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第七話

 夕食の後、なんだかんだと時間を食ったので、再びログインした頃には午後十時近くになっていた。

 ゲーム内時間では既に夜も更け、間もなく朝日が昇ろうという時刻である。

 前線基地内にはまばらに篝火が灯されているが、殆どの場所は暗闇に覆われている。

 本来であれば、こんな時間に出歩くならばランタンや松明などが欲しい所だが、もっと便利な物がある俺には必要ない。

「【ナイトサイト】」

 神術スキルSA【ナイトサイト】は、暗視の効果を得る事が出来る。

 治癒神系の神術スキルや魔術スキルには、光の精霊や魔力で出来た光源を呼び出すSAもあるが、【ナイトサイト】は光源無しで暗闇の中視界を得る事が出来るので、暗所での戦闘時には敵の不意を突く事も出来る優れ物である。

 だが、暗視効果を得られるのは使用者のみなので、パーティープレイには向かないSAだ。

 そもそも種族的にパーティープレイは不向きなので、あまり関係無いデメリットだが。

「しかし、この時間だと完全にゴーストタウンだな」

 闇に包まれ人気の無くなった前線基地は、幽霊の一つくらい出てきてもおかしくない雰囲気だ。

 背筋に寒い物を感じさせる雰囲気に包まれた前線基地を、無意識の内に小走りに駆け抜けて修練場へと向かう。


「やっぱ昼の内にスキルの修行しなかったのは失敗だったか」

 広い修練場には数名のプレイヤーがいるのみで、NPCは一人も見当たらない。

 それもそのはず、夜になれば殆どのNPCは自室へと戻り寝てしまうのだ。

 確かに普通に接する限り、普通のプレイヤーとなんら変わり無いあのNPC達が、二十四時間同じ場所に立っていたら不自然極まりない。

 しかし、その間商店や修練場などの機能が麻痺してしまうというのはいかがなものか。

「まぁ愚痴っても仕方ないし……修行が全く出来ない訳じゃないしな」

 他のプレイヤーに倣って、修練場の片隅、藁人形が並ぶ一角へと向かう。


 十字の杭に藁を巻きつけて人に見立てた粗末な藁人形に、ショートソードと盾を構え向き合う。

 しかし、いざ剣を振ろうという段になって、これまで剣をまともに振った経験が無い事に気付く。

 森でのあれはノーカンだ。

 あれは火事場の馬鹿力みたいな物なので、どう動いたかなんて覚えちゃいない。

「まぁいいか。人も少ないし、相手は動かない的なんだし、気楽にいこう」

 とりあえずこんな物は振って目標に当てればいいのだ。

 一歩踏み込み、横凪の一閃。

 ガスッと乾いた音を立ててショートソードの刃が藁に食い込む。

「おお、上がる上がる」

 上がったスキル値は0.5。

 修練場では、一定値まではスキル上昇率に補正がかかるので伸びがいい。

「これならトレーナーから習う必要は無いかな」


 その後数回藁人形を切りつけた所で、おかしな事に気付いた。

 この藁人形、全体的に痛んではいるので、既に何人ものプレイヤーがこの藁人形を使ってスキル上げをしたのは間違い無いが、自分が切りつけた場所以外に、藁に切られた箇所が無い。

 それにこのままショートソードで切りつけていたら、この藁人形はすぐに使い物にならなくなりそうだ。

 どうした物かと他のプレイヤーを観察すると、彼らは木刀や木の槍を使っている。

 周囲を見回すと、修練場の隅に粗末な小屋があった。

 中を覗いてみると、練習用と思しき木製の武器がいくつも置かれていた。

「なるほど、これを使えばいいのか」

 片手で扱える長さの木刀を一本手に取ると、眼前にウインドウが表示された。

『このアイテムはエリア限定アイテムであるため、特定エリア外への持ち出しは不可能です』

 修練場内でのスキル上げ専用アイテムという事か。

 尤も、こんな物を外に持ち出しても、意味はあまり無いが。


 再び盾と木刀を構えて、藁人形に木刀を打ち込む。

 がむしゃらに木刀を振り回し、スタミナが切れたらベンチで休み、回復したら再び藁人形を打つ。

 やがてスキル値が10.0を越える頃になると、微かな変化を感じ取れるようになってきた。

 ただ盾を前に突き出し、木刀を振り回すだけだった不恰好な動きが、いつの間にかそこそこ様になってきているのを実感する。

 鋭い踏み込みと共に繰り出される木刀が、藁人形を地面に固定する杭ごと揺さぶる。

 剣を振る。そう意識して身体を動かすと、何かに引っ張られるような感覚と共に身体が勝手に動く。

 これは行動系スキルによる補助機能、モーションアシストの効果だろう。

 そして、一回の攻撃毎に消費するスタミナもかなり低くなってきた。

 最初は十回も打ち込めばお座りだったが、今ではスタミナ満タンであれば二十回近くは連続で打ち込める。

 スキル値だけではなく、近接攻撃に必要なステータスも僅かだが上昇している。


「そうだ、SA使ってみるか」

 近接攻撃にも当然SAは存在する。

 SAリストの近接攻撃タブを開いてみると、いくつかのSAが載っている。

 しかしリストにあるのはどれもスキル値0.0から使える最下級SAばかりだ。

 スキル値の上昇により習得基準を満たした新しいスキルアーツは、スキルトレーナーか既に対象のSAを習得しているプレイヤーから習わなければ使う事は出来ない。

 仕方ないので、近接攻撃スキル共通SA【ファストスウィング】を使う事にする。

【ファストスウィング】はその名の通りただ武器を素早く振るうだけの技で、片手剣に限らず棍棒や槍などでも使用可能なSAだ。

 思考操作で【ファストスウィング】を実行すると、通常の攻撃とは比べ物にならない程の速度で木刀が空を切る。

「ああ、間合いとタイミングは自分で調節しないと駄目か。勝手に攻撃が当たる程甘くはないよな」

 藁人形との間合いを意識し、再び【ファストスウィング】を使用する。

 確かな手答えと共に、ドスッと藁を叩く重い音が響く。

「なかなか楽しいな。動き回りながら使ってみるか」

 軽いステップから、鋭く踏むと同時に【ファストスウィング】発動。

「おっ、我ながら良い感じ」

 その後も試行錯誤しながら藁人形を叩く事に没頭する。

 強くなっているという実感が、集中力を高める。

 やがて空が微かに白み始める頃には、片手剣術スキルは18.0を越えていた。


「流石に藁人形相手じゃこれ以上は辛いか」

 15.0を越える頃から上がりが悪くなり始め、17.0からスタミナが尽きるまで木刀を振り続けてようやく0.2上がるといったペースになっていた。

 効率を考えるなら、これ以上スキルを上げるには他の方法を考えなければならない。

 とは言え、これ以上となると実際に野生動物かモンスターを相手にするしかない。

 だが、この程度では前線基地の外に出て実戦を行うのには不安が残る。

 藁人形を叩く事で上昇したスキルは片手剣術と身体操作スキルのみ。

 武器スキルだけならば、相手を選べば十分戦えるだけのスキル値にはなったものの、物言わぬ藁人形を叩くだけでは上がらないスキルもある。

「片手剣術以外のスキルが0.0のままじゃ、ちょっと危なっかしいよな」

 戦闘技術は攻撃力の底上げと戦闘行動全般を底上げするスキルで、動き回る相手との近接戦闘には必須のスキルと言える。

 生物学は然程必須という訳ではないが、相手の行動パターンや急所の位置などを知る事は戦闘を有利に進める上での大きな要因だ。

 盾防御スキルは防御の要であり、一度の死亡でキャラクターがロストする以上、防御手段に不安を抱えるというのは論外である。

 最低でもこの三つを15.0程度まで上げなければ、実戦をするのは心許ない。


 スキルトレーナーが修練場に再び配置されれば、金で解決できるのだが、まだ夜が開けたばかりなのでもう少し時間がかかるだろう。

 日が昇るまでの間に、何か上げられるスキルは無いかとスキルリストを眺めると、両手剣術スキル値が0.5になっているのが目に留まる。

「両手剣術……ああ、ブラッディウルフとの戦闘の時か」

 思い返してみれば、盾を捨てて両手で武器を振ったような記憶がある。

「武器は片手剣でも両手で握れば両手剣術スキル扱いか……なら上げとくのも悪くないな」

 無意識のうちに一撃で相手を倒すべく両手持ちに切り替えたのだが、今後も盾は使わず両手持ちで戦う場面もあるかもしれない。

 盾を仕舞って木刀を両手で構える。

「剣道みたいな感じでいいのかな」

 剣道部の友人の竹刀を一度だけ握った時の事を思い出しながら正眼に構え、上段から藁人形に打ち込む。

 両手剣スキルが上昇しているのを確認し、再び藁人形相手の打ち込みに没頭する。


 一心不乱に木刀を振り回していると、いつの間にか日は完全に昇っていた。

 スキルトレーナーであるシャミル達NPCもご出勤している。

 両手剣スキルは14.0を越えた程度だが、メインは片手剣スキルなのでこれだけあれば十分だろう。

 両手剣のスキル上げを切り上げてシャミルの元に向かう。


「おっ、昨日の傭兵君じゃん。白麒麟ありがとーちょーおいしかったよー。今日はどしたの?」

 朝まで呑んでナチュラルハイですと言わんばかりのテンションと、風に乗って微かに漂う酒の香り。

 やはりどうもこの人は苦手だ。

「スキルを習いたいんですけど」

 突っ込めばまた無駄に時間を食いそうなので、早速本題に入る。

「おーいいねーやる気に満ち溢れてるねー」

 サムズアップしながら爽やかな笑みを向けてくる。

「で、何を習いたいのかな?」

「とりあえず片手剣はある程度まで上げたんで、戦闘技術と生物学、あと盾防御ですね」

「おっけーおっけー。ちなみにあたしが鍛えてあげられるのはそれぞれ20.0までで、スキル値1.0につき1cを頂くよ。三つとも20.0にしたいなら60cになりまーす」

 現在の所持金は1s11c。

 スキルの修行で半分持ってかれるのは辛いが、止むを得まい。


「あーいありがとー。んじゃ、指導を始めます。しっかり聞いててね!」

 おほん、とシャミルは咳払いをし、真剣な表情になる。

 つられて俺も姿勢を正す。

「えーっとねぇ。まず戦闘っていうのは、こう、ずがーんてカンジでしょ?」

「は?」

 突然両手を振り回し、知能指数の低そうな事を言い出す。

「でね、こう……来るわけじゃん。敵が。これをこう……どーん!ってね」

 シャミルがミスタージャイアンツばりの擬音を交えて手を振り足を振るたびに、凄まじい勢いでスキルログウインドウをスキル上昇ログが流れていく。

「で、こう、なんていうか、まぁ適当なんだけど。おりゃーって感じでビシィってね」

 おい今適当とか言ったぞ。

 それでもスキルは上がる上がる上がり続ける。

 俺の……俺の藁人形を相手にしていた時間と苦労は何だったんだ……。


「で、こうガーンッ!って弾いたら、うおーっつってブスーッ!って。ね、簡単でしょ?まぁこんなとこかな。わかった?」

「わかりました。わかりませんけどわかりました」

 ガーンとかドーンとかバーンとか、そんな擬音しか頭に残っていないのに、戦闘技術と生物学、盾防御のスキル値はしっかり20.0になっている。

 あんまりだ。ひどすぎる。

 人の努力を踏みにじるような現象に俺の心が泣いている。

「まぁそれくらいのスキル値があれば、とりあえずそう簡単には死なないはずだよ。防具も結構いいの揃えたみたいだし」

 準備万端じゃーんと言ってばんばん背中を叩いてくる。痛……くはないが凄まじい衝撃が背中を貫く。

「ええ、一発そのへんのモンスターにドーンってやってブスーッとキツイのを食らわせてやりますよ」

「良くぞ言った!それでこそあたしの弟子だね!」

 星でも飛ばしそうなキメ顔でサムズアップ。

 あ、だめだこいつ皮肉もつうじねぇ。泣きそう。

「じゃあ、ありがとうございました……」

 言い様の無い敗北感に打ちひしがれながら礼を述べる。

「なーにいいってことよー!あ、早速外に行くなら、最初は基地の北西にある沼地のマッドスライムを相手にするといいよ。毒も酸も持ってないし、動きも鈍くて沢山いるから修行には最適だからね」

 さっきまでの擬音指導が嘘のようなまともな情報に言葉を失う。

「注意しないといけないのは稀に遭遇するマッドスピリット。スライムとは比べ物にならない強敵だけど、冷静に対処すれば勝てない相手じゃないからね。あまり武器で叩いても効果が無いように見えるけど、ダメージは蓄積されてるから叩きまくれば倒せるよ。頑張ってね」

「あ、はい。頑張ります……」

 釈然としない物を感じながら修練場を後にする。

 やっぱりあの人は苦手だ……。

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