冒険者メイド酒場
「お帰りなさいませ、ご主人様♪」
僕がその店の扉をくぐると、赤髪ショートカットのメイド服姿の少女が、そう出迎えてきた。
「……って、なんだ、店長か」
少女は、入ってきたのが僕であることを確認すると、そうぼやく。
「まだお客さん、入ってきてないの?」
僕は、4人掛けのテーブル席が2つと、カウンターに席が5つだけある店内を見渡して聞く。
見たところ、がらんどうのようだった。
「ああ、まだ夕方前だしな。そろそろボチボチ入って来るんじゃねぇの?」
僕の問いに、少女はそう応じる。
彼女の名前はターニャ。
この店の従業員の1人で、その実、凄腕のシーフだ。
「そっか」
僕はターニャの返答に頷いて、店の奥へと向かった。
厨房を通り過ぎ、事務所の扉を開ける。
事務所には、やはりメイド服を着た少女がいて、机に向かって書き物をしていた。
銀髪の少女で、ターニャと比べると、かなりちまっこい。
ただ身長のことを言うと、「魔術師に背丈は重要じゃない」と据わった目で猛抗議してくるので、それを口に出すのはご法度だ。
彼女の名前はノーラ。
ターニャと同じくこの店の従業員で、接客ばかりでなく、経理も担当している。
「……店長、これ」
ノーラは、僕が事務所に入ってきたのに気付くと、今書いていた紙束を、僕に突きつけてきた。
「……また、赤字になりそう。私たちの頑張り……足りない?」
ノーラは縋るような目で、僕に聞いてくる。
言葉少なだから勘違いされがちだけど、ノーラは頑張り屋なのだ。
ちょっと頑張りすぎるのが珠に傷。
僕はノーラから帳簿を受け取り、そこに表記されている数字を精査してゆく。
……うーん、店の修理代が響いてるなぁ。
店で騒ぐチンピラどもを従業員全員でボコボコにして蹴り出したのは良かったが、店内乱闘するんじゃなく、店の外に蹴り出してからやるべきだったか。
でも、まあいいや。
大した額じゃないし。
「そんなことないよ。ノーラたちはよくやってくれてる」
そう言って僕はノーラの頭を撫でる。
ノーラは俯いて真っ赤になっている。
一歩間違えばセクハラだけど、まあ嫌がられてなさそうだから、大丈夫だと思う。
「店長、帰っているんですか──ってノーラ、また抜け駆けしてっ……!」
そこに、そう言って入ってきたのは、別の従業員だ。
事務所の扉を開けた姿勢のまま、わなわなと硬直している。
ポニーテイルの栗色の髪の少女で、ご多分に漏れずメイド服を着用している。
だがその胸の盛り上がりは、ほかの2人の比ではなかった。
メイド服の胸の布地を、こんもりとはちきれんばかりに盛り上げている。
彼女の名前はシンシア。
しっかり者のプリーストで、彼女がいるから僕も安心して店を空けられる。
3人の従業員のリーダー役と言っていい存在だ。
それにしても、抜け駆けって、一体……?
ふとノーラを見ると、シンシアに向けて、んべっと舌を出していた──ように、一瞬だけ見えた。
あれ、目の錯覚かな……まあいいや。
いずれにせよ、彼女たち3人が、この『冒険者メイド酒場』の主要な従業員である。
この店では、メイド服姿の美少女従業員たちが接客をする──まあ要するに、元の世界のメイド喫茶の、酒場バージョンだ。
そうそう、自己紹介が遅れたけど。
僕はこの冒険者メイド酒場の店長をしている、相田啓太という名の、元、日本人の高校生だ。
僕は神様の手違いとやらで、この異世界に飛ばされてしまったのだけど。
今はそのことに感謝している。
何しろ、この異世界での生活は、毎日が楽しいのだ。
もちろん、ツライこと、苦しいことがないわけじゃない。
だけど、前の世界で感じていたような閉塞感がなく、何事も自分の力で切り拓けるのが、楽しくてしょうがなかった。
神様からお詫びとして、剣も魔法も扱える魔法戦士としてそこそこの実力をもらった僕は、冒険者としてそこそこの成功をおさめ、そこそこの財を得ることに成功した。
その財を使って、冒険者時代の仲間たちと一緒に開いたのが、この冒険者メイド酒場だ。
ターニャ、ノーラ、シンシアの3人の仲間たちも、可愛らしいメイド服のデザインを一緒に考えながら、乗り気で参加してくれた。
元の世界にいた頃は、毎日のように生きる意味なんてものを考え、答えを出せずに悶々としていたけど、今ならはっきりと言える。
人が生きるのは、人生を楽しむために生きるんだ。
生きることを楽しむことこそ、人が生きる意味だと僕は断言する。
まあだからと言って、楽しめない人生なんて即刻やめてしまうべきだ、なんてことは言うつもりはないけど。
今の僕が元の世界に戻ったらどうするだろうな……うーん、なかなか興味深い課題ではある。
まあ親のスネ齧りだけはダメとしても、要は自分の寝床と食い扶持さえ確保できれば、あとは何やったっていいんだから……
「お帰りなさいませ、ご主人様♪」
そんなことを考えていたら、フロアの方から、ターニャの声が聞こえて来た。
今度こそ、お客さんが入ってきたんだろう。
ん、たらればを考えてもしょうがないな。
今を生きよう。
「さ、それじゃあ営業開始。2人とも、接客よろしく」
そんな緩い感じで、今日も店の営業はスタートする。
ここは僕が作った、僕と彼女たちの居場所だ。
そのスタンスについて、誰からも文句を言われる筋合いはないし、言われたところで知ったことじゃない。
客をお客様として崇めるつもりもないし、彼女らにそれを要求するつもりもない。
店内でチンピラが暴れればブッ飛ばす。
従業員へのボディタッチは半殺しにして店外に蹴り出す。
……そんなことばっかりしてるから、赤字になるんだって気もしてきたけど……まあいいや。
もしそれでお金が足りなくなったら、また冒険者稼業に戻ればいいだけだし。
僕は、この異世界に来て学んだのだ。
人は、生きるための力さえ持てば、自由になれるんだっていうことを。