表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/23

はじまり

***


物語は一通の文からはじまった。


否、仲睦まじき二羽の鳥がはじまりであった。


***




「ひっ!!」


 少女は短い悲鳴を上げた。見上げた空を覆うように、ズンと人が仁王立ちしていたのだ。


「姫様!!」


 仁王立ちの人物の声が、辺りに響いた。少女は、口元をヒクヒクとさせながら声を出す。


「ク、クレア、ごきげんよう?」


 クレアと呼ばれた仁王立ちの人物は、"フゥーッ"と鼻息を荒くする。


「きげんが良いわけありません! 姫様、何度言ったらわかるのですか? ひとりで、"田"に来られては困ります」


「だって、"呼んでいた"んですもの」


「"呼ばれていた"としても、ひとりで動くのはもっての他。私にお知らせ下さい。このクレア、姫様のお供は何があっても優先致します」


「だって、クレアと来ると、皆怖がってしまうんですもの」


 少女は、そう言って田の苗を優しく撫でた。


「姫様、そんなに私は怖がられているのですか?」


 クレアは、少女に近寄り小声で訊ねた。


「クレア、どんなに小声で話しても皆には筒抜けよ。フフッ、アハハハッ、駄目だわ。お腹がいたーい。皆、クレアに話しても良いかしら?」


 少女の言葉に、田が一瞬水々しく輝いた。





 少女の言う皆とは、この田の"土"と"苗"のようだ。


「あのね、クレア。皆ね、クレアが嫌いなわけではないのよ。なんというか、そのね……クレアのその体がね、少々大きいでしょう? だからね、皆潰されはしないかと、心配で怖がっているのよ」


 少女はクレアに告げた。


「皆まだ、出来立ての赤ちゃんだからね」


 と、新しく出来た田を優しい眼差しで見渡した。クレアはそんな少女の傍らに、これまたズンと立ち腰に手をあてた。


「えー、私クレアは、小さき頃より、田畑のお世話をしているわ。ベテランよ。誤って、あなた方を潰したりなんてするもんですか!」


 クレアは、田に向かって演説を始めてしまった。少女は、そんなクレアを見て笑い出す。


「姫様、笑ってないで、皆に伝えて下さい!」


「えぇ、フフッ、皆聞いて。コホン、クレアは私の大事な侍女よ。そして、優秀な侍女なの。皆を潰したりなんかしないから安心してね」


 少女の優しい声が田に広がる。田はまた、水々しく光り返答をしたようだった。




「姫様、いえ、アイラ様。先ほど、城に中央大陸の"涼の国"より書簡が届きまして、城内が騒がしくなっております」


 少女と、いや、アイラとクレアは城に向かって歩いていた。クレアは、田に来る前の城の状況をアイラに伝えた。アイラは、クレアの言葉に小首を傾げる。


「"涼の国"って、確か中央大陸の北方の国よね。そんな遠い国から、この南の島の"豊の国"に何の用かしら?」


 アイラはこの時、その用が、その用の中心が自分にあることも知らずに、呑気に田と畑の小道を歩いていたのだった。




 "豊の国"


 この国は、中央大陸のほぼ南に位置する小さい島国である。丸に近い空豆の形をした島。島の北西部には、この島の3分の1の面積を有する"泉の森"が広がる。島の中心には、泉の森を背に城が建っていた。城の周りに"田"と"畑"が広がっている。城の北方向は陸町と呼ばれ、南方向は海町と呼ばれていた。小さな島国ながらも、


暖かい南の気候

恵まれた大地と食物

開かれた海の航路と海の幸

平和な生活


まさに名の通り、"豊の国"であった。


 そしてまた、この国を豊の国と謂わしめる、特殊な宝があったのだ。この国の王族に生まれし姫には、特殊な力が備わっていた。


天候を操る力を持って生まれし姫

大地を豊かにする力を持って生まれし姫

植物にエネルギーを与える力を持って生まれし姫


 この3つの力のどれかを持ち、生まれてくるのだ。宝の力を持つ国。名実共に"豊の国"であった。




「えっ? お父様、私が"涼の国"に嫁ぐのですか? ……私がですか?」


 アイラの父、豊の国王は、中央大陸"涼の国"より届いた書簡を広げアイラに見せた。


「……アイラ、大陸の大国"涼の国"からの申し出だ。断る理由などなかろう?」


「お父様、ですが! 私は……、芽の出ぬ者でございます。そんな私に嫁ぐ資格などありません」


「アイラよ、この南の島"豊の国"では芽が出なくても、大陸に行けば芽が出るやもしれん。私も正妃も諦めてはいないのだよ」


 豊の国王と、その隣に座する正妃は、互いに視線を交わした後、アイラに優しい眼差しを向けた。


「お父様、お母様……」



 こうして物語は、一通の文からはじまる。中央大陸"涼の国"の文から……。





***


「ハァー」


 涼の国王は、ため息をついた。王は、額に手を当て考え込む。この一年、両手には数えきれぬ程の縁談を試みた。が、しかし、一向に息子である第一王子レオンは、全くなびかぬのである。


 国内の妃候補は、乱立、混迷。国外に目を向け、大陸全土から相応しき姫を捜したものの、婚儀打診への快い返事は得られなかったのだ。名が上がる姫達には、すでに決められた相手がいた。そして、長らく涼の国では、自国妃が続いたこともまた影響したのであろう。


 "涼の国は、自国妃しか迎え入れぬ"


 大陸の国々に、周知の事実として広がってしまっていたのだ。


 王はバッと立ち上がり、気晴らしにバルコニーに出た。青空を眺める。


「レオンの心はまだ動かぬ。三年前に止まったままじゃ」


 呟きが空に消えた。王は、視線を町に移した。




 "涼の国"


 中央大陸北の端の国。海と岩山脈に挟まれし国。草原を涼やかに馬が駆けている。国の東側一帯を草原が占めるこの涼の国は、馬の産出国として大陸に名を馳せていた。西には、海を背に城が建ち、城から伸びた城壁が岩山まで連なっている。城壁近くの町は、門町、草原に接している町は、原町と呼ばれていた。そして、この2つの町に挟まれた町が内町。涼の国でもっとも賑わいのある町である。


 閉鎖的な立地ではあるが、それが幸いし、涼の国は平和を保っていた。海からの侵略も、岩山脈からの侵略も、城壁からの侵略も不可能に近いからだ。


 涼やかに凛と成る国。それが、この"涼の国"であった。




 王の視線は、その涼の国にある。海、草原、岩山、城壁、そして、町と視線は移っていく。


「レオンよ。お前しかいないのだぞ。この涼の国を背負っていく者は……」


 王の呟きは、またも空に消えた。


 ーーピィー ピッピッピッーー


 二羽の仲睦まじき鳥が、王の瞳に映った。城の見張り塔を、グルグルと回り翔んでいる。


 ーーバタバタバターー


 と、王のいるバルコニーの端に、羽休めにとまったようだ。王は、その二羽に何故か目を離せずにいた。二羽は、お互いを啄み、小さく"ピピピ"と鳴いた後、南の空に向かって羽ばたいていった。王は、その南の空に消える二羽をただ眺めていた。


「あの二羽は、南の島にでも行くのかのぉ? 南の島か。確か豊の国であったかの。……!!」


 王は、バルコニーからバタバタと部屋に戻り、側近を呼んだのだった。


 そうである。


 "豊の国"への書簡は、こうして送られた。二羽の仲睦まじき鳥が、運んだようなものだ。




「レオン様、王様がお呼びです」


 レオンの側近ルークは、レオンの背に向かって、遠慮がちに伝えた。しかし、思っていた通り、レオンに反応はない。ルークは、それ以上の発言を控えた。そして、ただ待った。


 ーーカーンコン カーンコンーー


 遠くで夕刻の鐘が鳴る。レオンは、鐘の音が鳴ると同時に、足早に歩き出した。ルークも後を追う。城内に入ったレオンとルーク。


「レオン様、王様が本塔広間においでです」


「広間?」


「はい、王様側近の方より、レオン様を広間にお連れしろと」


「縁談ではあるまいな?」


「そのような方の入城は、報告が上がっておりませんから、別件かと」


 無言になった二人は、広間入口に到着した。


「失礼します」


 レオンとルークが広間に入ると、床半分に地図が広がっていた。


「父上、これはいったい?」


「おお! レオンか。良いところに来たな。大陸の地図を広げておったところじゃ。見よ、これが"涼の国"。そして、南にずーっと下がったところに……」


 王は、軽やかな口調でレオンに向かって話す。


「して、この南方の島国はなんじゃったか? レオン、わかるか?」


 指し棒は、南の島を指していた。レオンは、視線を地図に移す。


「"豊の国"です、父上」


「おお! そうじゃった。"豊の力"を生まれし頃より持つ"姫"がおる、"豊の国"じゃ」


 王の視線は、意味深にレオンに向けられた。


「父上、私は」

「レオンよ」


 レオンの言葉を遮った王は、再度指し棒を涼の国に戻した。


「レオン、わしの子は、第一王子であるお前、第一姫、第二姫の三人じゃ。第一姫は嫁いでいった。第二姫は十七歳、すでに嫁ぎ先も決まっておる。して、涼の国の次期国王は……わかるな、レオンよ」


「はい、父上、ですが!」

「エミリアの代わりはおらん」


 またも、王はレオンの声に被せた。


「そしてレオン、"涼の国次期国王"であるお前の代わりもおらんのじゃ」


 無言でレオンは俯いている。


「お前の隣はエミリアじゃ。わしは、そのことに口出しはせん。しかし、次期国王の隣は口出しするぞ。よいな、レオン」


「はい」


「"豊の力"は、涼の国草原に役立つと思わぬか? "涼の国次期国王"としての、お前の意見が訊きたい」


「役立つと思います。ですが」

「レオン」


 レオンの言葉を遮るのも、これで三度め。


「レオン、長らく涼の国は自国妃であった。他国の力を入れぬため、他国の権力争いに、巻き込まれぬためにな。……だが、今はどうじゃ? レオンよ」


 レオンは答えない。


「知らぬはずはなかろう?」


 王は、レオンの言葉を待った。


「国内で、権力争いがおこっております」


 レオンは、静かに発した。


「そうじゃ、してその原因は?」


「私の妃が原因です」


 次期国王の妃が未定。これによりおこる争い。我が娘を妃にと、貴族、権力者たちの争いが激化していた。ここ一年の争いは、酷いものであった。有力候補たちによる、否、有力候補たちの背後にいる者たちが流す悪評。足の引っぱりあい。そして、拉致。


 王は頭を悩ませた。この争いを収めようと、大陸の姫に目を向けたのだ。快い返事は得られなかったのであるが。


 王は、レオンの言葉に頷いた。


「そうじゃな。では、どうする? レオンよ」


 広間に沈黙が流れる。王は待った。


 ーーカーンコン カーンコン カーンコンーー


 夜刻の鐘が鳴った。


 王は待つ。レオンの言葉を待つ。次期国王としてのレオンの言葉を。


「父上……」


 レオンは、父である"涼の国王"に顔を向け、無表情のまま小さく頷いた。


「良いのだな?」


 黙して頷いたレオンに、王は確認した。


「はい」


 レオンは、ただ返事をするのみ。二人の間に、しばしの刻が流れる。


「次期国王として、豊の国の姫をめとります」


 レオンは、抑揚なく発言したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ