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第二十一話

 アトラスの生産作業は多少簡略化されてはいるものの、現実とほぼ同じ作業を行う。

 クリック一つで完成とは行かず、戦闘で格闘技経験者が多少有利であるように、生産の結果にはある程度プレイヤーの経験や知識が影響する。

 リアルで武器マニアであるダルヴァは、製法の知識にも通じているらしく、かなり優秀な職人と言える。

 ダルヴァは甲高い音を立てながら熱せられた鉄をハンマーで叩き、加工したパーツをくみ上げて行く。

「よし、出来たぞ」

 朽ち掛けた机の上に置かれた一組のグローブとブーツ。

 グローブは拳部分に三本の短い鉤爪が取り付けられているドラゴンクローグローブ。

 ブーツは爪先から脛、膝までが鋭角に研ぎ上げられており、蹴り技に斬撃ダメージを追加するエッジブーツ。

 その両方に、装備にエンチャントを付加する刻印スキルにより、【攻撃速度増加】と【衝撃増幅】の刻印が刻まれてゆく。

 ダルヴァが言うには、エンチャントを施すには二つの方法があるらしい。

 一つはゴブリン部隊長の装備に掛かっていたような呪術エンチャント。

 もう一つは武器に刻印を刻む事で特殊な効果を宿す刻印エンチャント。

 呪術エンチャントにはINTやMENなどの精神系ステータスが、刻印エンチャントにはDEXが影響するらしく、精神系ステータスの低いダルヴァは刻印エンチャントが得意なようだ。

 ダルヴァの刻印スキルは片手間で伸ばしているので、本職には及ばないそうだが、そもそも生産者が皆無の前線基地でこれ以上は望めない。

 通常の武具では、複数のエンチャントを掛けると武器が耐え切れず壊れてしまうそうだが、魔力を含んだ魔鉱石製の武具は複数の刻印を刻む事が可能だと言う。

 それらを受け取ったメリルは、早速装備を変更する。

「ふふふ、どうよ」

「凄く似合ってるよ。凶悪なフォルムがお前の性格をよく現してる」

「そう、ありがとう。けどこの武器の最初の犠牲者がガイだなんて、残念だわ」

 俺とメリルが互いにファイティングポーズを取り間合いを探り合っていると、ここ数日ですっかりこういった展開に慣れたダルヴァが、さして気にした風も無く尋ねてくる。

「まったく、仲が良い奴らだ……で、ガイは大剣と盾だったな?」

「ああ。ちなみにどんなのを作れるんだ?」

 こちらに向かってシャドーを繰り返すメリルから距離を取り、尋ねる。

「そうだな……素材は余裕があるから、グラム・フェイクなんかどうだ?」

 ダルヴァの生産ウインドウに表示されたのは、神代の時代の武器である魔剣グラムを模して作られた、全長二メートルはあろうかという長大な大剣。

「随分でかいな……これ片手で持てるのか?」

「ガイのSTRならいけるはずだ。【重量軽減】は掛けないとまだ辛いだろうがな」

「じゃあ、それで頼む」

「盾は、そうだな……武器がでかいんだし、思い切ってフォートレスあたりか?」

 要塞の名を持つその大盾は、ヒューマンの基準で言えば両手で扱う事を想定して作られており、その見た目は盾というより、最早壁だ。

「おい、いくらなんでも……」

 壁のような大盾を構え二メートル近い大剣を片手で振るうって、どんな化物だ。

「大丈夫だ、ステータスさえ満たせばちゃんと扱える」

「いや、確かにそうだが……」

「いいじゃん。大は小を兼ねるんだし」

「メリルの言うとおりだな。任せておけ、今の装備にかかっている【重量軽減】よりは効果が高い刻印を刻んでやる。狭い場所での取りまわしには苦労するだろうが……性能は申し分無いぞ」

 頭の悪い事を言うメリルに、頼みの綱のダルヴァまでもが同意する。

 ダルヴァの瞳は爛々と輝いていた。

「……おいダルヴァ、お前自分がこれ作りたいだけだろ?」

「当たり前だ。こんなでかい武器を作るチャンスなんてそうはないからな。やはり武器はでかくないといかん!」

 少年のように目を輝かせて訳の分からない事を言い出すダルヴァ。

「……わかった、それでいい」

「ぐふふ、腕が鳴るな」

 諦め半分で頷くと、ダルヴァは嬉々として炉に向かい作業を始める。


 完成した武器は、実際に目の前にすると予想以上にでかかった。

【重量軽減】の刻印を刻む前に試しに装備してみたのだが、なんとか持つ事は出来た物の、振り回すだけでスタミナが猛烈な勢いで減少していく。

 グラム・フェイクに【重量軽減】と【斬撃増幅】、フォートレスに【重量軽減】と【衝撃軽減】を刻んでもらい、ようやくまともに扱えるようになった。

「高品質が出来なかったのは残念だったな……まだ熟練度が低かったようだ」

「いや、これでも十分だよ」

 確かに、高品質ではないとは言え、現状では明らかにオーバースペックな装備だ。

 これ以上を望むのは贅沢が過ぎるだろう。

「そういえば、この部隊長装備も魔鉱石で出来てるのか?」

 装備していた部隊長の大剣を指してダルヴァに尋ねる。

「いいや、それは武器としての質は良いが、素材は普通の鉄だな」

「そうか。魔鉱石製なら、溶かして再利用するかと思ったんだが、ただの鉄なら溶かさないほうが良さそうだな」

「仮に魔鉱石製だったとしても、溶かして再利用とは行かないな。一度加工した魔鉱石の武具は、溶かしてしまうと普通の鉄に戻ってしまうからな」

 先程ダルヴァが鍛冶スキルの熟練度上げをする際に、一度作った武器を溶かして再利用していた。

 もし魔鉱石として再利用できるのであれば、死蔵している部隊長装備を全て溶かしてしまうのも悪くなかったが、そう上手くはいかないようだ。

「けど、ほんとにいいの?お金払わなくて」

「構わんさ。俺は良い武器が作れれば満足だからな。素材だって君達に手伝って貰わなかったら集まらなかったんだし、気にしないでくれ」

「そういう事なら有難く頂くよ。またダンジョンに掘りに行く事があったら呼んでくれ」

「ああ、魔鉱石とは言え所詮鉄鉱石だからな。まだ上位素材は山ほどある。いずれ手伝って貰う事になるだろうな」

「そしたらまた装備作ってね」

「ああ、任せておけ。ちなみにこれは仕事の話になるんだが」

 ダルヴァはにやりと笑うと、机の上に置かれた部隊長装備を指差した。

「その装備、必要無いのなら売ってくれないか?オークションに出せば良い値がつきそうだ」

 やれやれ、ただの生産馬鹿だと思ったら、なんだかんだでこの男も商人だったようだ。




 これから暫くは生産修行に専念するというダルヴァと別れ、俺達は新たな狩場に来ていた。

 ボス狩りや魔鉱石採掘のために篭っていたが、廃鉱では既にスキルが上がらなくなっていたのだ。

 雑魚ゴブリンでは82.0を超えたあたりで伸び悩み、エリートも85.0付近で殆ど上がらなくなった。

 ボスゴブリンを相手にすればまだ伸びそうだが、十二時間沸きではスキル修行には向かないし、ボスに挑むプレイヤーも増えてきた。

 奪い合いをする程ドロップに旨みもないので、心機一転新しい狩場を探す事にした。

「なんかずーっとゴブリン狩ってたから、新しい狩場って緊張するね」

「確かに60.0から85.0までゴブリンだったからな」

 新しい狩場は80.0以降の狩場とされている、古代樹の森。

 樹齢千年以上という巨木が生い茂り、遥か昔から周囲と隔絶されたこの森は、生態系も前線基地周辺の森とはかなり異なる。

 事前に得た情報では、ここには恐竜タイプのモンスターや、トレントと呼ばれる歩き回る樹の化物が出るらしい。

「けど、なんにもいないね」

 既に古代樹の森に分け入ってかなり経つが、未だモンスターとは遭遇していない。

【テリトリーサーチ】で周囲を警戒しつつ進むが、モンスターの気配はない。

 モンスターを探して歩き回っていると、妙な違和感を感じる。

 しかし、周囲の景色を注視しても、特におかしな点は見当たらない。

「どうかした?」

「……いや、なんでもない」

 首を傾げるメリルに、首を振って答える。

「初めて来る狩場だからな。すぐ撤退できるよう、あまり奥には行きたくないんだが……敵がいないんじゃ仕方ないか」


 更に奥に分け入ろうとした瞬間、首筋に悪寒を感じる。

 咄嗟に横を歩いていたメリルを突き飛ばした瞬間、背後からの強烈な衝撃に吹き飛ばされる。

「えっ?ガイ!?……このっ!」

「ぐ……う、よせ、メリル!共闘ペナ食らうぞ!」

「ッ!」

 背後から襲い掛かってきた何者かに殴りかかろうとするメリルを静止し、ポーションを取り出し浴びる。

 背後からの一撃で一気に四割近く削られたライフが回復してゆく。

 グラム・フェイクとフォートレスを構え、奇襲を仕掛けてきた相手と向きあう。

「こいつが、トレントか……」

『urrrrrrrrr』

 上手く聞き取れない奇妙な唸り声を上げながら、太い一対の枝を腕のように振り回し、足のような根を蠢かせてこちらに這いよって来る樹の化物。

「メリル!こいつら危機探知で察知できない、周囲に気を付けろ!」

「気を付ける……って、どうすりゃいいのよ!」

「背が低い樹に近づくな!……なんでもっと早く気付かなかったんだ」

 古代樹の森の樹は、樹齢数千年という物ばかりだ。

 それほどの樹齢の樹ともなれば、高さも相当な物となる。

 しかし、トレントはせいぜい四メートル程度。

 見上げるような樹ばかりが並ぶ中、ぽつんと背の低い樹が生えている。

 それが違和感の正体だった。

「樹を隠すなら森ってか。ったく、そのまんまだな」

『urrrrrr』

 振り下ろされた枝の一撃を防ぐ。

 トレントの動きは単調で遅く、一撃は痛いがかわすのは容易い。

 マッドスピリットの強化版といった所か。

 振り回される枝を防ぎ、避け、グラム・フェイクで斬り付ける。

【斬撃増幅】の効果か、厚い樹皮が容易く切り裂かれる。

 血液のような樹液を振り乱しながらも、一向にそれを気にする様子もなくトレントは枝の腕を振り回す。

「体力が高いとこまでマッドスピリットじみてるな」

 何度斬り付けても狼狽える様子も、倒れる気配もない。

 だが、確実にダメージは与えているはずだ。

 このまま順調に行くかと思われた次の瞬間、

『urrurrrruuuu』

 トレントが呪文を紡ぐような奇声を上げた瞬間、地面から突きだした樹の根が足に絡み付いた。

「な、うおおっ!」

 身動きの取れない状態で振るわれた枝の一撃を、咄嗟に盾を構えて防ぎはしたものの、足を絡め取られた不安定な体勢では受けた衝撃を堪えきれず転倒してしまう。

『urrrrrr』

 次々と鞭のように振るわれる枝を転がりながらかわし、なんとか立ち上がる。

「ネイチャースペルか、厄介な……」

 ネイチャースペルとは、トレントや高位のスピリットなどが操る原始魔術で、水や炎、大気や樹木などを操る魔術だ。

『rruuurr……』

「させるか!」

 まるで何を言っているか理解できないが、呪文を唱えている気配を感じフォートレスで殴りつける。

 盾防御SA【キャストブレイク】。

 盾で殴り強い衝撃を与えて、相手の詠唱を妨害するSAだ。

 振り回される枝を防ぎながら斬り付け、詠唱を開始する気配を感じたら妨害をする。

 多少苦戦したものの、パターンがわかれば怖い相手ではない。

 やがて、トレントは奇怪なうめき声を上げて地に倒れた。


「ふう……かなり梃子摺ったな」

 トレントの亡骸にダガーの刃を当て、戦利品を回収する。

 ドロップアイテムは【トレントの葉】と【樹液の結晶】だった。

「お疲れ様。不意打ち食らってたけど、大丈夫?」

 心配そうに尋ねてくるメリルに手を振って応える。

「ああ、問題無い。けど今のでスタミナがやばいから、あいつは任せた」

 俺は【テリトリーサーチ】の範囲内に入ってきた気配を指差す。


「……恐竜?」

 現れたのは、二足歩行の体長二メートル程の恐竜。

 俊敏な動きと獰猛な性格のヴェロキ・ラプトルだ。

「幸い、あいつ一匹だけのようだな……トレントのように気配を消してる奴がいなければだが」

「うし、それじゃ新しい武器を試すとしますか」

 言い終わらない内に、メリルは駆け出していた。

 一瞬でラプトルに詰め寄り、拳を繰り出す。

 速い。

【攻撃速度増加】の恩恵か、これまでのメリルの攻撃と比べて格段に速くなっている。

 だが、高速で打ち込まれる拳を受けながらも、ラプトルは果敢に反撃している。

 こうして遠巻きに眺めていても、ラプトルの攻撃は読みにくい。

 素早い動きから繰り出される前腕の爪と、振り回される尻尾は避けにくそうだ。

 しかし、メリルは初見だというのに、それらを巧みにかわしていく。

 最初の内こそ回避に終始し、手数は少なかった物の、すぐに相手の動きに対応し、回避と同時に拳を叩きこんでゆく。

『グオオォッ!』

 鼻っ柱を殴りつけられたラプトルが怯んだ隙を逃さず、メリルは腰を落とし両拳を引く。

「【フィストラッシュ】」

 一瞬で五発もの連打を叩きこむ【フィストラッシュ】を受けると、ラプトルは耳障りな断末魔を上げ崩れ落ちる。


 解体を済ませたメリルとともに巨木の傍らに腰を下ろす。

 スタミナの回復を待つ間、先程のトレントとラプトルの行動パターンについて話し合う。

「トレントは厄介だね。動き封じられるのは回避型には致命的だし」

「そういえば、魔法使ってくる敵は初めてか。けど詠唱してるのはなんとなくわかるから、上手く妨害出来ればそう怖い相手じゃない。俺としては動きの速いラプトルのほうが厄介だな」

「あいつは動き速いし、恐竜の動きなんて見慣れてないから読みづらいね。尻尾とか視界の外から飛んで来るし」

「その割には普通に避けてたじゃないか」

「一応回避型ですから。初見だからって避けられないんじゃ、すぐ死んじゃうよ」

「確かにそうだけど、あれだけ避けられるのも凄いと思うけどな」

「最初は避けるのに専念してたしね。何してくるかわかんないって怖さはあるけど、攻撃方法自体は単調だし、そこまで厄介な相手じゃないよ」

「まあ、実際に戦ってみないとな。次は余裕があれば俺がラプトル、メリルがトレントをやろう。もちろん、また不意打ちを食らったら共闘ペナが発生しないように分担するけどな」

 言外に、先程トレントに殴りかかろうとしたメリルを嗜める。

「わかってるわよ、次は気を付けます。まったく、不意打ち食らっても冷静なんだから……」

 スタミナゲージが完全に回復したのを確認し、立ち上がる。

「ていうか、あんただって私がスピリットに不意打ち食らった時殴りかかったじゃないの!」

「……そうだったか?そんな昔の事は忘れたな。ほら、行くぞ」

「あ、この、待てこら!」

 キーキー騒ぐメリルを連れて、森の奥へと歩を進める。



 ラプトルとトレント狩りは、エリートゴブリン以上ボスゴブリン以下の効率だった。

 森の中を探し回る必要はあるが、エリートゴブリンよりは数が多いので、80後半のスキル上げには最適と言える。

 だが、ノーマルモンスターとはいえスキル値80.0以上推奨のモンスターなだけあって、容易く勝てる相手ではなく、回復アイテムの消耗が激しい。

 メリルも全ての攻撃を避けるのは辛くなってきたのか、何度か攻撃を受けてしまう場面が見られた。

 しかし、神術スキルが80.0を超え、新しい複合クラスシップを獲得した事で、戦闘を大分有利に進められるようになった。

 メリルが新しく獲得した複合クラスシップは【格闘僧兵】。

 格闘術スキル、戦術知識、神術、祈祷の四つのスキルが値80.0を超えた事で開放された【格闘僧兵】は、これまでの基本クラスシップ【格闘家】よりもSTRとAGIのボーナスが増加し、DEXへのボーナスも追加されている。

 更にMENとINTへのボーナスが追加された事で、ライカンにはステータス的に不向きだった神術スキルも強化された事になる。

 何より【格闘僧兵】というネーミングが気に入ったらしく、メリルは先程から終始ご機嫌だった。

 俺もメリルより一足先に複合クラスシップ【神官戦士】を獲得していた。

【神官戦士】はいずれかの武器スキルと、盾防御、神術、祈祷の四つのスキル値80.0到達が獲得条件だった。

 STR、DEX、VITの20増加に加え、MENとINTが15増加する。

 また、盾防御によるダメージ減少率と神術スキル使用時のディバインエナジー消費が減少するボーナスも追加された。

 複合クラスシップを獲得したおかげで、これまでの近接系クラスシップと比べて、かなり戦いやすくなった。

 日暮頃まで狩りを続けた結果、スキルの上昇と新しく獲得した複合クラスシップのおかげで消耗はほとんど無くなったが、序盤に回復アイテムを消費しすぎたため、日が落ちる前に前線基地に補給のために戻る事にする。


 夕日に染まる森の中を歩きながら、正式サービス開始初日にブラッディウルフと遭遇した時の事を思い出す。

 プレイヤーのゲームスタート地点は、初期宿命値が低い程、選択した拠点から遠く離れた場所に配置される事になる。

 つまりゲームに不慣れな状態で長距離の移動を強制されるのだ。

 俺は運良く前線基地に辿り付く事が出来たが、大規模掲示板を見ていると、道中で野生動物やモンスターに襲われて、早々にキャラロストしたプレイヤーの報告を頻繁に目にする。

 その結果、一時期はビギナープレイヤーの増加で相応の賑わいを見せた前線基地だが、日に日にかつての寂れた雰囲気を取り戻しつつある。


 そんな事を考えながら歩いていると、【テリトリーサーチ】の範囲内に感じる三つの気配。

 一つはプレイヤーの物、二つはモンスターの物だ。

 プレイヤーはモンスターから走って逃げているようだが、気配の移動速度から考えて、このモンスターはブラッディウルフだろう。

 基本的に単独行動のみのブラッディウルフが二匹という事は、逃げ回る内に別の固体の縄張りを通ったかしたのだろうか。

 何にせよ逃げているという事は、ビギナープレイヤーである可能性が高い。

 開始したばかりのステータスでブラッディウルフから逃げ切る事は不可能である。

 さすがに目の前でビギナーがロストするのを眺めているのは忍びない。

 俺は説明する間も惜しみ、気配のする方角に向かって走る。

 突然俺が走り出した事で異常事態を察したのか、メリルも一拍遅れて走り出す。

「どしたの?」

 足を止めずにメリルに説明する。

「プレイヤーが二匹のブラッディウルフに襲われている……まずいな、プレイヤーの気配が止まった。スタミナ切れかもしれん。メリル、先行してくれ。この先まっすぐだ。お前だけならまだ間に合う」

「ラジャー」

 メリルは一瞬身体を沈めると、矢のように駆け出す。

 俺とメリルの身体操作スキルに差は無いが、メリルの方がAGIが高いので走るのは速い。

 加えて俺は金属鎧と馬鹿みたいに重い大剣と大盾を背負っている。

【重量軽減】は武器そのものの重量を軽くする訳ではないので、この装備では走るのには不向きだ。

 凄まじい速度で駆けてゆくメリルの気配が、二つのブラッディウルフの気配と重なった瞬間、ブラッディウルフの気配が消える。

 ブラッディウルフはスキル値40.0程度の相手だ、今のメリルなら一撫でで倒しても不思議ではない。


 茂みを掻き分けると、メリルの側にいたダークエルフの少女が身を竦ませる。

「気を付けてね、あいつ目つき悪いでしょう?性格も悪いのよ」

「おい、何言ってんだコラ」

 少女は、小刻みに震えながらメリルの背中に隠れてしまう。

「安心して、お姉さんが守ってあげるからね」

 こちらに向かって構えを取るメリルにデコピンを食らわせて少女に尋ねる。

「いい加減にしろこの馬鹿。怪我は無いか?」

 少女はメリルの背中に隠れたまま、小さく頷く。

「そうか、なら良かった。このイノシシが勢いにまかせて君まで殴り倒してたらどうしようかと思ってたところだ」

「へぇー、あんたイノシシに知り合いいんの?」

「君、名前は?」

「何?ナンパ?あんたロリコンだったの?そういえば私の事も年下だと思ってたのよね……だめよ、こいつと目を合わせちゃ。何されるかわかったもんじゃないわ」

「もうお前黙れよ!話が進まないだろ!」

「場を和まそうとしてんのよ!」

「そんなんで和むか!」

 あ?お?とメンチの切り合いをしていると、少女が慌てたように声を上げる。

「あ、あの……!かよ、です。名前……」

「……かよ?」

「随分と……和風な名前ね?」

 アトラスではキャラクターネームを自由に決める事は出来ない。

 予め決められた名前の候補の中から好きな物を選ぶシステムなのだが、ダークエルフの女性用テンプレートにはそんな和風な名前があるのだろうか?

「え?……あ、ほ、本名言っちゃった!」

 すげえ、ドジっ娘だ!

「……落ち着いて、ね?」

 おろおろと慌てふためく少女の肩に手を置き宥めるメリル。

「私はメリル、本名は唯よ。かよちゃんのキャラはなんて名前なの?」

 メリルは腰を屈めて目線を合わせ、少女に名前を問う。

「あ、えっと……ジュディア、です」

「そう、じゃあジュディね。よろしく、ジュディ」

 目の前の少女は天然か養殖かについて思いを馳せていると、メリルに脛を蹴られた。

「え?あ、ああ、名前か。俺はガイアスだ」

「本名」

「……孝彦だ、よろしく、ジュディ」

「へぇー孝彦って言うんだ……たかくん?たっくん?」

「やめてくんない?マジで」

「あ、当たりだ!たっくんだって、にあわねー」

 こちらを指差してげらげら笑うメリルに釣られたようにジュディも微かにはにかむ。

「……まぁいい。それよりもう日が暮れる。速く基地に戻ろう。ジュディも一緒に来るといい」

「あ……その……はい、お願いします」

 一瞬の逡巡の後、ぺこりと頭を下げるジュディ。

「大丈夫よ、こいつが変な事しようとしたら私がぶっとばしたげるからね」

「しねーよ!いつまで引っ張るんだよ!」

「ムキになるところが怪しいわ。大体前からロリコンぽいと思ってたのよ」

「ロリコンじゃねーよ!いいか、俺は年上が……ん?」

 こちらに近づいてくる気配を感じる。

「何?敵?」

「違う……危険な気配じゃない。多分エルクだろう」


 この森にはノンアクティブなアーカスエルクと呼ばれる巨大な鹿が生息している。

 ノンアクティブだが、戦うとなればなかなかの強さの野生動物だ。

 木陰から現れたのは、やはりエルクだった。

「あ……あの子……よかった、無事だったんだ」

 現れたエルクにジュディが駆け寄る。

 エルクは臆病な性格で、プレイヤーが近づくと逃げるはずだが、このエルクは逃げるどころかジュディに駆け寄り顔を摺り寄せる。

 驚いた事に、現れたエルクは、通常のエルクとは違い、毛皮が煌いていた。

「ちょっと……あれスパークルじゃない!」

 スパークルエルクは、その名の通り煌く毛皮を持つレアモンスターで、その毛皮は1g以上の値段で取引される。

「信じられないな、向こうから近寄ってくるなんて……」

 恐る恐る近寄ると、エルクはこちらに僅かに警戒を見せるが、ジュディから離れようとはしない。

「なんか、ジュディに懐いてるみたいね……」

「ジュディ、もしかして動物調教スキルを取ったのか?」

 俺の問いに、ジュディは頷く。

「なら、こいつを連れて行けるかもしれないな」

「お友達になれるんですか?」

 随分かわいらしい表現だが、まぁ間違ってはいないな。

「ああ、調教スキルを取っていれば、動物を手懐けるSAがあるはずだ」

 システムブックを開き、SAを確認したジュディが、そっと呟く。

「【ネイチャーフェイタライズ】」

 渦巻く緑色の光が、ジュディとスパークルエルクを包んでいく。

【ネイチャーフェイタライズ】の詠唱時間は三十秒で、SAの中でも特に詠唱時間が長い。

 その三十秒の間に第三者から妨害を受けたり、調教対象に逃げられた場合調教は失敗する。

 しかし、スパークルエルクは微塵も逃げる様子は無く、ジュディに寄り添って離れない。


 やがて光の渦が消えると、スパークルエルクとジュディは『お友達』になっていた。

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