記憶
孤独になった。
ただ暗闇のなかに、ただひとりでさまよっている。なにも起きることなく時間だけが過ぎていく。ここへ来てどれくらいの時間が経ったであろうか、これが死なのだろうか。
ただひとりで暗闇のなかに閉ざされていた。誰もいない、声をあげても返事はない。睡魔もおきなければ、食欲もわかない。俺自身はここにいるはずなのに、生きている実感がこれっぽっちも無かった。
孤独には慣れていた筈だった。だが、今はただ寂しくてたまらない。誰でもいいから話がしたい。誰でもいいから声が聴きたい。
「うっぐ、うぅ。」
俺は涙をこらえた。泣き叫んだところで状況は変わらないというのに、涙を流すのをためらった。
「泣いた所で、何かが変わるわけじゃねぇ、何としてでもここから抜け出してやる。」
そうだ、こんなところで立ち止まるわけにはいかない。出口は必ずどこかにあるはずだ。そもそも俺は死んだわけじゃない。まだ肉体は生きていて、きっとまだ戦ってるはずだ。何としてでもこの暗闇から抜け出して帰るんだ、現実へ。
「勝手にどこへ行くんだ?」
背筋が凍った、声が聞こえたのだ。さっきまであんなに願っていた自分以外の誰かの声なのに、どことなく聞こえた声は冷たく鋭く感じた。
「え?嘘だろ。」
「嘘ではない。」
「お前、勝手にどこへ行く気だったんだ?」
俺は放心状態に陥った。冷たい声の主は女性のような成り立ちだが、人間とは言いにくいような感じがした。
「なにを呆然としている。どこへ行く気のかを聞いているのだ私は。」
「わからない、ただじっとしていられなくて。」
「そもそも、あなたは一体?」
「私の名は、名は、...」
彼女は自分の名を口にしようとするが何故かためらった。すると逆に。
「人に聞く前に、まず自分から名乗ったらどうだ。」
この時、俺はあることに気がついた。彼女を見たときの緊張感はすでになくなっていたのだ。
「俺の名前は。」
あれ?...俺の名前ってなんだっけ?