。
王宮に来てからずっとくすぶっていた、その矛盾した想いが一気に嬉しさで掻き消され、愛しさに火が灯る。
もう誤魔化しきれないほど、レイア王子への想いが溢れていた。