表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/27

第五話

「次は神殿か」

 神殿は、ここアーカス前線基地において、虚族の襲撃以前から現在まで変わらず機能し続けている数少ない施設の内の一つ。

 神殿が持つ役割は、神に祈りを捧げる場所であり、数あるスキルの中でも特殊な性質を持つ神術スキルを修練するための場所でもある。


 神術スキルと魔術スキルは、似て非なる物だ。

 どちらも炎や氷、風や雷といった攻撃呪文系SAや、傷を癒す治癒呪文SA、身体能力を強化する強化呪文SAを習得可能という点では変わらない。

 しかし各属性の攻撃呪文、治癒呪文、強化呪文を幅広く習得可能な魔術スキルと違って、神術スキルで習得するSAはそれぞれのキャラクターが信仰する神によって変化する。

 例えば、生命神ルースを信仰していれば治癒呪文SAを多く覚え、炎の神ガルクを信仰していれば炎系攻撃呪文SAを多く覚える。

 魔術スキルのような汎用性が無い代わりに、神の力を行使する神術スキルのSAは魔術スキルと比べて強力な物が多い。

 信仰神によって大きく使い勝手が変わるため、ネットではどの信仰神を選ぶのが最も効率がいいかという議論が熱く交わされていた。


 神殿はヨーロッパの宗教建築を思わせる、立派な石造りの建物だ。

 中に入ると、正面に闇の四神の石像があり、この神殿が闇の神を祀っている事が伺える。

 なので、ここで光の神を信仰している者が祈りを捧げても何の恩恵も得る事は出来ない。

 せっかくなので、祈りを捧げて行く事にする。

 祭壇の下、ステンドグラスを通して刺し込む光の中に立ち、膝を着き頭を垂れる。

 右手を額に、左手を胸に。

 これが破壊神ミデラに祈りを捧げる際の形式だ。


 祈る事で何が得られるかと言うと、ディバインエナジーゲージの回復と、神術スキル値の上昇だ。

 ブラッディウルフとの戦闘で、ディバインゲージは七割程に減っていた。

 祈りを捧げ始めると、緑色のゲージがじわじわと回復していく。

 また、一定の間隔を置いて、神術スキル値の上昇ログがスキルログウインドウに表示されていく。

 スキル値が高くなれば高くなる程、祈りを捧げる事でスキル値が上昇する間隔が長くなっていくのだ。

 ちなみに祈りを捧げるのは神殿以外の場所でも可能だ。。

 初期配布アイテムの邪心像を使えば、屋外でもディバインエナジーの回復は可能だし、スキルも上がる。

 ただし回復速度もスキル上昇率も神殿とは比べ物にならない程低い。


 30秒程祈りを捧げる事で、ディバインエナジーは完全に回復した。

 スキル値は0.5上昇している。

 祈りだけでスキル値を上げるのはあまり現実的ではないようだ。


 では、本来の目的を果たそう。

 メモには「神殿 司書ジーファ」とある。

 司書という事は、神殿が管理している図書室でもあるのだろうか。

 通りがかった修道士に図書室の場所を尋ねると、地下へと続く階段に案内された。

 階段を下りれば、地下一面が図書室になっているという。

 修道士に礼を述べて階段を下りる。


 地下図書室は、予想外の広さだった。

 一定の間隔で置かれた燭台の明かりだけでは、どれ程先まで書架が続いているのか把握できない。

「何かお探しですか?」

 背後から掛けられた声に振り向くと、青白い肌に透けるような白髪。ダークエルフだ。

 身を包むのは染み一つ無い純白の修道服。

 こちらを見つめる水色の瞳と薄い桜色の唇以外は、どこまでも白い。

 しかし、こちらに向けられた瞳に、違和感を感じる。

 目の焦点が合っていないのだ。

 盲目なのだろうか。

「ええと、司書のジーファさんはどちらでしょう?」

「ジーファは私ですわ」

 一瞬、彼女が何を言っているのか理解できず、ワタクシとは何処だろうなどと訳のわからない事を考える。

 そんな俺の戸惑いを察してか、彼女はくすくすと笑う。

「目が見えないのに司書だなんて、おかしいですよね」

「え、いや、おかしいなんて事は……すいません」

「ふふ、気になさらないで。自分でもたまに笑ってしまうんですもの」

 そう言うと、彼女は目が見えないとは思えない程しっかりとした足取りで書架に歩み寄る。

「けれど、目が見えなくても司書の仕事は出来ますのよ。この本は『旧約創世神話第二巻』。こちらは『闇神学概論Ⅲ』」

 そう言って彼女が抜き出した本の表紙には、確かにそれらのタイトルが書かれている。

 全ての本の配置を記憶しているのだろうか?

「全ての本には著者の想いが込められています。それは写本でも同じ。私はそれらを感じる事が出来る物ですから」

 ただの物に込められた想い……そんな物を読み取るスキルがあるのだろうか?

 基本的なスキルは、事前に情報が公開されているが、少なくとも、俺が知る限りではそれらしいスキルはない。

 あるとすれば、封印スキルだろうか。


 封印スキルとは、特定の条件を満たした場合にのみスキルリストに表示される特殊なスキルだ。

 特定のスキルを一定値まで上昇させる、特定クエストを達成する、特定アイテムを使用するなど、様々な条件によって『封印』されたスキル。

 それらは初めから全てのプレイヤーが習得している基本スキルと比べ、強力な効果を持っている物が多い。

 封印スキルに関しては殆ど情報が公開されなかったので、物に込められた想いを読み取るスキルなどという物があるかは不明だが、恐らく間違い無いだろう。

 この世界では何をするにもまず間違いなくスキルが関わってくる。

 それはNPCとて例外ではないはずだ。

「あの、本日は何をお探しで?」

 思考に耽る俺に、困ったような声がかけられる。

 彼女に聞けば答えを得られるかもしれない。

 上手く聞き出せれば、ほとんど情報の出回っていない封印スキルについて知るチャンスだ。

 しかしいかにNPC相手とはいえ、初対面の相手の身体的障害に関わる話を広げる気にはなれない。

 もう少し親密になってから、だな。


 思考を打ち切り、鞄から彼女への届け物を取り出す。

 それは、一冊の本と、手紙だった。

「それは『新約創世神話第八巻』……ランクスさんのお使いの方でしたか」

 俺が取り出した本のタイトルを、触れもせず言い当てる。

「珍しくランクスさんが返却を延滞なさるから、お仕事がお忙しいのかと思って、今日あたり取りに伺うつもりでしたので助かりました」

「あのオッサ……隊長が読書ってのは意外ですね」

 随分と分厚い本の八巻という事は、気紛れで手に取った訳ではないだろう。

 あの筋肉達磨がこの本を読んでいる姿を想像する。似合わない。

「私がここの司書を始めたばかりの頃に、ランクスさんが文字を習いたいと言って神殿を尋ねてまいりまして。騎士団の方との書類のやり取りの際に文字が読めないと困るとかで、熱心に学ばれていましたよ。それ以来、ここにも頻繁に足を運ばれるようになって、色々な本を借りて行かれます」


 なんとも殊勝な心掛けだが、本当にそんな真面目な理由だけなのか?

 騎士団から書類が来たら、文字は読めないから人を寄越せと怒鳴り込むタイプに思えるが。

 もっと他の理由があるとしか思えない。

 そう、例えばこの手紙……かわいらしいピンク色の封筒に、ハートマークで蝋の封印がされている、いかがわしいオーラを放つこの手紙。

 封筒にはミミズがのたくったような字で『親愛なるジーファへ』などと書かれている。

 隅のほうには、目を凝らしてようやく見える程小さい文字でランクスの署名がある。

 完全無欠にラブレターだ。


 目が見えない相手にラブレターって……!

 いや、相手は無機物に込められた想いを読み取る事が出来るのだから、そう悪い手ではないのか?

 事実、ジーファはこの手紙にちらちら目をやりながら顔を赤らめもじもじしている。

「ていうか自分で渡せよあの野郎……」

 俺の呟きは、広大な地下図書室を覆う闇へと吸い込まれていった。




 神殿を出る頃には、日は傾き夜の帳が下り始めていた。

「次で最後か」

 メモの最後には「外周区 娼館『飾り窓』 エリーシア」と書かれている。

 メモを閉じ、深呼吸する。

 目を揉み解し、もう一度メモを開く。

 そこに書かれているのは「外周区 娼館『飾り窓』 エリーシア」。

 クシャっと軽い音を立ててメモが手の中で潰れる。

「娼館って……傭兵隊長が娼館に何届けるんだよ」

 詰所で受け取った鞄の中に残るのはずしりと重く、じゃらじゃらと音を立てる小袋。

 中身なんざ見なくたってわかる。

 お金だ。

 念のためちらりと覗いてみると、案の定銀貨と銅貨が詰まっている。

 銀貨の一枚でも拝借してやろうかと思ったが、袋と貨幣がまとめてクエストアイテム属性になっているのでちょろまかす事は出来なかった。

 いや、別にクエストアイテムじゃ無くたって本気でパクる気は無いけども。

「もうこのまま詰所戻ってあの肉達磨を小一時間問い詰めたいけど、これもちゃんと届けないと配達任務終わらないしな……」

 スタミナゲージは歩いているだけならば消費量を自然回復量が上回るので、システム的には疲労など感じるはずもないのだが、外周区へと向かう足取りは重い。


 生体認証システムと住基IDカードを合わせた個人認証システム、通称住基生体認証システムの普及は、ネット上でのセキュリティやアカウント管理の在り方を大きく変えた。

 これまでは特定の文字列によるIDとパスワードによって管理されてきたアカウントは、住基生体認証システムの普及以降、個人情報の流出によるなりすまし被害の件数を大きく減らす事に成功する。

 また、住基生体認証システムは、個人が複数のアカウントを大量に作ったり、ずさんな年齢認証による未成年のアダルトサイトへのアクセスなど、様々な問題を解決した。

 一方で、アダルトコンテンツは、未成年によるアクセスをほぼ完璧に締め出す事に成功した事によって、より過激に発展して行った。

 そもそもアダルトコンテンツが秘めたパワーは凄まじい。かつてのビデオデッキの爆発的な普及や、インターネットの急成長などは、アダルトコンテンツがその一因を担っていたのは間違いない。

 新しい技術の発展、普及の影にはエロパワーが付き物である以上、VRシステムを利用したアダルトコンテンツが登場したのも、当然と言えるだろう。

 現在では、特定のコンテンツに『十八歳以上のみ対象』といった形だけの規制は存在しない。

 対象年齢未満であれば、住基生体認証システムによってそれらのコンテンツへのアクセスを完全に遮断する事が出来るからだ。

 そういった事情もあってか、最近のVRMMORPGの中には、一見全年齢対象でありながら、一部にアダルトコンテンツを含むタイトルが存在する。

 アトラスもその中の一つである。

 故に、この世界の娼館というのは、形ばかりのハリボテではない。

 バーチャルの世界で、そういうコトが出来る場所なのだ。


 外周区への入り口を眺めながら溜息を一つ。

 遠目に見た限りでは、寂れた酒場が立ち並ぶ一角といった雰囲気だが、先程から何人かのプレイヤーが足早に外周区へと吸い込まれてゆく。

 どいつもこいつも期待に目を輝かせた男性プレイヤーばかりだ。

「そりゃこんな場所なら娼館の一つもあるだろうけどさあ」

 血の気の多い傭兵や冒険者の野郎どもが多数を占める前線基地に、こういう店があるのは何ら不思議ではない。

 俺だって健康な男だ。

 可能ならば、彼らに混じって夜の街に繰り出したい。

 しかし俺は未だ未成年であり、そっちのコンテンツを楽しむ事はシステム的に出来ない。

 外周区に立ち入るだけならば、十五歳以上であれば許可されているようだが、中途半端に足を踏み入れても未知の世界に対する興味が増すだけではないか。

 俺だって「昨夜はお楽しみでしたね」したいのに!

 一人、また一人と外周区に吸い込まれていくプレイヤーを臍を噛みながら眺める。

「はぁ……こうしてたって仕方ないな……さっさと済ませよう」

 なるべく周囲を意識しないように努めながら、外周区の門を潜る。


 目的地である娼館『飾り窓』はすぐ見つかった。

 その光景は、なんとうか、十五禁じゃねぇだろこれ。という物だった。

 店名の由来でもあるのか、その娼館は装飾が施された出窓がいくつもあり、そこから露出過多な衣装に身を包んだ女の人が通りに身を乗り出して手など振っている。

 どういやら出窓から顔を覗かせているお姉さん方の中から気に入った相手を選び指名するシステムのようである。

 他所の娼館が、入り口にお姉さんが立っている以外は寂れた酒場という雰囲気なのに対して、ここだけ飛びぬけて派手だ。


「なんだい坊や。こんなとこ来るにはちょっと早いんじゃないかい」

 思わず言葉を失って見入っていると、一階のオープンテラスに腰掛けた女性に声を掛けられた。

「それにうちは外周区一の高級店さ。あんたみたいな若いのがハマると三日と待たず文無しだよ」

 紫煙をくゆらせながら、煙管で外周区の門の方角を指している。

 さっさと出てけと言う事だろう。

 しかしここまで来てタダで帰る訳にはいかない。

「ここには仕事で来た。エリーシアって人を探してる」

「ふぅん?仕事でエリーシアをねぇ……けど、生憎あの娘は今二階で仕事中さ。急ぎなら代わりに用件を聞くけどね」

 仕事中という言葉に妄想が駆け巡る。

 それはつまりあれか。そういうことか。どこかの部屋で今あれなのか。

 必死で平静を保ったつもりだが、相手はプロだ。

 男が今何を考えてるかくらい手に取るようにわかるのだろう。なんかニヤニヤしてるし。

「傭兵隊長から届け物を預かってる。貴重品だから他人には預けられない」

 取り込み中なら出なおすと言い残して立ち去ろうとすると、女性はいきなり笑い出した。

「あは、あははは!あの馬鹿、こんな子を使いによこすなんて、くく、何考えてんだかねぇホント」

 目じりに浮かんだ涙を拭いながら、手招きする。

「アタシがエリーシアだよ。まったく、こんなとこ来て仕事で人探しなんて遠まわしな言い方するから警戒しちまったじゃないか」


 濃い褐色の肌に燃えるような赤い瞳。

 腰まであるウェーブのかかった栗色がかった銀髪。

 エリーシアは俺と同じノスフェラトゥだった。

 なんでも彼女はこの娼館を取り仕切る女将で、今は客は取っていないのだとか。

 彼女への配達物は、案の定ランクスが溜め込んだツケだった。

「ほんとどうしょもない馬鹿だよ。贔屓にしてる娼婦に惚れた女の相談してた時も呆れたけど、ガキにこんな大金持たせて外周区に使いに寄越すなんて、頭の中どうなってんのかね」

 激しく同意せざるを得ない。

 今回の配達物も半分は傭兵隊の仕事とは関係無い物だったし、明らかに人に任せちゃいけない物も混じっていたし。

 何か考えがあってのことなのか、何も考えていないだけなのか。

 まぁ後者だろうな。


「まぁツケの代金は確り頂いたよ。これはお駄賃だ、取っときな」

 貨幣を数え終えたエリーシアは、その中から銀貨を一枚投げて寄越してきた。

「いや、いくらなんでも銀貨は貰いすぎだ」

 返そうとすると、煙管で頭を叩かれた。

「ガキのくせに生意気言うんじゃないよ。ならオトナになったら返しにおいで。アタシが相手してあげるよ」

 くく、と笑いながら煙管の紫煙を吹きかけてくる。

 やめてくれ、俺は年上に弱いんだ。

「ほら、そろそろ帰んな。最初のお客がそろそろ出てくる頃だ。娼婦なんて最初こそ着飾っちゃいるが、一度お客の相手したら服なんかいちいち着ないからね。ガキがいていい時間はもうお終いだよ」

 しっしと手を払う。

 ギギギ……くやしいのう!くやしいのう!

「ていうか、ガキガキって……もうすぐ十八だっつーの」

 エリーシアが身動ぎする度に視界に飛び込んでくる谷間や、ドレスのスリットから覗く生足から目を逸らしつつ呟く。

 そんなガキっぽい俺の反応を見て、エリーシアの口元に邪悪な笑みが浮かぶ。

「あらそう。アタシほんとは若いコに目が無くてねぇ。さっさと歳食って抱いておくれよ」

 これまでのからかうような雰囲気は掻き消え、誘うような笑みを浮かべてしな垂れかかってくる。

 だめだ、敵わねぇ!

 その後エリーシアにさんざんいいようにからかわれた後、二階から本当に一糸纏わぬお姉さんが降りてきたので慌てて『飾り窓』から逃げ出す。

 もっとも、未成年に対する性的表現規制処理によって肝心な部分は全く記憶に残る事はなかったが。

「オトナになったらまたおいでよ」

 足早に外周区の門へと向かう俺の背後で、エリーシアはけらけらと笑っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ