第62話 動き出した計画
僕たちが邪魔に入るのを警戒しているのか、あの日以来ウロボロスが僕たちの前に姿を現すことはなかった。
僕たちは牧場の仕事をする僅かな合間の時間を使って、ウロボロス探しをするようになった。
森や、山など。あの巨大な蛇が隠れていそうな場所を、レッドに乗って探して回った。
山の麓に住む人たちにも、ウロボロスを見なかったかどうかを訊いてみたりもした。
しかし、結果はふるわなかった。
世界を破壊するものが現れたことを本能で感じ取っているのか、牧場で暮らすエルたちは何だか落ち着きがない。
物陰に隠れたり、忙しなく辺りを見回したり、鳴いたりしている。普段は先を争うように食べている神果の量も、心なしか減った。
僕は、皆を落ち着かせる方法を知らない。
皆の世話をしながら、声を掛けるしかできなかった。
しかし、三日後。遂に、事態に変化が起きた。
僕たちの元に、ヴォドエルが現れたのだ。
「神界に『蛇』が現れた」
ヴォドエルは挨拶もせずに、いきなり本題を切り出した。
「『蛇』はラファニエルの支配下にある。奴の命令で、本殿を襲撃するつもりらしい」
本殿とは、神界を治めている創造神を始めとする多くの神々が住んでいる宮殿らしい。
言わば神界の心臓部のようなものであり、此処に何らかの問題が起きると神界は混乱してしまうというのだ。
「ラファニエルの狙いはおそらく本殿の占拠だ。本殿を乗っ取り、神界を支配するつもりなのだろう」
それは多分、世界征服のようなものなのだろう。
そんな大それたことを狙っていたのか、彼女は。
そのために僕を日本から召喚して、世界を再生させ、封印されていたウロボロスを目覚めさせた──
彼女の計画の片棒を担がされていたのだと思うと、何だか悔しくなった。
ヴォドエルは右の人差し指をこちらに向けてきた。
指が指し示す先には、エルがいる。
「もはや猶予はない。今すぐそのエルを神界に送れ。『蛇』を倒し、ラファニエルの計画を阻止しなければならん」
「あの蛇のところに行けるのか」
エルはヴォドエルをまっすぐに見つめて、言った。
「私を蛇の元に連れて行け。今度こそ仕留めてみせる」
「メネも行くよ!」
ヴォドエルの目の前に飛んでいって、メネは自らの胸に手を当てて主張した。
「メネは、ラファニエルを説得したい。あの優しかったラファニエルがこんなことをするなんて何か理由があるんだと思うの! それを知りたい!」
「説得など無駄だとは思うがな」
ヴォドエルはメネにちらりと目を向けて、ふうっと息を吐いて、胸元で印を切った。
ヴォドエルの隣に、丸い姿見のような円盤が現れた。大きさは人間一人分くらいで、虹色に輝いている。
「神界との道を繋いだ。エルよ、此処を通って『蛇』の元へ行くがいい」
「分かった」
エルは頷いて、円盤に向かって歩を進めた。
円盤の表面はエルの全身を飲み込んでいく。
幾分もせずに、エルの姿は僕の目の前から消えた。
続けて、メネが円盤に飛び込む。
エルの時と同じように、メネの姿も円盤の中に溶け込むようにして消えていった。
後に残ったのは僕一人。
僕に静かに目を向けて、ヴォドエルは言った。
「……ただの人間が神界に足を踏み入れることは許されていない。お前は此処で待っていろ。あのエルが無事に『蛇』を倒せるように祈っているのだな」
「──待って」
ヴォドエルが円盤を消そうとしたので、僕は慌ててそれを止めた。
僕は一呼吸置いて、彼に申し出た。
「僕も……行きたい。その通り道を、僕にも使わせてほしいんだ」




