第四章 挟まなければ死んでしまう病。ネタを。
「……うん、そうね。そうだわ。確かにその通り」
言いながら、少女が俯き加減に何度も頷きを作る。
「パパに、もう『軍略』の力はほとんど残されていない。それこそ搾りカス。空っぽ。もう出ない。赤玉……」
何かがズレ始めたが、恐らく俺が反応するのも良くないのだ。
だけど、とリィンが言って、
「それでもパパは私達の世界の英雄よ。力が無くとも、確かな実績がある。それでも狙われるのは、絶対にあり得ない?」
「……あり得ない、とまでは言わないが……」
俺がしたことは、言わば『世界の平均化』。
戦い、争うしかなかった世界にそれ以外の選択肢を示し、その上で同じテーブルに着かせたのだ。
だが、元から平和だった国にとって俺はただなくてもいい『種』を運んできた厄介者。
恨まれる心当たりなど星の数だ。
しかしそれでも、
「俺を狙うメリットは、それでもやっぱり薄い、と思う。もはや俺は『こちら』に帰ってきてしまっているんだから」
ならば、
「俺を殺して、それで『あちら』で何が変わる? 何も変わらない。それなら『軍略』を預けてきた『あいつ』を狙った方がよっぽど……」
などと言ってはみたが、それこそあり得ない話。
『あいつ』を狙う、と言うことは、全世界を敵に回してしまう、と言うことなのだから。
だが、
「それよ」
俺の話を聞いていたリィンはこちらの腕を取ったまま深く頷き、
「パパの言う『あいつ』。私達の世界に残してきた『神さま』。彼は、討ち取られたわ。ウエンストンを含む新興国家、『革命連合』によって」
「……え?」
それは、俺にとって信じられない事実だった。
討ち取られた? アイツが? それは、
「……死んだ、と言う事か?『神』が?」
「ええ。私はそこに居合わせた訳じゃないんだけど……ママと、『軍』の幹部の人達は確認した。間違いなく『神』は討ち取られたと、そう言っていたわ」
「それは……」
だがそれは、世界に残してきた『軍略』が失われてしまう事を意味する。
そんな事をして何になる? 誰が得をする?
いや、それ以前に、
「あり得ないだろう、そんな事。そんな事をすれば……」
「ええ」
リィンは言う。
「パパの『軍略』は、世界を変えた。『触れ合わなければ意思が伝えられない』という欠陥を持ったあの世界を根本から塗り替え、その戦いの歴史に幕を閉じた」
だが、
「その流れから切り離されようとも。己の意思を叶えようとした人達が居たのよ」
あの世界は、一つの法則を持っていた。
互いに『直接触れ合わなければ意思を伝えられない』と言う、馬鹿げた法則だ。
隣人とのコミュニケーション程度ならば問題は少ない。
だがこれは、『集落、集団での生活』がほぼ不可能、と言う、世界として致命的な欠陥であったのだ。
ただ一つの例外は、『纏め上げる性質を持った加護』による『集団』の支配。
それにより、『加護持ち』の元に集った住民達に限り、相互の理解を滞りなく行う事が出来るようになったのだ。
ーー世界の黎明期。当初はそれで、問題なく『世界』は回っていた。
あの世界は、大半が海だ。
時折に大きな島が浮かび、人々はその閉鎖された世界で『加護』持ちを領主に据えた。
そうする事で、互いの『理解』を可能にした集団生活をどうにか営んでいたのだ。
だが、
ーーそのうちに人は、『外海』に興味を持ち始めた。
人工の増加。
資源の枯渇。
土地問題。
当初はそれなりにお互い気を配り合い、少ない資源を分け合って暮らしていたが……その内、限界が訪れたのだ。
しかもそれは、いわゆるシンクロニシティと言うやつだろうか。あるいは人類とは似通った方向に進化していく、と言うことなのか……多くの島々において、『そう言う流れ』がほぼ時期を同じくして始まってしまったのだ。
だが、海の向こう。即ち他の島、とは『己の領主』とは『別の領主』の支配する島。
『纏める』加護は距離を隔て届かず、当然、相互の理解も得られない。
そんな中で彼らが行ったコミュニケーションは、極シンプルなものに集約していった。
戦争だ。
『加護』による支配を受けた『集団』同士による、闘争。
勝ち、迎合し、相手の集団を己側の『加護』の元に吸収してしまえば、『意思の疎通』は滞りなく行う事が出来るようになる。
そう。
彼らは戦いを経ることでなければ、他者を信じる事が出来なかったのだ。
そうしてそんな中、俺はあちらの世界のとある国に呼ばれ、転移を果たした。
英雄の力を持っていたからだ。
すなわち、
ーー『軍略』の加護。
俺の側の世界では『法則』が足りず発揮されなかった力は、あちらの世界の法則において最上級のものだった。
己を信じて付いて来る者の力を倍化し、更にその累積を全体へと再分配する力。
要は、『俺を信頼する』と言う対価を払った俺の『軍』に、『力の総和』をまるごとインストールすることが出来たのだ。
当初は召喚を行った『国王』の元で振るわれるべきだったその力。
だが結局、俺は俺のための『国』を立て、ありとあらゆる外海の向こう――『世界』へと討って出た。
その全てを、俺の『軍略』の元に束ねるために。
世界の全てを一つの『加護』に束ねてしまえば、もはや相互の不理解は起こらない。
無論、平坦な道ではなかった。
『ちょっと世界平和のために俺に迎合しませんか!』などと言ってもそれは相手の国には通じず、結局は戦争を介して取り込む事しか出来なかったからだ。
いくつもの国を見て、いくつもの国を束ねていった。
そうする事で『合計戦力』をも増大させていった俺の『軍』はやがて無双の国家へと成り上がり、遂には世界の全てを『軍略』に纏め上げた。
そうしてようやく、人類は相互の不理解と言う欠陥から解き放たれたのだ。
「無論、その状況を面白く思わないものもいただろう。本当なら己が成し遂げるはずだった野心を、余所者が完遂しちまったんだからな」
言う俺の腕には、リィンがその胸を押し付けるようにしてしがみ付いている。
――シャロと同じ……。
サイズの話ではない。かつてのシャロもまた、俺がこう言った話をする時、傍らでこうして肌を寄せてくれていたのだ。
こちらの心境を察して。
「……勃たないわね……」
何か言っている気もするが、我慢しているので当然だ。あ、谷間に汗が伝っ……。
「お?」
ズボンの皺です。皺なのです。
話の続き。
「……だ、だが、いくら文句があってもそれを表明するヤツなんて現れるはずがない」
「……何故なら、それはつまりパパの『軍』を裏切る事を意味するから」
つまり、
「俺の『軍略』の『再分配』。それを全ての国が得ているからこそ、世界は平等のテーブルに着くことが出来た」
だが、
「『それ』から離れる、ってのは、つまり『それ』を手放す、って事だ」
そしてそれは、折角成し遂げた『完全理解の世界』からも離れてしまう事を意味する。
あらゆるものから孤立し、相手の言葉も己の言葉もどこにも届かない世界。
『軍略』の加護から離れ、戦力的にも他国との間に水を開けられる。
そんな理不尽を享受してまで成すべき正義などありはしない。そう思ったからこそ、この形での『平和』を俺は目指したのだ。
戦争をするのもいい。互いの矜持をぶつけ合うのもいい。世界は『軍略』の元にあるのだから戦力的には同条件だ。
だが、そこには常に話し合いの余地があり、相手の思惑を理解する事も、それを受け入れる事も出来るのだ。
それこそが世界のあるべき姿だと。俺と俺の仲間達は信じ、そして成し遂げたのだ。
「そんな状況の中で、何故……『革命連合』なんてものが興る?」
興したくても興せないような状況を、俺たちは作り上げた。だからこそ俺はその役目を自ら閉じてこの世界に帰ってきたのだ。
「それは……ある問題が起きたのよ」
「問題?」
だがリィンは俺の疑問には答えず、
「その前に、一つ確認よ、パパ」
そう言って、こちらの目を下から覗き込んできた。
「パパは、世界を纏める『軍略』は個人が持っているべきではないと考えた。だからそれを捨て、元の世界に帰る決断をしたのよね?」
それは事実だ。
「ああ。俺が成し遂げたかった平和ってのは、『戦いの無い世界』じゃない。『互いの感情を理解し合う』事の出来る世界だ。その理解が及ばなかった時、相容れなかった時。その時は戦争すればいい。じゃなきゃ片方が永遠に割を食い続ける事になる」
だが、
「そのためには、世界を纏め上げた『軍略』は『加護』であってはならない。結局はそれを持った国の独裁世界になっちまうからな。故に……俺は俺の『軍略』を、変えることのできない『法則』として固定出来ないかと考えた」
つまり、
「『軍略』を『加護』と言う縛りから解き放ち、『意思』を持った神に近しい存在として俺から分離する。そうする事で、『相互理解』と『戦力の均衡』は、もはや触れる事すら出来ない『世界の法則』にまで昇華されたんだ」
思い出す。
何の力も持たず、何の知恵も持たず。しかしだからこそ純粋で、誰にも優しかったあの男の事を。
『軍略』に宿らせる意思の元となった、あの男。
――いや、優しい、ってのとあの男は少し違うような気も……。
「………………」
「……な、何でそんな嫌そうな顔してるの? 嫌なことあった? おっぱい揉む?」
言って、リィンが己の胸を掻き抱くように寄せて上げた。
その動きによって、閉まりきらないフリースの襟部分からふわふわの肉が零れ落ちそうになっているが、
「……一応真面目な話なんだからちょいちょい挟んでくるのやめないかホントにお前」
「え、挟……い、いきなりね……まあ良いけど。待ってローション出すから」
シンク下の収納からローションが『だばぁ』と出てきたがどんな世界観だこれは。
「あー、出しすぎちゃった……あ、違う。『ふふ、いっぱい出たね……』」
言い直した結果として棒読みになったがいいのだろうか。
指の弾きと共にローションがしまわれる。
リィンがこちらに向き直り、
「で、……なんだっけ?」
「お前……」
呆れるが、まあこれは確かにシャロの娘だ、と懐かしくもなった。