第1話 崩壊の始まり
※パトフォー視点です。
――EF2015.02.15 19:27 【ルイン本部 研究エリア】
灰色をした分厚く、冷たい鋼の扉が左右に開いていく。俺は黒いアーマー・スーツを着た女と共に、広い部屋の中へと足を踏み入れる。
白色の目立つ部屋――メイン研究室の中で、2列に並んだ兵士たちが一斉に敬礼をする。全員が黒いアーマー・スーツを纏った兵士だ。
白色の床を俺は歩いていく。奥には大がかりな機械と共に、円柱状の水槽が置いてる。半透明をした青色の液体で満たされた水槽の中には、1人の若い女性が入っている。
「パトフォー閣下、お待ちしておりました」
水槽の側に立っていた黒いレザースーツ姿の女性が俺に声をかける。赤茶色の髪の毛をした彼女は、俺に一礼する。
「“サイエンネット・タイプ4=ウィルス”は昨日完成し、――」
俺は話を続ける女――コマンダー・ドロップの言葉を聞き流しながら、水槽へと近づいていく。青い液体――サイエンネット・タイプ4=ウィルスを培養した液体に浸けられた女。美しいものだ。……もう間もなく死ぬのだが。
「このウィルスを俺の身体に入れても、問題ないのだな?」
「ええ、大丈夫です。人間を進化させるウィルス――実験台にも完全に適合しています」
「そうか……」
長かった。このウィルスを生み出すまでに、どれだけの月日を費やしたか。俺の夢は、遂に現実のものとなった。幻とはならなかったのだ。
「完成体は俺だけで十分だ。この女を廃棄処分にしろ」
「はい、パトフォー閣下」
コマンダー・ドロップは一礼して、近くに設置されたコントロール・パネルに手を触れようとする。だが、そのとき――
「パトフォー閣下!」
「どうした?」
俺の側にいた女――コマンダー・フィンブルが叫ぶ。それとほぼ同時に背後で何かが割れ、砕け散る。いや、何かなんてすぐに分かる。サイエンネット・タイプ4で満たされた水槽だ!
俺が振り向く前に、後ろから首を掴まれ、そのまま持ち上げられる。そして、勢いよく投げ飛ばされる。俺の身体は、研究室にあった別の水槽に当たり、その水槽も砕ける。中から、緑色の液体が流れ出る。
「ひぃっ!」
水槽から出てきた実験台の女――サイエンネット・タイプ4の完成体は、水槽のすぐ側にいたコマンダー・ドロップに向かって拳を繰り出す。
鈍い音がし、おびただしい量の血が、青い液体が撒き散らされた白い床に飛び散る。コマンダー・ドロップの腹部に完成体の腕が埋め込まれ、その拳は真っ赤になって彼女の背中から突き出ていた。
「かっ、はッ……!」
腹と背中、口から真っ赤な鮮血を垂れ流すコマンダー・ドロップは、小刻みに痙攣しながら絶命する。だが、そんなことはどうでもいい。
「なぜ目が覚めたんだ……? いや、それよりも――」
俺の側にまで飛んできたコマンダー・フィンブルは素早く立ち上がると、動揺している兵士たちに命令を下す。
「全兵、あの女を殺せ!」
黒いアーマー・スーツを纏う兵士たちは、素早くアサルトライフルを手にし、コマンダー・ドロップの腹部から腕を引き抜いた完成体に銃口を向ける。だが、次の瞬間には、彼女の姿は消える。
「…………!?」
「…………!」
俺は背筋が凍るような殺気を感じ、後ろを振り返る。そこには、血と培養液で身体を濡らした完成体が立っていた。
「…………」
「…………ッ!」
口端で笑う完成体。だが、その目は笑っていない。心の芯から凍りつくような瞳だった。
「消えろ!」
コマンダー・フィンブルが腰に装備していた剣を引き抜くと、彼女に斬りかかる。だが、その剣に血が付くことはなかった。斬れたのは、空気だけ。フィンブルの動きも、常人のレベルを遥かに超えたものだ。完成体はそれよりも早いのだ。
「えっ?」
「あ、ぐっ!」
「いやぁっ!」
後ろから悲鳴が上がる。振り返れば、兵士たちの身体が次々と斬れ飛んでいた。赤い血を撒き散らしながら、切り離された身体が床に転がり落ちる。超能力か……!
完成体は冷たい笑みを浮かべながら、触れもせずに、素早く移動しながら、兵士たちを殺していく。上がる音は、悲鳴と銃声、誰も入っていない水槽の割れる音だけ。緑色の液体が、大量に流れ出る。
「サイエンネット・タイプ3=ウィルスが……! パトフォー閣下、急いで退避し――」
そのとき、研究室の扉が開く。外から誰かが入ってくる。……コマンダー・ドロップとよく似た容姿をした女――コマンダー・ライカだ。このルイン本部の施設長官だ。
「えっ……!?」
惨事を目にしたコマンダー・ライカは顔色を変え、引き連れてきた兵士たちを置いて1人で逃げ出す。あの女……! だが、当然と言えば当然のことだ。サイエンネット・タイプ3=ウィルスは人間に適合しない。感染すれば……死!
「パトフォー閣下、お急ぎを!」
「あ、ああ……」
コマンダー・フィンブルは俺の肩に手を回し、半ば強引に立たせる。だが、突然、目の前に完成体が現れ、俺に向かって拳を繰り出す。さっき、コマンダー・ドロップを殺したのと同じだ。
「させるか!」
コマンダー・フィンブルが素早く強力なシールドを張る。だが、彼女の拳はシールドを壊し、拳を俺の腹部に叩き込む。俺の身体は再び宙を舞い、円柱状の水槽を割り壊し、床に倒れ込む。口から血を吐き散らす。意識がもうろうとする。
「こ、殺せ! “パトラー=オイジュス”を殺せ!」
誰かが叫ぶ。コマンダー・ライカの引き連れてきた兵士たちが、一斉に完成体に向かって行く。――パトラー=オイジュス。完成体の名前だ。
コマンダー・ドロップやコマンダー・ライカと似た容姿の女性兵士――クローン兵たちが、パトラーに向かっていく。
「パト、フォー……、逃げ―― 時間は、――せ、――」
消えゆく意識の中、コマンダー・フィンブルが俺に駆け寄ってくる姿を見た気がした――。
<<タイム・ライン>>
◆2/15 19:27
◇完成体(パトラー=オイジュス)が暴走。
◇コマンダー・ドロップが殺害される。
<<登場人物>>
◆パトフォー(人間男性)
◇人間を進化させ、超人的な能力を得るウィルス「サイエンネット・タイプ4=ウィルス」の完成を聞きつけ、自身に投与する為に、遠く離れた首都からやってきた。
◆コマンダー・フィンブル(クローン女性)
◇パトフォー直属の部下。パトフォーの親衛隊を率いる。
◇実は「とある女性」のクローン。
◆コマンダー・ドロップ(クローン女性)【死亡】
◇ルイン本部の施設副長官。階級は中将。
◇パトフォーにサイエンネット・タイプ4=ウィルス完成を伝えたが、その直後、暴走したパトラーによって殺害された。
◇実は「とある女性」のクローン。
◆コマンダー・ライカ(クローン女性)
◇ルイン本部の施設長官。階級は大将(将軍)。
◇パトフォーの部下だが、研究所での惨事を目にした途端、逃げ出した。
◇実は「とある女性」のクローン。
◆パトラー=オイジュス(人間女性)
◇実験台にされていた女性。元は普通の人間女性だったが、サイエンネット・タイプ4=ウィルスを投与され、超人的な能力を得た。
◇なぜか暴走状態にある。