7
ついに、その時は訪れた。
夢にまで見た光景。
果たして今という瞬間ほど、この光景を待ちわびたことはあっただろうか。
全身が喜びに打ち震える。
勝った。
俺はついに勝ったんだ。
諦めようとする己の弱さに。
そして、この罠を仕組んだ姿なき悪魔に。
「……幸運を」
「もうそこまでサツが来てる。のんびりとはできねぇぞ」
それを最後に、ドアは静かに閉じられた。
音のなくなった個室。
次第に近づくサイレンの音だけが耳に響き、焦燥感をかき立てる。
ガテ男の言うとおり、もう時間はあまりない。
早くしないと俺が排便をすませるより先、警察がここに乗り込んでくるだろう。
そうなるとすべてが終わりだ。
俺のここまでの踏ん張りも、みんなの想いも、そのすべてが無駄になる。
だが、それでも……。
「ガテ男、ご老人、少年、大男、優男……。俺はいったい--」
それでも、俺はまだ決心できなかった。
ベルトも外さず、パンツも下ろさず、ただじっと便座の上に腰掛けている。
皆のことを、何より家族のことを思えば、答えなど当に出ているはずだ。 悩むまでもない。
さっさとクソをひり出せばいい。
しかし、それで本当にいいのだろうか。
彼らは俺のためにすすんでクソ野郎となることを選んだ。
誰に言われるでもなく、己の意思で。
そこに打算や裏などない……だろう。
なにせ、腹にいちもつを抱えたまま、ケツからイチモツを漏らすなんてマネ、到底出来るようなものじゃないのだから。
じゃあ、俺はいったいどうなんだ。
ここまで耐え忍び、自らの尊厳を汚してまで俺の尊厳を守ろうとしてくれた戦友たち。
彼らだけをクソ野郎にしたまま、俺だけがのうのうと純ケツを守っていいのか。
いい年してうんこを漏らした情けない奴。
そんなレッテルを彼らだけに押しつけて、俺ひとりがすっきり清々しく、尊厳を保っていていいのだろうか。
違う……。そんなもの、上辺だけのまやかしだ。
例えるならばうんこ味のカレーならぬ、カレー味のうんこ。
どれだけ外見をきれいに繕おうと、中身は所詮ただのクソだ。
そんなものに、俺は本当になりたいのか。
そんな父親で、夫で、大人で、男で、本当に――
嫌だ。
俺はカレー味のうんこにはなりたくない。
どうせなるならうんこ味のカレーになりたい。
過ぎゆく時間。
外がなにやら騒がしい。
どうやら警察の到着がしたようだ。
もう、退路はない。
……俺はやっと心を決めた。
じっと個室の一点、すべての現況たる張り紙へと目を向ける。
そのまま深呼吸し、唇を噛みしめた。
うっすらと鉄の味が滲むくらいに。
なあ、姿なき犯人よ。
お前はこの結末を予想できたのか?
俺たちが苦しみもがく様を、どこかで笑って見ているのだろうか。
馬鹿な奴らだと。
愚かな奴らだと。
……それでもいい。
俺たちは確かに馬鹿で、そして愚かだ。
ささいなすれ違いで声を荒げ、勝手な先入観で罵りあう。
自己満足な感傷でクソを漏らし、それでも笑って他者をいたわる。
本当、どうしようもない男たちだ。
だが、それでも……。
それでも俺たちには譲れないものがある。
たとえ尊厳を醜いクソで汚しても、それでもなお譲れない熱き誇りがここにあるんだ。
なあ、見てるか犯人。
教えてやるよ、俺たちの誇りを。
俺たちの決意を。
俺たちの友情を。
そして……。
俺たちの覚悟を――