第二十三話
アトラスではプレイヤーが取る行動のほぼ全てにスキルが設定されている。
当然、動物に乗って移動する際にも、騎乗スキルが必要となる。
スキル値0.0でも騎乗可能な動物に乗る事は可能だが、ただ歩かせるでも騎乗動物、プレイヤー共にスタミナが減少してゆく。
走らせようものなら即振り落とされるだろう。
「楽しいけど、これはかなりキツいわ」
「おしりがヒリヒリします」
「まったく……ルークもへろへろじゃないか。これからスキル上げだっていうのに、あまり無茶させるなよ」
最初こそルークの背に乗ってはしゃいでいたメリルとジュディ、そして彼女達が喜んでいるのを察してか、誇らしげな様子を見せていたルークだが、沼に辿り付くまでに三者ともスタミナが空になりかけていた。
「ほら、沼が見えてきたぞ。あと少しだから頑張れ」
「へーい」
「が、頑張ります」
力無く答えるメリルとジュディの声に、搾り出すようなルークの鳴き声が重なる。
「こりゃ着いたらまずは休憩だな……」
沼地には、かなりの数のプレイヤーの姿があった。
殆どのプレイヤーが初期装備で、スライムを相手にスキル上げに勤しんでいる。
「ここも懐かしいわね」
「もっと人が少ない場所に行くか。こっちはただでさえ目立つから、なるべく人目は避けたいしな」
馬鹿でかい武器を背負った男と、前線基地では珍しいライカンとダークエルフのプレイヤーが、レアモンスターを連れているとなれば目立たない訳がない。
実際、既に木陰で休憩していた何人かのプレイヤーの注目を浴びている。
なるべく人目につかないように林の中を歩き、沼の奥の空いている場所を目指す。
木陰に腰を下ろし、ジュディとルークのスタミナの回復を待つ。
VITが高くスタミナの自然回復量も高いメリルは、歩いている間に全快したようだが、ジュディとルークはまだ肩で息をしていた。
厩舎で買った桶に入れた水を、舐めるように飲むルークと、それを撫でているジュディ。
しかしその表情は、どこか冴えない。
俺はスキル上げに取りかかる前に、気になっていた事を確認するため口を開く。
「さて、今日はジュディのバード系スキル上げと、ルークの育成をしに来た訳だが」
「よろしくお願いします教官!」
「あ、お、お願いします!」
からかうように姿勢をただし敬礼して見せるメリルと、生真面目にそれを真似するジュディ。
ルークまでお辞儀をするように頭を下げる。
人が真面目な話をしようって時にこの馬鹿は……。
「なんなの?お前ジュディの倍近く生きてるのになんでそんなに馬鹿なの?」
「まだ十九だよ!十九!」
「ああいう奴が調子に乗って成人式で騒ぎを起こすんだ。ジュディはああなっちゃだめだぞ」
「え?えっと……」
キーキー騒ぐメリルを無視して、ジュディに向き直り本題に入る。
「ジュディ、これからルークをスライムと戦わせる事になるが……大丈夫か?」
ジュディは俺の問いに、微かに身体を震わせ、目を伏せる。
メリルも俺の言わんとしている事を理解してか、口を噤む。
「ジュディは優しいからな。ルークを戦わせるのは、嫌なんじゃないかと思って、な」
なんせジュディにとってルークは、自分の変わりに戦わせるための道具ではない。
愛玩用のペットですらない。
彼女にとってルークは『お友達』なのだ。
草食動物のエルクは、総じて温厚な性格で戦いを好まない。
それはスパークルエルクとて例外ではない。
そんなルークに、戦いを強いる事に躊躇いを見せるのは、ジュディの優しく気弱な性格からすれば不思議な事ではない。
「俺はルークを、ただのペット、調教スキルによって手懐けられたモンスター、その程度にしか思っていなかった」
何か言いたげに顔を上げるジュディを制するように頷く。
「今は違う。もちろん、ルークがこの世界のシステムに管理されているモンスターだという考えは変わらないが、ルークとジュディは友達だ。ほんと変なゲームだよ、システム管理されたモンスターと友達になれるなんてな」
不思議そうにこちらを見上げるルークをそっと撫でる。
「ジュディ……ルークの、スパークルエルクの毛皮は高額で取引されている。そして、アトラスでは……他人のペットを殺して毛皮を剥ぐ事も不可能じゃない。欲に目が眩んだプレイヤーの攻撃を受ける事も考えられる」
「そんな……」
俺の言葉に衝撃を受けたのか、ジュディはルークの首を抱いて俯く。
「もちろん他人のペットに攻撃を仕掛ければ、相手はペナルティを受ける。だから、滅多な事では攻撃を受ける事は無いだろうが……それでも軽率な行動に出るプレイヤーがいないとも限らない」
微かに震えるジュディを勇気付けるように、メリルがジュディの肩に手を添える。
「ジュディは、ルークが襲われたら、どうする?」
「守ります。次は必ず、守ります」
ジュディは、普段の彼女からは想像もつかない程の決意の篭った声で答える。
森の中でブラッディウルフと遭遇した際に、一度逃げ出してしまった事を悔いているのだろう。
「ジュディがルークを……友達を守るために強くなりたいと思うように、ルークもジュディを守れるように強くなりたいと思ってるんじゃないか?ルークにとっても、ジュディは友達なんだしな」
俺の言葉を肯定するかのように、ルークは立ち上がり蹄を踏み鳴らす。
「ルーク……」
「ルークだって男の子だもん、女の子を守るために強くなりたいと思うのは当然よね」
メリルに答えるように、ルークは短く鳴いた。
「ルーク……そうだね、一緒に頑張ろう」
ルークの首を抱いて優しく撫でるジュディの表情から、迷いは消えていた。
スタミナの回復したジュディとルークを伴って、沼地に踏み込む。
ジュディは不安げに沼地で蠢くマッドスライムを見つめている。
「大丈夫だ、危なくなったら俺達がサポートするから、気楽にな」
「は、はい」
緊張したように頷くジュディと、彼女を励ますように顔を寄せるルーク。
「とりあえずジュディはバードスキルを使用しつつ、ルークがスライムと戦うんだが……まだルークのステータスは見れないんだよな?」
「はい。まだスキル値が足りないみたいです」
前線基地にはテイマー系スキルのトレーナーがいないため、動物調教スキル以外の、動物学や獣医学スキルなどのテイマーに必要なスキルを教わる事は出来なかった。
調教スキルの上昇と共に動物学スキルも上昇するし、戦闘後にルークを回復すれば獣医学スキルも上がるので問題は無いのだが、ルークのステータスが見えないのが辛い。
「まあ、ルークは一度ブラッディウルフと戦ってるんだし、スライム相手なら問題無いとは思うが……」
まずはルークのお手並拝見と言うことで、手近なスライムと戦って貰う事にする。
「ルーク、頑張ってね……攻撃!」
ジュディの指示を受けると、ルークは猛然と巨大な角を突き出しスライムに突進する。
普段の大人しいルークからは想像出来ない光景に、俺達は言葉を失う。
ルークは角を振り回し、逞しい脚で踏みつけ、スライムの体当たりを食らっても構わず暴れ回っている。
その様は、まさに荒々しいの一言だ。
「なんか……野生!って感じね」
「まぁ、ペットにもステータスとスキルがあるからな。成長すれば戦い方も変わってくるだろ」
「ルーク、ちゃんと避けて!あ、危ない!」
ジュディはおろおろしながらルークに声援を送っている。
「ルークの動きが鈍ってきたな……一度呼び戻そう」
「わかりました。ルーク、もういいよ、おいで」
ジュディは安堵したような表情でルークに戻るよう指示を出す。
「あれ?ルーク!もういいんだよ!」
しかし、ルークはジュディの言う事を聞かずスライムに向かって角を振り回し続ける。
「興奮して指示を聞く余裕が無くなっているな。仕方ない、メリル」
「はいはい」
メリルはルークに駆け寄ると、振り回される角を掻い潜りスライム三匹をそれぞれ一撃で殴り倒す。
スライムが泥水に戻り、メリルに角を掴んで押さえ込まれて、ルークはようやく大人しくなった。
ルークのスタミナとライフの回復のため、木陰で休む。
ジュディは地面に伏せて水を飲んでいるルークを優しく撫でている。
これはただ撫でているだけではなく、【チェリッシング】という獣医学のSAで、愛情を込めて撫でる事でペットのライフとスタミナの回復を早める効果がある。
「興奮状態で命令を聞かせるには、もうちょっとスキルを上げないと駄目かもしれないな」
「ルーク、ちゃんと言うこと聞いてくれないと危ないでしょ」
少し怒ったようなジュディの様子に、ルークはしょげるように頭を下げる。
「ま、こんな時こそバードスキルが役に立つんだけどな。ジュディ、どんな歌が使える?」
「えっと……今使えるのは【進軍の凱歌】と【沈静の譚歌】、あと【快気の賛美歌】です」
【進軍の凱歌】はAGIとDEXの上昇効果を齎す効果、【沈静の譚歌】は戦意を喪失させる効果、【快気の賛美歌】は聞く者の体力を回復する効果がある。
「そうか。じゃあ次は、ルークの戦闘中は【進軍の凱歌】を、ルークを呼び戻す前に【沈静の譚歌】を使ってみよう。【快気の賛美歌】は、獣医学を伸ばしたいし使う必要はないか。まだ成功率は低いだろうが、失敗したら俺達がフォローするから安心してくれ」
「わかりました」
スタミナとライフを回復したルークを連れて、再び沼地へ向かう。
スライム相手に角を振り回すルークから少し離れた場所で、ジュディが楽器演奏スキルの初期配布アイテムのハープを取り出す。
「あれ、ジュディはハープなのね」
「楽器は種類が多いからな。ランダムで初期配布アイテムが決まるんじゃないか」
「なんかかっこいいね」
ジュディは恥ずかしそうにはにかみながら、ハープを奏で始めた。
「【進軍の凱歌】」
周囲にリュートの音色とジュディの歌声が響き渡る。
「おおー、バードスキルって本当に歌うんだ」
「スキルの効果もあるのかもしれないけど、上手いもんだな」
俺達もジュディの歌の効果範囲内に入っているので、AGIとDEXの増加を感じる。
ルークとスライムの戦いを見守っていたメリルが、首を傾げる。
「ねえ、ルークの動きも早くなってるけど……スライムまで早くなってない?」
「バード系SAは基本的にフィールドエフェクト扱いだからな。範囲内の敵味方全てに効果がある」
「何それ。歌の範囲内なら敵も強くなったり回復したりするって事?」
「そうなるな。おまけに歌い続けている間しか効果がない。だからサービス開始前は罠スキルって言われてた」
「罠って……あんたそれ知っててジュディにバード勧めたの?」
「俺はバードスキルは普通に使えると思ってるんだがな……どんなスキルも使い方次第だ。それに、多分歌の強化効果を受けた状態で戦っても、共闘ペナルティ無いぞ」
「……マジで?」
「確証は無いけどな。丁度良い、ついでに実験してみるか」
グラム・フェイクでは一撃で倒してしまうので、ブロンズダガーを取り出し手近なスライムに近づく。
「食らわないに10s」
「……賭けにならないじゃないか」
「あんたが食らう方に書ければ良いでしょ」
メリルと初めて会った時の事を思い出す遣り取りに苦笑する。
賭け金の単位が上がっているのは、俺達の成長の証か。
「よし、いくぞ」
蠢くスライムにダガーを突き立てる。
「……どう?」
「ペナルティ無し。予想通りだ」
メリルも別のスライムに近寄り、ダガーを振るう。
「うわ、マジだ。けど、なんで?buffとかdebuffとか受けると共闘ペナ食らうはずじゃない」
「バードスキルはフィールドエフェクト扱い。つまり毒の沼地に入ったら毒を食らうとか、溶岩地帯で熱ダメージを受けるとか、神聖な光が降り注ぐ場所で回復するとか、そういうのと同じ効果だからな」
「ふーん……じゃあ範囲魔法とかも共闘ペナは食らわないとか?」
「そういうのはエリアエフェクト。似ているようで少し違う。まあ、音楽を司る神が闇の四神にいるからな。バードスキルそのものが闇の民向きに設計されてる節もある」
「けど、共闘ペナ食らわないのはいいんだけどさ……結局敵味方問わず強化したり弱体化するんじゃ、使う意味無いんじゃない?」
「上昇効果が固定値ならそうだけどな。バードスキルの効果は割合上昇だ。仮に20%上昇なら、AGIが10なら12に、100なら120になる」
「ステータス値が低い奴は上昇効果の恩恵は少ないって訳ね……確かにそれは闇の民向きだわ」
「強化と弱体化以外にも便利なSAはあるしな。ジュディ、そろそろルークを呼び戻そう。【沈静の譚歌】だ」
「はい。【沈静の譚歌】」
力強い曲調から一転、聞く者全ての心を穏やかにするような、落ち着いたハープの音色と歌声が周囲を包む。
【沈静の譚歌】によって、ルークとスライムの戦闘状態が解除される。
「ルーク、おいで」
落ち着きを取り戻したルークが、ジュディに駆け寄る。
「ほら、なかなか便利だろ?」
【沈静の譚歌】を上手く使えば、もしモンスターやプレイヤーに襲われても戦わずに逃げる事も可能だ。
バードスキルは、守るための強さを求めるジュディにはこれ以上無いスキルだろう。
その後もジュディのスキル上げは順調に続いた。
最初こそ攻撃を食らっていたルークも、今はしっかりと体当たりを回避出来るようになっている。
「ジュディ、そろそろルークのステータス見れないか?」
もうスライムは卒業して、マッドスピリットを相手にしても問題はなさそうだが、やはりステータスとスキルを確認してからでなくては不安が残る。
スライムの体当たりなら多少食らっても大事には至らないが、相手がマッドスピリットとなると並のVITでは避け損なえば致命傷になりかねない。
「……あ、見れるようになってます」
システムブックを確認していたジュディが頷く。
「どれどれ……うわっ、結構ステータス高いじゃん」
ジュディのシステムブックを覗きこんだメリルが、そこに表示されたルークのステータスに驚きの声を上げる。
「なるほど……特にVITとAGIが高いな。STRとBALも悪くない。DEXは低いけど、問題無いだろ。それより……MENとMAGがやけに高いな」
ルークの近接系ステータスは軒並み高く、特にVITとAGIは俺とメリルよりも少し低い程度だ。
野生動物の身体能力が高いのは不思議な事ではないし、ルークには装備なども無いのだから、ステータスが高めに設定されているのはわかる。
しかし、MAGとMENが高いというのはどういうことだろう。
「スキルも見れるよ」
メリルに促され、ジュディがページを捲る。
近接戦闘系のスキルは35.0を超えていた。
このステータスとスキルなら、マッドスピリットを相手に出来るだろう。
その下に表示されたスキル名に、思わず唸る。
「……驚いたな、原始魔術と精霊信仰スキルを使えるのか」
モンスターにも、プレイヤーと同じようにスキル値が設定されている。
しかし、モンスターは予め設定されたスキルしか習得できないため、後から新しいスキルを習得させるのは不可能なのだ。
ルーク以外の野生動物が、原始魔術や精霊信仰スキルを保持しているかは不明だが、少なくとも全ての野生動物が持っているようなスキルではないはずだ。
おまけにルークの原始魔術と精霊信仰のスキル値は50.0を超えている。
俺達の前でこれらのスキルを使っている所を見た事がないので、これがスパークルエルクの初期スキル値なのだろう。
「どうやらスパークルエルクは、ただ珍しいだけのモンスターじゃないみたいだな」
「ちょっとびっくりだね。SAも使えるのかな?」
「SA使ってくるモンスターは多いから、ルークも当然使えるだろ」
ペットもスキルの上昇によってSAを習得するらしく、スキルアーツページにはいくつかのSAが並んでいる
「けど、まだ使えないみたいです。もう少しスキルを上げなきゃ……」
どうやら、ペットにSAを使わせるには、調教スキルが50.0以上必要らしい。
「まだ使えないとは言え、性能の良いSAが多いな。使えるようになったら、かなり戦闘が楽になりそうだ」
ルークは、回復系や攻撃呪文系などのSAをバランス良く習得している。
「まあ、これだけステータスとスキルが高ければ、もうスライムは卒業だな。スピリットに移動するか」
ルークのAGIとVITなら、スピリットの攻撃はまず当たらないし、当たったとしても一撃で大事には至らないはずだ。
俺達は林を分け入り、スピリットの沼地を目指す。
あれからゲーム内時間で一ヶ月以上、俺とメリルはジュディのスキル上げを手伝った。
狩り場に関しては俺達が事前に情報を得ていたし、バードスキルによって休憩時間は大幅に短縮出来るので、かなりの効率でスキル上げは進んだ。
現在はジュディのバード系スキル、調教スキル共に80.0に届こうとしている。
ルークも高いAGIとVITによる打たれ強さと、原始魔術と精霊信仰スキルによる高い攻撃力という反則じみた性能を発揮し、先日廃鉱のボスゴブリンを撃破する程に成長した。
エリートゴブリンを素早い動きで翻弄し、立派な角による一撃と強烈な原始魔術を織り交ぜて放つルークと、的確に指示を出し、バードスキルで援護するジュディの二人に、出会った頃の頼りない面影は無い。
「んー、もう私達の役目も終わりかしらね」
「そうだな。並のプレイヤーなら、もうジュディとルークに下手に手出しは出来ないだろうな」
「スキル上げを続けるなら、次は古代樹の森だけど……どうすんの?」
二人を壁際で見守っていると、メリルが今後について尋ねて来る。
どこか沈んだ面持ちに見えるのは、気のせいではないだろう。
「ジュディは元々戦うのを望んで闇の民を選んだ訳じゃないんだし、そろそろ光の領地に行った方がいいんじゃないかと思う」
ジュディは、望んで戦っている俺達とは違う。
もう身を守るには十分過ぎる程強くなったのだ。
これ以上は望まない戦いをする必要も無いだろう。
「……じゃあ、そろそろお別れかな」
「わかってた事だろ?ジュディみたいな子にいつまでも戦わせるのは気が引ける。身を守れるようになったんなら、いつまでもこんなとこにいるべきじゃない」
「けど、寂しいね。一ヶ月も一緒にいたのに」
「なら、俺達もジュディと一緒に行くか?光の領地でのんびり過ごすのも、まぁ悪くはないな」
「馬鹿言わないでよ。何のために闇の民選んだと思ってんの?」
「だよな」
この一ヶ月、俺とメリルの戦闘系スキルはほとんど上がっていない。
既に闇の民のトッププレイヤーとはかなりの差がついているだろう。
しかし、俺達はあくまでジュディのスキル上げを手伝うために、少しの間休憩していただけ。
その役目も終われば、またスキル上げに勤しむ日々が始まる。
「ジュディは俺の妹と歳も近い。あいつのネトゲ友達にはジュディみたいに大人しい子も多いから気は合うだろうし、俺達と離れても、寂しい思いはさせずに済むだろ」
「あの子にはルークもいるしね」
「光の領地まではダルヴァにでも面倒見て貰うか」
「そういや近いうちに商都に行くって言ってたから、丁度良いか」
「……けど気が重いな。お前言ってくれよ」
「嫌よそんなの」
「ですよね」
危なげなくエリートゴブリンを倒し、寄り添うようにしてこちらに戻ってくるジュディとルーク。
この一ヶ月行動を共にしてきた彼女達に別れを告げるというのは、流石に気が引ける。
「嫌です」
俺の話を聞くや、頬を膨らませてそっぽを向くジュディ。
あの素直なジュディの口から飛び出した、思いがけない拒絶の言葉に、思わず呆気に取られる。
「けどな、ジュディ。ジュディはもう十分強くなったし、ルークもジュディを守れるくらい強くなった。これ以上スキルを上げる必要は……」
「それは私が決めます!」
廃鉱に響くジュディの声に、思わず仰け反る。
あ、あの大人しいジュディが……!?
反抗期の娘を持つ父親の心境はこのようなものなのだろうか……
狼狽える俺を見かねて、メリルが説得にかかる。
「けど、これから先は私達も一回しか行った事無い危ない場所なんだよ。これまでみたいにジュディとルークを守ってあげられるかわからないし……」
「だったら尚更です!二人が危ない場所に行くのに私だけおいてけぼりなんて絶対に嫌です!」
ジュディの怒ったような声に同調するように、ルークも鼻息荒く蹄を踏み鳴らす。
「私はお友達を守れるようなるために頑張ったんです!ルークのためだけじゃありません。メリルさんとガイアスさんを守れるようになるために頑張ったんです!」
「ジュディ……」
「なのになんでお別れなんていうんですかぁ……」
とうとうジュディは泣き出してしまった。
ルークは俺を責めるように角で小突いて来る。
「参ったな……ごめん、ジュディ。俺が悪かったから泣くな」
「そうよ、反省しなさいこの馬鹿。大丈夫よ、これからも一緒だから、ね?」
「お前……いや、そうだな。これからも一緒だ」
なかなか泣きやまないジュディを慰めるように背中を撫でるメリル。
つんつんと角で俺を小突くルークを宥める俺。
まさか泣かれるとは思っていなかったので流石に弱った。
しかし、ジュディがこれ程までに俺達と共にいる事を望んでくれるというのは有難い物だ。
「あんたジュディが泣いてんのに何にやけてんのよ」
ルークに加えて、メリルにまで小突かれる。
「な、ちがっ……よせお前ら!」
俺達の様子に、ジュディは涙交じりの笑顔を浮かべていた。




