第17話 パトフォーの忠実なしもべ
※フィンブル視点です。
――EF2015.02.18 05:13 【ルイン本部 通信室】
傷ついた身体で、私はコンピューターを操作する。この部屋に設置されたコンピューターの大きなモニターから発せられる青白い光だけが、部屋を照らす。飛び散った血がこびりついているモニターには、1人の女性軍人が映っていた。青いラインが入った白い服を纏った高位軍人――。
[……お前がコマンダー・フィンブルか]
「…………」
私は無言で頷きながら、コンピューターカメラの前に円柱状の試験管を置く。やや大きなその試験管には、手が長槍状に変異した右腕だけが入っていた。
[それは?]
「……サイエンネット・タイプ4=ウィルスを宿した右腕だ」
[…………。それをなぜ私に見せる?]
……迷いもした。私はパトフォーの忠実な僕。本来なら、命に代えても彼を守り、この施設から脱出させなければならない。
だが、私は彼に限界を感じてしまった。もはや、彼の夢は崩壊に向かっている。私は価値のない人間に、命を賭けられない。だから、新しい主を求めた。
「あなたには“利用価値がある”からだ」
[利用価値だと?]
「私は自分の夢を実現させたい。だから、あなたを利用する。……あなたも私に利用価値があるハズだ。このサイエンネット・タイプ4=ウィルスが欲しいんじゃないのか?」
[…………]
画面の向こうにいる女は黙り込む。彼女は世界最高クラスの智将。私に使われるデメリットと、私から得られるメリットをその頭の中で計算しているのだろう。
「“クリスター政府”は大半のクローン兵が退任し、今や軍人が不足。そこで『戦闘用クローン増産法案』を審議中と聞く。法案提出者はあなただろ? クリスター議会はかなり反発していると聞いている」
[なにが言いたい?]
「このサイエンネット・タイプ4=ウィルスを使い、法案を通し、より強大な力を誇るクローンを作ればいい。少数精鋭でネオ・連合政府と国際政府を討てば、今後はもうクローン兵を作らなくて済む」
世界のほぼ全域を支配したクリスター政府。連合政府や国際政府などに所属していたフィルド・クローンの多くは、待遇のよいクリスター政府に降伏した。その数は700万人にも昇るという。
だが、クリスター政府はフィルド・クローンの待遇をよくしすぎた。普通人間と同等の権利を与え、軍からの退任を自由にした。その結果、防衛を任務とするクリスター政府特殊軍に所属するクローン兵は、大幅に減った。
[…………]
そこでクリスター政府の防衛大臣は『戦闘用クローン増産法案』をクリスター議会に提出した。
だが、審議は難航。今回は成立はするだろうが、また数が足らなくなって、次に法案を提出したときは、成立しないといわれている。
そこで、私はこの話を持ちかけた。サイエンネット・タイプ4=ウィルスで強力なクローン兵士を作り、もう法案を提出しなくてもいいよう、一気にクリスター政府の敵を討ち滅ぼす。そのために、このパトラーの右腕を持っていく。その見返りとして、私の保護をする。
[……いいだろう。ただ、パトラーからもサイエンネット・タイプ4=ウィルスは採取できる。そこを忘れるな]
「あなたは盟友を実験台に出来るのか? パトラーを狭苦しい水槽に閉じ込めて、ウィルス採取用としての人生を歩ませられるのか?」
[…………。……ルイン島から西の海上に中型飛空艇を向かわせる。そこへ行け]
「あなたも人間なんだな。――クリスター政府防衛大臣“クラスタ”」
[…………]
通信が切られ、画面は真っ黒になる。
クリスター政府初代防衛大臣のクラスタは臨時政府時代、パトラーと共に何度も生死を共にした仲だ。サイエンネット・タイプ4=ウィルスを採取するために、奴隷同然に扱うことは出来ないだろう。
私は廊下に出る。さっそく、グールと化したかつての仲間たちが襲い掛かってくる。私は右手に持ったハンドガンで、容赦なく彼女たちの頭を撃ち抜き、その命を奪っていく。
奴隷同然だった連合政府のフィルド・クローン。クリスター政府は彼女たちを優しく向かい入れた。いや、クローンだけじゃない。無数の市民を戦乱と支配の地獄から救い出したのも、クリスター政府。だから、あの政府は世界の大部分を統治するまでになったのだろう。
「“私の夢”を叶えるにクリスター政府はもっとも都合がいい……」
私は飛び掛ってきたアサシンの心臓を撃ち抜きながら、笑みを浮かべながら呟く。
最初はパトフォーを利用しようと思っていた。彼なら、世界を支配できるだろうと思っていた。でも、それは間違いだった。
私の夢を叶わせるためには、世界の大部分を統治して貰わないと困る。――“彼ら”への復讐は簡単じゃない。
「国際政府、ネオ・連合政府、連合政府、クリスター政府、ビリオン=レナトゥス。“あなたたち”だけまるで部外者だな」
今でも頭に何度も蘇るあの日の記憶。私は連合政府に作られ、彼らの命令されるがままに戦わされ、あるとき捕虜になった。
私を捕虜にした者たちは、私に地獄を与えた。共に捕虜になったフィルド・クローンはみんな死んでいった。そして、私だけが脱走に成功し、復讐を心に刻んだ。
「必ず、あなたに地獄を返してやる。待っていろ……」
私は衝撃波を纏った拳でグールを勢いよく殴り殺す。その身体は紙切れのように舞い、壁に叩き付けられる。血がその周りに飛び散る。
ここまで深い憎しみだと、もはや笑みさえも浮かべてしまう。あなたたちに復讐できるその日が楽しみだ――。
<<登場人物>>
◆クラスタ(人間女性)
◇クリスター政府防衛大臣/戦闘用クローン増産法案担当大臣/サイエンネット担当大臣。
◇クリスター政府の特殊軍(第1、21兵団)を統轄する防衛大臣の地位にある女性軍人。クリスター政府創設メンバーの1人でもある。ちなみに防衛大臣は警備軍(第2~20兵団)の統轄権を有していない。警備軍の統轄は保安大臣の任務である。
◇パトラーとは仲がいい。
<<タイム・ライン>>
◆2/15 19:27
◇完成体(パトラー=オイジュス)が暴走。
◇コマンダー・ドロップが殺害される。
◆2/17 01:17
◇パトラーとアレイシアが出会う。
◆2/17 02:21
◇コマンダー・ライカがパトラーとアレイシアに襲われる。
◆2/17 20:47
◇パトラーの師フィルドと、シリカがルイン本部へと乗り込む。
◆2/17 23:34
◇フィルドとシリカが怪物化したコマンダー・ライカと出会う。
◆2/18 01:41
◇ヒライルーがルイン本部をサイバー攻撃で制圧する。
◆2/18 01:48
◇ビリオン=レナトゥスのクローン精鋭部隊が、連合政府最重要シールド・メモリ回収のため、ルイン本部に侵入する。
◆2/18 02:52
◇フィルドとパトラーが再会する。
◆2/18 03:01
◇ビリオン=レナトゥスのクローン精鋭部隊が連合政府最重要シールド・メモリを回収し、ルイン本部を脱出する。
◆2/18 03:19
◇パトラーの記憶が戻る。
◆2/18 04:41
◇フィルドらがルイン本部から脱出する。
◆2/18 05:12
◇パトフォーがルイン本部からの脱出を目指し始める。
◆2/18 05:13
◇コマンダー・フィンブルとクラスタが取引し、ルイン本部からの脱出を目指し始める。
◆2/18 05:41
◇パトフォーがルイン本部から脱出する。
◆2/18 06:00
◇ルイン本部が消滅する。
◆2/19 09:18
◇「ビリオン=レナトゥス」がサイエンネット・タイプ0=ウィルスとサイエンネット・タイプ5=ウィルスの開発を始める。




