第9話 逆鱗に触れる、とは目上の人を怒らせたときに使う。
結論から言えば、俺は間に合わなかった。
背中は捉えていた。
だが、俺より一歩先に職員室に飛び込んだ西山は、直後に廊下にぶっ飛ばされた。
「おいおい、いきなり何すんだ?」
どうやら寝ていたらしい。目をこすりながら職員室から出てきた。
起き上がった西山は先生を睨みつけると、
「教師が生徒に暴力振るっていいと思ってんの!?」
「人の寝込みを襲うような奴に言われたかねーよ。なんだ榎本、おまえもか?」
悔しいが、ド正論だ。
「いえ、俺は西山を止めに」
「何だこいつ、授業のことでキレてんのか? でもおまえらは花田先生が担当だろーが」
「そっちの授業だよ! みんなぼろぼろにやられてるじゃん!」
「……俺の授業に文句があんのか?」
両者の視線が火花を散らしていると、
「小宮山せんせー……、って西山さん!?」
花田先生ナイスタイミング。
「どうしたの? 授業のときはそんな怪我してなかったけど!?」
「俺がやりました。寝込みに殴られそうになったので」
「花田先生! こいつ辞めさせられないんですか!?」
西山が花田先生に詰め寄る。
「嫌です、こんな担任!」
「そっかあ。小宮山先生もやり過ぎですよ~」
おお、何と平和な雰囲気。
このまま解決に向かって――
「じゃあ、小宮山先生と勝負する?」
信じた俺がバカだった。
◆◆◆
「能力を使った戦闘は禁止されていますので、別の何か競技にしましょう。審判はわたしがやります。榎本くん。協力お願いね?」
しまった。この人こういうノリが好きな人か。
「ではまず、両者の要望を聞きましょう。西山さんからどうぞ」
「じゃあ、うちが勝ったら、こいつをこの学校から辞めさせてください」
いきなりハードルの高い希望だ。そんなことできるわけ
「いいですよ」
いいの!?
「では次に、小宮山先生」
「いや、特にないですけど」
花田先生はニヤニヤ笑うと、
「でも折角ですから」
「じゃあ、俺が勝ったら、こいつの退学で」
「では、西山さんが勝ったら『小宮山先生の辞職』。小宮山先生が勝ったら『西山さんの退学』。両者異存はないですね?」
西山がコクコク頷く。キツツキか。
「では、勝負は放課後に行います。私と榎本くんで準備をするので、二人は昇降口前に来てください」
◆◆◆
教室に戻ると、みんなが心配そうに待っていた。
真田が開口一番、
「おい、どうだった?」
「隣の花田先生が勝負の場を作ってくれた。大丈夫。戦闘はしないらしいから」
俺の言葉に、みんなが胸をなで下ろした。
よほどあの授業が怖かったらしい。
西山はみんなの輪の中に戻り、「ぜってー勝つ!」と意気込んでいた。
ここ数日で、男子の仲も深まっている。
伊藤も、真田の尽力のおかげか、いじめられている様子はない。
車座になって昼食を食べる。
大山がさっきの様子を尋ねてきたので、ありのままを説明した。
「小宮山も、西山が勝ったらいなくなるのか」
「さっきみたいな授業ずっとやられたら、身が持たないって」
「西山ー! がんばれー!」
男子のエールに、彼女は親指を立てて応えた。
「……まずいな」
「ああ、そうだな」
「やっぱそう思う?」
大勢の喝さいが、伊藤、真田、俺の言葉で静寂に変わる。
「……ちょっとそれどういう意味?」
西山がズカズカと歩み寄ってくる。
静まりかけた怒りが、再びくすぶり始めていた。
「いいか? あいつは『視界に入ったものをぶっ飛ばす』。さっきの授業で、目を合わせてない生徒もやられたんだ。つまり奴に見られたらアウト」
身を持って体感した伊藤が説明する。
おなじく真田が、
「逆に言えば、視界にさえ入らなかったら、能力の餌食になることはない。逃げ回ってる間見てたけど、先生の死角にいた人間は飛ばされなかった。あいつは自分の能力について、嘘は言ってない」
「じゃあ、いいじゃん。視界に入らなかったらいいんでしょ?」
西山はそういうが、今回の勝負は真正面からのガチンコではない。それは花田先生が保証していた。
もっとも、100%とは言い切れないが。
しかし、西山が見落とした部分は、早いうちに警告した方がいい。
「寝込みを襲ったんだろ? そのとき先生はどうやって寝てた?」
「え? 普通に突っ伏して――」
今度は、彼女も、他の人間も理解したようだ。
「本当に寝てたら、視界に入らないおまえに気付くと思うか?」
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