2人の家
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―――――――、あなたがどんな所にいたとしても、あなたは私のもの。
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誰かが話している。俺は何をするでもなくただぼんやりとその話を聞いていた。そして最後の言葉は妙にしっかりと聞こえて、そこで話は終わった。その代わりに男の声が聞こえてきた。
「……ぉ………ぃ………せ…い………!」
か細いその声は俺を呼んでいる。俺は答えようと口開くが声が出ない。いや息が出来ない。
「……ッッ!!!ぶごぶぼぼぼぼぼぼ」
俺は海の中にいた。上を見るが海面からだいぶ離れているし何より息が続かない。
俺は必死に酸素を求め上へ泳ぐ、すると海面の方から声が鮮明に聞こえてきた。
「おーい!せーい!」
それは聞き慣れた俺の親父の声だ、俺を助けにきてくれたのだろうか。とにかく声のする方へ必死に泳ぐ。しかし息も続かなくなっており段々と意識が遠のいていくのを感じた。どうやら俺は間に合わなかったらしい。
ごめんな、親父。どうやら俺はここまで、だ。
「おーい、清。飯出来たからそらそろ上がれ…ってなんで溺れてんだよ!!」
「はっ!ぶぼばばばばばぼばばぼばッッ!!」
どうやら俺は風呂の中で寝てたらしい。飯が出来た親父がいつまでも風呂から上がってこない俺を呼びに来たようだ。
「ハァ、ハァ。ふう、死ぬかと思ったぁ…」
「そんなんで死なれたらたまったもんじゃねぇ…。ほら上がれ」
親父は俺の腕を掴んで、風呂から引っ張り上げた。力が強い。
「ちょ、痛ぇ!痛ぇって!力強えんだって!」
「ったく、のぼせてボーッとしてるからだぞ、早く拭いて来いよ。飯が冷めるだろ」
親父は手を離してキッチンに戻った。あんな巨漢にエプロンなんだからギャップがある。怪力は見た目通りだけど。
「あー痛ってぇー、腕イカれるとこだった」
俺はさっさと拭いて部屋着に着替えた。リビングに行くと机にはすでに親父の料理が置かれていた。サラダにビーフシチュー、赤飯というラインナップだ。親父は手を洗って席に着く。俺もそれに続いて自分の椅子に腰かけた。
「いただきます。ビーフシチューはおかわりあるからな、自分で取りに行けよ。ご飯は2杯目から普通の白飯な」
「了解、いただきまーす。っておい、なんで飯が赤いんだ」
俺は平べったいお皿に半球体のように綺麗な形の赤いご飯を持って親父に見せた。
「なんでって、お前が卵を買い忘れたんだからオムライスのオムの部分が無くなって中身がでてきちゃったんだよ」
「それについては俺が悪いからなんも言えねぇ…」
「安心しろ、ケチャップの他に鶏肉とネギも入ってる。ほら食え」
親父は俺を慰めるように料理の補足をして、食事を促す。俺はもう一度いただきますと言って食べ始めた。
飯を食べ終わってソファでくつろいでいると、洗い物をしてる親父から話題が飛んできた。
「そういや、入学の準備は進めとけよー。一人暮らしは大変だからなー」
「もう持ってくもんは大抵まとめたし、あとは制服が来りゃいいんだけど」
「そういやまだ来てねーなー。もしかしたら入寮の時に渡されるのかもな」
親父は洗い場が終わると風呂に入っていった。
今は3月下旬で、俺は4月に有名な世界政府直属の〈世界魔法魔術士育成機関第3高等学校〉に入学する。そしてその学校の寮に入って一人暮らしを始めるのだ。別に俺が凄いわけじゃない。魔法技術は人並み以下だし、頭も特段良い訳ではない。身体能力は小さい頃から親父に鍛えられた事もあって多少何とかなるけど、それでも凡人止まりだ。その学校は確かに設備や人材、全てにおいてトップクラスで数々の優秀な生徒を輩出してきたが、逆にそんなのは一握りだ。芽吹かない人達の方が圧倒的に多い。俺はその中の1人って事だ。入学する事も難しい訳じゃないし第9部まで学校は存在していて、一つ一つが規格外にでかい。そこには大量の生徒が在学している。
その世界政府直属の魔法魔術学校ってのは何のために作られたかっていうと概ね『黒魔女の遺産』を葬り去る為、簡単に言うと人類を脅かす敵を倒すって事だ。
まぁどんな学校でもモブで脇役の俺には関係無い、天才様が何とかしてくれるし、俺は人類を救う様な力もない。ただ平和に生きていたい
じゃあなんでそんな軍人の卵みたいな学校に行くのかって? そうだな、まず一つに進路は軍人だけでは無く医療や研究者など幅広く道がある、優遇されているんだ。もちろん科目ごとに分かれているものだ。今や魔法は人類には欠かせないものになっている、戦闘魔法だけでは無く色々な用途に魔法魔術は使われている。最近では人類が古くから扱ってきた科学との密接な関係、融合に着目しているらしい。
そして二つ目の理由だがこれは話さないでおく。きっとすぐ分かるだろうから。
36年前の『黒魔女襲来』からここまでで世界は大きく変わった。地形も歪み、魔法や魔術の概念が誕生し、それを利用し普及させ、文化も大きく変わった。そして人類が歴史の中で一番の軍事力を持った世界だ。
平和と自由を愛する俺にとっちゃ、生まれる世界を間違えた。
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「ふぅー」
親父は風呂から上がると肩にバスタオルを掛けて上裸のまま椅子に腰かけた。俺は本を読んでいたが、もういい時間なのでベッドに移動しようとする。そう思った時に親父が声を掛けてきた。
「清、明日からまた任務が入ってな。泊まり込みだから入学式まで俺は家にいれない。大丈夫か?」
別に珍しい事じゃ無い。仕事の都合上こうゆう事はよくある。しかしいつもは前もって言うのだが今回はギリギリだ。何か後ろめたさがあったのだろうか。入寮するまで家族で一緒にいてやれない事なのか、それとも政府直属の軍の高校に何か心配事でもあるのだろうか。
聞けば早いが、ここで大丈夫と言ってやらないと親父は不安で任務には行かないと言いそうだ。
「大丈夫大丈夫、別にここと寮がそんな遠いわけでも無いし、俺は親父と違って平凡だから上なんか目指さず、自分の命優先で高校生活を送るよ。こんなモブだったら例え魔女でも目つけられないって」
「そうか、だが俺はお前を平凡だとは思わないぞ。少し生意気だが立派な良い子に育ってくれた。お前はまだ若いし可能性を秘めているからな」
それは家族だから言ってくれる言葉。だけどそれがありがたい。
「まぁ程々に頑張るよ、軍の学校なんだからもしかしたらどっかで会うかもな。学校内だと恥ずかしいけどな」
「まぁ軍があそこを使う事もあるしな、もしかしたら、な。」
俺はおやすみと言って寝室に向かった。
俺の親父は軍人だ。しかもその名を轟かせるほどに強くて有名だったらしい。俺はあまり知らないが、今は自分の軍を持ち、指導や重要な会議にも呼ばれるほどの高い地位にいるらしいのだ。そしてその地位にいながらも未だに戦場に赴くなどその強さは健在らしい。
なぜ俺はその遺伝子を受け継げなかったのだろう。いや無理もない話だ。俺と親父は血が繋がっていないのだから。俺は親父の任務中に拾われたらしい。まだ赤子だった俺をそのまま孤児院に預けることも出来たのに何故親父は結婚もしてないのに俺を家に置いたのか。その理由を聞くことも出来たが、何となく聞かないでいた。でもどんな理由だろうと俺にとっては小さな事だと思う。ここまで不器用ながらも男手一つで俺を育ててくれて、身寄りの無い俺のたった1人の家族になってくれた事に感謝しかないのだ。
とにもかくにも俺は親父みたいに強くもないし才能があるわけでもない。俺じゃあ人類は守れない。だけどそれでいいと思う。俺はたった1人の家族である親父さえ守れればそれでいいと思う。凡人でいい才能がなくて良い、世界ではなく1人の家族を守れる力さえあればいいと思える。
それがこの学校に行くと決めた1つの理由でもあった。
朝、起きてリビングに行くと机には『行ってきます!』と書かれた紙が灰皿とともに置いてあった。
ご愛読ありがとうございます。
そろそろ世界設定や人物紹介もしたので物語を進めていきたいと思います。
何か至らぬ点がありましたらご報告お願いします。