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第二話

 無機質なエントランスレイヤーとは比べ物にならない情報量に、暫し言葉を失う。

 周囲の景色のリアルさは、確かに前評判通り、いや、それを遥かに上回る。

 そしてそれ以上に、肌を叩く風と、乾いた空気の匂いに驚かされる。

 あまり良い気分はしないが、革製の小手を少し舐めてみる。

 革特有の苦味が舌を刺激する感覚。

 視覚だけでなく、聴覚嗅覚触覚味覚、五感全てを再現しているのだ。

 

 もう一つの現実。

 

 アトラスのキャッチコピーを思い出し苦笑する。

 確かに一人のゲーマーとして、これほどのリアリティを持つゲームはかねてより待ち望んでいた物だ。

 しかし、仮に自分がアトラスの開発に携わる立場にあったとしたら、果たしてどれだけの労力を費やせばこれ程の世界を創り出す事が出来るのだろう。

 ふと思い立ち頬を抓ってみた。

 思いっきり抓ってみるが、あまり痛みは感じない。

 頬に触れている感触と、抓っている箇所に多少圧迫感を感じるのみ。

 どうやら痛覚は無い、あってもかなり鈍く設定されているようだ。

 もし痛覚そのままに、剣と魔法の世界で戦闘をしなければならないとしたら引退者続出だろう。

 かくいう俺も痛いのは嫌いなので、この仕様は有難かった。

 求めているのはあくまでリアリティであり、完全な現実の再現ではない。

 理想郷への入り口。【アルカディアゲート】とは上手い名前をつけたものだ。


 暫しの間、周囲の景色を堪能したが、所詮見渡す限りの荒野である。

 いくらリアルとはいえ、いやむしろなまじリアルだからこそ、ずっと眺めているのは辛いものがある。

 そろそろ行動するべきだろう。

「ま、とりあえず……【システムブック】」

左手を胸の前に翳し、ボイスコマンドでシステムメニューを開く。

アトラスのシステムメニューは本型のインターフェイスで、システムブックと呼ばれている。

エントランスレイヤーに浮いていた本と同じ表紙だ。

様々な場所でプレイヤーが眺めていても不自然でない形態ということで、このような本型インターフェイスを採用したらしいが、荒野のど真ん中で本を読んでいるというのもどうなんだろう。

周囲を見回し、モンスターの類がいない事を確認してから手近な岩に腰を下ろしシステムブックを開く。

最初のページは目次になっていて、ステータスやインベントリ、スキル、クエストなどの項目が並んでいる。


ステータスページを開くと、ログイン時に確認した情報に加えてライフ、マナ、スタミナ、ディパインエナジーという項目がある。

ライフはそのまま生命力を表し、ライフが無くなればキャラクターは死亡する。

マナは魔力、いわゆるMPだ。魔法や呪術を使うと消費する。

スタミナは武器を使った攻撃や、盾で防御したり、走ったりと、身体を動かす行動全般で消費される。

ディバインエナジーは神から与えられた力で、神術を使うと消費する。自然回復はせず神に祈りを捧げる事で回復する事が出来る。

これらはそれぞれライフが赤、マナが青、スタミナが黄色、ディバインエナジーが緑色のゲージで表示されている。

そのゲージ枠をドラッグして、視界の左上にドロップ。

これで上下左右どこを向いてもステータスゲージが常に視界に入るようになる。


次にインベントリページを開き所持品を確認する。

入っていたのは銅製のダガー、干し肉と乾いたパン、飲み水の入った革袋、応急処置用の包帯と薬草を磨り潰しただけの軟膏、感覚を鋭敏にする効果のある丸薬、邪神の姿を象った小さな石像、魔術の触媒である最下級魔石。

ダガーと食料と飲み水、包帯と軟膏は全キャラクター共通の初期アイテム。丸薬は危機探知スキル、邪神像は神術スキル、魔石は魔術スキルを初期スキルとして選択した場合に配布される初期アイテムだ。

所持品はシステムブックで確認、取り出しも可能だが、実際に収められているのはベルトに通して固定されたミスティックキューブと呼ばれる小さなバッグだ。

ミスティックキューブに触れると、目の前にインベントリウインドウが表示される。

ウインドウに表示されたアイテムに触れれば取り出せる仕組みだ。

インベントリページの右のページには装備ウインドウが表示されている。

装備は一部を鉄板で補強しただけの粗末な革鎧と、質の悪そうな片手用長剣と持ち手を付けただけの鉄板のような盾。

一般的な装備の性能がわからないので比較出来ないが、贔屓目に見ても性能がいいとは思えない。


次はスキルページ。

このページは左のページにスキルリストがずらりと表示されており、各スキルの詳細やスキル値の確認、これ以上スキル値を上げたくないスキルをロックする事が出来る。

右ページの上半分にスキルリストから任意で選んだスキルだけを表示出来るウインドウがあり、山ほどあるスキルリストから、いちいち確認したいスキルを探す手間を省く事が出来る。

スキルリストの中から、あらかじめ考えていた育成方針に沿ったスキルを選んで右上のウインドウにドラッグ&ドロップしておく。

下半分はスキル値の増減などの情報が表示されるスキルログウインドウになっている。

ステータスゲージと同じ要領でスキルログウインドウをドラッグして右下にフロート表示させておく。

こちらはステータスゲージよりも重要度は低く、ウインドウが大きくて邪魔なので視点連動は切っておく。

右下に目を向ければすぐ確認出来る状態だ。

試しに剣を構えて振ってみる。

すると適当に一振りしただけなのに右下のスキルログウインドウにスキル上昇メッセージが表示された。

【片手剣術0.2上昇】

「よし、素振りでも上がるな」

恐らく素振りで上がるのはスキルが低い今だけだろう。

すぐに素振りだけでは上がらなくなるだろうが、ある程度まで簡単に上げる事が出来ればそれでいい。

これを見越して武器スキルを初期に取らなかったのだ。

しかし誤算もあった。

軽く一振りしただけなのに、左上のステータスバーのスタミナゲージが目に見えて減っている。

恐らく十回も素振りをすればスタミナは底をつくだろう。

スタミナは、ライフやマナよりは自然回復が早いらしいが、手っ取り早く回復する手段を探さないと武器スキルの修行は想像より梃子摺りそうだ。


次のページはスキルアーツページ。

 スキルアーツ、通称SAとは、特定のスキルが一定値に達した時に使用可能になる必殺技のようなものだ。

 武器による近接攻撃系や魔術などによる呪文攻撃系、生産技術や危機探知などの特殊技能系など、数も多く効果も多岐に渡る。

 SAにはスキル値0.0でも使用可能な物もあるので、既にいくつかのSAがリストに表示されている。

 それらの中から、魔術スキル0.0から使用可能な攻撃魔術【魔弾】の詳細を表示する。


【魔弾】

 詠唱時間:1sec

 再使用可能:1sec

 構成ルーン:礫のルーン

 効果:体内の魔力を直接対象に向けて放出しダメージを与える最下級魔術。


 魔術スキル0.0から使用可能なスキルなだけあって、ダメージにはあまり期待できないだろうが、詠唱も再使用も短いのが利点だ。

 とはいえ、【魔弾】のような無属性の魔術は、高消費低威力だが難易度が低く抵抗手段が少ないという特徴がある。

 キャストとクールタイムが短いからといって安易に連射出来るとは限らない。

 どれほどのものか試し撃ちをするために五メートルほど移動し、先ほどまで腰掛けていた岩を的にする。

 周囲には荒れ果てた大地が広がるのみで、的になりそうな物はこの岩くらいしかないのだ。

 呪文系SAの使用方法は二通りある。

 一つ目はSAリストから直接使用する方法。

 実際に【魔弾】のアイコンに触れてみると、身体の周囲に淡い光が渦巻く。

 この光の渦が発生している【詠唱状態】を、設定されている詠唱時間の間維持すれば【発動準備状態】となる。

 詠唱が完了すると、光の渦が眼前の虚空に収束して行き、青白い球体となって浮遊している。

 これが【魔弾】の【発動準備状態】だ。

 【発動準備状態】は詠唱者が他者からの妨害がなければ、SAの発動まで好きなだけ維持する事が出来る。

 ただし【発動準備状態】のまま一秒が経過すると、以降一秒毎に消費マナの一割が消費される。

 即発動させてマナを節約するか、あえて発動を遅らせて相手の読みを外すか、といった事を考えて使い分けていくべきだろう。

 岩に意識を向けて、引き絞られた矢を放つようにイメージし、眼前の球を撃ち出す。

 空気を切る音と共に放たれた青炎は、岩に触れると音も無く霧散した。

 轟音を上げて爆発でもするかと思ったが、考えて見れば最下級の魔術にそれほどの威力があるはずもない。

 【魔弾】が当たった岩の表面は良く見れば微かに窪んでいるが、見ようによっては自然に出来た窪みのようにも見える。

 モンスター相手であればまだしも、無機物相手ではいまいち効果がわかりにくい。

 視覚的な地味さ以外にも切実な問題があった。

 ステータスバーのマナゲージの減りが想像以上に厳しい。。

 たった一発の最下級魔法でゲージの十分の一近くも消費している。

 無属性魔術SAのメリットであるレジストのされにくさというのは、敵が弱い序盤ではあまり意味が無いので、今のところ弱いくせにコストが重く連射できない罠SAだ。

 魔術スキルや魔法系ステータスが上昇すれば多少は改善されるだろうが、これではとても実用的とは言えない。

 これを使うくらいならば他のSAのほうがマシだろうと、魔術スキル30.0で覚える初級魔術の詳細を表示する。


【炎槍】

 詠唱時間:3sec

 再使用可能:15sec

 構成ルーン:槍のルーン+火のルーン+破裂のルーン

 効果:魔力の炎槍を対象に向けて射出する下級魔術。

 対象に命中後爆発して周囲に副次的損害を与える。


 せっかくなので、次はもう一つのSAの使用方法を試してみよう。

 と言っても最初のステップが変わるだけで後は同じだ。

『【炎槍】』

 スキルリストのアイコンに触れる代わりに、思考操作で詠唱を開始する。

 ボイスコマンドでSAの名称を発声するほうが簡単だが、あまり戦闘中に使う技を宣言するのは得策ではない。

 今はそこまで気にする必要は無いだろうが、思考操作には早いうちに慣れておくべきだろう。

 【詠唱状態】に入ると、先ほどとは違い、周囲に赤い光が渦巻き、熱風が吹き荒れる。

 詠唱が進むにつれて、周囲を吹き荒れる熱風と赤い光は翳した右掌の先に収束して行く。

 しかし、二秒程詠唱が進むと突然渦巻く赤い光が揺らめき、消えてしまう。

「ん?……あー、失敗か」

 魔術に限らず、SAには成功率が設定されている。

 関連ステータス、魔術であればINTの値や装備などで補正がかかるが、習得可能スキル値ギリギリであれば、デフォルトでの成功率は50%だ。

 現在の魔術スキル値は30.0、炎槍の習得可能スキル値も30.0。

 INTの補正値は、今は雀の涙程度なので考慮しなくてもいいだろう。

 なので、現状二回に一回は失敗する計算なので、失敗するのは仕方ない。

 気を取り直して、再度思考操作で【炎槍】を使用する。

 再び赤い光が渦巻き、詠唱が進むにしたがって収束していく。

 やがて【発動準備状態】となると、穂先から石突までが燃え盛る炎で形作られた、二メートル近い巨大な炎槍が眼前に浮いていた。

 あまりの威圧感に思わず目標の岩との距離を開く。

 副次的損害ということは、対象に当たった後爆発でもするのだろう。

 自分の魔術に巻き込まれてはたまらない。

 念のため十五メートル程距離を取り、先ほどの岩に意識を向けて炎槍を放つ。

 凄まじいスピードで岩に突き立った炎槍は、轟音とともに爆炎を周囲に撒き散らす。

 黒煙が晴れると、そこには変わらぬ姿で岩が鎮座していた。

 やはり実際にモンスターにでも使って見ないと威力はわかりにくいが、それでも【魔弾】よりは威力は高いだろう。

 マナ消費は【魔弾】より少し多めか。

 しかし詠唱三秒、再使用十五秒なのでソロでは使いにくい気もする。

 【詠唱状態】でも移動や武器による攻撃などは可能だが、激しい動作は集中を乱すと判定されて【発動待機状態】になるまでに必要な詠唱時間が長くなってしまう。

 また【詠唱状態】、【発動待機状態】で攻撃を受けると、強制的に詠唱が解除される場合もあるため、SAを安定して使うにはそれなりの立ち回りが必要になる。

 その辺りは実践あるのみだろう。

 

再び岩に腰を下ろし、システムブックのページを捲る。

次はクエストページ。

クエストには規定条件に達するまで何度も受ける事が出来るギルドクエスト、達成すると二度と受ける事が出来ないユニーククエスト、各プレイヤーの運命を辿っていくディスティニークエストがある。

ギルドクエスト、ユニーククエストは空欄で、未だ一つもクエストを受けていない事を表しているが、ディスティニークエストのリストには、【災禍の森偵察任務】と表示されていた。

達成条件には【システムコマンド【メモリーリンク】を使用して偵察の結果を思い出せ】とある。

アトラスではキャラクター毎にバックストーリーが設定される。

つまり俺の分身であるこのキャラクター、ガイアスにも、この世界で生きてきた過去があり、システムコマンド【メモリーリンク】によってその過去を【思い出す】事が出来る。

「あんま嫌な過去を設定されてなきゃいいが……【メモリーリンク】」

思い出せそうで思い出せない事を思い出した時のような感覚とともに、ガイアスの【過去】を思い出す。

「災禍の森に棲む野生動物は凶暴化し、敵性亜人種【虚族】の痕跡も有り、か」

【思い出した】偵察の結果に思わず溜息が漏れる。

宿命値の低いノスフェラトゥを選んだ以上、【生き難い】のは覚悟の上だが、スタート地点周辺はなんとも物騒な環境のようだ。

たった今【メモリーリンク】で思い出した事で達成条件を満たした【災禍の森偵察任務】は連続クエストだったらしく、新しい達成条件が表示されている。

次の達成条件は【災禍の森を偵察して得た情報を、アーカス前哨基地の傭兵隊詰所にいるランクス傭兵隊長に報告する】となっている。

ディスティニークエストを進めるためにも、まずはアーカス前哨基地へ行かなければならないようだ。


クエストページの次はコミュニティページだった。

友人設定をした相手と連絡を取れるフレンドリスト、複数のプレイヤーで組織するクランのリストなどがあるが、どちらも現在は何も表示されていない。

一通り目を通し終えて表紙を閉じると、システムブックは音も無く消えた。

システムブックの確認とステータスや装備、スキルのチェックは終わった。

SAの使い方も大体は理解できた。

他にクエストは発生していないし、周囲には荒れ果てた平原が広がるばかり。

「そろそろ基地に向かったほうがいいな」

遠くには森が見える。あの森を抜けるのがアーカス前線基地への最短ルートだ。

しかし災禍の森ほどではないが、あの森林地帯にも獰猛な野生動物が多く生息している。

戦闘を避けるためには、多少時間はかかっても森を大きく迂回していくルートを取るべきだ。

「けど、そんな時間はない、か」

空を覆う厚い雲の向こうに微かに見える太陽は、既に傾いている。

危険を回避する事を考えるならば、完全に日が落ちる前にこの荒野から離れる必要がある。

メモリーリンクによって、この荒野についての知識を得た今、ここに長居する気にはとてもなれない。

今俺が立っているこの場所は亡霊の荒野と呼ばれ恐れられている場所だ。

日中は生物も植物も、ありとあらゆる生命が存在しない死の大地。

だが陽が沈むと、ここはアンデッドで溢れ返る亡霊の領域となる。

亡霊の荒野に現れるアンデッドの強さは森の野生動物の比ではない。

アンデッドには通常の武器は効かず、高い魔法防御で並の魔術など無効化してしまう。

今遭遇すれば、一矢報いる事すら出来ず殺されるのは間違い無い。

「覚悟を決めるか」

アンデッドと比べれば野生動物相手の方がまだ勝機はある。

俺は遠くに見える森に向けて走り出した。

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