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第八話

 北西に広がる枯れた林を抜けると、シャミルの言っていた沼地はすぐ見つかった。

「これは……すごいな」

 広大な沼地のあちこちを、群れをなした泥水の塊が蠢いている。

 何人かのプレイヤーがマッドスライムを狩っているが、スライムの数はそれを遥かに上回っている。

 これなら敵を探して歩き回る必要は無さそうだ。


 狩り始める前に、他のプレイヤーの動きを遠巻きから観察する。

 殆どのスライムは三匹程度で群れを成しているが、誰も気にする素振りも見せず無造作に近寄って攻撃を加えている。

 攻撃を受けたスライムの群れがプレイヤーに向かってずりずりと沼を這い回るが、そのスピードは極めて遅い。

 ようやくプレイヤーの元に辿り付いた一匹のスライムが、身体を縦に伸ばして倒れ込む。

 あれがスライムの攻撃なのだろう。

 衝撃に泥水が撥ねるが、既にプレイヤーは回避行動を取っている。受けた被害といえば、せいぜい泥水がかかった程度だ。

 いささか単調な狩りという印象はあるが、序盤の雑魚相手であればこの程度か。

 初心者にお勧めのモンスターと言われるだけの事はある。


 その後暫くの間、他プレイヤーのマッドスライム狩りを観察していたが、特に注意すべき点は見当たらない。

 後は実際に狩ってみてちゃんと動けるかどうかだ。

 早速沼地に足を踏み入れ、マッドスライムへ歩み寄る。

 恐る恐る側まで近寄ってみても、マッドスライムはこちらに何の反応も示さない。

「攻撃しない限りはノンアクか」

 盾は必要無さそうだが、伸ばしたいのは片手剣スキルなので、左手を遊ばせておくくらいならと盾も構えておく。

 足元のスライムにブロードソードを振り下ろす。

 ズブッと粘性のある泥水に刃が埋まる。

「おっ……と、結構刃を持ってかれるな」

 深く刺さった刃を苦心して引き抜き、足元に這い寄るスライムから距離を取る。

「足場も悪いし、見てるのとやるのとじゃ大違い、か」

 沼に足を取られて動き難く、スタミナの消耗が激しい。

 体当たり攻撃を避けるのは容易いが、回避行動を取る度にスタミナが目減りしていく。

 おまけにこのスライム、動きが遅い代わりに体力が高く設定されているらしく、何回切りつけても一向に倒れる気配が無い。

 既にこちらのスタミナゲージは四割を切っている。

「これじゃ倒しきれないな」

 ずるずると泥水を引きずって近寄るスライムから一度大きく距離を取る。

 やがて十メートルも離れると、スライム達は追跡を諦め再び沼の中へと戻って行った。

「参ったな。結構強敵じゃないか」

 木陰に座って水を飲み、スタミナの回復を待つ。

 かなりの回数を切り付けたものの、一匹も倒す事は出来なかった事に落胆する。

 しかし敵を倒さなくても成長できるのがスキル制の良い所だ。

 先程の情け無い戦闘でも、近接戦闘系スキルはかなり伸びていた。

 ステータスも、足場の悪い沼地での戦闘を経験したせいか、BALとVITが目覚しい伸びを見せている。

「当分は倒す事は考えずにスキルを上げる事に専念するか」

 今は倒すことは出来なくとも、この調子でスキルとステータスが伸びていけば戦闘も大分楽になるはずだ。


 その後、スタミナが切れるまで戦っては撤退を何度も繰り返す内に、効果的な対処法がわかってきた。

 こいつらを相手にする時は、切るのではなく、突き刺す。

 そうすれば多少ではあるが、刃を引き抜く際の抵抗が少ない。

 また、無闇に動き回らず、スライムが攻撃動作に入った時のみ回避行動を取る。

 これらに気を付けて行動すると、スタミナの消費をかなり抑える事が出来た。

「よし、一匹!」

 泥水で出来た身体に深々と刃が突き刺さると、スライムはぶるんと身体を微かに震わせてただの泥水に戻ってゆく。

 ようやく一匹倒す事が出来たが、スタミナはもう残り少ない。

 無理はせず、一度後退して残りのスライムを引き離してから、先程スライムを倒した場所に戻って周辺を見回す。

「泥水に混じって死体がわからないな。ドロップアイテムはないのか?」

 暫く足元を探りながら歩き回っていると、ゼリー状の物体に包まれた、くすんだ赤い結晶が見つかった。

 ブロンズダガーで触れると、ドロップアイテムウインドウが表示される。

 マールへの配達物にもあったソウルジェムだ。

 貨幣を落とさないということは、これらを売り払って金に換えるのだろう。

「ふう……ようやく一つか。SA習得にも金が掛かるし、このペースじゃ先が思いやられるな」

 それでも一匹も倒せなかった頃と比べれば大きな前進である。


 その後、武器スキル値が30.0を目前とする頃には、休憩無しで二体のマッドスライムを倒せるようになった。

 ふと気付けば、いつの間にか、周囲のスライムを狩るプレイヤーが増えている。

 奪い合いと言う程では無いが、狩場でプレイヤーが密集するのはトラブルの元になりがちだ。

 幸い沼地は広い。

 奥の方はまだ人が少ないので、休憩ついでに狩場を移動する。


 沼地の外周を歩きながら、他プレイヤーを観察する。

 最初は、全員が同じ動きをしているように見えたが、実際にスライムとの戦闘を経験した今ではそれぞれの差が良くわかる。

「鈍器持ちの人は戦い易そうだな。衝撃ダメージのほうがスライム狩りは効率良いのかな。と言っても、剣で突くのとそこまで大きくは変わらないか。衝撃ダメージと刺突ダメージの通りが良いのかもな」

 一口に武器で攻撃すると言っても、相手に与えるダメージの質は武器の種類はもちろん、その武器のどの部位で攻撃するかによっても異なる。

 特に剣などは、刃で切りつければ斬撃ダメージ、刃先で突けば刺突ダメージ、柄尻で叩けば衝撃ダメージを相手に与える。

 先端に棘の付いたモーニングスターで殴れば衝撃ダメージと刺突ダメージの複合など、ダメージの性質は様々だ。

 スライムに斬撃より刺突が効き易いように、他のモンスター相手でも攻撃の仕方を工夫すれば戦闘はかなり有利に進められるだろう。


「このへんかな」

 先程と比べて、周囲の人影は疎らだ。

 早速沼に入ってマッドスライム狩りを再開する。

 目標は休憩無しでスライム三匹。

 数時間前と比べれば、嘘のように軽く感じる身体を翻しスライムに突きを放つ。

 危なげなく狩りは進み、余裕を持ってマッドスライム二匹を倒す事が出来るようにはなったが、三匹を無休憩で倒すにはどうしてもスタミナ不足だった。

「死亡率低下のためにも、スキル上げの効率上昇のためにも、体力だけでも先に重点的に鍛えたい所だな。スキル制でステータス上げって言ったら採取系スキルが定番だけど、採取スキルはどこで習えばいいんだろう」

 生産スキルは苦手な闇の民でも、採取スキルに関してはペナルティは存在しない。

 しかし前線基地には採取スキルのトレーナーらしき人物は見当たらなかった。

 せめて採取道具だけでも手に入ればいいのだが。

 後で道具屋を覗いて相談してみるか。

 木陰でスタミナの回復を待ちながらそんな事を考えていると、一人のプレイヤーに目が行く。

「ライカンのプレイヤーか。珍しいな」

 マッドスライムに格闘戦を挑んでいるのは、ライカンスロープの女性プレイヤーだった。

 ノスフェラトゥ以外の三種族は、それぞれの種族の本拠地周辺の他にアーカス前線基地周辺をゲーム開始地点に選ぶ事が出来る。

 しかし他種族の本拠地と比べて前線基地は圧倒的に不便な場所なので、実際にノスフェラトゥ以外のプレイヤーが前線基地を選ぶのは珍しい。

 事実彼女以外にスライム狩りをしているプレイヤーはノスフェラトゥばかりだ。

 故に拳を振るう度に揺れる猫耳と尻尾が非常に目立つ。

「まぁきっとそれが目的なんだろうな」


 ああいう目立ちたがりなプレイヤーというのは存外多い物だ。

 ネトゲに莫大な時間を注ぎこんで、キャラを育て、レアアイテムを血眼で求めるのも、突き詰めれば自分のキャラを強くして他人が持っていない装備を手に入れて目立ちたい、その程度の理由しかない。

 そういうプレイヤーが多いからこそ、そうやって人より目立つのが楽しいからこそ、ここまでMMORPGが発展したのだ。

 俺がノスフェラトゥを選んだのだって元を辿れば目立ちたいからに過ぎない。

 他者と協力して強敵を倒すのではなく、己の力のみで強敵を倒し名を上げたい。

 そのために他の要素を捨て、個として最強の力を持つノスフェラトゥを選んだのだ。

 もっとも、上には上がいる事は、嫌というほど理解しているが。

 げに恐ろしきは人生を捨てた廃神である。


「ん?」

 なんとはなしに猫耳少女を眺めていると、スライムに相対している彼女の背後の水面がゆらりと揺れた。

 やがて水面から泥水が盛り上がり、二m程の高さまで膨れ上がる。

 別のスライムがリンクしたのかと思ったが、様子がおかしい。

 盛り上がった泥水の左右から腕のような物が突き出ている。

「……ッ!マッドスピリットか!」

 気がつけば俺は駆け出していた。

 ライカンスロープの少女はスライムを相手にする事に集中しすぎている。

 背後に現れたマッドスピリットに気付いていない。

 間に合わない!

「後ろだ!避けろっ!」


 彼女が俺の声に後ろを振り向いたのと、マッドスピリットの泥の腕が彼女を殴りつけたのは同時だった。

「くそっ!」

 足に絡み付く泥水と、湖面を這い回るスライムを避ける動作が走るスピードを殺す。

 殴り飛ばされた少女はふらつきながらも起き上がろうとしていた。

 死んではいない事に安堵するが、様子がおかしい。

 全身に絡み付いた粘性の泥水によって動きが鈍っている。

 戦闘中だったスライム達と、乱入したマッドスピリットが、身動きが取れないでいる少女に這い寄る。

「【カースミスト】!」

 走りながら神術SA【カースミスト】の詠唱を開始する。

 詠唱時間が伸びるのも構わず、盾と剣を構え走る。

 疾走したままの勢いを乗せて、彼女に群がるスライムの一匹を突き刺しこちらに注意を引き付ける。

「オラァ!」

 剣を引き抜いた勢いそのままに、マッドスピリットを斬り付ける。

 悲鳴も上げずたじろぎもしないが、マッドスピリットは一瞬動きを止め、少女ではなくこちらに這い寄って来る。

 だが、距離を取ろうとした時、微かに身体の動きが鈍るのを感じる。

「ッ!そうか、共闘ペナルティ……!」

 しかし、スライムを切りつけた時は感じなかったはず。

 いや、今はそんな事を気にしている暇はない。

 ずるずると這い回る動きからは想像もつかないスピードで繰り出される泥の腕を盾で受ける。

「くっ……盾でガードしてこれか!」

 重い衝撃に腰を落として耐える。

 ようやく、詠唱中の行動ペナルティによって通常より時間をかけて詠唱が完了した。

 スライムとマッドスピリットが黒い霧に包まれる。

【カースミスト】は、自分を中心とした一定範囲内の敵対対象のステータス値を減少させる呪いの霧だ。

 霧に包まれたマッドスピリット達は、ただでさえ遅い動作が一層遅くなる。

 絡みついた霧を振り払うように、左右の腕を振り回して暴れるマッドスピリットから距離を取り、少女の足元に這い寄るスライム達に突きを放ち、蹴りつけ、盾で殴り、こちらに注意を引く。


 暫くして、ようやく立ち上がった少女の身体には未だに泥が纏わり付いているが、なんとか動けるようだ。

「大丈夫か!?」

 マッドスピリットの攻撃をかわしながら尋ねると、少女は頷く。

「よし、なら走って林に逃げ込め」

「けど……」

 マッドスピリットの殴打を盾で防御しながら、躊躇するように立ちすくむ少女に檄を飛ばす。

「その状態でここにいたって意味がないだろ!あんたが逃げたら俺も逃げる!早く行け!」

 彼女は一瞬の沈黙の後、頷いて背を向け駆け出す。

 しかし、絡む泥とダメージの影響か遅々とした足取りだ。

「もうそろそろスタミナがやばいんだけど、な!もうちょっと時間稼がないと駄目か!」

 じわじわとマッドスピリット達から距離を取りながら、最低限の攻撃で注意を引き付ける。

 やがて少女が林に逃げ込むのを見届けると、残り少ないスタミナを振り絞ってマッドスピリットを振り切り林へと駆け込んだ。

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