ムーク
夏休みのある日、おじいちゃんのお家にきていたナオ君は、虫とりに夢中になって森の中に迷いこんでしまいました。
いっしょうけんめいお家に帰ろうとしましたが、太陽はもう西の空に沈んで、まっくらな森の中に一人きりになってしまいました。
お化けがでそうな森の中。
鬼がでそうな森の中。
「どうしよう……怖いよぉ……」
ナオ君は大きな木の下に、うずくまって泣いてしまいました。淋しくて、怖くて。
ナオ君はしばらく泣きつづけました。
けど、きっとお母さんやお父さんが心配しているだろうと思うと「帰らなくちゃ」と顔をあげて勇気をふりしぼります。
すると、ナオ君の前にかすかな光が差しこみました。そして、頭にふんわりと触るものがありのました。
ナオ君はびっくりして、手で頭のものをふり落としました。
ボトっとナオ君の前に落ちたのは、よく見ると鳥のようでした。そして、ナオ君は鳥図鑑で知っていました。それがフクロウという鳥だと。
フクロウは落ちたまま動きません。はじめは怖がっていたナオ君でしたが、逆に心配になってそのフクロウを抱き上げてよく見てみました。
フクロウは目をつぶったまま動きません。ただ、黄色いくちばしをピクピクと動かすだけです。
叩き落してしまったこともあって、ナオ君は、
「大丈夫?」
と声をかけてみました。
するとフクロウが目を開きます。と、その目は電球のように明るく輝いてナオ君の顔を照らしました。
またまたびっくりするナオ君をよそに、
「ムーク、ムーク」
と、まるであくびのように鳴くと、突然じたばたしてナオ君の手を逃れて羽をパタパタ、再びナオ君の頭の上にとまってしまいました。
ナオ君は驚くやら、困ったやら。けれどフクロウの発した光が、ナオ君を勇気づけました。
「おねがい、お家まで道を照らして!」
まっくらな森の中、心細かったナオ君にとって光を発するフクロウは自分を助けにきてくれたのだと思えたのです。
フクロウもそれに答えました。
「ムーク」
と鳴くと、目を開いて、まるでライトのように森の中を照らしだしてくれたのです。
「ムク、ありがとう!」
ナオ君はそのフクロウを、鳴き声から「ムク」と名づけました。
ナオ君はさっきまでの寂しさをおいはらって、再びお家をさがして歩きだしました。
しかし、ながい時間歩きましたが、やっぱりお家は見つかりませんでした。
ナオ君は疲れきってしまって、また木の下に座りこんでしまいます。
するとムクも目をとじてしまいました。また、怖い、怖い闇がナオ君をつつみます。
ナオ君はまた泣きだしてしまいました。そして、
「お家に帰してよ!」
怖くて、助けてほしくて、ナオ君は自分の頭の上でじっとしているムクを叩いて地面に落としてしまいました。助けてくれると思ったのに、お家に帰してくれないムクに八つ当たりをしてしまったのです。
ムクはコトンと落ちると、横むきのまま動かなくなりました。まるで死んでしまったかのようです。
それでもナオ君は怖くて、寂しくて、うつむいて丸くなってしまいました。
カサカサと葉っぱの音がします。
どこからから「ホー、ホー」という鳴き声がきこえてきます。
「ムーク……ムーク……」
弱々しいムクの鳴き声。
ナオ君はその声に顔をあげると、少しのあいだ腫れた目でムクを眺めていました。ムクはやっぱり動きません。でも、寂しげな鳴き声。
ナオ君は自分のしてしまったことを考えて、ムクを抱き上げました。
「ごめんね、ムク。ムクが悪いわけじゃないのにね」
ナオ君はムクの頭をさすってやり、自分のしてしまったことを謝りました。
ナオ君は考えます、どうしたらいいのかと。もう疲れてしまって、歩きたくもなかったけれど。
それでも、きっとお父さんとお母さんが心配していると思うと、ナオ君は必死に歯をくいしばって立ちあがりました。
「がんばれ、ナオ君!」
自分で自分をはげまします。
するとどうでしょう。それまでじっと眠ったようだったムクがカッと目を開いて光をはなち、飛んだのです。
ムクは空にむかって飛びました。高く、高く、飛びました。
と、空からなにか光るものがふってきました。光る雪のようなものは、ナオ君の前に積もっていくと、明るく輝く高い階段となりました。よく見れば、星でできているのがわかりました。星の階段です。
「うわぁ」
ナオ君はその階段をのぼりました。階段は森の木々よりも高くって、一番上までのぼると、暗い森のようすが見渡せました。
ムクはまだ夜の空を飛んでいました。すると今度は三日月がおちてきて、長い、長い道ができました。その道はつるつるすべります。月のすべり台です。
ムクがそのすべり台にそって飛んでいきます。それを追うようにナオ君はお尻で座ると、すべりだしました。
「うわぁ、すごい、すごい!」
ナオ君はスピードをあげて空にかかった月のすべり台をすべっていきました。
右へ左へ、上へ下へ。
夜の風をきってナオ君はすべりました。
するとやがて、一軒のお家がナオ君の目に飛びこんできました。それはナオ君のおじいちゃんのお家です。月のすべり台は、そのお家までのびていました。そしてお父さんとお母さんがいました。
ナオ君はお家に帰れたのでした。
けれど、気づいたときには、もう星の階段も月のすべり台も、そしてムクの姿もありませんでした。
ナオ君はムクのことを話しました。すると、おじいちゃんが教えてくれました。
「それは眠りフクロウだな。あきらめない人間を応援してくれる神さまだよ。ナオ君はがんばったんだな」
といって、ナオ君の頭をなでてくれたのでした。
ナオ君は少しだけ、自分を誇らしく感じました。
「ムーク、ムーク」
ナオ君は、遠くからムクの声が聞こえたような気がしました。