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第五章 想定は崩されるもの。安全地帯もまた然り。


 ともかく、俺の『軍略』は神として昇華され、世界の欠陥を改善した。

 戦うしかなかった、と言う状況から、あるいはその選択肢を保ったまま『解り合う』と言う新たな可能性を手に入れたのだ。

「ま、不服は無論出るだろうけどな。原住民とも色々話して、部外者として出来る最高をやったと、俺はそう思ってるよ」

 それが万人にとっての救いではない、なんて事は解っている。

 だが、『相手を理解出来ないルール』なんて理不尽は少なくとも間違いだ。だからそれを廃するため、俺達は戦った。

 それが、俺が居た間、あの世界で起こった事の顛末だ。

 だが、

「そこに、問題が起こった、と?」



「ええ」

 リィンは、部屋の角位置にあるソファに身を預ける俺の膝に、頭を乗せた寝姿のままでそう答えた。

 いわゆる膝枕と言うヤツだ。

 茶も飲み終わり、少し話も長くなってきたので、体制を変えよう、とリィンが提案し、それに従った形。

 ソファに座った俺の膝に何故か頭を落としてきた彼女を一旦は引き剥がそうと思ったのだが、

「ぐっ……」

 と言う可愛げのない唸りと歯軋りが聞こえたのを不憫に思い、親心で受け入れてしまったのが今の現状だ。

 リィンは俺の膝の上、片手を額に乗せて熱い吐息を零しながら、

「それにしても、ああ、最っ高……匂いが濃いのが良い……ジーンズ生地に染み付いた汗と、後……そう、ええ。何がとは言わないけれど……近いわ……近い……」

 そろそろ普通に痴女だしさっきから執拗に寝返りを打ってうつぶせを目指すのを止めるのがかなりしんどい。

 攻防の際に鏡餅のようになっている胸が左右に流れては返すのもかなり毒。

「隙がないわ……流石パパ……」

「話進めてくれるか?」

 そうね、との言葉があったので少し安心する。ターン制と言うヤツね、と言う言葉の意味は解らなかったが、

「パパが去った後、世界はそれなりに平和だったわ。問題なく『神さま』は機能を始め、相互の理解は滞りのないものだった。『軍略』は『加護』と言うよりも一つの『教え』と言う軸になって、世界を無事に纏め上げ続けていたの」

「……面倒も多くあっただろうに」

「ま、そこはパパの残した『軍』が優秀だった、て事ね。ママも頑張った。禁断症状抑えるため、パパの写真使って休日には回数が二十にも及んだと言うのだから素直に尊敬だわ」

 ちょっと俺の想定と頑張りの方向が違ったが、まあストレスもあったと言う事だろう。免罪符にはならんが。

「で、百年。私も吸血種として成人、って所で、問題が生じた。いえ……発覚した、のかしらね」

 こちらでは一年でも、あちらでは百年。いわゆる『乱れ』と言うヤツだろうが、いざ聞いてみてもやはり現実感は沸かないものだ。

 しかし、

「……いや待てよ。て事はリィンお前、今百歳か?」

 少女の身動きが止まった。



 それは完全な停滞だった。

 停止。

 無風。

 凪。

 まるで呼吸すらも忘れてしまったかのようにリィンの瞳から光が失われ、

「…………百歳のおっぱいは嫌いかしら」

「いや、そんな懇願するように言われても……」

 嫌い、な訳はない。何せその山肌は見るだけで瑞々しくふわふわしていると解るし、仰向け姿勢で左右へと肉が流れても張りがあるせいで引き戻しが強く、寄せて返す度に双の丘が波に揺れる。

 指で弾いたなら、きっと肌を渡る波紋と、それが消えて形を取り戻していく様をまざまざと観察することが出来るだろう。

 強い。いや語彙が何処に行った。エロい。それはストレートすぎないか。

「……き、嫌い、ではないが……」

 良く考えればシャロも年齢の事は最後まで教えてくれなかった。長寿系種族において、これはきっと禁句だったのだろう。

 だから、

「いや、悪かった。ちょっとデリカシーが無かったな」

「ホントよ。次言ったら背中流し合いっこの刑だからね」

「……それ、親子としてのヤツだよな?」

「勿論。他に何があるの?」

 ガタン、と言う音と共にベッド脇の棚からローションの津波が出てきたのは何故なのか。

 片付け、

「……とにかく、俺が去って、百年。……何があった?」

「ええ。それは一言で言うと……パパが神さまになっちゃったのよ」



「……ん?」

 それは、良く解らないことだった。

 あの世界における『神』とは、つまり『軍略』に意思を与えて残してきた『彼』だ。

 それを差し置いて、既に世界から去っている俺の話題が何故出てくる? しかも百年後?

「……それは……クランベリー家の話ではなく?」

「確かにウチの玄関ホールの正面には十メートルサイズのパパの肖像が飾られていて夜になると目が光るギミックが私とママ以外に不評だけど、違うわ。そう言う事じゃない」

 突っ込んだら負けだ。と言うか不評なの?

「百年。パパのした事が伝説にまでなっちゃうのには、充分な時間だと思わない?」

「それは……」

 リィンが言う。

「パパの英雄譚は各国の軍部だけでなく民草の間にも確かに広がっていった。当初それは『平和への道しるべを作った『軍』、その優れた指揮官』として語られていたけど」

 なにやら体が痒くなってくる話だが、まあ事実だ。正に俺達は『平和』を目指して戦ったのだから。

「ぶっちゃけ、長く語り継ぐにはインパクトに欠けたのよね」

「……そんな元も子も無い……」

 だがまあ、仕方のない事であるとも思う。

「結局、パパは今『法則を書き換えて世界を救った英雄』として唯一神のように語られるようになったわ。実際の『神』がいるのだから言葉としては『英雄』のままだったけれど……実質、それは『彼』をも上回る概念上の『神』よね」

 そして、それが一般人の間に広まっていった。

「その結果『軍略』がどうなったか、解る?」

「……『軍略』?」

 何故ここで俺の加護の名が出るのかと、そうも思ったが、

「……そうか。本来俺の『軍略』は、俺を信頼した者に作用し、与えられる力」

 つまり、

「俺の『軍』は『軍』のみならず、俺を信仰する全世界の力の『総和』を得るに至ったのか」

「その通り」

『軍略』は、戦う意思を持たない一般人にまで戦力を与えはしない。

 だが、戦意なき『一般人』もその『力の総和』には加算される。

 その結果として、何が起こるか。

「……各地で小規模ながらも行われていた紛争、小競り合いにおいて、その影響は如実に現れたわ」

 何せ彼らが振るう力は、本当に『世界全て』だ。

 それが戦争に使われればどうなるか。

「勝つにしろ負けるにしろ、その被害はそれまでと比べ物にならないものになってしまった。怪我人も死者も相応に増え、双方のダメージを莫大化させた。……それのせいで、競り合っていた勢力が両方とも瓦解してしまうなんて事も今では珍しくないわ」

 そして、

「その状況を良しとしなかったのが、『革命連合』。彼らは世界に満ちた『軍略』を消し去り、己の指導者である『共有』の加護持ちを後釜に据えるため、『神』を討ち取った、って訳」



「……それは確かに、想定外、だな」

「でしょ? と言うか誰にも予想出来なかったわ。『軍略』による戦力がここまでのものになっちゃうなんて」

 思えば、先ほど機動兵士を相手取り発揮してみせたリィンのあの力こそが、本当に『世界全て』を含めた『軍略』の力だったんだろう。

 契約も何もなく、ただ己の膂力だけで鉄の騎士を屠る力。

 確かにそれが『軍』に関わる個人全てに宿るとなれば、戦争一つが及ぼす被害は計り知れないものになる。

 それこそ、神に逆らってまで成す『正義』に足りうると思う。

 だが、

「いや待て、それで『神』が討ち取られたなら、それで終わりじゃないのか?」

 あの状況で『軍略』を消し去りたいと考える者が現れる事自体が、既に想定外だ。

 その油断があったのなら、まあ『あいつ』が倒されてしまうのにも説得力は出る。

 だが、それが実際成されたとあれば、『軍略』は革命軍の思惑通りに世界から消滅したはずだ。

 ならば話はここで終わり。

 革命軍の『共有』が世界を満たし、俺が作ったのとはまた別の平和が産声を上げる、はずだ。

 だがリィンは首を振った。

「それでは消えなかったのよ、『軍略』は」



「……『あいつ』、生きてるのか?」

 俺に今『軍略』の力は残っていない。そのほとんどを『神』として残してきたからだ。

 その状況で『軍略』が消えていない、とあれば、それはそう言う事だ。

 だがリィンはまた首を振り、

「それはない。ママもそう言っていたし、革命軍もそんなミスをするはずが無いから」

「なら……」

 残る可能性は何なのか。

 考えるが、

「解らないの。何故『神さま』が消えたのに『軍略』が消えないのか」

 そして、

「それが出来ない彼らの計画は頓挫。まさに暗礁に乗り上げた、ってところね」

 話がここまで進み、ようやく俺にも理解が出来た。

 俺がウエンストンの機動兵士に襲われた理由。

 それはつまり、

「ヤツらは、俺が未だ『軍略』を保持していると、そう考えているのか」

「本気でそう思ってるのかは解らないけどね。でも、残る可能性として最も高いものが、それだった」

 つまり、

「パパは今……世界をも壊す『軍略』と言う法則、それを産み出した元凶として、追われているの」



「……大丈夫? パパ」

 言って、こちらの膝に頭を乗せるリィンが、俺の手を取ってきた。

 引くでもなく押すでもない、たた載せられるものとして伝わってきた体温。

 それは、意図せぬ闘争を巻き起こしてしまった『軍略』に対して俺が抱いた思いを、溶かすようにして優しく包み込んでくれた。

 溶かし、消し去るのではない。溶かし、俺の中に組み込むものとして、だ。

「……お前、本当にシャロの娘なんだな」

 もはや疑っていた訳ではないが、感覚としてそう感じた。

「……そうよ。そして、パパの娘。私にとってのパパはこの世にたった一人で、パパにとっての娘もまた、私ただ一人」

 そう言って顔を綻ばせ、と言うかもはやニヤニヤしながら、

「ああ、そうね……私、パパにとって一人きりの娘なのね……ふふ、ふ。えへへ。なんか興奮してきたわ……」

 何がどうなってそうなったのかは解らんが、愛情表現だと思っておくことにしよう。

 そうでなきゃ俺の娘ヤバいヤツになってしまう。もう充分ヤバいが。

「ねえ、パパ……キスくらいなら、ハァ……ハァ……いいのでは、ごくり……ないのかしら……?」

 何がいいのか解らん。親子なので当然なし。と言うか、

「お前、何でそんなに俺の事……その……なんだ? 好き、なんだよ?」

「言い方が童貞臭い……」

「うるせえな。シャロ以外に経験無いんだから仕方ねえだろ」

「嘘、何それ可愛いかよ……しゃぶってあげたい……」

 何を? と疑問に思うが、それを問う前にリィンが言った。

 穏やかな光を目に湛え、

「……私がパパを好きなのは、当然の事よ? だって生まれてこの方、ずっと教えられてきたんだもの。パパがすごい人だって事」

「……シャロからか?」

「皆からよ。ママもそうだし、『軍』の人も。パパを悪く言う人なんて一人も……ああ、『神さま』結構パパ嫌いだったけど」

 あいつの事は知らん。

「優しくて、強くて、諦めなくて。でも戦場に立ったら二秒で血煙になるから守ってあげなくちゃいけない仕方のない人だった、って」

「あいつら……」

 実際そうだったのだから仕方がない。

「ママの好きなパパ。皆から信じられたパパ。世界の人々に、信仰されるまでになったパパ」

 段々とまた体がかゆくなってくるが、リィンの独白は止まらない。

「私のパパは、誰よりも素晴らしい人なんだと。そう教えられ、パパだけをオカズにして今まで生きてきた」

 何か混ざったが、

「……洗脳臭くなってきたな……」

「自分の意思で信じる人を選ぶ洗脳を、恋と呼ぶのよ? そして」

 己の胸を両手で寄せ、指の食い込みをフリースと柔肉に刻みながら、

「パパがおっぱい好きって聞いてね? マッサージとかカルシウムとか色々やってたら……こんなんなっちゃった」

 ゆさりと揺らし、

「責任とってくれる?」

「……何が?」

 思うが、谷間に寄せられる視線は逸らしようがない。

「少し揉むくらいなら、大丈夫なのでは……?」

「俺の台詞っぽく言うな」

 と、

「……え?」

 不意に、少女の顔が疑問に歪んだ。



 彼女は俺の膝から頭を起こし、

「嘘、なんで。ここ『居城』よ? ……ああ、『共有』か……面倒な加護ね、ホント」

 リィンはそのままいくつか言葉を落とすと、体ごとこちらに向き直った。

 ソファの上で対面した俺の右手をその両手で取り、頭を伏せ、心底落胆した様子で、

「ああ――――――……、もぉ――少しだったんだけどなぁ――……」

 何がだ。まだ耐えられた。全然もう少しじゃない。と言うか、

「何だ。どう言う事態だ、一体」

「え、っとね」

 と、そこでリィンが、何故か顔に笑顔を咲かせた。

 ――見た事あるヤツ……。

 思い出すのは、シャロの顔だ。

 彼女が何か不都合な事を言い出す前に、いつも冗談めかして浮かべていた笑顔だ。

 それに対し俺は嫌な予感を感じつつ、しかしつき合わされ、結果として国が一個落ちる。

 ーーいやなんで国落ちた?

 過程を思い出せないのは何故なのか。

 ともかく、それがシャロではなく、リィンのものとして浮かべられ、

「……言ってみな」

「わお。解ってる感じ。愛よね……」

 早く言え。

「えー、っと」

 右掌で玄関扉を示し、

「敵襲」

 リィンの突撃槍が壁を突き破ってきて、彼女の掌に収まった。

 同時に『何か』の衝撃を受けて天井が吹き飛んだ。

 それらの音が、完全に重なった。


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