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北の王子と南の姫  作者: 桃巴


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20/23

愛するもの

 どのくらい歩き続けたであろうか? レオンは一度足を止め辺りを見渡した。代わり映えしない森の風景である。ふと思い出す豊王の言葉。


『願いが届かねば、森の入り口に出てしまうのだ。森に入り真っ直ぐに歩いたとしてもな』


『はい、知っております。涼の国の書庫で"三宝の力"を読みました』


『レオン殿、惑わされずにな?』


『惑わす?』


『……信じておるぞ、レオン殿』


 豊王はレオンの疑問に答えることはなく、懇願するかのように言った。レオンは頷くのみ。そして、その場の皆の視線に軽く会釈を返し、泉の森へ入っていった。


「見られているのか?」


 ポツリと呟く。アイラを抱え直し、レオンはまた真っ直ぐに歩いた。


 ……


 ……


 森は変わらず前方に続いている。


 歩く。


 歩く。


 泉は現れない。


 ーーホーッーー


 梟の鳴き声。薄暗くなる森。レオンはアイラの様子を確認する。腕に在るその存在が、レオンの胸を温めた。


「アイラ、少し休もうか」


 レオンはアイラを抱えたまましゃがみ、近くの木に寄りかかった。アイラが崩れぬように、脚の間でしっかり抱える。自身の上着をアイラにかけた。


「寒くないか?」


 答えることのないアイラにそう声をかける。


「ずっと同じ姿勢では体に悪いよな」


 レオンはアイラの頭を撫でると、アイラの体を自分に寄りかからせた。アイラを包むように腕は前で交差する。見上げた空は、薄紫の中に小さな輝きがいくつか見えた。


「アイラ、目覚めたら星を一緒に見ような」


 その声は森に溶けていく。レオンは梟の鳴き声に耳を傾けた。時間も森に溶けていく。空は漆黒となり、辺りは陰の世界になった。


「そろそろ行くか」


 再びアイラを抱え立ち上がったレオンは、一歩を踏み出した。迷うことはないのだ。願いが届かねば、すでに森の入り口に出ているはずである。だからこそ、レオンに迷いはない。泉にたどり着く道などはない。そう思っていた。ただ歩くのみ。探さずにただ歩く。


「不思議だ。何もかも闇であるのにな。……ぶつかることがない」


 闇夜の森で灯りもなく歩いても、何かにぶつかることもなく、躓くこともなく、だからと言って見えるわけでもない。レオンは不思議な感覚にとらわれた。


 ……


「主様!!」


 レオンは叫ぶ。見られていることはわかっていた。だからこそ、レオンは問いかけた。


「アイラを目覚めさせてほしい!!」


 ーーホーッー


 梟が鳴くのみであった。だが、レオンは迷わない。




 朝日が木々の間から漏れるまで歩き続けた。


 ーーピーッピッピーー


 レオンは頭上を見上げた。梟の鳴き声は、いつしか小鳥のさえずりに変わっていた。


「夜が明けたのか」


 レオンは無心で歩き続けたようだ。鳥のさえずりに気づくまで、昼夜の変化に気づいていなかった。


 ーーサラサラーー


 風がなびく。レオンの手を擽るアイラの髪。


「アイラ、おはよう」


 レオンはアイラを見つめる。そして、昨晩と同じようにアイラを自身に寄りかからせ、座った。


 ーーサラサラーー


 風が二人を撫でる。レオンはアイラを包む。


「寒くないか?」


 今日もアイラは答えない。


 ーーピッピッピーー


 レオンはそのさえずりを目で追う。


「お前たちは知っているか? 泉の場所を、泉の主様を」


 仲睦まじい二羽の鳥はクルクルと頭上で旋回する。


 旋回する。


 クルクルと。


 ずっと。


 ずっとその場で旋回する。




「それが答えなのか……」


 レオンはそう言った。それが答えなのだと、レオンは気づく。レオンはアイラをソッと抱きしめた。


「アイラ、アイラが答えだったのだな。いや、違うな。答えは森の中。動こうとも、動かなくとも」


 静かに言い終わると、レオンは再度立ち上がる。優しくアイラを抱き上げて。


 ーーサラサラーー


 ーーピッピッピーー


 レオンは瞳を閉じた。そして、願う。まだ風が頬を撫でている。耳に届く森の音。感じる光。温かさ。香る花弁。レオンはただ願う。




『何を願う?』


 さっきまで感じていた五感が、瞬時に消え去り、声が落とされた。レオンはゆっくり瞳を開いた。キラキラと泉が輝く。キラキラと風がそよぐ。キラキラと大地が奏でる。小さな泉が目の前に現れたのだ。さっきまでは生い茂った森であったのだが。


『何を願う?』


 声はまた落とされる。レオンは声の正体を捜した。


『我は見れん』


 レオンは頷くと、ソッとアイラを泉の前に横たえた。


「目覚めを願います!!」


『愛するものの目覚めか?』


「はい!」


 ーーピッピッピーー


 いつしか現れた小鳥が小枝に留まりさえずっている。レオンの瞳が一瞬小鳥に移る。その一瞬で、ことは起きた。


「レオン様」


 耳を通るその音は、レオンの知っている声。レオンは、その声の方向に視線を向けた。


「レオン様?」


 レオンは……

 その姿を……

 三年ぶりに見た。


「エ、ミリ、ア?」


 声はどこから出ているのか? レオンは自分の声を自分で聞いているような感覚だ。


「はい! レオン様。お会いしとうございました」


 エミリアはレオンの元に駆け寄る。レオンの胸に飛び込んだ。レオンは固まる。この状況についていけずにいた。


「レオン様、ありがとうございます。願ってくださって、……愛するものの目覚めを願ってくださって」


 エミリアはレオンの顔を見上げた。


「レオン様?」


「な、ぜ?」


 レオンは震える声でそう泉に問う。答えたのは、エミリアである。


「私が目覚めるように願ってくださったのでしょ? レオン様」


 レオンはやっとエミリアに顔を向けた。


「お父様もいらしているのよね? 私、嬉しいわ」


 エミリアの腕がレオンの首に回る。


『愛するものは目覚めた。森を出られよ』


 泉の主の声で、レオンはやっと止まっていた意識が動き出す。


「目覚めておりません!!」


 レオンはエミリアを震える手で離した。


「なぜ? レオン様、私は目覚めましたわ」


 レオンはエミリアに瞳を合わせず、泉に向かって再度発する。


「アイラを目覚めさせてくれ!!」


 と。


『愛するものは、


 エミリアか?


 アイラか?』


 主の問いにレオンは打ちのめされる。ガツンと頭を撲られたような感覚。レオンは崩れた。


『目覚めるのはどちらがいいのだ?』


 さらにレオンに問いを投げる主。


「レ、オン様。……愛するものは、私ではないの? もう愛していないの?」


 エミリアの声がレオンをさらに惑わせた。レオンの心のうねりがさらに加速する。


「お、れ……は……」


 その加速がレオンを息苦しくさせた。レオンの両膝は地面につく。両手は固く握られ、その地面を強く押していた。瞳には何もいれまいと、視線は地面に固定される。自身の荒い息づかいが、心と同調した。否、心が息づかいに現れたのだ。


「っ……」


 レオンは声を失う。出せる答えが見つからない。


『何を願う?』


 主の声がまた落とされる。


『どちらの目覚めを願う?』


 ーーサラサラーー


 風の囁きのみ。留まる者の時は、時とは言わない。長く、短く、過ぎていく。


 そして、


 無情にも主の声はレオンに降りかかる。


『……アイラは我が引き取ろう。この森で、目覚め平穏に暮らすことを約束しようではないか。三宝を持つアイラは我が娘であるからの。


おぬしは、エミリアを連れて帰れば良い。それで皆が幸せになる。エミリアもエミリアの父も、失ったものが戻ったおぬしも。親友が戻ったシェリーも。三宝のことでもう悩むことがなくなる涼の国も。


三年前に戻るだけである。止まっていたおぬしらの時がこれで動くのじゃ』


「レオン様、主様の言う通りです。これで、私達は幸せに暮らせますね。そのヒトは主様が幸せにしてくれますもの。心置きなく出立いたしましょ」


 エミリアが再度レオンに体を寄せる。レオンの思考は真っ暗な闇に落とされた。


 なぜ?

 わからない。

 苦しい。


 俺は……


 頭が混乱する。


 俺は……


『苦しまずとも良い。我の言葉を受け入れよ』


 締め付けられているレオンの心に、主の言葉がストンと落ち、


『おぬしが決めたことでない。我が決めたことだ。おぬしが苦しむことはこれでないのだ』


 広がっていく。主の言葉がレオンを支配していく。


「俺は……エミ、リ、アと……」


 レオンの声が紡がれる。


「……一緒に、かえ……」


 ……


 ……


 止まる。言葉は寸でで止まる。


『レオン様、惑わされないでください』


 レオンの心に語りかけるその声は、薔薇の声。


『レオン様、惑わされないでください』


 レオンの心に届いた声は、もう一度そう発した。薄紅色の光がレオンを包む。


「レオン様!! 聞いてはなりません! 私を見て、レオン様!!」


 エミリアが叫ぶ。が、レオンは瞳を閉じて光に体を預けていた。


 惑わす?


 ……惑わす? 何処かで……


『レオン殿、惑わされずにな?』


 ああ、豊王が言っていたな。俺は……惑わされているのか?


『レオン様の愛するものは、レオン様が知っているものです。レオン様が知っているものは、ここに居ますか?』


 薔薇の声がレオンに問うのだ。


『ここに愛するものは、居ますか?』


 と。


「レオン様!! 皆が幸せになるのは、私を連れて帰ることよ! レオン様! あなたの愛するものは、私でしょ!!」


 レオンの耳に聴こえる金切り声。エミリアが歪んだ形相でレオンに向かって叫んでいた。ゆっくり瞳を開くレオン。レオンの腕にすがり叫んでいるエミリアに目もくれず、アイラの元に歩く。


「レオン様!!」


 エミリアはレオンの腕を掴んで放さない。それでもなおレオンはアイラの元へ。


「どうして? どうしてなの、レオン様」


 エミリアがレオンに訴える。そこでやっとレオンはエミリアを目視し、言った。


「君は誰?」


 と。


「え? エミリアよ」


 エミリアは困惑の表情でレオンを見る。


「違う。君はエミリアではない」


 レオンの鋭い視線にエミリアは怯む。


「俺の愛するエミリアは、俺を想い、涼の国を想い、海に身を投げた。君は誰?」


「私はエミリアよ。あなたを想い、涼の国を想うエミリアよ。あなたが愛するものエミリアよ」


 レオンはフッと笑った。その表情にエミリアは笑みを返す。が、レオンの口から出た言葉にエミリアは……


「俺の愛するエミリアなら、今ここで俺を苦しませたりしないはずなんだ。苦しみを全て背負い海に身を投げたのだから。涼の国を想い、俺を想うエミリアは、ここには居ない。君は誰?」


 エミリアは歪む。姿形が歪んでいく。


「もし、俺の愛するエミリアが現れたとしても、エミリアなら、……俺に『さようなら』を言うだろうな」


 レオンの言葉が終わる前に、エミリアの姿形をしたものは消えてなくなった。


 ーーサラサラーー


 風がエミリアであった影をさらっていった。レオンはアイラを抱き上げる。




「愛するものの目覚めを願います!!」




 一点の曇りのない願いが、泉に放たれた。

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