声……そして刻々と
***
王間のバルコニーに仲睦まじい二羽の鳥。
ーーピッピッ ピッピッーー
パタパタと羽ばたいた。草原の塔の窓際にとまる。
ーーピッピッ ピッピッーー
すぐに羽ばたいた。南に向かって、遠く南の島の泉の森に向かって。
『ほほぉ、同じ目をしておるな』
ーーピッピッ ピーピッーー
『なんとも朧気な芽よのぉ。……朧気でありながら、これまで清らかとは"人"はいつも面白いものよ』
ーーピーピッピーー
『フォフォフォ、わかったわかった。行ってこい』
鳥は天高く飛翔した。
『咲くかのぉ……』
ザワザワ ザワザワ
泉の森が揺れいだ。
***
アイラの顔は険しくなっていく。クレアとセリアは、収集した情報をアイラに伝えていたのだ。
「では、シェリー様を人質に私を要求してるってことなのね。そして、彩の国はやはり被害が出ている。そのために私が必要」
アイラは少し間をおいて言い直す。
「いえ、違うわね。私の力が必要」
「アイラ様、やはり力を狙う国が出てきましたね」
と、セリア。
「どうしましょうか? レオン様はどうなさるんでしょうか?」
クレアは考え込む。
「この塔から出ないといけないわね」
アイラは呟いた。そして続ける。
「どこに行こうかしら? ねえ、クレア、セリア、私達どこに行けばいいのかしらね?」
フフフッと笑うアイラに、クレアとセリアは眉を寄せ見ていた。まだ体を思うように動かせないアイラを。
***
その頃……
アイラにクレアとセリアが情報を伝えていた頃……
王間では午後の会議が行われていた。昼食を挟んだ会議は、さらに緊迫していた。
「リョク様をこちらでおさえていることを、伝えましょう」
声が上がる。
「言葉を慎まれよ! "おさえている"とは失礼である」
マークが注意する。
「すみません、リョク様」
マークが謝る。
「いえ、気にしません。それに、その案には賛成です」
リョクはハッキリ発言した。
「リョク殿はそれでいいのか?」
涼王は確認する。それしかないことも王はわかっていたのだ。
「はっ! 紙とペンを頂けませんか?」
王は合図を後方に送った。
「リョク殿、ひとつ良いですか?」
レオンは真剣な声でリョクに伺う。
「シェリーは、今後も……いや」
レオンは言葉を止めた。
「シェリーはどんなことがあっても、私の妃です」
リョクは鮮明な声で宣言した。レオンをしっかり見据え、そして、王に顔を向けると深く一礼して。
「リョク殿、シェリーを頼んだぞ。今後、どう転ぼうがわしはリョク殿を信用する」
ちょうど、紙とペンが届けられる。リョクは紙を受け取るとグシャグシャに丸め、そして破いた。王間はざわめく。王とレオンは動揺せずに見ていた。リョクが何をするかわかっていたのだ。リョクは破いた紙を拾うと、テーブルで丁寧に広げた。ペンを持ち書く。
『要求を下げねば、私の命が危ない』と。
それはシェリーから送られてきた手紙と同じ様であった。リョクは大きく息を吐き、その手紙を会議の皆に見せた。
「私の収集した稀少な種と、写した書物、そして……頂いた光るミュウ虫と一緒に彩の国にお願いします」
リョクの声が王間に響いた。
***
再び草原の塔。
「レオン様は来ませんね」
セリアは首を傾げた。
「会議で忙しいのよ。会議が終われば、兵士を連れて捕まえにくるわ」
クレアは諦め気味に言った。
「いいえ、レオン様はたぶん来ないわ。私のことを、私の居場所を言っていないわ」
アイラは穏やかに言った。その穏やかな顔がクレアと、セリアを驚かせた。頬を少しピンクに染めていたのだ。
「どうしたの?」
アイラは不思議そうに尋ねた。
「い、え! なぜ、レオン様が言っていないとわかるのですか?」
クレアが問う。
「教えてくれるのよ。皆が教えてくれるの」
そう言ってアイラは、薔薇を優しく包む。あの薔薇である。散った花弁は薄手の布に包んで枕元にある。
「レオン様だけなのよ、ここに私が居るって知っているのは」
「では、レオン様はアイラ様の居場所を言っていない。それで、ここにも来ない? どういうことでしょう?」
クレアは眉間に皺が寄る。
「フフッ、えーとね。居場所は言ってないけど、私が国内に居ることを言ったみたい。で、皆が驚いたって。レオン様は私の居場所を知られないため、ここには来ないって」
クレアとセリアが顔を見合わせる。
「見ているようですね? 力を使われているのですか?!」
クレアは強くアイラに問いただした。
「もう、クレアったら。いいえ、さっきも言ったでしょ。皆が教えてくれるのよ。レオン様を慕う薔薇たちがね」
そう、それはアイラ特別の豊の力。植物の声が聞こえる力である。
「では、ここから移動せずに済むのでは?」
そう言うセリアに、アイラは首を横に振る。
「マーク、……ジーク、きっとたどり着くわ。ここにね。だから、たどり着く前に出ないと。レオン様のためにも……彩の国にね」
アイラの口から彩の国と出たことで、クレアとセリアは体を強ばらせた。
「彩の国に行くのですか?! なぜです! シェリー様は酷いことをアイラ様に言ったではないですか!」
クレアが叫ぶ。
「涼の国のためよ。もし戦争になったら、国人が犠牲になるのよ。そんなことさせないわ」
穏やかながも強い芯のある声。アイラは決めていた。彩の国に行くことを。
「ですが! そのお身体では、無理にございます」
セリアがピシャリと言った。
「ええ、ですから草原に行くのです。植物の力を、大地の力を、天の力を浴びます。手伝ってくれるでしょ?」
クレアとセリアの顔が引き吊る。
「アイラ様! 力を近々に使用しましたら、どうなるかおわかりにならないのですか!!」
クレアはさらに叫んだ。
「そうです! 先日使ったばかりです。それで、お身体は思うように動かせないんですよ。わからないのですか!!」
珍しくセリアも声を荒げた。
「二人とも怖いわ」
と、そこにジーナとエレーナが慌てて現れた。
「どうしたの? 二人してこちらに来たらアイラ様の居場所がバレてしまうわ!」
セリアが言った。
「すみません! ですがすぐにお耳に入れたくて。ハァハァ」
ジーナは早口で言った後、アイラに顔を向けた。アイラは頷く。
「彩の太子リョク様が入国しています! 会議にも出ているようです」
聞いた途端、セリアとクレアはアイラに顔を向け、指示を待つ。
「すぐに情報収集を」
クレアとセリアが飛び出していく。アイラは薔薇の花弁の布を手にした。
ーー皆が言っていた"緑"とは彩の太子のことだったのねーー
「エレーナ、レオン様の所に行ってくれる?」
エレーナはコクンと頷いた。
「これをレオン様に渡してほしいの」
アイラは薔薇の花弁を包んだ布を渡した。
「何とお伝えすれば?」
「フフッ、さすがに青の国の巫女侍女でも、意味はわからないのね」
エレーナは布を受け取ると小さく笑った。
「いえ、レオン様がわからないのではと思い伝えてもよろしいですか?」
「フフッ、ダーメ。内緒にしてて」
エレーナはふわりと微笑んで、部屋を出ていった。
ーーカーンコン カーンコン カーンコンーー
夜刻の鐘が鳴る。
草原の塔に再度集まったクレアとセリアは、収集した情報を嬉々として話していた。だが、アイラの顔は段々と険しくなり、そして青ざめていく。
「彩の太子がこちらの人質です。これで、アイラ様は彩の国に行かれなくても良いですね」
クレアは揚々と話す。が、アイラの顔を見て慌てた。
「アイラ様! どうなさりました? お身体が辛いのですか?」
「違うわ!! どうして気づかないの?! 早く彩の国に行かないと!」
アイラが叫ぶ。
「どうしてです? どうして、アイラ様が彩の国に行かねばならないのです?」
クレアはきょとんとしアイラに問う。
「彩の国はシェリー様を人質に、涼の国は彩の太子リョク殿を人質に。どちらに軍配が上がるの?」
アイラは険しい顔で喋る。
「もちろん、こちら涼の国です。太子の方が人質として有益です。ですからアイラ様は安心なのでは?」
セリアが答えた。
「私はこちら涼の国に居る。そのことを両国はわかっている」
アイラの顔はさらに青くなる。
「ですから、涼の国は彩の国の要求を突っぱねられるのではないのですか?」
セリアはそうアイラに向ける。
「ええ、そうよ。だからよ! だから、急いで行かないと! お姉様が危ないわ!!」
アイラの口から出た言葉にクレアとセリアの顔は呆気に取られる。
「アイラ様? フローラ様が危ないのでございますか? 楽の国は関係ないのでは?」
クレアは疑問をそのまま口に出した。セリアは黙りこむ。
「彩の国は、太子を人質に取られ、要求していた私を得られない。害虫被害を止められない。どうする? どう動く?」
アイラの低い声の内容にセリアは一寸の間を持ち答えた。
「身近な豊の姫を狙う」
クレアの表情は一気に変わった。三人の顔は険しい。
「すぐに、すぐに彩の国に行って、草花達を復活させないと! お姉様が狙われる前に! 涼の国から彩の国に書簡が渡る前に!」
ハァハァとアイラは息をする。
「全ての前に、全てを終わらせるの。そしたらお姉様も狙われない。両国は穏便に人質を開放するわ」
その苦しい話声に、クレアとセリアは戸惑う。アイラが言っていることはわかる。フローラの危険はわかる。戦争の危険も。それを事前に止めるため、アイラが彩の国に行かなければならないことも。だが、今のアイラは、それを容易にできる状態ではないのだ。それ故にクレアもセリアも、アイラに賛同出来ずにいた。
「クレア! セリア! お姉様は身重よ!!」
アイラが叫ぶ。二人はハッとした。
「私は大丈夫よ。もし、もし……私に何かあったとしても、泉の主様が助けてくださるわ。だから、ね、クレア、セリア用意をして、お願いよ。お願い……お姉様を、涼の国を守りたいの」
クレアとセリアは項垂れる。唇を噛み締めながら、準備をはじめた。アイラの懇願を受け入れたのだ。否、それしか方法はなかった。
「アイラ様、ですが無鉄砲に彩の国に行くことは出来ません」
セリアは準備をしながら冷静に言った。
「ええ、そうね。まずは草原で力を回復しないとね」
「いいえ、それだけではありません。港まではどう行くか? 港から彩の国まではどうするか? 力を使うだけでなく、その後のこと」
アイラは頷く。
「そうね。草花を復活させても、両国にそれが伝わらないといけないし、どう人質を開放するか……。いきなり復活した草花を見て、彩の国がシェリー様を安直に開放するなんてことは、ないかしらね?」
アイラの思うその後のことと、セリアが言うその後のことは全く違っていた。
「アイラ様! 何故ご自身のことを考えないのです?! 私は……動けなくなったアイラ様を、どう泉の森にお運びするかを言っているのです!」
セリアが声を荒げる。
「ぁ、ごめんなさい。セリア、ごめんね」
アイラは小さくなって、身を竦めた。
「まず、アイラ様は両国王様にお手紙を。涼の国王様宛ては、ジーナに頼みましょう。彩の国王様には私がお届けします。クレアはアイラ様を豊の国にお運びして。エレーナを連れていった方がいいわ」
セリアは先を冷静に判断し話した。
「わかったわ」
クレアはセリアと視線を交わし答えた。
「ありがとう、二人とも。本当にありがとう」
アイラは涙ぐんだ。その様子に二人は慌てる。
「「アイラ様、どうかお気になさらずに!」」
二人の揃った声に三人は一瞬キョトンと顔を見合わせる。そう、あの時のようだ。楽の国の早朝の植物園を思い出す。
「フフッ」
アイラが笑う。
「プッ」
「ハハッ」
二人も笑った。
「え?」
「え?」
ジーナとエレーナは、アイラの話に顔が固まったのだ。
「そ、そのようなこ、と、と! 私に、はぁ出来ぃません」
ジーナは動揺して答えた。
「私が豊の国にですか?」
エレーナは驚きながらも、状況を飲み込んでいる。アイラは黙る。クレアとセリアも一言も発せず二人を見る。無言の圧力である。
「ジーナ、諦めましょう。私達で止められるわけはないわ」
エレーナが溢す。ジーナは力が入っていた肩をストンと落としたのだった。