第35話 素直になろう
荒れ狂った風が吹く。
それは大きな衝撃波となって、僕の上に覆い被さっている狼に襲いかかった。
ぎゃっ、と声を上げて狼が僕の背から飛び退く。
勢い良く牙が肉から引き抜かれた痛みに僕は小さく悲鳴を上げた。
「向こうに行って! 今度こんなことをしたらただじゃおかないよ!」
メネの凛とした声が頭上に響く。
狼はぐるると唸り声を口の端から漏らして、僕の上を飛んでいるメネを睨んだ。
地を蹴り、口を開いてメネに食いつこうとする。
メネはそれをさっと上空に舞って避けると、右手をさっと振り上げた。
再び、風の衝撃波が狼を襲った。
ごっ、と物凄い音がして、狼が地面の上を滑るように転がっていった。
とんでもない威力だ。きっと鉄球を勢い良くぶつけたのと同じくらいの衝撃があるのだろう。
狼はよろりと起き上がり、メネを見て──
身の危険を感じたのか、そのまま牧場の外へと走り去っていった。
「…………」
メネが静かに僕の元に下りてくる。
僕はそれを、ぼんやりと見つめていた。
背中が痛くて、息が苦しくて、力が入らない。
だから、彼女に言葉を掛けることもできなかった。
僕の腕の中から、もぞもぞとクロが這い出してくる。
クロは、何処も怪我していないようだ。
良かった。
「何を考えてるの!? グレイウルフは危険な肉食の魔物なんだよ! こんな無防備な格好で目の前に立つなんて、どうぞ襲って下さいって言ってるようなものなんだよ!」
そんなことを言ったって、仕方ないじゃないか。僕には武器なんてなかったし、クロが食べられそうになってたんだから。
ああして庇うしかできなかったんだよ。
「今、怪我を治すから。じっとしてて!」
メネは血まみれになった僕の背に掌を触れると、気を集中させ始めた。
温かいものが傷に触れる。太陽の光に温められているかのように、背中全体が心地良い感覚に包まれる。
息が詰まるほどだった痛みが、少しずつ和らいできた。
「………… メネ」
やっと出るようになった声で、僕はメネに呼びかけた。
「……ごめんね」
メネからの返事はない。それでも、僕は言葉を続けた。
「僕は、メネを頼りないなんて思ったことは一度もないよ。頼りになる相棒だって、思ってる……だから、メネの負担が少しでも軽くなるように、相棒として一緒にこの牧場作りができるように、魔法が使えるようになりたかった……ただ、それだけなんだ……」
「…………」
メネの掌が、僕の背から離れた。
僕は目を閉じた。
「……メネと離れてみて、僕はメネがいないと何もできないんだなって、実感したよ……僕には、メネが必要なんだ。だから、帰って、きてくれないかな……」
「……キラ」
鼻先に、ふわりとした感覚。
閉じた目をゆっくり開くと、そこには僕の顔をまっすぐに見つめているメネの姿があった。
「メネの方こそ、怒鳴ったりして……ごめんね。メネは、分かってたつもりなの。キラが、この牧場のために魔法を使えるようになろうとしてたんだってこと。それなのに、酷いことを言ったりして……」
メネは僅かに微笑んで、言った。
「お互いに、素直じゃなかったってことなんだよね」
「……そうだね」
互いに自分に正直になった今なら、言える。
僕は、メネに笑いかけた。
「もう、仲直り、しよう?」
「うん」
メネは手を伸ばして、僕の鼻にそっと触れた。
やっぱり、仲良しが一番、だよね。
「……怪我の治療、終わったよ。立てる?」
「……うん」
すっかり血が止まって痛みも消えた背中は、微妙に皮膚が突っ張ったような感覚があった。
ちょっと違和感を感じるが、気になるほどではない。
僕はゆっくりと、伏せていた上体を起こした。
「ありがとう」
「もう、こんな無茶しちゃ駄目だよ。分かった?」
「気を付けるよ」
今度から、外を歩く時は身を守れるように武器になるものを何か持っておこうと心に決めた僕だった。
メネは僕から視線をそらして、置きっぱなしになっている荷車に目を向けた。
「エルに神果をあげに来てたの?」
「うん」
僕は立ち上がって、荷車の元に向かった。
苺の神果を入れた籠を取り出して、メネの方に振り向く。
「手伝ってくれる?」
「いいよー」
──こうして、仲直りした僕たちは二人で協力しながらエルたちに御飯をあげるために牧場を回ったのだった。




