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旅のキオク

作者: とある精神科患者

 平成18年3月27日、大学3年生の春休みも後わずか、4月からは4年生になる。

思えば、短期大学を卒業して総合大学に編入学してだいたい1年間、あんまり心が晴れないというかもやもやしながら過ごしてきたものだ。と、いうことで今回、思い切って一人旅でも計画してみた。3月の終わりにはサークルの用事で広島に行かねばならない、その前に地元、淡路島の行った事のない場所に行ってみるのも気晴らしになるし、いい発見ができるかもしれない。私は前々から興味のあった「福良」に行ってみる事に決めた。

 早朝、私は7時くらいに起きて洲本ICのバス停まで自転車で行った。家を出発してそのまま南の方向へ、まぁまぁ遠いものの自転車で行ける距離ではある。朝のバス停でしばらく待っていると時刻通りに福良行きのバスがやってきた。今回の旅行はもちろん路線バスでの一人旅である。バスに乗っている間、私は移りゆく景色を眺めながら「春を愛する人」といったGLAYの曲やゲームBGMのロックアレンジやヘビーメタルアレンジとかそういう音楽を聴いていた。今となってはGLAYの曲なんて聴かないし当時の自分と今の自分では音楽の好みは多少なりとも違っていたのだと思う。全くもって若いというかハードな音楽をがんがん流しながらバスからの景色を眺めていた。バスは高速道路を走ってから山奥の一般道に入って南淡路を進む。途中で廃墟の建物があったりとノスタルジーな視線を持って眺める自分がいたが、やはり不気味なので目をそむけてしまった。

 およそ洲本ICから1時間で福良バスターミナルに着いた。福良バスターミナルでは少し化粧室で身だしなみなどを整え、それから福良の街を散策してみることにした。福良の街はすぐ近くに鳴門の海があるのが特色だった。暖かい春の海である。

 福良の街は平成の時代になってもほとんど昭和の時代と変わっていない雰囲気があった。洲本にはもう珍しくなった懐かしい感じのお店、古い神社や仏閣、そこには洲本とは違う淡路島の別世界があった。

 私は朝食を喫茶店でとることにした。街を歩いていると「からすま」という喫茶店が見つかったのでそこで朝食にしようと思った。店の中に入るとステンドガラスの窓がきらきらと輝いていてその外には日本庭園があった。箱一つほどの大きさの水槽には海洋の鮮やかな色の熱帯魚が泳いでいる。私は主人にブルーマウンテンを注文した。500円とやや高価だったが、せっかく福良まで来たのでというか、たまには高い珈琲も飲んでみたい気がした。口に入れたときにすっぱい酸味の味が広がった。主人は「若い人にはあまり合わない味だと思うけど・・・」と言うと、パンにバターを塗って用意してくれた。後で主人の旦那さんが現れ、「若い人だね・・・どこから来たのだい」と問われると、私は「洲本から来ました」と答えた。「学生さんかね、どこの大学?」と問われると、「広島大学の3年生になります」と答えた。「ほうほう、あの広島大学か・・・淡路島からも何人か行ったな・・・専攻、というか学部はどこだい?」と問われると、「とりあえず文学部・・・かな」と答えると「ほうほう、将来は小説家とかになるわけだなぁ・・・」と言われた。と、まぁ、こんな風な内容の会話だったように思われる。喫茶店で過ごした後は再び街を歩き始め海辺を通って港にある大きな施設へと向かった。

 施設の近くにある露店には何やら海産物などが売られていてその場で食べる事もできる。私は貝などの海産物を焼いてもらって食べた、鳴門の海の広がる港町で採れた魚介類をその場で食べる事ができるのは大きな魅力だろう。

 その後、施設内に入る。施設内では咸臨丸という遊覧船の切符が売られていたので2000円で購入した。早速、咸臨丸に乗ってみることにした、しばらくすると咸臨丸は音を立てながら港にたどり着き乗客が乗っていく。私も乗って遊覧船の外で春の海風の中、鳴門の渦潮、社のある島々を眺めながら立っていた。遊覧船は福良と徳島の間の海を進んでいく。鳴門大橋の向こうに四国の徳島県がある。どこか一人旅番組の俳優さんのように一人でぽつりと春の海風の中、遠くを見つめた。

 咸臨丸の船内は幕末時代の資料館になっていて、当時のサンフランシスコの図、福沢諭吉や勝海舟の写真などを見る事が出来た。勝海舟が和服に刀なのに何故かズボンを履いているのが印象的だった。咸臨丸は1時間ほどの遊覧を終えると再び福良の港へと戻った。

 遊覧船の次はやはり喫茶店だろうか、と、いうことで港をしばらく歩いた所にある喫茶店でリキュール入りの珈琲を飲んだ。珈琲の味は良好、リキュールとクリームがうまく味を出している。そこでの雰囲気や眺めも良い。

 その後、私は南淡公民館へと向かった。南淡公民館の階段を上っていくと、ところどころに「戦争の記憶」や「世界平和」に関する文章が目に付いた。多くの人々の記憶や願いの先にあるのが現在という「未来」、それを体験している自分という存在、それが私の「旅のキオク」だった。公民館の最上階は大きなグランドピアノのステージのある部屋だった。その入り口には「青春」という題名の文章が綴られている。誰もいない広々とした静寂の空間だった。私はその時、何かを感じたようだった。

 その年の来月で私は22歳になることになる。私にとって青春とは苦悩している若い時期を送っている自分のことだった。平和な世界にもそれはそれ自体多くの犠牲によって成り立っている、青春とはあらゆることに直面しながらも思考を巡らせ、判断力を養い貴重なことを学んでいくまさにその過程であった。

 公民館を後にして私は洲本行きのバスに乗る。こうして私の福良行きの一人旅は終わった。

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