表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
北の王子と南の姫  作者: 桃巴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/23

草原

 早刻の鐘が鳴る。


 ーーカーンーー


 アイラは塔を見上げた。


「行ってきます」


 塔に挨拶をした。そして、視線を目の前に並ぶ二人に向ける。


「ジーナ、エレーナ行ってきます」


 ジーナとエレーナは不安気だ。


「あの、本当に行かれるのですか?」


 ジーナが訊く。


「ええ、草原が"呼んでいる"の。昨日、皆の悲鳴が聞こえたの」


「アイラ様!」


 アイラの背後に立っていたクレアが声を低く叫ぶ。


「クレア、青の国の巫女侍女が"豊の国、豊の姫"の能力を知らないわけがないでしょ? ね? ジーナ、エレーナ」


「はい、ですがアイラ様、"植物の声が聞こえる"力が豊の姫にあることは知りませんでした」


「あら、そうなの? 私の力は植物にエネルギーを与えることが出来る力。稀だけど、時々声が聞こえる姫が生まれるのよ」


 アイラはそう言うと、フフッと笑った。クレアとセリアの顔が微妙に歪む。


「アイラ様、お話はその辺で」


 セリアが話が進まないように、切り上げる。


「そうね。そろそろ行かないと。昼刻の鐘までに帰れなくなっちゃうわ。ジーナ、エレーナ後は任せたわ。もしマークが来たら体調が悪いからと言って面会は断ってね」


「はい、かしこまりました」

「どうか、お気をつけて」


 ジーナとエレーナがアイラ達を送り出した。




「アイラ様、どうかあまり豊の力についてはお話にならぬようお願い致します」


 残した二人の影が遠くになったのを確認したクレアは、アイラにそう注意した。


「ねえ、クレア。あの二人は青の国の巫女侍女よ。きっと気がつくわ。マークもそのうち気づくはずよ。だからね、力の一部を事前に伝えておくことで、それ以上の秘密の隠れ蓑になると思うのよ」


「隠れ蓑ですか?」


 クレアが言葉に出しながら、考え込む。


「なるほど、確かに隠れ蓑になるかもしれませんね。それ以上の秘密に辿り着けぬように、アイラ様の力とはこのことであると認識してもらう」


 考え込むクレアの横で、そうセリアが言った。


「だけど、それとて特別な力です。涼の国がアイラ様に何を望んでいるかわからない。蔑ろにしているアイラ様のお力をどう扱うか……」


 クレアは強ばった顔になった。


「そうね。でも力が何であるかわからなければ、それを知ろうとするわ。いらぬ詮索をされるよりは、一部明かしてしまうことでそれ以上の詮索を避けられもする」


 二人は互いに譲らない。二人の会話にアイラは笑う。


「フフッ、二人とも大変ねえ」


「「アイラ様! アイラ様のことなのですよ」」


 二人は呑気なアイラに突っ込む。


「あら、二人とも、私はあの秘密以外は明かしてしまっても良いと思っているのよ。だって、涼の国のお役にたてるでしょ?」


 セリアが苦い顔になりながら言った。


「ですが、アイラ様。それ故に、そのお力が知られてしまってはこの国に利用されるだけになるやもしれません。それでも良いのですか?」


「何もすることもなく、あの塔にただ居るだけよりいいでしょ」


 アイラが悲し気に言った。二人は黙りこむ。


「そんな深刻に思わないで。考えてもみて。南の小さな島国でこの力を持った姫が居たら、国の危機かもしれない。この力を狙う強国に目をつけられるもの。でも、今は大国涼の国に居るのよ。安全だわ」


 アイラの言うことも最もである。


「「そうですね」」


 二人ともに答えた。だが、二人の表情は冴えない。例え、大国涼の国が相手であっても、別格な力を欲する国はあるだろうと予測が出来るのだ。


「ですがアイラ様、それでも注意が必要です」


 セリアが強く発した。


「ええ、そうね。ごめんなさい。先に二人に相談すべきだったわ」


 アイラがシュンとする。


「アイラ様お気になさらずに!」

「そうです。アイラ様はご自由にしてください。私達が上手く立ち回りますので!」


 慌てた二人はアイラに気を使った。が、アイラはちろっと舌を出した。


「ええ! 後のことはお願いね二人とも」


 やられた……二人の表情はそう物語っていた。




 三人は庭園の前に立った。赤とピンクの薔薇が咲き乱れている。


「本当にこの先に門があるのでしょうか?」


 クレアの疑問も仕方がない。それほど薔薇は見事に咲き誇り、そしてその奥に城壁以外のものがあるとは思えないほどの、薔薇の壁になっているのだ。


「門があるかないかより、この薔薇の壁に城壁へと続く道があるとは、到底思えないのですが」


 セリアが冷静にあたりを観察して言った。


「薔薇が生い茂って、三年前まであった道はもうないのではないですか? 史官様が道の管理をしていたとも思えませんし」


 二人の侍女は怪訝な顔で薔薇の壁を見つめた。


「フフッ、二人ともおかしいこと! 私は豊の姫ですよ。ちゃんと"訊いてるわよ、この子達に"」


 アイラはそう言って、薔薇の花弁にそっと触れた。薔薇の壁がキラキラと輝く。


 サワサワ サラサラ


 薔薇の壁が揺らいだ。


「ほら、こんなところに道があったわ」


 アイラの目前に、人ひとりがやっと通れる程の小道が現れた。


「え? どこにですか?」


 クレアがアイラの言う辺りを見回す。


「ほら、ここに」


 セリアもアイラの言う辺りを見回すのだが、小道は確認できない。二人の怪訝そうな顔を見たアイラは、足先で地面にバッテンのしるしをつけてから横に退いた。


「クレア、ここに立ってみて」


 クレアがアイラのつけたしるしの前に立つ。


「まあ!」


 驚くクレアを押し出し、セリアがしるしの前に立つ。


「なんと!」


 驚愕する二人。


「目の錯覚なのよ。この先に門があるのなら、優れた避難通路だわ」


 アイラは驚く二人の前に移動し、小道に足を踏み入れた。


「クレア、しるしを消しておいてね。後はいつものように貴方の実力をみせてね」


 アイラは意味深にクレアに言う。


「はい、かしこまりました。私の隠密能力は記憶でございます! 存分に頭に写しとります」


「フフッ、久々の隠密行動だもの、失敗しないでね」


「アイラ様、私を見くびらないでください。このクレア完璧に記憶いたします!」


「ええ、お願いね。毎回豊の力は使えないからあなたが頼りよ」


 クレアが頷く。


「セリア。あなたはこの先の門をお願いね。ちゃんと持ってきている?」


「はい、私の隠密能力は解錠でございます。豊の国一の解錠能力をお見せします!」


 セリアは、ポケットからじゃらりと金属の棒を取り出した。様々な太さ、様々な形のそれを得意気に持つ。


「フフッ、楽しみです。セリアの能力を直に見るのは初めてだもの。お母様お抱えだったあなたの活躍はいつも聞いていたわ」


 アイラとクレアの目が笑う。


「はい、正妃様はよく鍵をなくされるお方でしたので」


 クレアは懐かしげに、その金属の棒を見た。


「ほんと、お母様ったら昔からよく色んな物をなくされていたわよね。フフッ」


 三人が、豊の国のことを思い出す。


 ーーカーンコーン カーンコーン カーンコーンーー


 朝刻の鐘が鳴る。


「ゆっくりしていられないわ。行きましょう」


 アイラが歩き出した。その後ろをクレアが歩き記憶する。小道は幾度も曲がりくねる。この道をむやみに進めば、必ず薔薇が立ちはだかる。そして、無数の棘でかなりの傷を負うだろう。この避難通路は確かに閉鎖するには惜しい。


 薔薇達は時々アイラに話しかける。


『もう少しで城壁に着きますわ、豊の姫様』


 薔薇達の甘く軽やかな話し声に、アイラは優しく微笑んだ。


「二人とも、もう少しで城壁だそうよ」


「アイラ様! 力を使いすぎないでください。後が大変にございます」


 クレアがアイラを諌めた。


「まあ、クレア。力は使っていないわ。皆が教えてくれているだけよ」


 クレアが無言になる。


「クレアったら、もう。本当に力は使っていないわ。私だってもう力の使い方はわかっています。使いすぎたら倒れてしまうものね」


「そうです! アイラ様。草原でもどうかご無理をなさらずに」


 クレアの声は心配の気を含んでいた。


「抜けたわ!」


 先頭を歩いていたアイラから、声が上がる。続いてクレア、セリアと薔薇の小道を抜けた。目前に城壁がそびえ立つ。


「門はどこかしら?」


 見渡す限り城壁となっていて、門らしきものはなかった。


「さらなる仕掛けがあるのよね」


 アイラが呟く。


「さすが大国ですね。薔薇の小道を抜けてもなお、門の存在を消している。完璧な避難通路です」


 セリアが冷静に分析した。


「探しましょう、門を」


 クレアとセリアが城壁に触れながら、時に叩きながら確かめていく。




「ありません」


 クレアが小さく言葉を溢した。三人で城壁を確かめたが、門のようなものはなかった。


「薔薇達に訊いてみようかしら?」


「アイラ様、力は温存ください。必ず探してみせます」


 セリアが薔薇に触れようとしたアイラを止めた。アイラは辺りを見渡した。


「ねえ、あの小屋は何かしら?」


 クレアとセリアがアイラが指差す方に目をやった。


「ああ、あれは庭園の農機具小屋でした。先ほど中を確認しましたら、ホウキやら鎌やらが無造作に転がっておりました」


 クレアが報告する。


「そう」


 何かの引っかかりをアイラは感じた。その横でセリアも同じように感じていた。その二人の様子にクレアが問う。


「何かあの小屋が?」


「何か? そう何か引っかかるのよ」


 アイラが溢す。


「はい、私も引っかかります。この庭園の農機具……アイラ様、わかりました! この場所は、庭師が来れるような場所ではありません。あの小屋には意味がないのです」


 セリアが引っかかりを解いた。クレアの顔もハッとする。


「そうね! ここの存在は限られた者しか知らない。あの小屋には意味がない」


 クレアはそう叫んだ後、駆け出した。セリアも続く。


「待って! クレア、セリア。落ち着いて」


 アイラの命に二人は止まり、アイラの次の言葉を待った。


「クレア、記憶を。セリア、解錠準備を。戻ってきたときに、今のままにしなければいけないわ。マークに感ずかれてしまうもの」


 アイラの視線がクレアに向かう。


「はい、すみません。記憶を怠るところでした」


 クレアは頭を下げた。


「いいのよ、クレア。まず落ち着いて、この辺りも記憶しておいてね。セリア、解錠の際は傷をいっさいつけないでね。鍵の異変もマークに気づかれてはいけないから」


 セリアは気を引き締めた。


「いい? 行くわよ」


 アイラはクレアに目配せした。クレアが記憶しながら前を歩く。アイラ、セリアと続き小屋の前に立った。小屋には施錠はなく簡単に扉が開いた。アイラは戸口から中を確認する。クレア、セリアは慎重に中に入る。クレアは記憶を。セリアは小屋の壁を確認した。


「アイラ様記憶完了です」


 クレアはにっと笑った。


「アイラ様、触れられる壁には何もおかしななところはありません」


 セリアの言葉をうけ、アイラは次の命を出す。


「では器具を動かして確認を」


 アイラの命に二人は同じ方向に進む。


「二人とも、その辺がおかしいと思ったのね」


 戸口でアイラが二人に話しかけた。ホウキやら鎌が転がる一角に二人は進んだのだ。


「はい、普通なら大きな農機具の後ろに門を隠すと思いますが、ここまで完璧な避難通路です。きっと思わぬところが門になっているのではないかと」


 セリアの発言に、クレアも頷く。


「それにこの転がっているホウキやらの配置が、絶妙なのです。奥の壁に行くには片付けねばいけない。だからセリアもこの先の壁は確認出来ていない」


 クレアはそう言ってセリアを見た。セリアは軽く頷く。戸口にいたアイラが慎重に小屋に入ってきた。二人のところに来て言った。


「クレア、記憶は大丈夫ね?」


 クレアが頷く。


「では少し動かして、壁まで行きましょう」


 三人で転がっているホウキやら鎌を少しずつ動かして前に進んでいく。壁に到着する。


 ーーコンコンーー


 セリアが壁を叩き、異変に気づく。


「この壁だけ音が違います。この五枚の板壁だけ」


 セリアは慎重にガタガタと板壁を揺らした。


 ーーカッタンーー


 五枚の板壁の下方が奥に動いた。


「アイラ様、仕掛け引き戸にございます」


 セリアはそっと板壁の上方を奥に押し込み、扉となった板壁を真っ直ぐにした。


「クレア記憶を」


 アイラの命が出て、クレアはその扉の様子を記憶した。


「レールは右にあります」


 そうセリアは言って、扉を右にスライドさせた。


 ーーカタカタカランーー


 扉が右に動く。開ききるとそれが見えた。


「城壁だわ」


 板壁の向こうは城壁となっていた。


「本当に城壁の扉なのね」


 アイラがその扉に感嘆した。


「施錠されております。それも三ヶ所」


 セリアはクレアに目配せした。


「記憶するわ。セリア待ってて」


 クレアがその扉と施錠の様を記憶した。クレアはアイラに頷く。


「セリア、解錠を」


 アイラが解錠を指示する。


「では」


 セリアは器具を取り出して解錠を行う。


 ーーカチャカチャ カチャリ ガチャーー


 最初の錠前が解錠された。その鍵をクレアが確認する。持参した布に包み、小屋の中の台の上に置いた。解錠は次々進み、錠前はクレアの手に渡る。


「アイラ様、解錠完了です」


 アイラが前に進んで、城壁の扉に触れた。


「やっぱり。この城壁の扉、軽石で作られているわ」


 セリアがアイラと代わり、それを確認する。


「そうでございますね。触れなければ、わかりませんね。この城壁の扉も仕掛け引き戸にございます」


 セリアはそう言うと、扉を少し持ち上げ手前に引き入れた。


「この扉は左にレールがありますね」


 セリアが体を少し離しクレアにその様を見せる。クレアが頷く。


「セリア、外の音を確認してから開けてみて」


 アイラが指示を出す。セリアは壁には耳を近づけ、城壁の向こうに意識を集中した。


「アイラ様、風の音が少々聞こえるほか、何も人の気配はありません」


 アイラは頷く。セリアは静かに扉をスライドさせた。光が小屋に差し込んだ。先にセリアが外に出て辺りを確認する。


「誰もおりません。どうぞ」


 セリアが出した手を掴み、アイラも外に出る。その後ろをクレアが続いて出てきた。


「クレア、元に戻して。セリア、簡易施錠を」


 二人は素早く動く。アイラは辺りを見渡した。城壁の扉の前に背の低い木が数十本並んで生えていた。アイラ達の姿はこの木に隠れて、草原からは目を凝らさなければ見えないであろう。城からも、草原からも確かに隠れ門である。


「では行きましょう」


 城壁の隠れ門も元に戻し終えたクレアとセリアをアイラは促す。二人は頷くと、アイラの前に進み辺りに注意を払いながら歩き出した。数十本の木を抜けると視界が広がった。


「見渡す限り草原だわ」


 アイラが気持ち良さそうに声に出した。


「ええ、本当に。久しぶりに自然な植物に会えましたね」


 クレアも広大な緑に気が緩む。セリアも大きく深呼吸している。


 ーーカーンコーン カーンーー


 中刻の鐘が鳴った。




***




「焼き払え!」


 王塔議間に王の声が響いた。シーンと静まる緊急会議。


「広範囲に及びますが、よろしいのでしょうか?」


 会議参加者の動揺を汲み取り、マークが発言した。


「他に方法はないのだろう? このまま草原の全範囲に広がってしまってもいいのか?! 馬に影響が出てしまうぞ」


 再び、議間に沈黙が訪れる。レオンが前に出た。


「レオン、何だ?」


「彩の国に、助力をお願いできませんか? 彩の国は花の国です。害虫被害に対応する方法や、薬があるはずです」


「よし! では彩の国に書簡を送れ。だが、焼き払いは行う。彩の国の返答を待つ間に、草原が全滅しては意味がないからな」


 王は議間を見渡し、他に意見がないか確かめる。こそこそと後方で声がした。


『こんなときこそ、あの姫の力を使えばいいではないか』


『わざわざ南の小国から嫁がせたのに』


『我々の娘を出し抜いて妃になったのだ、それなりに働いてほしいものよ』


 ザワザワとした空気の議間。マークが後方の集団を睨む。


「まさかとは思うが、大国涼の国のプライドは皆持っておろうな?」


 王の低い声が議間に通る。スッと立ち上がった王は、後方の会議参加者の顔を見下す。


「三年前の魔封じでは、何の役にもたてなかった。銀の国と青の国が大陸を救った。まさかとは思うが、今回の草原の異変も"他"に頼るほど涼の国は落ちぶれてはいないであろうな!!」


 シーン


 議間が静寂に包まれる。さらに、


「名ばかりの会議参加者は要らぬ!!」


 王の怒気を含んだ声に議間が凍えた。後方の参加者は俯き身を縮めた。


「王様、では明日中刻から昼刻の間に焼き払います。私と」


 マークが会議参加者を見渡す。


「私が参ります」


 レオンが名乗り出た。


「よし! レオンとマークに任せる。彩の国への助力願いはルークが担当せよ」




 翌朝、マークは朝刻の鐘を少し過ぎてから、海の塔を訪れた。アイラの私室の前に着くと、ちょうどジーナが部屋から出てきた。


「し、史官様!」


「すまぬ、驚かせてしまったな。アイラ様は朝食を済ませたか?」


 ジーナはスーッと息を吸い込んだ。


「アイラ様は、本日もお加減が悪くお休みになられております!」


 マークはジーナの強ばった声に違和感を感じた。


 ーーバタンーー


 ジーナの背後の扉が開く。


「史官様、本日アイラ様への面会はご遠慮願えませんか? 昨日の怪我でまだ体調が戻りません」


 エレーナが流暢に伝える。


「そうか。ではクレアかセリアを」


「お二人は、只今アイラ様の怪我の手当てをされています。史官様、申し訳ありませんが、本日は」


 エレーナは深く頭を下げた。ジーナも慌てたように頭を下げる。


「そんなに、怪我は悪いのか? 王族医を手配しよう」


「史官様、王族医を呼んでも大丈夫でしょうか?」


 慌てるジーナを横に、エレーナは単調に問うた。


「と言うと?」


 マークはエレーナを見据える。


「怪我が王様の耳にも入ると言うことです」


 マークはハッとした。


「なるほど」


「史官様、私達が青の国の巫女侍女であることをお忘れですか?」



 "青の国"



 中央大陸の南方に位置し、国の広範囲を薬草畑が占める。


 治癒を行う巫女。

 医術を行う医者。

 薬草畑を耕す国人。


 青の国は医術・治癒術の国であり、農業大国でもあった。


「そうであったな。頼めるか?」


「はい。私達は巫女"侍女"でございます。治癒及びに少々の医術も学んでおります。ご安心を」


 マークは頷いた。そして、「伝言を頼めるか?」と。


「何でございましょう?」


 エレーナが警戒する。


「本日、草原管理の仕事が急遽入り、"例のアレ"は明日以降にと、アイラ様がお休みなら、クレアかセリアにでも伝えてくれ」


 エレーナの顔が強張る。


「かしこまりました。草原のお仕事と"例のアレ"は明日以降と伝えればよいのですね?」


 マークは、エレーナの顔が強ばっているのに気づき付け加えた。


「大したことではない。ジーナもエレーナも今日はずいぶんと固いな」


 ジーナとエレーナは慌てて、深く頭を下げた。


「すみません。久しぶりの怪我の治癒なので少し気を張っております」


 さて、ここでマークと侍女達は互いに、相手に警戒の思いを抱いていた。マークは"例のアレ"。つまり、草原への密行計画のことを、ジーナとエレーナに感ずかれないように。ジーナとエレーナは、アイラ達の不在を感ずかれないように。そして、マークの発した草原管理の仕事のことが気になっていた。


「昼刻の鐘まで仕事がある。その後、王様に報告をする。午後の中刻から夕刻の鐘の頃に、また伺うとも伝えてくれ」


 マークは、午後にまたアイラの元を訪れる予定であった。


「はい、お伝えいたします」


 エレーナが応える。


「頼んだぞ。ではまた午後に」


 マークはその場を去ろう歩き出す。


「史官様!」


 ジーナに呼び止められたマークが振り返る。エレーナが顔をしかめ、ジーナを制していた。


「どうした?」


 再度、マークが二人の元に行く。ジーナはエレーナの耳元で何かを言っていた。エレーナが小さく頷く。


「何だ?」


 エレーナは軽く頭を下げた。ゆっくり上げた顔から、少し躊躇い気味に言葉が発せられた。


「薔薇のことですが」


「薔薇?」


「はい、薔薇です」


 マークは昨日のことを思い出す。草原の緊急会議で、すっかり忘れていたのだ。


「薔薇がどうした?」


「薔薇の意……」

「マーク様!」


 エレーナの声を遮ったのは、昨日薔薇を持ってきたルークだ。出かけていた言葉をエレーナは引っ込めた。眉間にしわが寄る。


「騒々しいな、ルーク」


 マークはルークをたしなめた。


「すみません。レオン様の準備ができまして、マーク様を呼びに行くようにと」


 ルークはそう言いながら、背後の侍女二人に気づく。


「おはよう。アイラ様のお加減は?」


 ルークの問いにジーナは顔を強ばらせ、エレーナは眉間のしわが深くなる。マークはすぐさまルークの腕を掴み、侍女達から離した。


「ルーク、アイラ様は体調が悪いのだ。この後、あの二人が治癒を行う。草原の焼き払いが終わって、王様に報告したら午後にでもまた来る予定でいる。レオン様には言うでないぞ!」


 ルークは話の内容に驚く。


「昨日の怪我ですか? 医者を呼ばれては?」


「王族医を呼べば、王様に知られてしまうぞ」


 ルークは額に手を当て、"あーそうか"と呟いた。ルークはマークの肩ごしに二人を見る。こちらを見る二人に、つい愛想笑いを出した。二人の顔がさらに固まる。マークは振り返る。


「すまぬ。話は午後に聞く。では」


 マークはルークを引っ張り廊下を歩いた。背後で侍女二人が、「行ってらっしゃいませ。お気をつけて」そう見送っていた。




「大丈夫かしら?」


 ジーナは心配そうに言う。


「そうね。草原に行かれるのよね、きっと」


 エレーナも心配そうに言うと、マークとルークが出ていった廊下を見つめた。


「アイラ様達も草原に向かっているものね」


 二人の顔色は悪くなっていく。


「アイラ様達は、本当に草原に行くことができるのかしら?」


 ジーナはエレーナに訊く。


「どんな方法で草原に行かれるかはわからないけど、きっと行くはずよ」


 エレーナのハッキリした答えに、ジーナは小首を傾げた。


「先週の一週間だって、史官様からの捜索をすり抜けた方々ですもの」


 ジーナもエレーナも、一週間アイラ達が姿を眩ませていたことは認識していたのだ。




 害虫の被害が広がった草原は、ひどい有り様だった。葉は変色し、黒ずんだり、枯れていたり、食され葉筋だけのものもあった。草原と呼ぶに相応しい緑色は、皆無であった。


 レオンとマークはその草原の様に、顔が苦くなっていた。


「ここまでひどいとは」


 レオンの呟きの後をマークが続ける。


「思いませんでしたな」


 二人は顔を見合わせた。互いに頷く。


「中刻の鐘が鳴ったら、焼き払いを行う! それまでに、被害のあった草原を調査せよ! 原因の可能性のあるものや、見解があれば随時報告を!」


 マークの号令とともに、数十名の兵士達が散らばった。


「レオン様、少し気になることが」


 ジークが、レオンとマークの元に進んだ。ジークは岩山麓の港より、ルークが彩の国に出発したのを見送ってから、レオンとマークのいる被害草原に来たのだ。


 涼の国には、城専用の港と岩山麓の港があった。城の港は、一般使用はできない。国専用の秘密港なのだ。一方、岩山麓の港は、城壁門とともに涼の国の一般の入口であった。城の港が使用されることは、年に数回しかない。最近の使用はアイラの入城の際だ。


「何だ? 言ってみよ」


 レオンはジークを促す。


「はい、検討違いかもしれませんが」


「気にせず言ってみよ」


「はい。"港周辺の草原被害"と考えられませんか?」


 レオンは港の方を見た。


「と言うと?」


「原因の元は港から入ってきたのではないかと」 


 ジークは簡潔に告げた。


「被害は確か、一ヶ月前からであったな」


 ジークは頷いた。レオンの瞳はジークを離れない。マークは黙りこむ二人の様子を見ながら、フゥーっと息を吐く。


「一ヶ月前に婚礼がありましたな」


 と肩をすくめて言ったのだ。二人の視線がマークに移る。


「アイラ様入城は、城の港でしたな。まさかとは思うがジークよ、アイラ様が原因とは思っていないであろうな?」


 マークは鋭くジークを見る。


「いえ、あの、原因は岩山の港からではないかと推測しただけです。一ヶ月前から被害が出ていると」


 マークの睨みに、ジークの言葉はぎこちない。


「原因の元が港から入ってきた可能性は大きい。だが、アイラ様とは無関係だ。アイラ様の入城は城の港だったでな」


「ですが! 一ヶ月前まではこのような被害はありませんでした。この一ヶ月で違ったことと言えば、他国から姫をっ」


 ジークは口走った言葉を止めた。マークの形相を見たからだ。


「アイラ様がどうやって、これが出来ると言うのだ?」


 マークは草原を見渡した。


「豊の姫の力」


 レオンが小さく漏らす。三人に沈黙が流れる。


 ーーカーンコン カーンーー


 中刻の鐘が鳴る。マークが沈黙を破った。


「レオン様、焼き払いの準備を」


「ああ、ジーク皆を集めよ」


 ジークは、二人に一礼すると散らばった兵士に向かって指示を出した。


「集まれー! 焼き払いの準備をする。何か報告のある者はレオン様に」


 散らばった兵士が集まる。レオンの元に数名の兵士が駆け寄った。


「何か見つけたか?」


 レオンの問いに、一名の兵士が前に出た。手には布が軽く握られていた。


「見たことのない虫です。他の者も同じ虫を発見しました」


 背後に集まった兵士も頷いて、前に出た兵士と同様に布を出した。


「新種の虫か。それらも一緒に焼き払え!」


「はっ」


 レオンの命にジークが素早く反応する。マークもジークとともに焼き払いの準備をはじめた。レオンは城に視線を移した。草原の塔が見える。その奥に海の塔。


「豊の姫を傷つけたからなのか?」


 レオンは昨日のことを思い出していた。呟きが風に流される。レオンは頭を軽く振った。髪がふわりと舞った。




***




 その少し前、岩山麓の港からルークを乗せた船が彩の国に向けて出港した。そのルークの船と入れ替わるように、三隻の船団が入港してきた。先頭の旗には彩の国商会の紋様が描かれていた。華の取引を行う商会である。


「さてさて、豊の姫は何処かな? っと」


 先頭の船に乗っている黒いマントの男が言った。右耳の後ろから頬にかけて刃物傷がざっくりとある。男はニヤリと笑った。


「獲物は何処かな? っと」


 口角を上げた男の顔は、傷痕と連動し不気味な笑みとなっていた。


「ダラク様」


 男は振り返った。商会の長が木札を差し出した。


「こちらを」


 ダラクと呼ばれた男はそれを受け取った。


「その札で、大概の場所は行けます。入城はできませんが」


 長の言葉に、ダラクはおどけながら了解と右手を敬礼した。


「我々は三日後に出発いたします。それまでに」


 ダラクの瞳が強いものに変わる。


「ああ、わかってる。三日後までに港に来なければ構わず出発しろ」


 長は頷く。


「三日後深刻の鐘まで待ちまする。どうか、彩の国をお救いください」


 長は深々と頭を下げた。




***




 レオンは空を見上げた。晴天である。


「準備ができました」


 ジークの報告にレオンは手を軽く上げた。その合図をくみ取りジークは指示を出す。


「松明に火をつけよ!」


 草原に広がる兵士は、被害エリアを囲むように配置されている。ジークの部下が最初の火をつけた。順次に松明の火がついていく。兵士の持つ松明全てに火がつく。後は、最後の命令を待つのみの状態となった。


 レオンは大きく手を上げた。


「焼き払……」


 ーーゴロゴロ ゴロゴローー


 一瞬の閃光。稲光が頭上を支配した。


 ーーザザザザザザッーー


 降り注ぐ雨粒は、瞬く間に松明の火を消していく。その場にいる全員が暫し呆然とし、身に降り注ぐ雨粒を受けながら、空を見上げていた。


「レオン様」


 マークがレオンの元に近づき呼びかけた。


「あ? ああマーク、いきなりだな」


 レオンは濡れた髪をかきあげた。と、その時、閃光。


「え?!」


 レオンは、あり得ない現象に目を見開いた。


「な! 何だ?」


 ジークがたじろぐ。マークは驚きながらも警戒を怠らない。


「その場を動くな!」


 マークが叫ぶ。


 足元に舞う光。それは被害エリアを包んでいた。閃光、それは頭上ではなかった。地を這うように、閃光は足元に現れたのだ。そして、被害草原を光が包んでいた。


「レオン様!」


 マークとジークがレオンの左右を固める。足元の光は一瞬白光し、ボワンと煙のように沸き上がる。そして、瞬く間に消えていった。


「な、にが、起こっている?」


 レオンは足元の変化に驚く。草原の土がキラキラと、その豊潤な様を見せていた。


「豊の姫の力」


 今度はマークがその言葉を口にした。足元を見ていた三人の視線が重なり、そして、ゆっくりと上がっていった。三人の視線の先には、遠く草原の塔の奥に隠れるように建つ海の塔。


 ーーサラサラ サラサラーー


 草原が波打つ。


「今度は何だ?!」


 ジークが声を上げた。


「光る風?」


 レオンの声が風にのる。見つめる城の方から、風がそよいでくる。形のない風が、見えた。そう、風が見えるのだ。風は光を帯びていた。涼やかに頬を風が撫でる。レオンの頬に、草原の葉に、風が撫でる。優しく触れるが如く。草原が水々しく輝いた。


 その場の誰もが声を出せずにいた。風が止まる。否、城からの風が止み、海風が辺りに潮の香りを運んでいた。光は城の方に戻っていった。


 ーーピーピピッーー


 マークは頭上を見上げる。伝鳥が空を軽やかに旋回していた。すでに青空となっている。マークは懐から鳥笛を出す。伝鳥が笛に反応し、マークの腕にとまった。


 "先ほどの光は何だ? 何があった? すぐに戻り報告せよ!"


 王からの伝文はそう書かれていた。


「レオン様、王様から伝文です。すぐに戻り報告せよとのことです」


 マークはレオンに伝文を渡した。レオンは伝文を確認した。フゥーと息を吐き、空を見上げた。視線は移る。空から城に。城から草原に。草原から足元に。レオンは屈んでそっと葉に触れる。土に触れる。そして、「焼き払いは中止する!」そう宣言した。


「マーク、ここはどうする?」


 レオンの問いにマークは顎を擦りながら答えた。


「数名の兵士を草原の監視に置き、残った兵士は港の調査と、一応町での調査に分けて指示を出しましょう」


 マークはジークに指示を出した。ジークは兵士達を集め、数名を草原に配置した。残りを三手に分けて、港の調査と町での調査、そして草原に馬を戻す部隊にした。


「レオン様、マーク様、草原調査部隊も必要かと」


 ジークの進言に、レオンとマークが頷く。


「第一部隊は港に! 第二部隊は町に! 第三部隊は、馬を戻した後草原を調査せよ」


 ジークが兵士達を動かす。ジークはそのまま兵士とともに馬小屋に移動し、レオンとマークの馬を引いてきた。


 三頭の馬が草原を駆ける。


「レオン様! 隠れ門を確認してから戻りましょう!」


 騎乗しながらの会話だ。マークの声は大きくなっていた。レオンは無言で進路を変更した。


「隠れ門とは何ですか?!」


 ジークの問いにマークは顔をしかめる。


「黙ってついてこい! 口外を禁ずる!」


「はっ」


 レオン、マーク、ジークそれぞれが、それぞれの思いを胸に抱いていた。


 レオンはエミリアの死を。

 マークは三年前の隠れ門の惨劇を。

 ジークは前をいく二人の空気を。


 そして、三人とも共通の思いを抱く。今日の奇跡を。その奇跡の正体を確めたいと。


 馬は涼やかに草原を駆ける。城壁が近づく。馬は速度を落とし、そこに止まった。


「輝く道でしたな」


 マークが呟く。レオンは駆けてきた草原を一瞥した。


 閃光が通ったであろう道は、

 風が渡ってきたであろう道は、


 その道の草原は、キラキラと水々しく潤っていた。輝く道のはじまりは、ここ。そう、隠れ門の目前の草原であった。


 マークは、馬での帰路の最中に気づいたのだ。潤う道の存在に。それはレオンもジークも同じであった。しかも、その道の先に隠れ門があることを、レオンとマークは気づいていた。マークの進言にレオンは無言で進路を変更し、今、ここにいる。


「城壁前の草原から光が発せられたんですね」


 隠れ門の存在を知らないジークは、光のはじまりを確認していた。


「マーク、門を確認せよ」


 レオンが沈痛な面持ちで言った。


「はっ! ジーク、見るだけだ。訊くことも、喋ることも禁ずる! わかったな」


 マークはジークに命令した。


「はっ!」


 ジークは顔を硬くし答えた。マークを先頭に、城壁前に植えられている背の低い木々の間を進んでいく。城壁の前に立ったマークは、それに触れた。


 ーーガタガタガターー


「え?」


 ジークは石の城壁がガタガタと音を出すのに驚き、声を漏らした。マークは振り返り、ジークを睨む。ジークは頭を下げた。


「レオン様、異常ありません。鍵がかかったままです」


「そうか」


 レオンは沈痛な面持ちで城壁を眺めていた。


「レオン様、確認はしました。王塔に報告に行きましょう」


 マークはレオンを促した。


 草原に戻った三人は、町からの入城門に向かって馬を走らせた。マークの頭に、アイラの姿が浮かぶ。マークは王への報告よりも、アイラの元に向かいたかった。奇跡の正体はアイラだと確信していたのだ。




***




 ダラクは口笛を吹いた。奇跡を目の当たりにした。


「豊の姫の力、見せてもらったぞ! っと」


 馬小屋の陰に身を隠し、草原の復活を見ていた。その別格の力を。


「姫さん、彩の国に出張してもらうぞ。っと」


 ダラクは、遠くに見える城に向けて呟いた。馬小屋に近づく兵士に気づき、そっとその場から離れた。


 アイラに危機が迫っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ