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 ついに、その時は訪れた。

 夢にまで見た光景。

 果たして今という瞬間ほど、この光景を待ちわびたことはあっただろうか。


 全身が喜びに打ち震える。

 勝った。

 俺はついに勝ったんだ。

 諦めようとする己の弱さに。

 そして、この罠を仕組んだ姿なき悪魔に。



「……幸運を」

「もうそこまでサツが来てる。のんびりとはできねぇぞ」


 それを最後に、ドアは静かに閉じられた。




 音のなくなった個室。

 次第に近づくサイレンの音だけが耳に響き、焦燥感をかき立てる。

 ガテ男の言うとおり、もう時間はあまりない。

 早くしないと俺が排便をすませるより先、警察がここに乗り込んでくるだろう。

 そうなるとすべてが終わりだ。

 俺のここまでの踏ん張りも、みんなの想いも、そのすべてが無駄になる。 


 だが、それでも……。



「ガテ男、ご老人、少年、大男、優男……。俺はいったい--」



 それでも、俺はまだ決心できなかった。

 ベルトも外さず、パンツも下ろさず、ただじっと便座の上に腰掛けている。

 

 皆のことを、何より家族のことを思えば、答えなど当に出ているはずだ。 悩むまでもない。

 さっさとクソをひり出せばいい。


 しかし、それで本当にいいのだろうか。

 彼らは俺のためにすすんでクソ野郎となることを選んだ。

 誰に言われるでもなく、己の意思で。

 そこに打算や裏などない……だろう。 

 なにせ、腹にいちもつを抱えたまま、ケツからイチモツを漏らすなんてマネ、到底出来るようなものじゃないのだから。

 

 

 じゃあ、俺はいったいどうなんだ。

 ここまで耐え忍び、自らの尊厳を汚してまで俺の尊厳を守ろうとしてくれた戦友たち。

 彼らだけをクソ野郎にしたまま、俺だけがのうのうと純ケツを守っていいのか。

 いい年してうんこを漏らした情けない奴。

 そんなレッテルを彼らだけに押しつけて、俺ひとりがすっきり清々しく、尊厳を保っていていいのだろうか。



 違う……。そんなもの、上辺だけのまやかしだ。

 例えるならばうんこ味のカレーならぬ、カレー味のうんこ。

 どれだけ外見をきれいに繕おうと、中身は所詮ただのクソだ。

 そんなものに、俺は本当になりたいのか。

 そんな父親で、夫で、大人で、男で、本当に――


 

 

 嫌だ。

 俺はカレー味のうんこにはなりたくない。

 どうせなるならうんこ味のカレーになりたい。

 

 過ぎゆく時間。

 外がなにやら騒がしい。

 どうやら警察の到着がしたようだ。

 もう、退路はない。



 ……俺はやっと心を決めた。

 じっと個室の一点、すべての現況たる張り紙へと目を向ける。

 そのまま深呼吸し、唇を噛みしめた。

 うっすらと鉄の味が滲むくらいに。



 なあ、姿なき犯人よ。

 お前はこの結末を予想できたのか?

 俺たちが苦しみもがく様を、どこかで笑って見ているのだろうか。

 馬鹿な奴らだと。

 愚かな奴らだと。



 ……それでもいい。

 俺たちは確かに馬鹿で、そして愚かだ。

 ささいなすれ違いで声を荒げ、勝手な先入観で罵りあう。

 自己満足な感傷でクソを漏らし、それでも笑って他者をいたわる。


 本当、どうしようもない男たちだ。


 

 だが、それでも……。

 それでも俺たちには譲れないものがある。 

 たとえ尊厳パンツを醜いクソで汚しても、それでもなお譲れない熱き誇りがここにあるんだ。




 なあ、見てるか犯人。

 

 教えてやるよ、俺たちの誇りを。

 俺たちの決意を。

 俺たちの友情を。


 そして……。




 俺たちの覚悟せんたくを――    

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