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第四話

 アーカス前線基地は、かつて虚族の襲撃に遭い廃村となったアーカス村の周囲を防護柵で囲む事で、虚族との戦闘における前線基地としている。

 いくつも立ち並ぶ家屋の中には、何年も空き家のままで放置され、崩れかけた物もある。

「建物だけならゴーストタウンだな」

 だが、現在俺が歩いている場所、前線基地の中央部には基地の主要施設が集まっており、それなりに多くの人が道を歩いている。

 活気がある、とまでは言えないが、生活感のようなものは感じられる。

 もっとも、ここに来るまでに通ってきた場所は、建物は崩れかけ、通行人すら見かけないゴーストタウンと言って差し支えの無い風景だったが。


「クランガルム騎士団駐屯司令部……っと、ここか」

 騎士団駐屯司令部は、かつてのアーカス村の村長の屋敷を使用している。

 かつての土地の権力者の屋敷だけあって、古びてはいるがなかなか豪奢な造りだ。

 傭兵隊詰所は宿屋を利用しているだけあって建物こそ広かったが、住み心地という点においては遠く及ばないだろう。

 現在アーカス前線基地に滞在している者の多くは騎士団、傭兵、冒険者、そして戦地に商機を見出した商人達だ。

 個人で活動している冒険者は当然ながら、一応集団として活動している傭兵隊ですら、規模でも戦力でも騎士団には遠く及ばない。

 国に仕える立場でもあるため、最も発言力の高い騎士団がかつての権力者達の建物を利用し、金に物を言わせて商人達が中心部のそこそこ立派な建物を利用している。

 傭兵隊と冒険者が利用できるのは、郊外の建物だけ。

 なんとも世知辛い話だ。


「傭兵隊の者か。何用だ?」

 司令部の正門に近づくと、両脇に立っていた白金の鎧とハルバードで武装した騎士に声を掛けられた。

 どうやら勝手に入ってタンスを漁るお約束は不可能なようだ。

「隊長殿に書類を届けに。後、災禍の森の偵察結果の報告をしに来た」

 使いの者である事を証明する、傭兵隊長のサインの入った羊皮紙を確認すると、騎士は暫し待てと言い残して建物の中へと入って行った。

 その後、戻ってきた騎士に案内されて隊長室へと通される。


「わざわざご苦労様です。どうぞ掛けて下さい」

 執務机で書き物をしていた騎士団の紋章が入ったローブに身を包んだ男に促されるままソファーに座る。

 クランガルム騎士団七番隊隊長ゼリオス=クランツロウは、ペンを置き、俺の対面のソファーへと腰を下ろした。

 彼もランクスと同じくNPCだ。


「いや、こちらから依頼した偵察任務の報告にわざわざ出向かせてしまって申し訳ありませんね」

 俺が請け負った災禍の森偵察任務は、騎士団から傭兵隊に要請された物だ。

 何故騎士団自ら調査せずに、傭兵隊に依頼するなどといった回りくどい事をするのかと言うと、一言で言えば適材適所と言う奴だ。

 本来集団戦に不向きな闇の民でありながら、地力の高さと過酷な修練によって集団戦を可能とした集団が騎士団であり、彼らの本領が発揮されるのは大規模戦闘だ。

 対して傭兵隊は闇の種族本来の姿、個としての圧倒的な性能を以って脅威に対抗する集団だ。

 傭兵隊などと名乗ってはいるが、あくまで本質は個であり、個として戦果を出す。

 なので、偵察や斥候といった任務は少数戦に慣れた傭兵隊に回される事が多い。


 ゼリオスは偵察の報告を聞き終えると、背もたれに身体を預け深く息を吐いた。

「予想はしていましたが、やはり虚族が絡んでいますか。野生動物の凶暴化は、恐らく呪術による物でしょう。呪術師がいるとなると、厄介ですね」

 虚族とは、光神の末裔でもなく、闇神の末裔でもない、祖たる神を持たない種族だ。

 かつて世界を戦火で覆った、光の民と闇の民による大戦時に、どこからともなく現れ、破壊の限りを尽くした破滅を齎す種族。

 光の民、闇の民は共通の敵の出現により停戦。

 四大陸の内、虚族によって占領された三つの大陸を奪還すべく、ここ中央大陸アトラスにおいて体勢を立て直すべく雌伏の時を過ごしている。

「ここ数年は虚族の活動が活発になっています。災禍の森を侵略の橋頭堡とされる前に手を打つ必要がありますね……」

 ダークエルフ特有の透けるような白髪を梳きながら目を伏せ呟いていたゼリオスは、顔を上げると苦笑した。

「おっと、申し訳ない。どうも考え事をしていると周りに気が行かなくて。しかし、ちょっと困った事になりましたね」

「困った事?」

 あまり困ったようには見えないが、ゼリオスは大仰に腕を組んで由々しき事態ですなどと呟く。


「実は北の遺跡周辺で、最近大型モンスターによる被害が急増していまして。騎士団として討伐に向かうつもりだったのですが、虚族の動きが不穏な今、騎士団が基地を離れるのは得策ではないですからね」

 北の遺跡までは結構な距離がある。

 重装備の上に集団での進軍を強いられる騎士団では、移動だけでもかなりの時間がかかるだろう。

 虚族が活発化した今、前線基地を長期間手薄にする訳にはいかない

 しかし、遺跡の近くにはアーカス村から避難した村民が新たに作った集落クラクス村がある。

 被害が増えている以上、これ以上放置する訳にもいかず、何か手を打たなければいけない状況なのだろう。

「どうやら今回も傭兵隊と冒険者ギルドに依頼せざるを得ませんね。ここの所身軽なあなた方に頼ってばかりで、民の盾たる騎士団としては肩身の狭い思いですよ」

 個の集まりでしかない傭兵隊や冒険者は防衛戦には向かない。

 仮に騎士団不在の状況で虚族の襲撃があった場合、前線基地は一夜も持たず虚族の手に落ちるだろう。

 逆に傭兵隊と冒険者がいなくとも、守りに優れた騎士団が防衛に徹すればかなりの時間を稼ぐ事が出来る。

 これもまた適材適所だ。

「まぁ、この件はまた改めて、ランクス傭兵隊長と冒険者ギルトを交えて検討するとしましょう。偵察任務ご苦労様でした」

 一礼して席を立ち退室する。


 恐らく、近い内に先程のゼリオスとの話にあった大型モンスター討伐クエストが発生するかもしれない。

 騎士団が動くほどであれば、討伐対象はかなりの強敵と見て間違いないだろう。

 それまでにある程度戦えるよう装備を整えスキル構成を仕上げなければ。

 メモを取り出し、次の目的地を確認する。

「次は修練場の戦術教官か。丁度いい」

 司令部を出て、外壁沿いに裏手に回り修練場へと向かう。




 現在のアーカス前線基地の人口の殆どは、騎士団や傭兵隊、冒険者といった荒事専門の者達が占めている。

 そのため、かつて家畜の放牧地だった場所は、戦闘技術向上のための修練場となっている。

 騎士団の集団演習にも用いられるため、その規模は前線基地全体の半分近くを占める程の広さだ。

 演習場には騎士団と共に派遣された近接戦闘や魔術戦闘の戦術教官がいる。

 彼らはその名の通りスキルのトレーナーNPCで、一定の料金を支払う事で、特定のスキルをスキル値20.0まで短時間で鍛える事が出来る。

 所持金に然程余裕がある訳ではないが、料金次第では手っ取り早く20.0まで上げてしまうのも手だろう。


 修練場には、すでにスキル上げに励むプレイヤーの姿も何人か確認できる。

 ざっと見回してみると、やはりノスフェラトゥを選んだプレイヤーを多く見かける。

 ノスフェラトゥはアーカス前線基地と、北の遺跡の近くにあるクラクス村しかゲーム開始地点に選べないので、自然と集中するのだろう。

 しかし、多いと言っても、正式サービス開始初日にしてはその数は疎らだ。

 それもそのはず、ノスフェラトゥは事前のアンケートで最も不人気な種族だった。

 情報が公開された当初は、全種族で最も最終的な合計ステータス値が高くなる種族ということで、かなりの人気を誇っていた。

 しかし、その長所もパーティー時の共闘ペナルティがある以上ソロ限定のような物だし、ゲーム開始地点であるアーカス前線基地とクラクス村周辺に出現するモンスターは、初心者が相手にするには手に余る強敵ばかり。

 更に宿命値が低いせいで、他の種族と比べて行動に大きく制限がかかる。

 これだけでも一般プレイヤーであれば敬遠するに十分だ。


 だが、MMORPGプレイヤーにはソロプレイを好む者も多いし、ゲーマーの中には、わざわざいろいろな制限を設けて縛りプレイなどと称して異常なまでにやり込むプレイヤーも多い。

 そんなデメリットがあるほうが逆に燃えるといったプレイヤーも、キャラクター死亡時のデスペナルティが発表されると途端に勢いを失っていった。

 アトラスでは、キャラクターが死亡すると、そのキャラクターはロスト、つまり消滅し、二度と復活させる事は出来ない。

 再びプレイするためには、もう一度キャラクターを作り直さなければならないのだ。

 銀行に預けていたアイテムや貯金、死亡時の所持品の一部やスキル値の何割かを新しいキャラクターに引き継ぐ事は可能だが、宿命値が低い場合引き継げるアイテムの数やスキル値が減る。

 死亡率の高いソロプレイでしか本領を発揮出来ず、宿命値が低い故にキャラクターロスト後の救済もまともに受ける事が出来ないとあっては、この人気の無さも不思議ではない。

 こんなハイリスクローリターンな種族を選ぶのは余程の酔狂者くらいだろう。

 まぁ、俺もその一人なわけだが。


 目当ての人物はすぐ見つかった。

 頭の両脇、本来耳がある場所から生えたふさふさの毛に覆われた獣耳は、遠目にも良く目立つ。

 近接戦術教官のシャミル。

 ライカンスロープと呼ばれる種族である彼女に配達する物は……

「……酒?」

「おっ、ランクスのお使いかな?ということは……あはーっ!やっぱりそうだ、幻の名酒白麒麟!」

 鞄の中から出てきた、彼女への配達物。

 それは紛れも無くただの酒、しかも日本酒だった。

「えっと、それ、お酒ですよね」

 釈然としない物を感じて尋ねる俺とは対照的に、俺からひったくるように酒瓶を受け取った彼女は、目を潤ませて抱えた白麒麟とやらを見つめている。

「そうだよぉ。けどただのお酒じゃないんだな!聖獣が住まう神聖な土地と呼ばれる麒麟山脈、そこから何百年という年月を掛けて解け出した神力の溶け込んだ雪解け水を使って醸造された至高の名酒。その静謐な味わいは正に純白の麒麟の如く……」

 ぶつぶつと呟きながら酒瓶に頬擦りまでし始める始末。

「この前ランクスと模擬戦三番勝負をしてさー、お互いの一番大切な物を賭けたんだよ。で、死闘の末見事私が勝利し、晴れてこの子は私の下へ……ああ、この時をどれだけ待ち望んだ事か」


 それ完全にプライベートな話じゃねーか。

 任務とか言って何運ばせてんだあのオッサン。自分で持ってけよ。

 憮然として立ち尽くす俺などお構いなしに、シャミルは酒瓶にキスしはじめた。

 だめだこいつ、早くなんとかしないと……

「それじゃあ確かにお届けしました」

「あ、うん。ありがとね!ランクスによろしく言っといて。次は月光の雫を賭けて勝負だって」

 月光の雫とやらについての薀蓄を虚空に向けて呟きはじめたシャミルを置いてそそくさと修練場を後にする。

 配達のついでにスキル上げをするつもりだった事を思い出したのは、それから暫く経ってからの事だった。




 次の配達先は商業区の武器商人エドワード。

 前線基地の住人は非戦闘員を含めても生産が苦手な闇神の末裔が殆どなので、鍛冶屋などの生産者は全くと言って良い程見かける事はない。

 ここで手に入る物は、商人が買い付けて来た他所で作られた武器や防具ばかりだ。

 エドワードも例に漏れず他国の品を扱う商人の一人で、前線基地では珍しい光神の末裔であるヒューマンだ。

 かつて世界を二分し、対立していた光の民と闇の民だが、共通の敵である虚族の台頭以来、多少のわだかまりを残しつつも、共生の道を歩んでいる。

 特にエドワードは、大戦以降に建国された金が全ての新興商業国家の出身であるため、光の民だの闇の民だのといった事に興味が無い人種だ。

 彼らにとって大事なのは、そこに金があるか無いか。

 それだけが彼ら商人の判断基準なのだ。


「いらっしゃいませガイアス殿、今日は何をお探しで?」

 彼が俺の名前を呼んだのは、特に親しい間柄である事を示している訳ではない。

 彼らは商売のためならばなんでもする。

 きっとこの前線基地に出入りする者全ての名前を記憶している事だろう。

「隊長のお使いだよ」

 鞄の中から小包を取り出し渡す。

 エドワードは中身を取り出すと、一つ一つ手に取って確認し始めた。

 小包の中に入っていたのは、野生動物の角や牙、毛皮などの戦利品だった。

 これらの戦利品は武器や防具の素材として利用される。

 恐らく仕入れの際にこれらの素材を他所の街へ持って行き、生産者に売るのだろう。


「ええ、ええ、きちんと数もそろっていますし、質も問題ありませんね。はい、確かに受け取りましたよ」

 エドワードはそう言って、再びそれらを包みに戻すと、奥の棚に仕舞う。

「さて、他には何か御座いますか?先日仕入れから戻ったばかりですので、色々取り揃えておりますよ」

 その言葉に反応したのか、視界の左下に取引ウインドウが表示される。

 どうやらこの店で取り扱っている物のリストのようだ。

「そうだな……2s以内で揃えられる防具はあるか?」

 ログインした時点で持っていた1sと、先程受け取った報酬を合わせて現在の所持金は2s20c。

 2sは現在の全財産に近いが、配達任務を終えれば50cの報酬も手に入る。

 装備を整えれば狩りも楽になるし、ここは可能な限り性能の良い防具を手に入れるべきだろう。

 死ねばキャラクターロストである以上、装備品をケチる訳にはいかない。


「そうですな、その御予算ですとこちらの鋲革鎧一式がよろしいかと」

 ウインドウに表示されたのは、今の装備がボロ切れに見えるような、鋲を打ち込んで補強された頑丈そうな革鎧。

「予算の都合がつくならば、多少足が出てしまいますが、胴鎧をこちらのブレストプレートにしまして、他の箇所を鋲革鎧で揃える組み合わせがお勧めですが」

 表示される価格は、鋲革鎧一式が1s70c。

 胴鎧をブレストプレートにすると2s10c。

「金が余ったら予備の武器を買おうかと思ってたんだが。片手剣はあるか?頑丈でなるべく安いやつがいい」

「安くて頑丈な片手剣となりますと、このブロードソードが50cですな。幅広で厚みのある刃ですので頑丈ですよ」

「なるほど……ブレストプレートと合わせると2s60cか……2sにまけてくれ」

 駄目元で言ってみると、右下のスキルログウインドウが交渉術スキルの上昇を表示する。

「ははは、自分で言うのもおかしな話ですが、我ら商人にとって金は命であり身体を巡る血液ですからな。そう易々とは値切りには応じませんよ」

 なるほど、交渉術を上げれば値切る事も可能なのか。

 とは言え、この交渉術のスキル値で60cも値切るのは無理があるか。

「仕方ない、鋲革鎧一式とブロードソードで2s10c。どうだ?」

「10cとはいえ金は金……と言いたい所ですが、いいでしょう。その代わり、今後とも何かお探しの際は当店をご利用くださいますよう」

 にやりと笑うエドワードに金を払って品物を受け取る。

「今着てる鎧、買い取ってくれるか?」

「その鎧も随分と年季が入っておりますからね。古着としてもなかなか買い手がつかないでしょうし、10cという所でございますね」

 申し訳なさそうに答えるエドワード。

 初期装備であればその程度だろう。

「10cか。まぁ仕方ないな。それで頼むよ」

 装備変更コマンドで一瞬にして鋲革鎧に装備が変わった。

 今まで装備していた革鎧をエドワードに渡す。

 新しい鋲革鎧は量産品なので着心地はあまり良くはないが、動きにくい程ではない。

 隙間無く打ち込まれた鋲が重量感を感じさせるが、これまでの薄い鉄板と擦り切れた革で出来た防具とは安心感が違う。

「ではこちらが御代になります。ショートソードはよろしいので?」

「ああ、これは予備武器にするからな」

「なるほど、失念しておりました。では、ありがとうございました。武器防具の簡単な修繕もやっておりますので、またいつでもお立ち寄りください」

 深々と頭を下げるエドワードに見送られて、店を後にする。




「次は道具屋か」

 エドワードの店からそう遠くない、こじんまりとした建物へと入る。

「いらっしゃいませ、です」

 薬品独特の匂いが篭った狭い店内の奥、ガラス張りのカウンターから頭だけ覗かせているのはまだ幼い少女。

「お父さんは、仕入れに行ってます、です。マールはお手伝い、です」

 マールと名乗った、シャミルと同じライカンスロープの少女は、ふさふさの猫耳をぴこぴことせわしなく動かしながらお辞儀をする。

 俺は目の前の少女と向かい合い、どうしたものかと思案する。

 彼女は見たところまだ十歳かそこらだろう。

 NPCの年齢を気にするのもおかしな話だが、彼女に荷物を渡して大丈夫なのだろうか?

 メモには「商業区 道具屋主人マロウ」と書かれているのだし、彼女の父が戻るまで待つべきだろうか。

「マールはまだちいさいですけど、お店の事はなんでもできます、です」

 マールはそんな俺の動揺を察してか、少し頬を膨らませる。

「商品の説明もちゃんとできますですし、素材の鑑定もできるです。値切り交渉に毅然と対応だってできちゃいます、です」

 ぺたんこな胸を張ってさぁ用件を言うですとのたまう幼女。

 一抹の不安を感じながらも、鞄から包みを出して渡す。

 包みの中に入っていたのは、魔物の体内で生成される、ソウルジェムと呼ばれる赤い結晶と、前線基地周辺で採れる薬草、小瓶に入ったよくわからない液体。

 マールはそれらをせっせと仕分けしてゆく。

 たまに首を傾げて、棚を指差しながら「ど、こ、に、お、こ、う、か、な」と呟いているのは見なかった事にしておこう。


「完璧なのです。配達ご苦労様でした、です」

 仕分けを終えたマールは、小さな袋を差し出してきた。

「今回買い取った素材の御代になります、です。追加報酬として渡すようにっておじちゃんのメモが入ってた、です」

 おじちゃんとはランクスの事だろうか?

 なかなか粋な事をしてくれる。

 受け取った追加報酬は40c。

 おまけとしてはなかなかの額だ。

 臨時収入も入った事だし、いざという時のためにポーションを用意しておくのも悪くない。

「50cくらいでポーションとか買えるかな」

 手持ちの回復アイテムだけでは心許ないので、短時間で体力を回復できるポーションを何本か買っておきたい。

「それっぽっちじゃ無理無理、です」

 しかし、マールは両手の人差し指でバツを作って首を振る。

「ポーションは一番安いのでも一個50cから、です」

「そんなに高いのか?」

「高い上に効果は微妙、です。だから在庫もない、です。一個1sの下級ポーションくらいじゃないと、買う意味ない、です」

 表示されたウインドウに並ぶポーションは、確かにどれも高額が表示されている。

 どうやらこの世界のポーションは割と貴重品のようだ。

「じゃあポーション以外で何かないかな」

「50cなら、包帯と軟膏と治癒の丸薬の応急薬セットをお勧めする、です」

「けど、それは回復効果が出るまで時間がかかるだろ?いざって時のためにやっぱポーションは欲しいけどな」

「確かにどれも即効性には欠けるですし、いざという時のためにポーションを持っておくのは有効、です。けど、いざって時の回復手段が無いほうが、無茶しなくなるから逆に死ににくい、です」

 こんな幼い子供に教わるというのは釈然としない物があるが、なるほど、一理ある。

 つまり金が無いなら慎重になれと言う事か。

「なるほどね。じゃあその応急薬セットを貰おうか……30c」

「おとといきやがれ、です」

 彼女はエドワード以上の強敵だった。


 粘りに粘った値切り交渉の結果、応急薬セットを49cに値切る事に成功した。

 1cの値切りに執念を見せる俺に、マールは呆れ顔だったが、値切った金額は問題ではない。

 例え1cと言えども、値切り交渉を成功させたという事実が重要なのだ。

 おかげで交渉術スキルは2.4まで上昇した。

 名誉のために言っておくが、俺は決してロリコンではない。

 交渉の最中、幼女から投げかけられる辛辣な言葉にちょっと心が躍ったのは事実だが、決してロリコンではない。

 なんせ俺には妹がいるのだ。

 妹がいる男は年上に憧れる。姉がいる男は年下好きになる。

 両方いる奴は悟りを開き全てを受け入れる包容力を得る。

 それがこの世の真理なのだ。

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