第56話 遂に生まれた
生命の揺り籠に卵を置いて、二十日目。
遂に、卵に変化が起きた。
ことりと音を立てたかと思うと、ぴしっとてっぺんに大きな罅が入ったのだ。
「メネ! 生まれる!」
僕は大声で家の何処かにいるメネを呼んだ。
メネが慌てて飛んできて、僕の右肩に止まった。
僕たちが見守る中、卵はどんどん罅割れていく。
欠片がぽろりと落ちて、中からエルの手が覗いた。
それを見た僕は、思わず目を丸くした。
え……これって……
「……人間の……手?」
罅割れの間から見えたのは、人間のものとそっくりの手だった。
ぴしぴし、ぱきん。
卵はどんどん割れていく。
そして、遂に、中にいたエルが姿を現した。
それは──大きさこそ小さいが、紛れもない人間の赤ちゃんと同じ姿をしたエルであった。
色白の肌。銀色の髪。小さな掌に、マッチ棒のような細い指。
背中には、白い鳥の翼が生えている。
天使だ。比喩でも何でもなく、これは天使だ。
僕はエルを揺り籠から抱き上げた。
エルは、泣かなかった。目を閉じたまま、僕の腕の中で気持ち良さそうにしている。
アラキエルが見てのお楽しみって言ってたのは、こういうことか!
「やっと生まれたね! 良かったね、キラ」
メネは卵から天使が生まれてきたことを特に驚いている様子もなく、笑っている。
僕はそっとエルの頬を指先でつついた。
ふにふにとしていて柔らかい感触だ。
こうして見ると、ますます人間の赤ちゃんみたいだ。
取り急ぎ、今必要なのは──
僕はメネに尋ねた。
「ねえ。この子に着せる服ってないかな?」
当たり前のことだが、エルは裸で生まれてきた。
人間と同じ姿をしたエルを裸のまま置いとくのは、僕としてはどうかと思うのだ。
この子、女の子みたいだし……ね?
「服? 流石に服はないよ。エルは服なんて着ないもん」
メネは怪訝そうに僕とエルとを見比べている。
「この子に服を着せたいの?」
「うん」
「じゃあ、待ってて。作ってくるよ」
メネはアイテムボックスを開けて中から布を引っ張り出すと、それを持って何処かへと飛んでいった。
僕はエルを抱いた手を揺らしながら、窓を見た。
窓から見える景色は、今日も平穏だ。
この子に服を着せたら、外に連れて行こう。太陽の光を浴びせて健康的に育ててあげるんだ。
父親になった時の気分って、きっとこんな感じなんだろうな。
頬が緩むのを感じながら、僕はメネが戻ってくるまでずっとエルの顔を見つめていたのだった。




