女体化系男子
寝苦しさで目が覚める。
眠い目を擦りながら携帯で時間を確認すると、朝8時をやっと過ぎたところだった。
夏休みが始まってまだ3日目だ。エアコンが効いた涼しい部屋なら、もっと寝かせろと言いたいところだけど、残念ながらこの部屋にはエアコンもなければ、頼みの扇風機すら一昨日壊れた。つまり、死ぬ程暑い。
俺はしょうがなく起き上がって、頭を掻いた。髪が汗で首筋に引っ付いて気持ち悪い。
ん? 首にかかる程、俺の髪って長かったっけ?
もう一度触って、長さを確かめる。短髪だった俺の髪が肩にかかるくらいまである。一日でこんな伸びるものなのか?
まぁ、俺ならロン毛でもイケてるだろ(笑)、なんて思いながら、鏡を拝見。
あーら、びっくり。ボサボサ髪の女の子が映っていた。寝起きの無防備なカンジが可愛い。
うん、女の子?
「……いやいや、これ誰?」
何、今のソプラノボイス? まさか俺の声だったりするの?
「あー、ああー」
試しに声を出してみると、鏡の中の少女も同じように口が動く。
恐る恐る俺の息子がいるはずの場所を触るけれど、不在のようで。となれば、認めたくないが、認めるしかないらしい。
この子、俺だ。
「……俺って、女になっても美少女」
元々、自分の顔がそこそこ整っている自覚があった。
その顔が、丸く小さくなった。唇がふっくらした。髪が伸びた。ちょいつり気味の猫目なんかは元の俺と同じなのに、顔が小さくなった分、大きく見える。
それだけだ。なのに俺の顔が、自分で言うのも何だが、美少女に見える。
「これが俺とか、どんな悪夢だ」
男の自分はそれなりに気に入っていたし、女になりたいと思っていた訳じゃない。
夢なら覚めてくれと頬をつねってみたが痛いだけだった。
……現実らしい。
ならば、もうひとつ確かめなければならない事があった。Tシャツのふたつの膨らみ。
俺だって男である。気になるならないで言えば、なる。
触ってもいいのか、なんて事、問題にすらならない。だって自分のですからね。
という訳で、失礼します。
うおぉ、やわらかっ!!
同じ脂肪でも、クラスメイトの山田(相撲部所属、体重120kg)の腹の肉と全然違う。
大きさは普通かな。多分、Cくらい? 巨乳じゃないカンジ。
ちなみに俺は胸より足派。折れそうな細い足じゃなくて、ある程度肉付きのいい足が好きだ。
残念な事に、最近の女子は細すぎ。今の俺の足も美脚だけど、好みよりちょい細めだと思う。
ガチャリ。
……ガチャリ?
突然響いた音の発生源――部屋の出入口に目を向けると、ドアが開いていた。その向こうには、俺の部屋を覗く母さん。
「「…………」」
長い沈黙が続く。俺は何も言えず、母さんと無言で見つめ合った。
だって、息子の部屋を開けたら、見知らぬ美少女が自分の乳揉んでるんだぞ? シュールすぎて、何て言えばいいかなんてわかんねぇよ。
ホント、何この状況?
先に口を開いたのは母さんだった。
「…………か」
「か?」
「……かっわいい!! 纏くん、ちょーかわいい!」
「は? え、ちょっ」
タックルのような勢いで迫る母さんと、避けるべきか、それともちょーは古いだろとツッコミを入れるべきかを悩む俺。
当然、俺は母さんを避けきれず、真っ正面からハグされる。勢いで後ろに倒れそうになるが、男(今は女だが)のプライドでなんとか母さんを支えた。
……どういう事だ?
聞き間違いじゃなければ、今、纏って言ったよな? 母さんは俺だって気づいてる?
でも、なんでだ? いくら元々の面影は残っていても、女になった息子を直ぐに分かるものだろうか?
「あのさ、母さん」
「なぁに、纏くん?」
やっぱり、母さんは今の俺=纏ってちゃんと認識している。
「母さんは、なんで俺が女になっても驚いてないわけ?」
「ママだって、驚いてるわよ。こーんなかわいい纏くんが見れたんだもの」
「そういう事じゃなくてさ」
「だって、呪いでしょ?」
「呪い?」
なんかファンタジーな単語が出てきた。
思わず微妙な顔になった俺に気づいていないのか、母さんは話を続けた。
「ママの家系ではたまにあるのよ。男の子が女の子になったり、その逆だったり。確か、纏くんの前は曾お祖父様のお兄さんだったかしら。昔はよくある事だったらしいけど、最近じゃ、めっきり減っちゃったみたいだから、ラッキーだったわね」
「これのどこがラッキーなんだよ」
「だって、纏くんかわいいし」
いや、可愛いけどもね。それで済ます母さんってなんなの?
まぁ、母さんらしいといえば、らしい。可愛い物が好きで、所謂アラフォー世代なのに、見た目二十代で、少女趣味なフリフリエプロンが似合う、少々夢見がちな変わり者。うちの母さんはそんな人だ。
「呪いってマジなの?」
「うん、大マジ。でも、大丈夫よ。戻れなかった人はいないらしいもの」
「本当に?」
「本当よ。戻るのに数年かかった人はいるけどね」
……それ、全然大丈夫じゃねぇし。
連載にしたい話を、とりあえず1話だけ書いてみよう企画第二段です。
『男幼』とは違って、こちらでは大好きな女の子について語れるのが楽しかったです。