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第二章 大きい。いや機動兵士の話だ。おっぱいではない。


 家がある。

 小さくはないが、シンプルなデザインのものだ。

 赤い屋根と白い壁。様々な色のペンキを塗り散らしたような配色を持つのは正面玄関で、側面の壁には暖炉か何かの配管らしきものが横付けされている。

 背景として瞬くのは夜空だ。

 先ほどまで俺が居た新宿の街と違い、そこには満点の星空が輝いていたが、

「……あれ、俺が子供の頃に考えた星座だ。『午前ライダーDX座』」

 何とも懐かしい。主人公が仮面で正義執行するタイプの勧善懲悪モノなのだが、主武器が月光取り込んで放つロマン砲なので毎週朝帰りになるのが評判悪くて三ヶ月で放送中止になった。

 今思えば『ベルトがボリュームアップして動きづらい』と言うのが原因のピンチ回が三ヶ月で四回あったのも結構問題だったんじゃないだろうか。

「そうね、半分はパパだからね、私。そう言うの、そこら中にあるんだわきっと。後で探してみましょうか」

 言う少女の背が、二メートルの突撃槍を玄関脇に置いてこちらに振り返る。

「……」

 今俺が居るのは、背景に夜空を持った、直径百メートル程の惑星の上だった。

 唐突に異世界極まる演出だが、別に『渡って』きたわけではない。

 ここは、シャロやリィン、吸血種が種族特性として持つ『居城』の内部だ。

 ーーシャロのものとは随分と違うが……。

 足裏をふわりと受け止める芝生の上にあるものは、平屋の一軒家とそこへ至る石畳。

 それと小さな噴水や、枝からブランコを下げた巨木などだ。

 他、良く見れば人形やバケツ、スコップなどと言った子供の玩具のようなものがそこかしこに散乱している。

 が、それらは目を凝らすと消えてしまったり、逆に傍らに突然現れたりしていて随分と忙しい。

「小さいんだな、シャロのと比べて」

「おっぱい?」

「君は俺を何だと思っている……」

 と言うかむしろリィンはデカい。シャロは……。

 思い出し、

 ーーうん、そうだな。やめようこの話は。

「ママの『居城』はまた特別だからね。それに私は半分人間だし」

 言って見上げた星空を、俺もまた倣い、見上げた。

 どこまでも続く架空の空と、そこに浮く小さな惑星。ちょっと現実離れした空間だが、実際現実でないのだから仕方が無い。

「……シャロの時は、結構時間掛かったぞ、俺が『招待』されるまで」

「ママツンデレだからね。最初以外は『招待』されずとも自由に出入り出来るようになったでしょ?」

 むしろ『扉』が勝手に開いてこちらを吸い込んできていたのも今となっては良い思い出だ。

 だが、

「良いのか? 俺は確かに君の父親のようだが、初対面の男に見せるようなものでもないだろう」

 吸血種の『居城』は、いわば自室に備えられた机の引き出しのようなものだ。

 本人が持つ無意識、原風景や心象風景、趣味嗜好と言ったものがそのまま具現化するので、赤の他人を迎えるような類のものではない。

「大丈夫よ、パパだもの。大腸の奥だって見せられるわ」

「例えが気持ち悪い」

 想像したら絵面がすごい事になっているが、この娘ちょっと大丈夫だろうか。倫理とか。

「それに、あのままじゃパパ、家まで帰れないでしょ? 私が守ったげてもいいけど……ま、こっちのが安全だし」

 言われ、思い出すのは、俺がこの『居城』へと招待されるまでの間の事だ。



 新宿の雑居ビルの裏通り。

 見えるのは車線すら無いほどの狭い道と、エアコンの室外機を回すビルの壁。

 左側にあるのは、元は動物だったであろう何かのオブジェだけが残された夜の公園だ。

 その中において突如もたらされた、かつて一度別れを得たパートナーの言葉。

 それを俺は、こめかみを押さえながら必死に噛み砕こうとしていた。

 だが、

「はい、じゃあ、ファーストスキンシーップ」

 打ちのめされる俺に構わず、こちらの腕にリィンローズが己の腕を絡めてきた。

 シャロとは似ても似つかない豊かな胸が歪み、その温かさがこちらの胸に触れてくる。

 随分と小柄である故ドレスの上から谷間が覗けてかなり扇情的な光景が広がるが、

「本当は大きい方が好きだった、ってのはマジなのね?」

「……待て、それはシャロが言ったのか?」

 ーーバレていた、だと?

 いや、しかし俺の誤魔化しは完璧だったはずだ。背中側から彼女の下着を外しながら「大きさじゃないよ」と慰めた時の笑顔と言葉を思い出せ。

 ーーこちらを向くことなく、月明かりの下、銀色の髪をベッドの上に流し、極わずかな頷きだけを作り、その小さな口を動かして、

「『仕方のない人だわ』、とか言ってたかなー」

 あかんこれバレてるわ。

 今度会う時は何か乳製品を差し入れしよう。吸血種なのでイチゴオレだ。意味はないかも知れんが。

 しかし、俺と彼女しか知らないその言葉を正しく再現出来た、と言うのであれば、

「……君は、本当に俺とシャロの……?」

「そうよ。言ってるじゃない。だから私はここに来たんのよ、パパと結婚するために、ね」

 それとも、

「何か証拠がなきゃ、私が『そう』だと解らない?」

「……証拠」

 彼女の素性が本当に言葉通りのものなのかは、正直判別が難しい。

 しかし、先ほど機動兵士を穿ってみせたその身体能力が俺の『軍略』の影響下にあるのはどうやら間違いないようだ。

『軍略』は俺の『軍』に働く力。

 故に、少なくとも敵ではないことだけは確実。

 ならばその言葉には多少信憑性も出てくるというものなのだが、

「……君が本当に俺の娘だとするならば、シャロにネトラレ属性があった事を受け入れなければならない……」

「ネトラレって何?」

 知らなくていいです。しかし、

「証拠、って……何かあったりするのか? 客観的に解るヤツ」

 あれば官軍。なければ無いで、別に不都合がある訳でもない。

「うーん、そうね。私ママとあんま似てないんだけど、種族特性として身体スペックとかは結構受け継いでるはずなのね?」

 胸を見るが、「それは例外」と流されてしまった。そして、

「だから、確かめてみれば解るんじゃない?」

「何を?」

「具合。中の」

 それ間違ってたら俺どうなるの。

 一回奥に出せば解るって! などと騒ぐ少女にどうしたものかと思っていると、

「あ」

 と、リィンローズが唐突に表情を止めた。

 何が、と思うがその表情は、

 ーーああ。

 戦闘態勢に入った時のシャロに良く似ていた。

「……御免、パパ」

 言い、少女がこちらの頭に手を添える。

 そして、

「は?」

 少女の細腕として信じられないような膂力が、かき寄せるように俺の頭を抱きかかえた。

 結果として顔の下半分が胸に埋まり、

「!」

 鉄を穿つ音が、月光と共に舞い降りた。



 それは、かつての戦場で俺が幾度となく聞き及んだものだった。

 騎士を討つ音。鎧を断つ音。

 またそれは機械兵を斬り砕く音で、敵の牙城を崩す際に響く音でもあった。

 即ち、戦いの始まりを告げる鉄の激音だ。

 ーー敵襲……!

 見れば、俺の頭を左手で抱えたリィンローズが、右手に持った突撃槍を頭上へと掲げ持っている。

 単なる膂力が鉄塊をあやすようにして保持し、その穂先が導かれたのは天空への突き立てだ。

 上。そこに見えたものは、

「……機動兵士……!」

 先ほど俺を襲ったものと同型。動力を異世界法則に頼るために、軽く、機動性に優れるが、反面強度に問題を抱えた量産型だ。

 その、プレートアーマー然とした腹部分が、リィンローズの穂先を受けて花弁を咲かせるように圧壊している。

「……上からの襲撃……音もなかったのに、よく気がついたな」

「おっぱい大きいから」

 関係あるのだろうか。

 機動兵士は、槍に貫かれたまま動かなくなっていた。手足をだらりと垂らし、そこから零れたであろう数メートルサイズの剣が俺の左側に落ちて、

「!」

 突き立った。

 アスファルトがささくれ立ち、下から赤色の土が顔を出す。

「……おおう」

「大丈夫パパ? 私の胸の谷間の匂い嗅いでていいよ?」

 嗅いだら少し落ち着いた。

 と、

「……」

 地面に刺さった剣の向こう側。

 面積にして二百平方メートルも無いような深夜の公園。

 先程まで何も居なかったはずのそこから、まるで湧くようにして、

「……三体目!」

 鉄騎の襲来が、みたびの剣閃を放ってきた。



 それは、突き立った剣ごと俺の背を食い、そのままリィンローズの身をも断ち切る横薙ぎの一閃だった。

 機動兵士の三メートルの巨躯が右手を振るい、サイズに似つかわしくない残像を引いて剣閃が下弦の月となる。

 俺の『軍略』の主たる力は、こちらの世界では効力を発揮しない。

 しかしそれに付随する『把握』の効力は、こちらの判断を助けるものとして視力と思考の高速化を助長する。

 ――ん?

 いや、そうだ。俺の『軍略』はこちらの世界では『許容法則』が足りず、発揮されないはずではないのか。

 しかしこの少女、リィンローズはこのように巨大な突撃槍を、ペンでも回すように行使する。

 吸血種にしてもこれは過剰な膂力だ。

 ーーならばこれは……?

 と、異世界で培った知識と経験が高速で回り始めるが、

 ――なんだろう。

 よく解らんが、とにかく今は剣だ。

「……リィンローズ!」

「リィンでいいわよ!」

 言ったなり、リィンの右腕が降るように振るわれ、

「――」

 結果として、俺の顔が更に深く胸に埋まった。



 リィンの左腕が俺の頭を抱き、掲げていた右腕を前へ下ろしたのだからこれは自明の理だ。

 アスファルトの砕きと共に彼女のバックステップがこちらの身を連れ去り、恐らく回避自体は万全に成された。

 だがこれはちょっとかなりいけない。

 何せ柔らかいし匂いが甘い。

 唇が肌に触れていてその味すらも感覚出来るので、結論言うと今俺は五感の内四感がおっぱいだ。

「ん……」

 埋まりが強くなった事で頭上から声が漏れ、須く五感が完成した。



 私は、己の槍を振る。

 隠語ではない。確かにパパの槍は現状ママのもので二時間後には私のものになっている予定だが、今においてはそうではない。

 正面、私たちが直前まで立っていた場所に、アスファルトを叩き打った敵の剣が転がっていた。

 回避と同時に打ち据えた迎撃が、正しく敵の腕を弾いた結果だ。

 一方、敵の本体は街路樹を挟んだ公園側にて移動を始めており、

「ちょっとパパ、ここで待ってて!」

 胸に埋まった彼を引き剥がし、先に潰した機動兵士の陰に立たせてあげた。

 その際に胸肉が『ぷるん』となって結論だけ言うと母から引き剥がされた子犬のようなパパがすごい可愛い。連れ去りたい。

 いや、そうではない。連れ去りたいのは事実だがそうではない。

 今は機動兵士だ。

 スリーマンセルの三体目。移動を始めていたそれが左側の公園からこちらへ飛び出し、彼我の距離二十メートルで止まった。

 もはや剣を持たぬ丸腰。武器のあるこちらが有利に見えるがしかし、

 ――契約機構……!

 機動兵士が、クラウチングスタート姿勢に沈む。

 その右腕が、夜空への掲げと共に赤熱を帯びた。

 テスタメンタ・ガバメント。ウエンストン式の機動兵士は内部機構を他世界に頼る仕様だが、隊長機においてはその右腕に自国産の攻撃契約を課しているのだ。

 その内容は、戦い、討ち果たした『相手』によって変わるが、これは、

「……『大空洞』の『空絶竜』……!」

 契約相手としては最上級。

 遠隔任務に投じるにはリスクが高いはずだが、きっとそれ程の騎手が操り手なのだろう。

 見る内、その腕が外装をパージして陽炎を広く放つ。

『中身』を持たぬはずの機動兵士だが、その右腕においてだけは内側に骨格フレームと導線ワイヤーが仕込んであった。

「……上物ね。撃破されたら事じゃない?」

 答えはなく、代わりにパージされた外装がアスファルトに金管の音を立てる。

 ――向こうの指揮官は、『共有』の加護持ち……。

 きっと燃料はそこから供給しているのだろう。

『伝える』と言う事に欠陥を持つあの世界において、パパの『軍略』並みに強力な加護だ。

 それこそ国の一つや二つ興ろうと言うもの。

 だが、

「……舐めないでよ! こっちのパパは、マジ世界征服成し遂げた伝説のパパなんだから!」

『軍略』の加護は、自軍の力を倍化した上、その力を累積させる。

 そしてその力を、自身が『味方』と認める者に再分配するのだ。

 つまり、

 ーーこの身には、パパを通じてあの『世界』丸ごとの力が宿ってる……!

 故に、

「――」

 私は、紅の突撃槍――『千華万閃』を腰溜めに構え、

「!」

 その穂先を、一息と共に振り上げた。



 俺は、彼女の力を目の当たりにした。

 機動兵士の残骸、その陰からの視界だ。

 リィンが相手取った機動兵士、その三メートルもの巨体が、右腕に赤熱を構えたのも見えていた。

「契約機構……!」

 知識としてしか知らないが、『王国』から付いてきてくれていた俺の側近も使っていた力だ。

 知る限りその効力と驚異度は十人十色だが、アレは戦闘系としては十二分以上の『力』を持っている。

『大空洞』の『空絶竜』。

 ぶっちゃけ友達なのだが、契約相手に国や所属の差別は無い、と言う事だろう。

 いや、まあ、もっとも、

 ――今度会う時は土産持ってってやらん……!

 感情は別。俺子供だし。十九歳の高校生、と言うのがどう言う扱いなのかは知らんが。

 ともあれ、機動兵士だ。

 赤熱の契約。

 詳しい効力は解らないが、その力が放たれれば付近一帯が焦土と化すくらいのモノはあるだろう。

 そう言う意味の熱が、陽炎を帯びながら無限に高まり、その己を自覚していくのだ。

 だがリィンローズはそれに怯みすらせず、むしろ上等と言った勢いで眉を立て、

「……舐めないでよ! こっちのパパは、マジ世界征服成し遂げた伝説のパパなんだから!」

 ――ん?

 いや、ちょっと待て。

 確かに俺はあっちの世界では色々やって帰ってきたが、

 ――世界征服、ってのは、どう言う事?

 不理解が嵩み、疑問が沸くが、しかし状況はそれを待ってくれない。

 機動兵士が、竜の力を秘めた腕を鳴らした。

 それが降ろされれば、少女ごと一帯が蒸発する。

 何とかしなければならない。しかしこの身にもはや『軍略』は片鱗しか残されておらず、そうでなくとも戦いに赴いていたのはいつも俺以外の『誰か』だったのだ。

 ――一か八か……!

『旧友』に助けを求めるのも悪くはない。久しぶりに会いたいと、そうも思っていたところだ。

 だが、

「!」

 迸るものは、確かな感覚として去来した。

「……なん……!」

 少女、リィンローズだった。



 その小さな身に、似つかわしくない程の力が宿る。

 弓を放つ前の弩弓のように、蓄えられた『それ』が一気の開放を得ていくような感覚だ。

 これは間違いなく、

 ――『軍略』? いや、しかしこれは……。

 この世界で『軍略』は発揮されないはず。

 しかし実際として、それに反する事実が少女の体に単純な力として集まっていく。

 しかもそれは、異世界で生活した三年間、一度も見た事が無い程の巨大なものだ。

 俺の『軍略』は、仲間の力を強め、束ねる。

『軍』と国の大きさこそが仲間の力。

 その意味で言えば、これは確かに、

「……世界丸ごと、って程の……」

 そして、弓が解き放たれた。

 少女の穂先が、鮮烈されたのだ。


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