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第三話

 自分を中心とした一定範囲内の気配を探知する、危機探知スキル0.0から使用可能なSA【テリトリーサーチ】を使用して周囲の安全を確認してから木陰に腰を下ろし息を整える。

 特殊技能系SA【テリトリーサーチ】は、一度発動すると解除するまで効果が持続するパッシブエフェクトと、任意のタイミングで使用して効果を得るアクティブエフェクト、二つの使い方がある。

 パッシブエフェクトは効果が持続している間、周囲の気配を常に探知する事が出来るが、効果範囲は狭く探知の精度も低い。スキル発動中はスタミナの回復速度が減少する。

 アクティブエフェクトでは使用すると自分の周囲広範囲の気配を高い精度で探知出来る。パッシブエフェクトとは違ってスタミナは使用する度に一定値減少する。

 移動中はパッシブエフェクトで周囲を探り、休憩前にアクティブエフェクトを使い安全を確認する事で、ここまでかなりの数の野生動物を回避する事が出来た。

 しかし、森に分け入ってからかなりの時間が経つが、慎重に進んでいるため森を抜けるにはまだ時間がかかりそうだ。

 遮蔽物が多い森林地帯では、潜んでいる敵を見つけるのは至難の技だ。

 闇雲に進むだけでは、奇襲を受ける可能性は高い。

 なので【テリトリーサーチ】は欠かす事が出来ないのだが、効果が持続している間はスタミナの消費が激しくなる。

 更にこの世界ではただ走るだけでもスキルの影響を受ける。

 身体操作スキルが未だ低いために、スタミナの燃費が悪く長時間走り続ける事は出来ないのだ。

 森などの足場の悪い場所の移動には地形ペナルティもかかるので、周囲を警戒しながらちょっと走って、安全な場所で休憩するの繰り返しだ。

 いざ戦闘となった場合のためにスタミナに余裕ももたせておかなければいけない。

「一昔前のネトゲなら、敵に見つかるの覚悟で走って抜けてるんだけどな」

 インベントリから革袋の水筒を取り出し一口含む。

 飲み水と食料にはスタミナ回復速度を高める効果がある。

 半分ほどに減ったスタミナゲージが、目に見えて回復してゆくのがわかる。

 この森は帯状に広がっているため全体の面積こそ広いが、亡霊の荒野から前線基地に向かって抜ける分には然程距離は無い。

 恐らくもう半分以上は踏破しているはずだ。

 危険な野生動物の生息範囲は森の奥深くのみなので、後少し移動すれば危険地帯は抜ける。

 スタミナバーが完全に回復したのを確認し、立ち上がる。


 不意に首筋に感じる悪寒。

 剣と盾を構え、一本の大木、その向こうに意識を向ける。

「勘弁してくれよ。まだNPCにすら会ってないってのに……」

 パッシブエフェクトの範囲内に感じる気配。

 大木の陰からのそりと姿を現したのは、ブラッディウルフ。

 血に染まったような赤い毛と、血に飢えたような獰猛さから付けられた名前だ。

 ブラッディウルフは、鋭く伸びた犬歯の隙間から低い唸り声を漏らしながら、こちらを威嚇する。

 逃げるか?

 いや、距離が近すぎる。

 この森に棲む野生動物の中で最も素早いブラッディウルフ相手ではこの状況から逃げ切るのは不可能だ。

 幸いな事にブラッディウルフは単独行動を好み、縄張り意識が強いためこの近辺に他のブラッディウルフがいる可能性は低い。

 今は目の前の一匹をなんとか凌ぐ事だけに全力を注げばいい。


 ブラッディウルフを相手にする際に注意すべきはそのスピードだ。

 下手な剣筋ではその素早い動きを捉える事が出来ず、嬲り殺しにされるケースが多い。

 力は然程強くは無いが、ナイフのように鋭い爪を急所に受ければ無事では済まないだろう。

 しかし幸いな事に耐久力は低い。

 一撃でも入れる事が出来れば倒すのは難しい相手ではない。

 そして、一撃を入れる手はある。

 何の考えも無しに無傷で森を抜けられるとは最初から考えていない。

 道中で敵と遭遇する事を前提に、様々な対処法を考えていた。

 未だ此方を伺っているブラッディウルフに気取られぬよう、思考操作でSAを発動させる。

【シャドウバインド】

 神術スキルの初級SAで、対象の影を相手に絡みつかせて動きを止める効果がある。

 無詠唱で使用可能だが、効果時間は短く再使用時間が長い。明るい場所では効果が薄いというデメリットもある。

 が、薄暗い森の中、一撃の時間を稼ぐだけならば十分だ。

 ブラッディウルフは突然足に絡み付いた自らの影に悲鳴を上げ、逃れようと激しくもがく。

【シャドウバインド】発動と同時に駆け出し一気に彼我の距離を詰める。

 盾を捨て両手持ちの構えに切り替え、上段に振り上げたショートソードをブラッディウルフの頭目掛けて振り下ろす。

 ドスッと鈍い音を立てて、ブラッディウルフの眉間にショートソードが突き立った。

 頭を割られたブラッディウルフは、一度大きく痙攣すると悲鳴を上げる事も無くぐたりと崩れ落ちた。


 初めての戦闘は、驚く暇も無いほど呆気なく決着がついた。

 相手のHPが無くなるまでひたすら叩き続けるこれまでのMMORPGの戦闘とは全く違う。

 武器スキル値がほぼ0でも、動きを止めて急所を狙えば一撃で倒す事が出来るようになっている。

「ていうか、精神的にきっつい……リアルすぎだろ」

 初めての戦闘を終えて気が抜けると、膝が笑っている事に気が付いた。

 戦闘は一瞬で終わったが、まるで全力疾走をした後のような倦怠感もある。

 ステータスバーを見ると、全快していたはずのスタミナゲージは半分以下になっている。

「渾身の一撃って奴か?」

 土壇場で普段以上の力を発揮するシステムでもあるのだろうか。

 事前に調べた限りではそれらしい情報は無かったが、これだけ緻密に作りこまれていれば、何があっても不思議ではない。

 たった一戦で半減してしまったスタミナの回復のために、水筒を取り出そうとインベントリを開くと、ブロンズダガーが目に入る。

 一応予備の武器としても使えるが、射程は短く攻撃力も低い。

 この短剣の本来の使い方は別にある。

「解体、か」

 未だ地面に横たわるブラッディウルフの亡骸。

 アトラスでは倒した敵から戦利品を獲るための解体スキルというものが存在する。

 その名の通り、敵の亡骸を解体し毛皮や牙、その他諸々を手に入れる為のスキルだ。

「どうか解体作業までリアルに再現されてませんように」

 水を一口含んでからブロンズダガーを取り出し、ブラッディウルフの亡骸に恐る恐る刃を近づける。

 すると刃先が亡骸に触れた瞬間、目の前に無機質なウインドウが表示された。

 ウインドウには二つのアイテム、【狼の牙】【血狼の毛皮】が表示されている。

 幸いな事に、戦利品の回収の度に、リアルな解体風景を見せ付けられる事は無いようだ。。

「ま、そうだよな。良く考えたら血だって出ないんだし、解体作業をリアルに再現するわけないよな」

 横たわるブラッディウルフの頭部や周囲の地面にも血は一滴も流れていない。

 血の代わりにダメージを受けると生命力を現す光が溢れだすという仕様なのだ。

 流石にこのリアリティで流血表現は問題があったのだろう。

 安心したような、肩透かしを食らったような複雑な心境で、表示されたウインドウの右下の「全て取得」という項目に触れて戦利品をインベントリに収める。

 ドロップアイテムを回収すると、ブラッディウルフの亡骸は光の粒と成って霧散した。


 今回はなんとか切り抜ける事が出来たが、やはり主力の武器スキルが未だ心許ない状態での戦闘は心臓に悪い。

 前線基地などのプレイヤーの拠点となるエリアには各種スキルの訓練施設もある。

 事前の計画では、それらを利用して戦闘に必要なスキルをある程度鍛えてから実戦に臨む予定だったのだが、予想外にもとんでもない僻地からスタートしてしまったために、近接型ステータスで武器スキル0.0という歪な状態で緒戦に望まなければならなかった。

【シャドウバインド】は神術スキル30.0で習得するSAなので、現在のスキル値では成功率は5割程度しかない。

 先程の初手に【シャドウバインド】を使用し、相手の動きを封じる戦法が次も成功する可能性は低い。

「もう一戦はなんとか避けたい所だな」

 一刻も早く森を抜ける為に、【テリトリーサーチ】を使用し周囲を確認し、足早に前線基地の方角へと駆け出す。




 ブラッディウルフとの戦闘の後、すぐに危険な野生動物の生息地帯から抜ける事が出来た。

 森を抜けると、そこには草原が広がっていた。

 ここからでは、丘に隠れてしまって見る事は出来ないが、もうアーカス前線基地までは丘を越えればすぐ着く距離だ。

 草原に生息している動物は、こちらから手を出さない限り攻撃はしてこない温厚な動物ばかりなので、戦闘になる事も無い。

 目の前をゆっくりと横切っていくのは、長い体毛に包まれた巨大な牛のような動物フリッグの群れ。

 大きい個体は三メートル近い巨体を誇るので、戦うとなれば並のモンスターなど足元にも及ばない強敵だ。

 フリッグもノンアクティブではあるが、神経質な性格なので迂闊に近づくと襲われる可能性もある。

 特に今は群れに小さな個体が混じっている。

 子供がいる群れは通常より神経質になっており、近づくのは危険なので、群れを迂回する。


 すると、突然フリッグの群れの中でも特に大きな一頭が動きを止め、彼方の空に視線を向けた。

「ブモオオオオオオォォォ!」

 大地を揺るがすようなフリッグの雄たけびに、それまで悠々と行進していた群れが弾かれたように走り出す。

「な、なんだ?」

 突然の雄たけびと、大地を揺るがす足音に呆気に取られていると、周囲に影が落ちる。

 つられて空を見上げ、声を失う。

「グルオオオオオオォォォ!!」

 耳をつんざく咆哮と共に空から表れたそれは、巨大なフリッグをまるで小動物の如く両足の爪で押さえ込むと、喉に鋭い牙を突きたてた。

 今、目の前で暴れるフリッグを押さえつけているのは、巨大な翼。鱗に覆われた巨躯。トカゲのような頭。

「ド、ドラゴン……?」

 ボキリ、と、嫌な音を立てて頚椎が噛み砕かれると、組み伏せられたフリッグは糸が切れたように動かなくなった。

 獲物を仕留めたドラゴンは、フリッグの身体に両足の爪を深く食い込ませると喉から牙を抜いた。

「グルルルル……」

 ――目が合った。

 最悪だ、こんなのに勝てる訳が無い。

 武器を構える事も出来ず、後退る。

 しかし、ドラゴンはこちらにはさして興味もないのか、大きく翼をはためかせると、獲物を掴んだまま彼方の山脈へと飛び去っていった。


 ドラゴンの姿が遥か彼方へと遠ざかり、やがて見えなくなっても、俺は呆然と立ち尽くし動けずにいた。

 事前に得ていた情報では、ドラゴンなどの龍族は強敵ではあるが、アトラスにおける最強のモンスターではない。

 これからプレイを進めていけば、彼らを相手にしなければいけない局面もあるだろう。

「あんなのを倒せってか……ステータス的には可能だとしても、精神的に勝てる気がしないな」

 目が合った瞬間、恐怖で全身が縛り付けられたようだった。

 あれはシステムとして用意されたバッドステータスなのか、はたまた彼我の力量差に対する生物的な怖れか。

 甘く見ていた。所詮はゲームだ、と。

 どうやら考えを改めなければならないようだ。

「いいね……遣り甲斐がある」

 俺はドラゴンが飛び去った彼方を見つめながら、気がつけば笑みを浮かべていた。




 アーカス前線基地の南門から入ってすぐ右手側に傭兵隊詰所はあった。

 ランクス傭兵隊長は微かに緑掛かった肌と額に二本の角を持つ、グリーンスキンと呼ばれる種族のNPCだった。

 グリーンスキンは大柄な種族だが、それにしたってこのランクスというNPCはとりわけ大きい。

 細身で長身というノスフェラトゥの設定により俺のキャラクターは身長百八十センチ半ば程だが、目の前のNPCは俺より頭一つ分以上は縦に長く、横幅に関しては俺の三倍はあろうかという巨体だ。

「おお、戻ったか新入り。ドラゴンに食われちまったんじゃねぇかと思ってたとこだったぜ。

「不幸なフリッグがいなければ食われてたかもしれないな」

「その様子じゃ随分肝冷やしたようだな。けどあいつらは俺らなんか眼中にねぇよ。あいつらの胃袋満たすには俺らは小さすぎるからな」

 ガハハと笑う姿は、彼がNPCである事を忘れるほど自然な動作だ。

 アトラスのNPCは独自開発された最新のAIによって、それぞれにユニークな個性を与えられている。

「ここはアーカス前線基地です」や「私が傭兵隊長です」などの、いかにもな台詞を繰り返すだけの、旧来のNPCとは一味違う。

 彼らは、このアトラスの世界で朝起き、仕事をし、食事をし、夜は寝るという生活サイクルを持って活動している。

 会話をしているだけでは、NPCとプレイヤーの区別などつかない程に洗練されたAIだ。

 中の人などいないNPCである事は間違い無いが、相対してみると、生身のプレイヤーを相手にするのとなんら変わり無い。

 このNPCを制御している高度なAIは開発側としてもアトラス一番の売りであるらしく、様々なゲームショウで「NPCと会話するだけ」のブースを設けていた。

 俺も何度かアトラスのブースに足を運んで、彼らの普通の人間と遜色の無い受け答えをサービス開始前に体験していたのでこうして自然と受け入れる事が出来るが、初めて彼らを目にしたプレイヤーは皆度肝を抜かれているだろう。


「で、偵察の結果はどうだったよ」

 ランクスに【メモリーリンク】で得た情報を伝える。

「やっぱり虚族が絡んでんのか……災禍の森が完全にあいつらの根城になる前に叩かねぇとな」

 ランクスは額の角を落ち着き無く触りながら顔を顰める。

「とはいえ、どう動くにせよもう少し探らねぇとな。ま、ご苦労さんだったな。ほれ、偵察の報酬だ」

 差し出されたのは粗末な小袋。

「今はまだ手が出せねぇが、いずれ災禍の森を叩く際にはお前にも出張ってもらうからな。全部飲み代に使っちまうのもお前の自由だが、きちんとその金で装備を整えておいたほうが身のためだぜ」

 小袋を受け取ると、クエスト報酬ウインドウが表示される。

 今回の報酬は銀貨一枚と銅貨二十枚。

 銅貨一枚が大体日本円で百円位の感覚だ。

 銅貨百枚で銀貨一枚になる。

 銀貨は一枚で1万円程度だ。

 そして銀貨百枚が金貨一枚分で、大体百万円程度の価値といったところだ。

 それぞれ銅貨はc、銀貨はs、金貨はgと略される。

 今回得た報酬、銀貨一枚銅貨二十枚を例にすれば、1s20cといった具合だ。

 詰所に入る前に、視界左下に表示しておいたクエストウインドウからアラームが鳴る。

 報酬を受け取った事で、クエスト【災禍の森偵察任務】が完了したようだ。


「で、まぁ今んとここれといって仕事は無い。暫くは酒でも飲んで疲れを癒してくれ、と言いたいとこだが」

 目の前に書類の束と何やら色々と詰め込まれた鞄が置かれる。

「完全に日が落ちるまではまだいくらか時間がある。もう一仕事してくれや」

 新しいクエストは【前線基地配達業務】。

 アーカス前線基地の主要NPCにアイテムを届けるという、所謂お使いクエストだ。

「俺は溜め込んだ書類を片付けにゃならんし、届け物のいくつかは今日中に持ってかにゃならんし、わざわざ誰かを呼び付けて持ってかせる程の仕事でもないしで、どうしたもんかと思ってたとこだ。まぁ小遣い稼ぎと思ってちゃちゃっと頼むぜ」

 ただ前線基地の中を回って荷物を届けるだけの、前線基地内の施設やNPCの配置を覚えるために用意されたチュートリアル的な内容のクエストだろう。

 報酬は50cと大した事はないが、お使いの報酬ならばこんなものか。

「これが誰に何を届けるか書いたメモだ。上から順に回ってけばいい。全部届けたら暫しの休暇だ。報告に戻ってくる必要はないからな。じゃあ頼んだぞ」

 差し出されたメモと鞄を受け取り、詰所を後にする。

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