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北の王子と南の姫  作者: 桃巴


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隠れ門

 マークは、城内を走り回っていた。若い頃は武官として名の知られたマークである。中年の域に達し、史官に着任し早十年だが、その体力は衰えることはない。ないのであるが、さすがのマークもこう連日とあっては少々体にきていた。アイラの所在不明。それも連日。しかも、あろうことか侍女たちも含めて。


「アイラ様、史官様がまたお捜しのようですよ」


 クレアは大きな体を小さくして、窓の外を確認している。


「何故でしょう? 何故、この塔は探さないのでしょうか?」


 セリアは疑問を口にした。


「そうね。不思議ね。城内の人達は、皆この塔に近寄らない。使用されていないのだからでしょうけれど」


 アイラはそう言いながら、綺麗に磨かれた塔内に視線を移す。


「毎日、中刻の鐘まで掃除が行われているし、何故この塔は使われていないのかしら?」


 アイラは、否、アイラたちは、ここ数日史官や涼の国侍女たちの目を盗み、海側の塔から脱走しこの草原側の塔に来ていた。


 涼の国の城は、


中央のそびえ立つ王の塔

海側の塔

城壁側の塔

町側の塔

そして、この草原側の塔


 に分かれていた。


 婚礼後、アイラたちは海側の塔で過ごしていた。訪れる者は、史官マーク、涼の国侍女数名のみ。レオンは婚礼後、一週間経っても、一ヶ月経っても、訪れはしなかった。


 ーーカーンコン カーンコン カーンコンーー


 昼刻の鐘が鳴る。アイラたちは、その鐘を合図に海側の塔に戻っていった。


「史官様、どうしたのですか? そんなに汗などかいて」


 セリアは澄ました顔で、史官マークに話しかけた。昼刻の鐘の音の後に海の塔に戻ってきたアイラ達を、マークが待ち構えていた。


「ど、どちらに行かれていたのですか?」


 マークは口元をヒクヒクさせながら問うた。


「塔内をグルグルと散策しておりましたが?」


 今度はクレアが何故そのようなことを問うのかと、大げさな演技をしながら告げる。


「おかしいですね。私も、朝刻の鐘の頃から"散策"していたのですが、どういうわけでしょうか、お会いできませんでしたね?」


 マークは散策を強調しながら、曲者侍女たちと会話する。


「まあ、そうですの? "すれ違い"ってあるんですね」


 セリアも負けてはいない。すれ違いを強調し応戦する。


「ほお、"一週間"もすれ違いが続くとは、なんと言いますかねえ?」


 一週間を強調するマーク。


「あら、"偶然"ってすごいですわね」


 今度はクレアが応酬する。


「もお! 三人とも仲が良いのはいいのだけど、少々声が大きくてよ」


 白熱する応酬合戦で、声が大きくなっていたのだ、この三人は。


「「「仲良くなどありません!」」」


「仲良くない? 声もピッタリ揃っているのに?」


「「「……」」」


「昼食の時間でしょ? 皆、行かないの?」


 睨み合いをする三人をおき、アイラは食間に歩き出した。


「「「お待ちください、アイラ様!」」」


 またも声を揃えた三人に、やっぱり仲良しだわと思ったアイラは口元を揺らした。




「アイラ様、降参でございます」


 マークは、ハァーっと一息吐いた後、寸の間を待って伝えた。


「まあ、マーク。降参だなんて、何を言っているのです?」


 アイラの目は笑っている。


「ですから、草原の件です。仕方ありません。レオン様の件もありますし」


 マークは、申し訳なさそうにアイラの顔を伺う。


「マーク、気にしないで。私、わかっています。マークも婚礼前に教えてくれたでしょ。涼の国にとって私は建前上の妃。レオン様にとってもそうなのでしょ」


 アイラは小さく息を吐いた。


「だから、せめて少しでも涼の国のお役にたちたいの。草原に行かなきゃ。そのために私は涼の国に居るのですから」


 悲しげにアイラは微笑んだ。


 涼の国では婚礼後、妃は一年間城外に出ることを禁止されている。


 仲睦まじい夫婦となるために……

 妃の威厳を保つために……


 つまり、

 子作りのため、

 妃と妃の親族を離すために。


 自国妃が続いた涼の国では、妃に親族が取り入ることを防ぐため、このような規則になったのだ。


 だが、アイラにとって親族は遠く南の島。そして、当のレオンは一ヶ月以上もアイラ居住の塔に訪れてはいない。毎日アイラは、来ぬレオンを虚しく待っているのみ。


 そして、アイラに届く"声"。草原が"呼んでいる"のだ。


 一週間前のこと、

 アイラは、マークに宣言した。




「マーク、私草原に行きますね!」


「はい?」


 マークは耳を疑った。


「ですから、草原に行きますわ。私は"豊の力"を持つ者。そのためにこの涼の国に嫁いだのですものね」


「アイラ様、しかし、城外へは一年間出ることを禁じられております!」


「ええ、わかっております。ですが、一年間私はこの塔で、レオン様のいらっしゃらないこの塔で、何をすればいいのです?」


「そ、それは」


 マークは口ごもる。


「ねえ、マーク。この塔には、私、クレア、セリア、涼の国の侍女二名、そしてマークだけなのよ」


「……」


「涼の国の侍女は、食事全般でしょ? だから、食事の時間までに戻ればいいのよ。ね、マーク」


 アイラは、マークに悪戯な顔を向ける。


「アイラ様、どうか私を困らせないでください」


 マークは、アイラの気持ちがわかるだけに少し切なげに言ったのだ。


「マーク、ご免なさい。ちょっとわがままを言ってみただけよ」


 アイラは、穏やかに微笑みマークに応えた。そう、応えたのだ。


 "一週間"応えたのだ。


 早刻の鐘の音と共に起き、朝刻の鐘の音で朝食を摂り、昼刻の鐘の音まで姿をくらませる。一種のかくれんぼ。マークは鬼。見つからなければ、草原に行ったとて問題はなかろうと。


 凡庸な生活を一ヶ月以上も強いられていたクレアとセリアは、このかくれんぼを大いに楽しんだ。水を得た魚のように。当のアイラも、そんな二人を見て楽しんだ。




 そう、そして一週間後が今日である。マークは降参したのだ。マークは肩を落として言った。


「内密ですよ、アイラ様。いいですか? このことは、私、クレア、セリアのみの秘密です。ハァー、この歳になって禁忌を侵す私の身にもなってください」


 そんなマークに、クレアが意気揚々と発言する。


「まあ、史官様! ご老体を無理なさらずに。初日の案内だけで結構ですわ。私共、まだピンピンしておりますので」


 得意げなクレア。セリアも加勢する。


「南国侍女は、小さい頃から隠密行動もしっかり積んでおります。史官様は安心して私共にお任せを」


 こういうときの二人は最強なのだ。息もピッタリでマークに宣言した。がしかし、マークも負けてはいない。元は武官、そして侍女たちに"老体"と言われては、心底奮起する。


「暴れ馬二頭を同時にさばけるのは私だけ! フフン、いくら快活冷静な侍女とて私には負けますわい」


 マークはふんぞり返り、カッカッと笑った。


「「「……」」」


 三人のまたもやな睨み合い。


「勝負ですな」

「「勝負ですね」」


 そんな三人を見ながら、アイラは昼食を終えた。


「私の勝ちですわね。三人共、お食事は食べないの?」


 アイラは澄ました顔で立ち上がった。


「「「!!」」」




 その後、食事を猛スピードで終えた三人。静かにお茶を飲むアイラに視線を送った。


「はじめましょうか?」


 アイラの一言で、草原への密行計画の話し合いがはじまった。





 海の塔と草原の塔の間には、こじんまりとした庭園が広がっている。その庭園の一角に、今は使用されていない門があった。否、使用されていないのではなく、使用出来ない門である。元々、隠れ門であった。王様の草原へと避難通路として一部の人間しか知られてはいない。


 庭園は、薔薇の花壇で綺麗に囲まれている。一見すると、薔薇の壁が庭園の行き止まりに見える。しかし、その奥に薔薇に隠れるように、草原へと続く門があるのだ。むやみに突っ込めば、薔薇の棘で全身に無数の傷がつく。その門への安全な道のりは、門の存在を知っている者のみにしかわからない。


 マークは王の側近であり、この門のことは知っていた。そして、一年後にはアイラもこの門のことを教えられるはずであった。


 王族として。


 王様、正妃、次期国王、その妃、王の側近二名。これが門の存在を知ることが出来る人間である。


「では、その門を使うのですね」


 マークから聞かされた隠れ門。正規ルート以外で、草原へ行く方法はこれしかないとのことだ。


「はい、それしか方法はありません。ただし、この門の存在は他言無用にお願い致します。特に、クレア、セリア」


 マークの語意の強さに、クレアもセリアも真剣な顔で頷いた。


「元々は隠れ門だったのでしょ? では今は役割が変わったの?」


「はい、三年前に閉鎖になりました。ですから、一年後アイラ様にお教えする時は門の存在を伝えるのみの予定でした。それも私の一存ですが」


 マークの重苦しい空気に、アイラは何かを察した。


「三年前の閉鎖は、何かあってのことなのですね」


「はい」


 マークはさらに暗い表情になった。


「マーク。何かは、私には言いたくないのでしょ?」


 マークは、ついには声も出さず頷いた。


「わかりました。問いません」


 マークが顔を上げた。


「閉鎖になったということは、使用できないの? いえ、何かしら方法があるのね」


 マークは、アイラが深く追求しないことに驚く。そして、その頭の回転の早さにも。ほぼ寄り道せずに話が進むのだ。マークが説明せずとも、理解し話の先にたどり着く。


「はい。閉鎖は私が致しました。門を施錠し、鍵を海に破棄しました。しかし」


 マークは、一呼吸入れた。


「破棄した鍵は偽物なのですね」


 その間で、アイラは話を進める。


「はい、万が一のため王様の側近として避難通路は確保したかったのです。三年前、隣のいにしえ国で、魔の封印が解かれ暗雲が広がったのをご存知でしょうか?」


 南の島にもその報告は届いていた。まだ十四歳だったアイラにもしっかりと記憶がある。


「ええ、知っているわ」


「その頃に、ある事情で門を閉鎖すると王様がお決めになりました。閉鎖の任は私が行うことになり、……」


「暗雲が広がる不安定な状況で、閉鎖が出来なかったのね」


「はい」


 王の命に背く行為だ。マークは沈痛な面持ちでアイラに答えた。


「マーク、間違ってはいないわ。レオン様の側近の方には、いつ伝える予定でしたの?」


 王の側近二人が、隠れ門の存在を知ることができると言うことは、次期国王レオンが即位した時であろうと思うが、マークはアイラに隠れ門のことを今話している。ならば、他にもと思いアイラは問うたのだ。


「と申しますと?」


 マークもアイラに探りを入れる。沈黙が続く。


「レオン様の側近ルークは、すでに知っているのですね」


 マークは顔には出さず内心驚く。全てを知っているのだろうかと勘ぐった。しかし、マークはそんなことはないと判断する。


「なにぶん、私もそれなりの歳ですので、もしもの時を考えまして……、ルークは知っております」


 マークは、悟られないように答えた。


「そう。マーク、少しわかりましたわ。何かの事情をあなたに問うことはありません。待つことも致しません。ですから、言わないでくださいね」


 アイラはマークに一線をおいた。マークはすぐに話さなかったことを後悔する。


「アイラ様」

「門のことはわかりました。先に進めましょう」


 マークの呼びかけには応えず、話を先へと進めるアイラ。マークは焦る顔を見せた。


「気になさらないで、マーク。言ったでしょ、私は建前上の妃です。だからいいのです。隠れ門ということは、外部からも隠れているのよね?」


 アイラはどんどん話を進めていく。


 マークは続く会話の早さに違和感を感じていた。普通では、考えが及ばないところまで先に話が進んでいく。マークは違和感を持ちながらアイラの問いに答えた。


「はい、草原側からも隠れ門となっております。ただし、あちら側は城壁仕立ての門。見た目は城壁に見えます」


「城壁に見える門? 城壁なのですね?」


 マークは、先程の違和感が確信へと変わった。やはり普通ではないと。


「はい」


 マークはあえて、詳細な返事をしなかった。


「そう。では、どのようなものなの?」


「口での説明は難しいので、当日直に見ていただければと」


「わかりました。仕掛けを楽しみにしております」


 仕掛けとわかったことに、マークはアイラの″何か″に確信をもった。


「決行はいつにしましょうか?」


「決行の前に、アイラ様達がどちらに身を隠していたかを教えていただけねばと」


 そうである。この一週間の不在の真相を確かめねばと、マークは鼻息荒く侍女たちに視線を送った。当のクレアとセリアは、視線を天井にずらし目も合わせない。


「フフッ、そうですわね。明日朝刻の鐘の音までにこちらにいらしてください。案内しますわ」

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