9,衝撃
木曜日。
1限の講義はほとんど寝てしまった。もうすぐテストだというのに…。
ナチと私は同じ専攻だから授業もほぼ一緒なんだけど、この授業だけは別。
他の友達とも違うから毎週これだけは一人で受けてる。
それもあって木曜の授業はキライ。
ナチは3限からだから2時間目と昼休みまで1人で過ごさなきゃいけないのもその理由かも。
とりあえず図書館へ向かう事にした。テスト前だしね…。
『ブーブー。』
ケータイのバイブが鳴る。
図書館行くんだから音消さなきゃ。
ケータイを見ると着信だった。
『谷原ケンからだ。』
ケンちゃんは高校のクラスメイト。
そういえばユータと会った時、『谷原がクラス会しようって言ってた』って言ってたなぁ…。
「もしもし〜ケンちゃん?」
「あっ、サキ?久しぶり。」
「久しぶり〜元気?」
「あぁ、俺は元気だけど…。」
「もしかしてクラス会の話?ユータからちょっと聞いたよ。」
「えっ?ユータと連絡取ってるの?」
「違うよ。先週の金曜…かな。バッタリ会っただけ。」
そんなに驚かなくても…。
まぁ高校3年の後半一言も話さなかったもんなぁ。
「実はさぁ、そのユータが事故ったんだ。」
「えっ!?」
全身に電流が流れる。
「先週の土曜、チャリに乗ってたら車とぶつかったらしい。」
「ケガは?意識は?」
「意識不明だったけど、一昨日戻って今はフツーに会話してる。」
とりあえず安心した。
「それでさ、ユータがサキに会いたがってるんだ…。」
「えっ?そんな訳無いでしょ?」
「サキ、今日お見舞い来れない?高校の近くのK病院なんだけど。その時詳しく話すから。」
「じゃあ今から行く。」
「えっ?学校は?」
「どうせ空き時間だし大丈夫。1時間位で行くから。」
「分かった。じゃあ俺も向かうよ。」
電話を切ると駅に向かって走り出した。
ユータが私に会いたがってる?
そんな訳無いって思いつつも走ってるのは心配だから、早く会いたいから、まだ…好きだから…。
慌てて電車に飛び乗る。なんとか急行に乗れた。
ふとケータイを見る。
不在着信1件 松岡サトシ
ケータイをバックにしまった。
病院に着くとケンに教えられた病室へ急いで向かった。
314号室。どうやら一人部屋のようだ。
扉が開いてる。ちょっと覗いてみた。
「サキ!」
ユータだ。ケンとユータのお母さんも居る。
ユータのお母さんに頭を下げ、部屋に入った。
ユータは頭、首、腕、足、至る所包帯ぐるぐるだ。
「サキ、来るの遅いよ。彼女のくせに。」
「えっ?」
何言ってんの?事故で頭おかしくなったのかな?
「えっ?じゃないだろ。彼氏が事故ったってのに全然来ないから谷原に連絡してもらったんだよ。俺のケータイ、事故で壊れたらしくてさぁ。」
どういう事?
「サキ、ちょっと外来て。」
ケンちゃんが耳元で囁いた。
「私、ちょっとトイレ行ってくる。」
そう言って廊下に出た。
ケンちゃんは私を休憩所に連れていき話だした。
「実は…ユータ記憶喪失になったんだ。」
「えっ!?でもフツーに私の事も覚えてたじゃん。」
「詳しい事は分からないんだけど、事故のショックでここ2年間の記憶が全て消えちゃったらしい。」
「そんな事ってあるの…。」
驚きを隠せない。
「あぁ。本人に話してもなかなか信じて貰えないらしいんだ。」
「だから私の事彼女って言ったんだ…。」
2年前なら何の問題もなく付き合ってた頃だ。
「しかも、この2年の記憶は一生戻らないらしい。」
「……。」
言葉が出ない。
「だからユータの中では、サキは未だに彼女なんだ。とりあえず今は彼女のフリしてやってくんない?」
「…分かった。」
何だかよくわかんないけど一応答えた。
部屋に戻るとケンちゃんは帰っていった。
ユータはずっと事故の話をしてた。
(正確には目覚めてからの事だけど。)
不思議だ。ユータと普通に話をしている。
優しいユータが目の前に居る。
もしかしてあの頃に戻れるのかな…。
『ぐぅ〜。』
「あっ。」
話してる途中お腹が鳴った。慌ててお腹を押さえる。
「サキお腹空いてんの?」
「そーいえばお昼ご飯まだだったや。」
時計を見るともう1時を過ぎていた。
3限間に合わないな…。もうこのまま家に帰ろ。あっ、そういやナチに連絡してない!!
「サキちゃん、おばさんと一緒にお昼食べに行かない?私もまだなのよ。」
「あっ、、はい。」
おばさんは何か話したそうな感じだった。
「ユータはまだ手術後なんだからしっかり寝てなさいよ。」
「は―い。サキ、今日はもう帰るの?」
「うん。また来るよ。」
「じゃあ明日な。ちゃんと来いよ―。」
明日…。
返事はしなかった。
おばさんと私は病院のすぐ横にあるイタリアンのお店に入った。
「すみません。ちょっと友達にメールしても良いですか?」
「ええ。どうぞ。」
注文後、とりあえずナチにメールしようとケータイを出した。
着信4件 メール2件
着信はサトシが2回、ナチが2回。
メールを開く。両方ナチだ。
『今着いたよ―。どこに居る?』
『今日サボり?とりあえず代弁しといたよ。あと、偶然サトシ君に会った。サキの事探してたよ―。』
サトシ、学校休みなはずじゃ…。
『連絡遅くなってごめんね。今日サボる―。また夜電話するね。』
サトシには触れず、返信した。
「すみませんでした。」
そう言っておばさんと向かいあった。
「サキちゃん、久しぶりなのに巻き込んじゃってごめんね。」
「そんな、気にしないでください。」
そういえばユータのお母さんと会うのは1年ぶりだ。
「記憶喪失のこと、ケンくんに聞いた?」
「はい。」
「サキちゃんは今彼氏居るの?」
「ユータと別れてからは居ないです。」
「そう…。お願いがあるんだけど…あの子ともう一度付き合ってあげてくれないかしら。」
「えっ!?」
「体調が良くなったらちゃんと記憶喪失の事を受け止めさせるつもりなの。
でも、あの子本当にサキちゃんの事好きだったから、いきなり別れたなんてショックが大きいと思うの。別れた時もずっと部屋に閉じこもって泣いてたし。」
「えっ?振ったのはユータですよ?」
何で振った方が泣くの?
意味が分からない。
「もしかして…ユータから聞いて無い?」
おばさんは驚いているようだ。私は首をかしげた。
「実はね、高校3年の一学期、ユータの成績が落ちたの。ユータの父親は、それをサキちゃんと遊んでるせいにしたの。それで別れろって。」
…知らなかった。
「しかもお父さんは暴力が酷くてね…。サキちゃんも知ってるでしょ?」
それは知っていた。ユータがよく悩んでいた。
「ユータが勉強しないのはお前のせいだって私の事を殴ってきて…。それでユータが…。ごめんねサキちゃん。」
おばさんの目に涙が浮かぶ。
「大丈夫です。もう良いですよ。」
そんな理由だったんだ。
ずっと知りたかった別れた理由。
「ユータね、只でさえ事故のショックがあるし、これからリハビリもしなきゃいけない。そんな時支えになってあげて欲しいの。親バカって分かってるけどお願いしたいの。」
おばさんは泣いていた。
「あの…ユータの今の彼女は…?」
駅で見た、清楚な顔を思い出す。
「ユカリちゃん、知ってるの?」
「駅で偶然会って…。」
「あの子ね、大学に入ってからユータと知り合ったの。だから今のユータにとっては全く知らない子で…事故に遭ってからずっと傍に居てくれたのに、目覚めた瞬間『誰?』って。『彼女じゃないの。』って言ったら『俺の彼女はサキだ。』って言ったの。。昨日も来てくれたのに『誰?』しか言わなくて…。」
「そうですか…。」
注文したオムライスのランチセットが運ばれてくる。
無言の中、スプーンと皿が当たる
「カチッ」という音がやけに響いた。
何度も願ったユータとの復縁。
でも何か違う。
ユカリさんにサトシ…。
色んな事が胸に引っかかる。
結局おばさんに返事しなかった。
私はどうすれば良いのだろう。