第34話 せめて、この思いは
翌朝。普段通りに目覚めた僕は、顔を洗ってリビングに向かった。
やっぱりメネの姿はない。
生命の揺り籠に置いた卵も変化はなく、静かにそこにある。
この広い部屋に、僕は一人。
何て淋しいんだろう。
……淋しいって考えるから淋しいんだ。別のことを考えないと。
牧場に行けばエルたちがいる。皆の姿を見ていれば、少しは気も紛れるだろう。
いつもよりも少し早いけれど、朝御飯をあげに牧場に行こう。そうしよう。
思い立ったらすぐに行動だ。僕は神果を取りにキッチンへと向かった。
荷車に神果を積んで、まっすぐに牧場へ。
最初に行ったのは闇の牧場だ。
「クロ」
クロの姿を見つけ、僕は近付こうとして。
足を、止めた。
牧場にいるのはクロだけではなかった。
それは、灰色の毛並みをした体長二メートルほどの大きな狼だった。
狼は体勢を低くして、クロの様子をじっと伺っている。
あれは──魔物だろうか。普通の狼よりも大きいし、何より目つきが普通ではない。
狼の正体はよく分からなかったが、分かったこともある。
それは、あの狼が、クロを襲おうとしているということだ。
「クロ!」
僕は叫んで、荷車をその場に置いて駆け出した。
クロがびくっと震えてこちらを見た。
狼が地を蹴り、クロに飛びかかる。
僕は咄嗟にクロを抱き抱え、その場に丸くなった。
──背中に、衝撃が走った。
狼の牙が、僕の背中に深々と突き立てられていた。
「──うぁ、っ」
僕は悲鳴を上げて、その場に膝をついた。
背中全体を覆う、焼けるような痛み。滴る血。
視界がぐにゃりと渦を巻く。
あまりの痛さに、意識が飛びそうになった。
狼は僕の背から食いついた牙を離さない。力を込めて、肉を食いちぎろうとしてくる。
みしみしと、身体が嫌な軋み音を立てているような気がした。
──僕は、このまま此処で食われるのだろうか?
相手は大きな肉食獣だ。そうなっても何ら不思議ではない。
このまま何の抵抗もできずに殺されるのは仕方がない。僕は何の力も持たない人間だから。
でも、せめて──
ぼんやりと、僕は空に目を向けた。
その空が、水を混ぜた絵の具のようにぼやけていく。
──どうせ死ぬなら、せめてメネと仲直りしてから死にたかったな。
ぼやけた赤の中心に、白く光り輝くものが現れた。
それは、みるみるうちに大きくなっていき──
「キラ!」
聞き慣れた声が、辺りに響いた。




