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落としたブラジャーを持った老人登場!

翌早朝。


明かりのない屋根裏ではわからなかったけれど、ほんのり明るくなった今見てみると、昨夜持ち帰った眼帯はとんでもない物だということがわかった。


なんと、それは世界一の革職人と名高いクラークの意匠だったのだ。


クラークは自身が納得した依頼しか受け付けない為、眼帯サイズといえど家が建つほどの価値であろうことはわたくしでもわかる。


(彼は、どこか高位のご子息だったのかしら。)


父が存命で事業が繁盛していた全盛期の我が家であれば買うことはできただろう。


けれどたとえ依頼したとしても、クラークが受けてくれるとは到底思えない。


お金にモノを言わせての依頼など、クラークは受けないからだ。


きっと彼は高位のご子息で、そのお立場から隻眼であることが許されなかったのかもしれない。


だからこそクラークは依頼を受け、素晴らしく美しい眼帯を作って差し上げたのだろう。


そんな方の顎を気絶するほど殴ってしまっただなんて……。


故意ではないにしても、思った以上の重罪に問われてしまうかもしれない。


そう思った瞬間、背筋がぞくりとふるえる。


(殴った上に窃盗まで疑われたら……!)


あまりにも恐ろしくなったわたくしは、まだ夜が明けきらないものの森へ向かうべく急いで支度を始めた。


その時。


なにやら階下が騒がしいことに気づく。


こういう時は、わたくしは(おもて)に出てはいけないことになっている。


けれど夜明け前にも関わらず大騒ぎになっていることが気になり、わたくしはそっと階段を降りた。


物陰から騒がしい部屋を息を殺してのぞくと、なんとそこには大勢の騎士達がいたのだ。


そしてその中央に明らかに高位と思われるご老人がおり、その足元に継母と義姉妹が平伏(ひれふ)していた。


「っ!!」


私は思わず声をあげそうになり、慌てて口を両手で抑える。


なんと、ご老人が手にしている箱の上に、私の下着(ブラジャー)が乗せられていたからだ。


「もう一度訊くが、本当にこの家には他に娘はおらぬのだな。」


「はい。」


夜明け前にも関わらず完璧なメイクを施した継母が、美しい笑顔で答える。


「先妻の娘がおると聞いておるが。」


(……どうしてご存知なの!?)


驚く私の視線の先で、継母は全く動揺することもなく首を優雅に左右にふった。


「それが、元々わたくしとの再婚に反対していた子なので、主が亡くなってすぐ、わたくしと共に暮らしたくないと書き残して家出致しました。

捜索願いもこの通り出しておりますが、いまだ見つかっておらず……わたくし共も心配しているところなのでございます。」


継母が手にした紙を一瞥したご老人は、義姉妹をちらりと見ると下着(ブラジャー)を箱へしまう。


「では、これの持ち主はこの家の娘ではないな。」


「お待ちください!!」


慌てる継母に、ご老人は冷ややかな視線を向けた。


「何を待てと言う。

明らかに、これは娘達の物ではないであろう。」


(っぐ………。)


たしかに。


義姉妹は、豊満な肉体をしている。


彼女達の胸は、私の下着(ブラジャー)に到底おさまるサイズではなかった。


「い………いえ!

わたくしの娘達は清楚で恥じらい深い為、男性に(よこしま)な思いを抱かれぬよう実際のサイズより小さなものを身に付けさせていたのでございます。」


継母の苦しい言い訳に、ご老人は鋭い瞳を細める。


「……………娘達は、泳ぎは得意か?」


突然の言葉に、継母は初めて一瞬動揺を見せたものの、すぐににっこりと大輪の花が咲くように華やかに微笑んだ。


「ええ!

二人とも、遠泳ができるほどの腕前でごさいますわ。」


その言葉に、義姉妹はぎょっとした顔で継母の背を見る。


(たしか、二人ともお風呂でも顔をつけれないほどだったはず……。)


わたくしは、ご老人を見た。


身に付けている衣服は、どれも一流の意匠のもの。


どこかのお金持ちの執事、というよりは、その隙のない雰囲気から貴族の家令、という感じだ。


となれば、本当は泳げないことが露見したら、怒られる程度では済まないだろう。


貴族への偽証は投獄罪。


最悪の場合、財産を全て没収され僻地へ奴隷として送られてしまう。


それに、これは明らかにわたくしを探している……。


貴族のご子息を殴り、眼帯を奪ったわたくしを……。


このままでは、義姉妹がわたくしの罪をかぶることになってしまう!


たまらず、わたくしは物陰から飛び出した。


「昨夜、湖にいたのはわたくしです!」


「っな………!!」


継母が、鬼の形相でわたくしを睨んだけれど、わたくしはご老人の足元へスライディングし、平伏する。


少しの沈黙の後、ご老人が箱の蓋を開けた。


「これは、おまえのものか?」


「………っはい!」


平伏していても、視線を痛いほど感じる。


わたくしはポケットから眼帯を取り出すと、平伏したまま両手で掲げた。


「それを落とした代わりに、こちらを誤って持ち帰ってしまいました!」


わたくしが言い終わる前に、手の中から眼帯が取り上げられる。


恐る恐る上目にご老人を見ると、ご老人は眼帯の細工を確かめ、丁寧に美しい箱にそれをしまった。


「おまえは何者だ。」


冷たい声色で、訊ねられる。


「わたくしは」


「この女は、下働きの召し使いにございます!」


答えようとしたわたくしを制するように、継母が声を上げた。


「おまえには訊ねておらぬ!」


その瞬間、ご老人が険しい声色で継母を睨み付ける。


「っは……はい!」


あまりの迫力に、継母は床に額をぶつけるほど頭を下げた。


ご老人は、隣に立つ屈強な騎士から紙を受け取ると、その紙とわたくしを何度も見比べる。


「先妻の娘と、特徴が似ておるな。」


(………っ、いけない!)


このままでは、継母の偽証が露見してしまう。


そうなれば、父の血と汗の結晶である財産が全て没収されてしまう。


両親との思い出に溢れたこの家も、失ってしまうことになる。


わたくしはできるだけ冷静を装いながら、ご老人に答えた。


「わたくしは、奥さまがおっしゃる通り、この家の召し使いにございます。」


まさか話を合わせると思っていなかったのか、驚いた様子で継母がハッと顔を上げる。


「…………偽りではないな。」


ご老人が、眼光鋭くわたくしを見下ろした。


「はい。」


心の中を見透かすようなご老人の視線を、わたくしは真っ直ぐに見つめ返す。


「では、共に来てもらおう。」


そう言うと、ご老人は踵を返した。


「…………はい。」


わたくしは立ち上がると、ふり返らずに歩き出す。


「ファナ………!」


継母の小さな声に、私は足を止めた。


そしてゆっくりとふり返ると、継母と義姉妹が憎しみのこもった瞳で私を睨み付けている。


(………え?)


助けたはずなのに、なぜ憎まれているのかわからない。


思いがけない反応に戸惑って首を傾げると、継母が低く唸るような小さな声で言った。


「おまえ………王子さまの妃の座を、横取りしたわね……。」


「……………え?」


(王子妃の座?)


訳がわからず更に首を傾げる私に、義姉が嘲笑を向ける。


「お母さま、大丈夫よ。

こんな貧乳でガリガリの女なんか、王子さまの目に留まらないから。」


「そうよ。

髪の毛だって醜い灰色だし、艶もなく荒れ放題。

こんな貧乏くさい女なんか、じじいだって結婚相手に選ばないわよ。」


義妹の言葉に、継母が邪悪な表情で声を出して笑った。


(…………………。)


私は改めて自身の姿を見下ろし、そのまま項垂れる。


(仕方がないじゃない。)


父が亡くなってすぐ、わたくしの衣服は全て売り払われ、義姉妹や継母の新しいドレスに変わった。


そして、屋根裏に追いやられてからは入浴すらさせてもらえなかったので、真冬でも森の湖で清めるしかなかった。


更に食事も与えられなくなったので木の実を食べるしかなく、元々痩せていた体が更に痩せてしまっている。


そんなわたくしの唯一の希望が、おとぎ話の主人公と境遇が似ていることだった。


その主人公のようにいつか王子さまに見初められて幸せになることを夢見ることで、なんとか前向きに生きてこれたのだ。


けれど現実はそう甘くはなかった。


きっとわたくしは、厳罰に処せられるのだろう。


継母達は事実を知らないから、とんでもない希望を抱いてしまっている。


わたくしは小さく息を吐くと、眉を下げながら悲しい笑みを浮かべた。


「もう二度とお会いできないでしょうから、せめて最後だけでも『シンデレラ』と呼んでくださいませんか?」


すると、継母が大きな笑い声をあげる。


「おまえ、本当に憐れね。

あの物語、主人公の本名は『エラ』なのよ。」


「『灰かぶりのエラ』で『シンデレラ』なの!」


「年ばかり私よりとってて学がないなんて、生き恥もいいところね!」


義理の母娘(おやこ)三人に笑われて、私は恥ずかしさのあまり頬が熱くなった。


「あんた、自分をシンデレラと思い込みたかったでしょうけど、『灰かぶりのファナ』なら『シンダファナ』ね!」


義姉の言葉に、義妹が大笑いする。


「シンダファナ……死んだファナ!!」


今生の別れかもしれないのに、あまりの言われようにわたくしは呆然とした。


立ち尽くすわたくしの固く握られた拳が、小刻みにふるえ出す。


手のひらにツメが食い込んだその時。


「いつまで待たせる気だ。さっさと来い。」


聞き覚えのある心地よい声が、耳元で聞こえた。


驚くと同時に手を掴まれ、そのままぐいっと強引に引っ張られる。


反転した私の目には、翻る深紅のマントしか見えない。


もう、私を嘲る人達の顔も見えなくなり声も聞こえなくなった。

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