ご老人に勘違い炸裂攻撃
「わたくし、愛人にはなりたくありません!」
握られていた手を力強くふり払うと、レイア王子が驚いた表情でわたくしを見た。
「王子殿下に無礼であろう!」
駆け寄ってきたご老人にすごまれるけれど、継母達にすごまれ慣れているわたくしは逆に睨み返す。
「王子殿下だからと、相手の意思を無視して手籠めにしても許されると言うのですか?
そんなの、あまりにも横暴です!」
わたくしがまさか言い返すと思っていなかったのか、ご老人が目を丸くして言葉を詰まらせた。
「て……手籠め?」
「そうです!
次期国王さまであろうと、強姦なんて犯罪、許されませんよ!!」
「強姦!?」
ツンとすましていたご老人が遂に、ゆでダコのように真っ赤になる。
「次期国王様に望まれれば名誉、一族の誉れなんて思ってるのでしょうが、あいにくわたくしには誉れを与えたくない一族しか残っておりませんので!」
「なんっっって生意気な小娘じゃ!
何を勘違いしておるか知らぬが、元よりおまえなどに王子殿下のお側に侍りお慰めするような名誉な大役を与えぬわ!!」
ご老人が、頭でお湯が沸かせそうなほど顔を更に真っ赤にしながら叫んだ言葉に、わたくしの怒りのトーンが一気に下がった。
「…………え?」
一瞬、その場がシンと静まり返る。
すると、堪えきれなくなったように吹き出す声が広い室内に響いた。
「あっはっは!」
ご老人と同時に、声の方をふり返る。
「レイア殿下!」
お腹を抱えて笑うレイア王子に、ご老人があたふたと駆け寄った。
「威厳に障ります!
そのように笑うことはなりませんと、常々申しておるでしょう!」
(このご老人はもしかして、王子殿下の爺や様なのかしら。)
レイア王子に、厳しいながら温かみのあるご老人のふるまいに、わたくしの怒りが少し和らぐ。
「なぜ、笑うと威厳に障るのですか?
先ほどまでの無表情より人間味があって、親しみが持てて良いと思いますが。」
わたくしが余計な口を挟むと、ご老人がこめかみに青筋を立ててこちらを睨みつけた。
「親しみを持たれるなど、言語道断!
それが、障りじゃ!!」
このご老人なりにレイア王子のことを思ってのことだろうけれど、あまりに理不尽な言葉に、わたくしはまた言い返してしまう。
「王様はひとりで政を司られるわけではないでしょう?
民に親しまれ愛される王様でなくては、王様が困った時に誰も助けてはくれませんよ!」
「王に助けなど不要じゃ!」
(ええ!?)
「…………駄目だわ。」
ご老人の言葉に、私の熱は瞬時に凍てついた。
ポツリとこぼした言葉に、レイア王子も笑いをおさめてご老人と共にわたくしを見る。
「レイア王子様。」
わたくしは跪くと、彼を真っ直ぐに見つめた。
「この方。
あなた様への愛情はとても深くていらっしゃいますけれど、あなた様にとって毒ですわ。」
「毒………。」
「はい。
とても優秀な方だと思いますが、あなた様のためにはなりません。」
「何を偉そうにっ」
「爺。」
(あ、やはり爺や様だったのね。)
レイア王子が静かに諌めると、ご老人はしぶしぶ引き下がる。
「構わぬ。続けよ。」
クラークの眼帯が、とてもよく似合っている。
(さすがクラーク。)
眼帯をつけた隻眼は、正直あまり良いイメージを抱かれない。
けれど、柔らかに鞣され、クラークの繊細で美しい細工が施された眼帯は、彼を貶めるよりむしろ彩り輝きを増す素敵なアクセサリーだった。
どんな人間のどんな意見でもきちんと向き合って聞こうとする彼の姿は、まさにクラークの作品を身に付けるに相応しい。
「怖れられるのでなく、畏れられる存在であると良いのではないかと思います。
皆に愛され、親しまれ、信頼され、でも絶対的なカリスマ性があり敬う存在。
それが国王様ではないでしょうか。」
わたくしの言葉に、レイア王子は静かに耳を傾けてくれる。
「無表情で笑顔ひとつこぼさない人に、誰が付いていこうなんて思いますか?」
わたくしがそこまで言うと、レイア王子の口角と視線が上がる。
「だそうだよ、爺。」
初めて見る悪戯な笑みに、わたくしの目は釘付けになった。
(なんて、綺麗な方なのかしら。)
うっとりと見つめていたけれど、突然ぞくりと背筋がふるえ、なんとなく無意識に後ろをふり返る。
すると、なんとあの救急箱を落としたメイドが、それは恐ろしい表情でわたくしを睨んでいた。
「っ………。」
「ああ………すっかり食事が冷めてしまったな。」
レイア王子は先程までの無機質な雰囲気でなくちからの抜けた、爽やかな空気でそう言いながら、闇い空気を纏ったメイドをふり返る。
「………どうした?」
メイドの様子があまりに思いがけなかったのか、少し戸惑った様子でレイア王子は彼女へ向き直った。
「っ…………いえ。
すぐに、温め直して参ります。」
けれど彼女はその理由を話すことを拒むようにペコリと頭を下げると、料理が乗ったワゴンを押して部屋を出ていく。
「………………。」
なんとなく気まずい空気のまま、わたくしたちは再び椅子へ腰かけた。
その空気を打破しようと、わたくしは話題を探す。
「あ………の、その眼帯、やはりクラークの物は素晴らしいですね。」
「………これがクラークの物だと、わかるのか?」
隻眼を丸くする彼に、わたくしは慌てて言い訳した。
「だ……だからといって、わざとそれを持ち帰ったのではないですよ!?」
慌てるわたくしが面白かったのか、レイア王子は声をあげて笑う。
「はははっ!
もとより、そのように思ってはいない。」
「では、どのように?」
爺や様が意気消沈してすっかりおとなしくなったのをいいことに、わたくしは核心に迫った。
「わたくし、その眼帯を誤って持ち帰ってしまったことで罪に問われ、投獄されるのだと思って参りました。
ですが、その真逆の待遇を受け、正直戸惑っております。」
わたくしの言葉に、レイア王子は小さく頷く。
それに力を得たわたくしは、素直に正直な思いをぶつけた。
「別邸に連れて来られたのに愛人にするつもりはないと言われ……では何の目的で着飾られ豪華な食事を与えられているのかと、恐ろしい思いさえしております。」
そこまで言い募ると、レイア王子は僅かに眉を下げ、哀しげな表情を浮かべる。
「………………ただ、礼がしたかっただけだ。」
「………礼………。」
「そうだ。
あなたには、助けられたからな。」
(ああ…………あの溺れていたのを助けた、礼。)
「では、この会席が終わったら、わたくしはまた元に戻るのですね。」
一度浸かってしまった温かな湯船からなかなか上がりたくないような心地で訊ねると、レイア王子は首を左右にふった。
「私は先ほど、『脱出を祝って』と言ったはずだ。」
「!」
(そういえば、乾杯の時に……。)
(わたくしの身の上をご存知だったのね。)
なぜ知っているのか、この時はなぜか疑問に思わなかった。
わたくしが蜂蜜色の隻眼を見ると、その表情が微かに和らぐ。
「あなたの希望を叶えよう。」
レイア王子はテーブルに両肘をつき、優雅に組んだ手に顎を乗せた。
「ここで暮らしたいと言うならば、この別邸は与えよう。
街で暮らしたいのならば、生活できるよう全て整えよう。
外国へ行きたいのならば、私のコネクションで不自由なく暮らせるよう手配しよう。」
(えええ!?Σ(Д゜;/)/)
あまりにも大きすぎるお礼にわたくしは戸惑い、無意識に爺や様を見る。
けれど彼はあからさまにツーンと顔を背けたまま、知らん顔をしていた。
(くそ爺!)
思わず義姉妹の言葉で心の中で罵り、わたくしは考えを纏める。
(この別邸を頂くと、管理が面倒そうだわ。)
広大な敷地と屋敷は、正直わたくしの負担以外の何物でもない。
しかも愛人と間違えられそうで、嫌だ。
(街で生活………が一番身の丈に合っていそうだけれど、義姉妹や継母に会う確率も0ではないので、万が一会ってしまった時が面倒だわ。)
別れ際のやりとりを考えると、さらに度を越した嫌がらせを受けるのは目に見えている。
(かといって、外国へ………。
言葉も習慣も環境も違うところへひとりで行っても、苦労するだけじゃない。)
結果、遂にわたくしにとってベストなお礼が絞られた。
「ならばわたくしを、王子殿下の身の回りのお世話をするメイドにしてください。」
(そうよ、労働には慣れているわ。)
(それに見合った報酬が頂けたら、自立できるもの。)
「メイド…。」
レイア王子は驚いたものの、少し考えたのちゆっくりと頷く。
「私の身の回りは手が足りているから不要だが、別邸を任せられる信頼できる者がおらず困っていたのだ。
良ければ任せたいのだが、いかがかな?」
レイア王子の申し出に、私は条件を出した。
「では、メイド仕事に不慣れな方で構いませんので、数名ご用意いただけるのであれば、お受け致します。」
慣れている人は、却って扱いにくい。
一から教える方が楽しく仕事ができそうだと判断し、レイア王子に告げる。
王子はすぐに頷き、結果この別邸にわたくしは留まることとなった。