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第二十六話

 ゼネドラの視線の先には、樹に擬態したトレントがいる。

 トレントはまだこちらに気付いていない。

 限界まで引き絞られた弓から、矢が放たれる。

 文字通り動かぬ大樹を射るようなもので、ゼネドラの弓スキルであれば外すほうが難しい。

 狙い通りトレントに突き立った研ぎ澄まされた鏃は、硬い樹皮を食い破り深々と突き刺さる。

『urrrruurrrrr』

 トレントが激痛から逃れようとするかのように身を捩り枝の腕を振り回す。

 身体に突き立った矢を中心に、トレントの表皮に赤黒い紋様が広がってゆく。

 鏃に付与された毒が全身を蝕んでいるのだ。

 毒を受けた対象は継続ダメージに加えて様々な状態異常を受ける。

 先ほど放たれた矢には身を蝕む激痛によって対象の行動を阻害する効果がある。

 トレントは怒りに燃えて枝を振るいながら突進してくるが、その動きは鈍い。

 トレントが距離を詰める前に、更に弓の弦が空気を切る音が響く。

 一挙動の間に放たれた二本の矢も、狙い違わずトレントに突き立った。

 フレイムリザードというモンスターの鱗を加工して作られた鏃には火属性が付与されている。

 毒に加えて燃え盛る鏃による火属性の継続ダメージ。

 その総ダメージ量は相当な物だが、トレントのような大型モンスターは総じて体力が高く、それだけでは倒す事は出来ない。

 継続ダメージを受けながらも未だ勢いの衰えないトレント。

 弓は遠距離からの強烈な攻撃が利点だが、相手との距離が近すぎる場合本来の性能が発揮できない。

 相手との距離を保ちながら弓のみで攻撃し続ける引き撃ちというスタイルもあるが、ゼネドラはここからは接近戦に応じるようだ。

 弓を捨て短剣を両手に構えると、慎重にトレントの攻撃を見極め回避していく。

 短剣は数ある武器の中でも最も非力な武器である。

 馬鹿正直に正面から斬り合いをするのには向いていない。

 しかし条件さえ揃えば、一撃の攻撃力はトップクラスだ。

 回避に終始し、攻めあぐねているように見えるが、ゼネドラはその一撃を耽々と狙っている。

『urrruurru』

 トレントが詠唱を始める。

 ゼネドラは詠唱を妨害するために攻勢に転じる。

 しかし詠唱妨害は与ダメージの大きさで妨害成功率が変わるため、非力な短剣では確実性に欠ける。

 トレントの詠唱が完了し、地面から伸びた根がゼネドラの脚を絡め取る。

 回避行動の取れないゼネドラを、トレントの一撃が遂に捉える。

 しかし妨害が成功しない事を予想していたゼネドラは切り札を切っていた。

 魔術SA【魔力の盾】。

 対象の周囲をマナで覆う事で一定までのダメージを無効化する。

 魔術スキル60.0で使用可能になる中級SAであり、本来であれば魔術スキルを上げていないゼネドラには使えないSAだ。

 それを可能にしたのは呪符と呼ばれるアイテムである。

 一部のSAの効果を封じたこのアイテムを使用すれば、対応したスキルを上げていなくてもSAが使用可能になる。

 一回限りの使い捨てだが、文字通りの切り札だ。

【魔力の盾】によってダメージのほとんどが減殺されたとは言え、一撃を受けた衝撃までは殺しきれず、ゼネドラは大きく態勢を崩す。

 それを好機と捉えたか、トレントが両腕を振り上げ、叩きつける。

 喰らえば大ダメージ必至の一撃だが、大降りのこの一撃こそがゼネドラの好機。

 瞬く間に相手の背後を取る暗殺術SA【アサシンステップ】でトレントの背後を取る。

 背後から攻撃した際の与ダメージを倍化させる近接武器共通SA【バックスタブ】。

【バックスタブ】は使用武器が短剣の場合、ダメージが四倍になる。

 更に背後からの刺突ダメージを高確率でクリティカルにする暗殺術のパッシブSA【致死の一刺し】

【致死の一刺し】は相手が非戦闘状態か攻撃モーション中などの無防備状態であれば更にダメージを増加させる。

 まさに一撃必殺の攻撃を受けて、トレントは大量の光の粒を撒き散らしながら倒れた。



「うーん、まさに暗殺者。最期の一撃はロマンに溢れてるね」

 確かに四倍ダメージのダメージ増加クリティカルは短剣持ちの暗殺術以外ではまず不可能なダメージ倍率だ。

「あれを戦闘中に狙うよりは片手剣で普通に攻めたほうが早いし安定する気もするが、まぁロマンだからな」

「短剣のほうが暗殺者っぽいし、雰囲気は大事よね」

 解体を終えて戻って来たゼネドラの手には、薄緑色の宝石が転がっている。

「お、出たか。これでようやく三つ目か」

「おめー。けどやっぱ普通のトレントじゃドロップ率悪いね。そろそろエルダー行ってもいいんじゃないの?」

「スキル値的にはギリギリってとこか。まあゼネドラは大丈夫だろうが……」

「問題はあっちね」



「このっ、くそっ!うひゃあ!」

 両手から炎を吹き上がらせているジェイスが、トレントへ近づこうと試みているがなかなか上手くいっていない。

 ジェイスは大規模掲示板やwikiなどでタッチ型と呼ばれているタイプの魔術師だ。

 数ある魔術スキルのSAの内、【炎掌】【氷掌】【雷掌】というSAを主体にして戦うタイプである。

 これらのSAはタッチスペルと呼ばれており、射程が非常に短く、文字通り相手に触れる程近づかなければ効果が発揮されない。

 射程を犠牲にしている代わりに、消費マナが少なく与ダメージは高い。

 相手に両手を近づければ発動するため一般的な放射タイプのSAと比べてミスが少ないのも利点だ。

 しかしそれも相手の攻撃を掻い潜って近づければの話だ。

 攻撃手段が魔術スキルである以上STRとVITの伸びが悪く打たれ弱いのはわかるが、ジェイスは慎重になりすぎて攻撃の機会を逃す場面が多い。


「回避スキルや身体操作スキルはゼネドラとほとんど変わらないのになぁ」

「ジェイスーっ!もっと相手の動きを予想して最小限の動きで避けんのよ!懐に飛び込め!」

「無茶言わないでくださいいいいいいい!!」

「どこが無茶だ!散々お手本見せてやったでしょうが!」

「メリルさんのっ!動きはっ!参考にならないんですよ!」

 言いながらもしっかりと攻撃は回避しているジェイス。

 まあ射程が極端に短いと言っても実際に触る必要は無いわけで、すれ違いざまに【炎掌】が発動しトレントのライフを削っている。

 炎系のSAは当たれば継続ダメージも入るので、既にトレントは虫の息だ。

 実際なんだかんだ言いながらも、ジェイスは既に結構な数のトレントを倒している。

 ただジェイスの動きが少々、言い方は悪いが情けないので、どうしても「こいつ大丈夫か?」と思ってしまうのである。

「余裕はあるんだが動きに思い切りが足りないな。まぁヘタレっぽいし、仕方ないか」

「ほんとヘタレよねぇ」

 口元を押さえながら指をさして肩を揺らすゼネドラ。

 相変わらずの無表情だが、笑っているようだ。

「ヘタレでもなんでも、勝てばいいんですよっ!【爆炎弾】!」

 魔術系中級SA【爆炎弾】を受けて、遂にトレントは力尽きて崩れ落ちた。



 ジェイスがトレントを倒してから暫くして、古代樹の森に点在する岩場での採掘を終えたダルヴァとその護衛をしていたジュディが戻ってきた。

 二人と合流し、内周部と外周部の境目にある澄んだ水が湧き出る泉のほとりで休憩を取る。

 ジェイス達のスタミナが回復するまでの時間潰しに、ダルヴァが採ってきた鉱石を見せてもらう。

「へー、ここは宝石の原石が多いんだねー。お?これは……ミスリル!?」

「おう。まさかミスリルが出るとは思っていなかったから驚いたよ。ドロップ率は相当低いが、ここは他と違ってライバルなんて皆無だから入れ食いだな」

 山のように積まれた鉱石の多くは宝石の原石だった。

 これらも商都に持ち帰ればかなりの金にというし、ダルヴァのクランメンバーにはアクセサリーを作成する彫金スキル持ちも何人かいるそうなので、そちらにも需要があるだろう。

 そして原石に数個だけ混じっている煌く白銀の鉱石はミスリル鉱石。

 ファンタジーやRPGなどでおなじみのレア鉱石だ。

 ミスリル鉱石は既に何箇所か採取できる場所が発見されており、市場にもいくつかミスリル製の装備が出回っている。

 しかし広く知れ渡っているミスリルの採取場所では既に採掘師達によるミスリルの奪い合いが起きており、採取確率も低いせいでその市場価値は現在確認されているレア鉱石の中ではトップクラスだ。

 ミスリル製の装備は俺達が現在使っている魔鉱石製装備よりも性能が良いということなので、俺達としては宝石の原石よりも嬉しい発見だ。

「しかしこのドロップ率じゃ武器防具はちょっときついな。アクセの素材分でぎりぎりってとこか」

「内周部にも岩場あったよね?そっちだともっとドロップ率良かったりして」

「ほお。そうなのか。まだ内周部には行かないのか?」

 内周部にも岩場があると聞いて目を輝かせるダルヴァ。

 どうやら外周部で満足してはくれないようだ。

「まあミスリルが掘れるんなら、こっちとしても付いて来てくれるのはありがたいがな。けど内周部に行くかどうかはジェイス次第だ」

「あのう、その件なんですけれども。話を聞く限り、俺としては普通のトレントよりエルダーのほうがやりやすいと思うんですよね。トレント相手も結構慣れてきましたし、個人的には内周部に行くのもいいんじゃないかと」

 トレントの見た目は動く樹のモンスターだが、エルダートレントはより人型に近くなっている。

 大きさもエルダートレントのほうは二メートル程度と、サイズも小さい。

 サイズが小さいとはいえ、動きは格段に早くなっているのだから厄介さは増している。

 しかしダークエルフの領地には人型のモンスターが多いようで、ジェイスとしては、これまでの経験から言って人型に近いモンスターのほうがやりやすいらしい。

「慣れたって割にはちょっとアレだけど、まぁ確かに見てて危なっかしい所は減ってきたかもね」

「じゃあそろそろ内周部で一戦してみるか。無理そうなら正直に言えよ」

「ダルさんは流石に大人しくしててよね。採掘は私達の近くの岩場のみ、OK?」

「ああ、足手まといにはなりたくないからな」

「それじゃ、そろそろ行くか」

 泉での休憩を終えて、内周部へと向かう。




 内周部での狩りは想像以上に好調だった。

 何よりも、トレント相手では攻めあぐねていたジェイスが、より格上のエルダートレント相手では見違える動きをしているのが大きい。

 大型モンスターは苦手なんですと言って笑っていたが、それにしたって極端な奴だ。

 内周部では本当にミスリルのドロップ率が上がっているようで、ダルヴァもご機嫌だった。


 現在俺達は内周部の奥地を踏み込んでいる。

 ここは既に全員が未経験の場所だ。

 といっても鎧熊とエルダートレントと遭遇する頻度が増える程度で、出てくるモンスターの種類は変わらない。

 魂核集めのノルマは既に終わっているが、生産素材は使い道はいくらでもあるので合同での狩りはもう暫く続ける事になった。


 ジェイスとゼネドラが戦闘を始めてすぐ、危機探知の範囲内に、四つの気配を感じる。

 巡回のラプトルだ。

「巡回が来るな」

「んじゃ潰してきますか」

 三人で狩りをしていた時は厄介な事この上無かった巡回も、戦闘をこなせる人間が五人もいれば、わざわざ戦闘を避ける理由は無い。

「ジェイス、ゼネドラ!巡回を潰してくる!」

「わかりました、気をつけてくださいね」

 エルダートレントを相手に余所見とは、ジェイスのくせに生意気な。

 ゼネドラはエルダー相手に飽きがきたのか、魂核のノルマが終わってからは鎧熊も狩っている。

 こちらは余所見をする余裕は無いようだ。

「ジュディ、ダルヴァを頼むぞ。ふらふらしないようにしっかり見張っててくれよ」

「はい、頑張ります」

「俺ってそんなに信用無いのか?」

 落胆するダルヴァの肩を一つ叩いて、巡回狩りに向かう。




 動物調教SA【感覚共有】を使うと、ルークが持っている知覚系スキルを共有する事が出来る。

 ゼネドラさんは危機探知スキルを上げているそうだけど、戦闘中はそちらにばかり注意を向けていられないだろうから、私がしっかりと周囲の気配を探らないと。

 近くには未知の気配は感じられない。

 遠くの方で、ガイアスさん達の気配が巡回の恐竜さん達の方へと向かっていく。

 ガイアスさん達の気配と、恐竜さん達の気配が重なった。

「っ!」

 背後の、これまで何の反応も無かった場所に、突然大きな気配が現れる。

 その気配はまっすぐこちらへ向かってくる。

 この反応は、前にどこかで……。

 これは、そう、廃鉱の奥深くで感じた気配に似ている。

「ボスクラスモンスター……」

 どうしよう。どうすればいいの?

 ガイアスさん達は遠くで戦っている。間に合わない。

 ジェイスさん達はもうすぐ倒せそうだけど、回復もしないでボスを相手にするなんてできっこない。

 ダルヴァさんは鍛冶師さんだから、戦えない。

 なら私とルークが、頑張るしかない。

「ダルヴァさん、ジェイスさん達の側を離れないでくださいね。ルーク!」

「お、おい!ジュディ?」

 駆け寄ってきたルークの鞍に飛び乗る。

 私は跳び箱も上手くできないのに、ジュディでいる今ならこんなこともできちゃう。

 だから、私とルークならきっとできる。

「ボスを倒してきます!」

 相手がボスだからって逃げてちゃ、みんなと一緒になんていられない。



 幼稚園の頃、お姉ちゃんがくれた誕生日プレゼントを思い出す。

 恐竜図鑑。

 今思えば、お姉ちゃんらしいって笑っちゃうけど、あの頃はわくわくしながら包みを開けたら怖い恐竜さんが出てきて大泣きしちゃったな。

 怖かったけど、お姉ちゃんと一緒によく読んだっけ。

 目の前にいる恐竜さんも載っていたから、今でも覚えている。

 記憶の中の姿とはちょっと違うかな?腕はもっと小さかった気がする。

 でも鋭い歯も、大きな口も、ぎょろっとした目もそのままだ。

 名前は確か、ティラノサウルス。

『グオオオオォォォォォォォ!!』

 凄く強そう。

 叫び声を聞くだけで身体が震える。

 怖がってちゃ駄目と思っても、身体が言う事を聞かない。

 ルークが私を守るように前に出る。

 このままじゃ戦えない。

 滅多な事では使わないようにって言われてるけど……。

「ごめんなさい、使っちゃいます。【決闘】!」

 身体の芯から、強敵と戦うための力が沸いて来る感覚。

【決闘】でMENが上がったからかな?

 さっきまでの身体の震えはもう感じない。

「いくよルーク!【サンダークローク】!」

 既にティラノサウルスに向かって走り出していたルークの周囲を、バチバチと音を立てて光が包む。


――いい、ジュディ?初見の相手と戦う時は、回避重視で相手の動きを覚えるのよ。殴れる時はもちろん殴るけどね――


 正面から突進するルークに向かって、ティラノサウルスはその太い腕を振り下ろす。

 しかしそんな物はルークには当たらない。

 腕が振り上げられた時には、既にサイドステップで回避している。

 そのまま無防備な脇腹に電流に包まれた角を突き立てる。

『グアアアア!』

 次の瞬間、ルークは弾き飛ばされていた。

 尻尾で叩かれたのだ。

 でも大丈夫、ちゃんと攻撃が当たる直前に後ろに跳んでダメージを減らしていた。

 すぐに体勢を立て直したルークに、大きく口を開けて噛み付いてくる。

 ルークはそれをぎりぎりで避けると、ティラノサウルスの顔を後ろ足で蹴りとばす。

 大丈夫、ちゃんと戦えてる。

 でもやっぱりボスクラスだからか、ダメージがすごく大きい。

 さっきの尻尾の一撃でルークのライフは少し減っちゃったけど、【決死の覚悟】の効果でステータスが上がったおかげで凄くルークの動きが早くなった。

 ティラノサウルスの攻撃パターンもわかってきた。

 一見ルークが優勢に見える。

 けど、ティラノサウルスはどれだけ攻撃を受けても全然効いていないように見える。


――相手の長所と短所を上手く見極めるんだ。そうすれば、どの歌が一番相手にとって効果的かがわかる――


 体力が高い。力も強い。スピードはルークの方が上。攻撃も避けれている。

 こういう時は、相手の長所を活かせないようにするのが効果的、なはず。

「それなら!【破城の譚歌】!」

【破城の譚歌】の効果でVITが下がったティラノサウルスが、ダメージを受けて大きくよろめく。

 ルークのVITも下がっちゃうけど、攻撃はほとんど避ける事ができているから相手のほうが被害は大きい。

 それでも、ボスの攻撃を全て避けるのは難しい。

 何度かルークは相手の攻撃を受けてしまった。

 ライフが減る程【決死の覚悟】で強化されるとは言え、とても見ていられない。

 既にルークもティラノサウルスもぼろぼろだ。

 このままじゃ倒しきれない。

 相手を上回るには、あと一手足りない。

 その一手はあるけれど、危険すぎて躊躇してしまう。。

【決闘】も【破城の譚歌】も、普段は危なくて使わないスキル。

 その上さらに危険を犯すのは怖いけれど、戦うって決めた以上、負ける訳にはいかない。

「信じてるからね、ルーク……【英雄の賛歌!】」

 英雄を称える詩を聴いたルークの身体が、膨れ上がる。

 これを使ったからには、後三十秒で勝たなければならない。

 ルークは雄叫びを上げながら突進する。

 ライフはギリギリ、スタミナももう残り少ない。

 二十秒。

 ルークは果敢に攻め立てる。

 ティラノサウルスの攻撃は、もうルークには当たらない。

 あと十秒。

 振り回されるティラノサウルスの腕を掻い潜ったルークによる、真下から突き上げるような一撃。

 これを受けて、遂に、ティラノサウルスが崩れ落ちる。

「やったぁ!お疲れ様ルーク!」

【英雄の賛歌】の効果が終わり、【力尽きた英雄】の効果で足元が覚束ないのか、生まれたばかりの小鹿のようになっているルークに駆け寄る。

『グルルル』

 ルークの向こうから聞こえてくる、ぞっとするような唸り声。

「そんな……」

 もうルークは戦えないのに。

 今、あと一撃でも攻撃を受けたら、ルークは死んじゃうのに。

 それなのに、ティラノサウルスは立ち上がった。


『英雄と呼ばれる者は時として英雄であるが故にその身を滅ぼすのです』


 ヴェルナールさんの言葉が何度も頭の中を駆け巡る。

【力尽きた英雄】に、相手の攻撃を避ける力は残っていない。


 私は、気がつけばルークの前に立っていた。

 英雄が、ルークがもう戦えないなら、私がルークを守る!

 振り下ろされるティラノサウルスの腕。

「【魔力の盾】!」

 ジェイスさんに貰ったカードが砕け散り、私の周囲を魔力の盾が覆う。

 しかしティラノサウルスの攻撃はあっさりと魔力の盾を打ち砕いて、私は殴り飛ばされた。

【魔力の盾】ではダメージを殺しきれなくて、私のライフはもう少ししか残っていない。

 けれど、これで――私達の勝ち。

「ルーク!【エイムオーダー】!」

 狙うのは、腕を振りぬいた状態で、無防備に晒されたティラノサウルスの喉。

 回転する視界の先で、何かに噛み付かれたような傷のある場所を、ルークの角が貫いていた。



 地面に叩きつけられると思って、ぎゅっと目を瞑って衝撃に備えていたけれど、代わりに柔らかい何かにぶつかった。

「ほいキャッチ!」

「ふえ?」

 恐る恐る目を開けると、メリルさんがいた。

「あ、あれ?メリルさん、どうしてここに……」

 メリルさんだけじゃなくて、ガイアスさんもジェイスさんもゼネドラさんもダルヴァさんも、みんないた。

 ジェイスさんは半泣きで無事で良かったと言ってくれている。

 ゼネドラさんは無言でポーションをばしゃばしゃとかけてくれている。

 ダルヴァさんは満面の笑みで私の頭を撫でてくれている。

 メリルさんはこれ以上力を入れられたらダメージ受けちゃうんじゃないかってくらい強く抱きしめてくれている。

 ガイアスさんはそんなみんなを眺めながら、小さく笑って言ってくれた。

「良くやったな、ジュディ」

「はい。やってやりました」

 みんなの優しさを感じながら、改めて実感する。

 みんなを守れて、良かった。

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