表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

0-0 プロローグ

 少年、七歳の冬の事だった。


「仕事の関係でな、ちょっと引っ越そうと思うんだ」


 父が、いきなりそんな事をのたまった。


 少年には使命があった。


 それは、正義の集い、と呼ばれる集会に出席する事だ。


 週に一度。

 休日の昼から夕方まで、仲間と共に裏山にて正義に関する話し合いや訓練を行うのだ。


 たとえ高熱が出ようとも、たとえ台風が吹き荒れようとも、早退はしたが欠席はしなかった。

 それが少年にとっての自負であり、そして誇りでもあった。


 だからして――その日は気が重かった。

 ある日の休日、いつもならその日も少年にとっては週に一度の輝かしい正義を語れる一日だったのだ。


 しかし、今日に限っては重大な事項を説明する為に少年は裏山を登っていた。


 引越し――それは、子供にとってはそれまでの人生を捨て去るといっていい一大イベントである。大人と違い、土地が離れる、それ即ち、子供にとっては友人との完全別離なのである。

 電話などの連絡手段など子供には考えつきもしない、交通手段など以ての外だ。


 少年は知らず泣いていた。

 仲間と会えなくなる。

 これが泣かずにいられるか。


「うううう……っ」


 耳に、呻きにも似た泣き声が聞こえる。


 ちょっと待て。


 山を登る少年の足が止まった。

 少年は泣いてはいたが、声などは出していなかった。


 すると今のは……


 周囲を見回す。

 視界には裏山に面した豪邸の一部が見え隠れしていた。

 行き帰りに良く見かけるが、皆と話し合った結果、どうもこの裏山の地主の家らしい。

 誰も住んでいない幽霊屋敷だったらよかったのになー、と笑い合った記憶がある。


 つまりは、今のは幽霊ではない。


「ううっうぇぇぇ……」


 泣き声はそこから聞こえてきていた。

 道から外れ、声のした方へと足を進める。

 茂みをかきわけ、ひょっこりと邸内へと顔を出す。


 そこには女の子がいた。

 見た事のないどこかの民族衣装みたいな衣服を身に着けた、なんとなく気弱そうな女の子だ。


「うぇ?」


 目が合う。

 顔がびっくりしていた。

 泣いている理由はよく判らないが、とにかく泣いている女の子は苦手だ。


 よし、と少年は判断した。

 正義の集いに一緒に連れて行ってやるか。


 そんな事を考えた。


 正義の味方になれば泣く暇も無くなるだろう。

 それに、引っ越す自分の代わりに正義を遂行してくれればいい。


 そんな事も考えた。


 そして少女に向かって手を差し出す。


「行こう」


 ただ、それだけを言った。

 少女の動きは止まっていた。

 少しだけ、考える素振りを見せる。


「……いいの?」


 そして、その一言だけを呟いた。


 正義の集いに勝手に連れて行ってもいいのか。

 少女はそんな疑問を抱いて質問したんだろう。

 少年はそう判断した。


 だからか、自信満々に返した。


「ああ、オレが許す」


 少女の目が驚きで見開く。


「本当に……逃げてもいいの……?」


 む? もしかして何か悪さをして親に罰を言い渡されたのか。


 そんな事を思う少年だが、正義の集いに参加するのだ。

 それはつまり正義の行いだ。

 良い行いだ。

 悪い行いと良い行いで相殺されるはずだ。


「お前に新しい世界を見せてやるよ」


 正義の世界だ。

 少年は心の中でそう補足する。


 少女は泣くのをやめていた。

 次いで、少年の差し出された手を見る。

 少女は一瞬ためらったが、その手を掴んだ。


「よろしくな、オレはジャスティスだ」


「……じゃすてぃす?」


「そう、正義って意味だ。お前も何か考えろよ。正義にはコードネームってやつが必要なんだ」


「えっえっえっ」


 慌てる少女の手をそのまま引いて、山を登る。

 少し時間を取られたが、早めに家を出たので遅刻するほどじゃない。


「……こーどねーむ」


「なんでもいいぞ」


 少女は考え込んでいる。

 そして、口から漏れ出る。


「……みらーじゅ」


 少女は意識せずに呟いたようだった。

 呟いた後に明らかにしまったと顔を歪める。


「いいじゃんか、ミラージュ」


 そんな少女の顔には気付かず、何の気なしに少年は褒めた。


「格好いいぞ、ミラージュ」


 ただ純粋に褒めていた。


 そんな少年を見て、いつの間にか、少女の顔からは歪みは取れていた。

 憑き物が取れたような、そんな顔だ。


「みらーじゅ」


 もう一度、少女はそのコードネームを口にする。


「おう、ミラージュ。さぁ行こうぜ、正義の集いだ」


 少年に引かれるままに、少女は山を登る。


 その顔には、もう泣き顔はなかった。

 曇った顔もなかった。

 ただ、晴れていた。

 晴れた笑顔があった。


「じゃすてぃす」


 少女が呼ぶ。


「なんだ?」


 少年が応える。

 少女は何かを考えて、そしてかぶりを振った。


「ううん、何でもない」


 二人の少年少女は連れ立って山を登る。

 そして、正義の集いに参加する。


 少年はここで、やらかした。


 皆に引っ越しの事を告げるのを忘れたのだ。

 家に帰った後にやっちまったと後悔したが、まぁ皆ごめんと心の中で謝った。



 それから三週間後の事だ。

 

 この世界には聖者と呼ばれる人間達がいた。

 古の魔神を葬る事のできる武器を継承した者達の総称だ。

 現人神(あらひとがみ)とも呼ばれていた。

 その日、一人の少女が武器を継承して聖者となった。

 機密や安全上の問題で、聖者は普段正式名称では呼ばれない。

 全世界に発表されたその少女の名前は――


《ミラージュ》

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ