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第十七話

 アトラスは、正式サービス開始一ヶ月前から、段階的に様々な情報を公式サイトやニュースサイト、イベントなどを通じて公表していた。

 事前に公開された情報は、既存のMMORPGであれば考えられない程多岐に渡る。

 だが、当然全ての情報を事前に公開するような事はありえない。

 公開された大量の情報は、あくまでアトラスの一要素に過ぎず、未だ公表されていない仕様やシステムがあるのは当然だ。

 メリルが格闘術スキル60.0を達成した事でアンロックされたクラスシップシステムも、事前に公開された情報には無かったシステムだ。

「何なんだろ、これ。ガイ、知ってる?」

「……いや、聞いた事も無いな。事前の情報には無かった。ただクラスシップとか格闘家って言葉からして、称号か職業のような物だと思うが」

「称号って、名前の頭上表示とか無いから意味無くない?職業っていうのも、別のMMORPGならわからなくもないけど、そもそもスキル制なんだから職業とか無いんだし」

「俺に言われても。そうだ、アンロックされたって事は、システムブックに何か追加されてるんじゃないか?」

 メリルはシステムブックの最初のページを開く。

「あ、ある。クラスシップページ」

 ページを開くと、左のページ一面を使ったクラスシップリストに格闘家と表示されている。

 かなりの余白があるので、他のスキルにもクラスシップとやらは存在するようだ。

 メリルがリストの【格闘家】の項目に触れると、空白だった右のページに情報が表示される。


【クラスシップ【格闘家】】

【クラスシップボーナス】

【STR+10】

【AGI+10】

【格闘術スキルダメージ補正+5%】

【格闘術攻撃速度+5%】


【クラスシップ【格闘家】を有効化しますか? No/Yes】


「なるほど、能力値にボーナスが付くのか」

「有効化しちゃって大丈夫かな?」

「見た限りでは、問題があるとも思えないな」

「とりあえず、やってみるね」

 メリルがYesを押すと、メリルの周囲を淡い発光エフェクトが渦巻いてゆく。

 エフェクトが消えた後、シャドーボクシングのように虚空に向かって突きや蹴りを繰り出したメリルは、顔を綻ばせる。

「結構凄いよこれ。60で世界が変わる感じ」

「そういえば運営のスタッフが公式のチャットルームでスキル値60.0からが本番ですとか言ってたな。こういう事か」

「きっと片手剣術にもあるだろうから、ガイも早く上げちゃいなよ」

「そうだな。ちょっと時間はオーバーするが、キリがいいとこまで上げてから落ちるか」

「うんうん。とりあえず釣ってくるね。早く実戦で試したいし」

「浮かれてミスるなよ」

 待ち切れないのか、大蜘蛛を釣りに駆け出すメリルの後を苦笑しながら追う。




 昼食のためにログアウトした俺は、手早く昼飯の用意を済ませる。

 とは言え、する事はカレーを温め、適当にサラダを作り、食器を並べておくだけ。

 母さんもやっこも、まだアトラスのプレイ中なので、昼食は一人で済ませる。

 カレーをよそるくらいは自分でやって勝手に食べるだろう。

 後は全員が食べ終えたら食器を洗って昼の家事は終了。

 ネトゲの正式サービス開始直後の我が家はいつもこんな感じだ。


 流し込むようにカレーを食べ終えると、食器を水につけて自室に戻る。

 電源を入れて放置しておいたパソコンが、メッセージを受信していた。

 メリルからのビジュアルチャットの要請だった。

 ゲーム内では素顔に近いキャラクターで顔を合わせてはいるが、こうしてビジュアルチャットをするのは初めてだ。


『お、ガイだ』

 マイク付きのヘッドフォンを装着し、ビジュアルチャットの要請を受けると、見慣れたような初めて見るような、微妙な違和感を感じる顔がディスプレイに写る。

「……ああ、耳がないのか」

『はあ?何いってんのよ、耳が無いとか……ああ、猫耳ね』

 メリルは、画面の向こうで、自分の耳たぶをつまむ。

「そっちこそ、「ガイだ」って何だよ。誰にチャット申し込んだんだよ。間違いチャットなら閉じるぞ」

『なんであんたそう捻くれてんの?そんな事より、例のあれ。何件か情報出てたよ』

 例のあれとは、先程スキル60.0で開放されたクラスシップシステムの事だ。

 あの後、俺も片手剣術スキルが60.0に到達し、メリルと同じように片手剣術スキルのクラスシップ【ソードマン】を得る事が出来た。

「マジか。まぁ未発表のシステムとは言え、スキル上げれば誰でも見つける事だからな。隠しておく程の情報じゃないか」

『今の所、うちらみたいな片手剣とか格闘術とかの近接攻撃系スキルと、神術とかの呪文攻撃系スキルでクラスシップが見つかってるみたい。他のスキルにもあるんじゃないかって意見が多いけど、まだ特殊スキル系統を60.0にした人の報告は無いみたい』

「多分殆どのスキルに用意されてると思うけどな。片手剣と別のスキルの複合クラスシップとかあれば面白いんだが」

『けど、やっぱ闇の民は戦闘スキル上がるの早いんだね。クラスシップの情報書き込んでるの、全部闇の民っぽいよ』

「まあ、闇の民の数少ないアドバンテージだからな。他には何かあったか?」

『んー、他は特に無いかなぁ。あ、例の設立間近のクラン、遅くとも今日中にはクラン設立だって。それくらいかな』

「インペリアルか。まぁ最初に設立したクランってネームバリューがあればメンバーも集め易いから、奴らが必死になるのも分かるけど」


 Imperial Orderは、以前プレイしていた別のゲームでも、とにかくメンバー集めに注力していたクランだった。

 プレイヤー同士の大規模な戦闘が売りのタイトルだったが、Imperial Orderはその物量を以って並み居るクランを押し退け、サーバー最強とうたわれていた。

 しかし、シャウトやエリアチャットでの無節操な勧誘や、大規模戦闘の際のクランリーダーの素っ頓狂な指揮っぷりなど、一部のクランやプレイヤーからはあまり好ましく思われていなかった部分も多い。

 特に匿名掲示板の晒し板では、ほぼ一スレが彼らの横柄な態度に対する不平不満や、クランリーダーの勘違いっぷりに対する嘲笑で埋まる事もあった。

 それでいてImperial Orderのクランリーダーは特に気にする風もなく、妬まれるのは自分たちが最強である事の証明とのたまったり、ブログに自分の指揮に酔ったような日記をアップしたりと、大規模掲示板で弄られるために生まれてきたような人物だ。

 俺も一度パーティーを組んだ事があるが、あまり関わりたいとは思わない。


「良く考えたらリアルじゃ正式開始から二十四時間経ってないんだよな。トップの廃人連中なんかはぶっ続けでプレイしててもおかしくないし、目ぼしい情報がないのも当然か」

『あ、公式見て。更新されてる。クラスシップの詳細だって』

「やけにタイムリーだな」

 早速公式ページを開くと、トップの更新情報の欄に【クラスシップシステムの詳細について】と書かれていた。

 どうやらゲーム内で、ロックされたシステムをアンロックしたプレイヤーが一定数に達すると、公式でその情報が解禁されていくようだ。

 ざっと目を通してみるが、あまり大した情報は得られなかった。

「なんだ、ゲーム内で得られる情報と大差無いな。ある程度のクラスシップリストと開放条件でも載ってるかと思ったが」

『けど、『複数のスキルが開放の条件となる複合クラスシップも存在する』って書いてあるよ。スキル構成、クラスシップの事も含めて考えないとね』

「そうなると、かなりの種類がありそうだな。ま、今はまだあまり気にしない方がいいな。そのうちwikiに情報が充実していくだろうし、考えるのはそれからだ」

『【モンク】とかあるといいなぁ……ところで、さっきから気になってたんだけど』

「ん?」

『あんたの後ろにあるの、それVRベッド?』

 メリルは俺の後ろ、ベッドが置かれている位置を指差す。

「そうだけど」

『うわぁー、何あんた、いいとこのお坊ちゃん?私なんてあれよ、VRチェアも買えなくてベーシックモデルよ』

「別にいいとこって訳じゃないけど……AGの事は親父に任せてたんだよ、なんか「コネがあるから任せろ!」とか言うから。そしたらVRベッド四台買ってきて……」

『ぶっ、VRベッド四台?車買えるじゃない!かなり良い車!』

「ベーシックモデルは人気すぎて無理だったとかで、高すぎて人気の無かったベッドモデルしか四台確保できなかったらしい。まぁうちの親父馬鹿だから、趣味に金使う時は後先考えないんだよ」

『うわぁームッカつくわー。私なんてログアウトした後体ボキボキ言うのに、VRベッドだったらそんな苦労もないんでしょうね!』

「いや、そんな言う程凄いもんじゃないって……」

『贅沢な事言いやがって!ブルジョワは死ね!』

 ああ、こいつ誰かに似てると思ったら、ミナさんとテンションが同じなんだ……。

 画面の向こうでギャーギャー騒ぐメリルから逃げるように、洗い物を済ませるために階下へと向かう。




 家事を済ませた後、再びログインした俺達は、マッドスピリットを相手に神術スキル上げを開始する。

「【サンダーボルト】!」

 メリルが放った風属性攻撃神術SAが、マッドスピリットの胴に突き立つ。

 刺さった雷の矢は、電撃の継続ダメージを一定時間与え続ける。

【サンダーボルト】は下級SAな上に、使用者であるメリルが呪文系攻撃に向かないステータスである事も相まって、さほど威力はない。

 だが、水属性のマッドスピリットには属性の相性が良いのか、身体を蝕む電撃にマッドスピリットが苦悶するように蠢く。

 メリルは巧みに這い寄るマッドスピリットから距離を取り、神術SAの詠唱を開始する。

「【ウインドブレイド】……!また不発ー!?」

【ウインドブレイド】は闘神系神術スキル30.0のSAなので、スキル値ギリギリのメリルでは未だ失敗が目立つ。

 MENとINTが高ければ成功率にボーナスが加算されるのだが、ライカンであるメリルでは望むべくもない。

 二度の失敗の後、ようやく【ウインドブレイド】が発動。

 音も無く飛来する風の刃が、マッドスピリットを両断すると、マッドスピリットの身体は泥水へと戻っていった。


「ふう……ようやく倒せたぁー!やっぱ呪文攻撃は向かないなぁ」

 メリルは肩を落としてぼやくと、既に戦闘を終えていた俺の隣に腰を下ろす。

 メリルが梃子摺り、俺が早々に戦闘を終えるという、近接スキルを修行していた時とは逆の構図だ。

「これじゃーガイに離されるばっかだよー。次にガイがログアウトする時にでも、一人で修行しようかな」

「俺は魔術スキルも少し修行するつもりだからな。それを考えれば丁度良いペースだろ」

「近接スキルに神術スキルに魔術スキル?さすがにスキル枠足りないんじゃない?」

「魔術は40止めかな。【治癒の光】は一応使えるようにしておきたい」

 魔術スキルの回復呪文SAはスタミナを代償とする物が多いので、戦闘中の使用は難しい。

 しかし、ライフの回復よりはスタミナの回復速度のほうが早いので、上手く使えば休憩時間を短縮する事が出来る。

「魔術ねぇ……またマッドスピリット相手にマゾいスキル上げしなきゃならないと思うと取る気無くなるわ……っと、ディバインエナジー回復しないと」

 メリルはミスティックキューブから取り出した闘神の銅像を地面に置き、両膝を地につけ、胸の前で両掌を握り合わせ目を伏せる。

 闘神ブライアスに祈りを捧げる動作だ。

 祈りによるディバインエナジー回復速度はスキル値とMENに依存するので、メリルは回復速度も遅い。

「じゃ、お先に」

 祈りを捧げるメリルを尻目に、マッドスピリットに向かう。

「くううう、絶対に後で追いついてやる!」

「どんだけ負けず嫌いなんだよ」


 マッドスピリットに、SAの射程範囲ギリギリまで近付き、詠唱を開始する。

 ノンアクティブが相手なので、初手に使用するのは詠唱が長い高火力SA【ダークネスボルト】。

 周囲を渦巻く黒い燐光が収束し、五本の太矢を形作る。

 次々と放たれる矢が、マッドスピリットの身体を貫くと、マッドスピリットが怒ったように両腕を振り上げる。

 こちらに這い寄って来るマッドスピリットの動きを【シャドウバインド】で封じ、距離を取りながら【シャドウアロー】で削ってゆく。

【シャドウバインド】を使用しなくても攻撃を受けるような事は無いのだが、目的はスキル上げなので、なるべく多くSAを使用するためにあえて使っている。

 距離を取りつつ、六本ほど影の矢を打ち込むと、マッドスピリットは泥水へと還った。

 近接戦闘とは比べ物にならない楽な戦闘だが、これも相手が動きの鈍い遠距離攻撃手段を持たない敵だからこそである。

 もし大蜘蛛相手に神術スキルのみで挑むとなれば、かなりの苦戦を強いられるだろう。

「うえ、もう終わったの?」

 戦闘を終えて木陰に戻ると、未だに祈りを捧げてディバインエナジーの回復をしていたメリルに渋い顔で出迎えられた。


 結局、夕飯の時間まで神術スキル上げを続けたものの、メリルの神術スキルは41.0を僅かに越えた所までしか上がらなかった。

「もうやだー!」

 遅々としか回復しないディバインエナジーに痺れを切らしたのか、突然喚きだすメリル。

「じゃ、俺は一度落ちるぞ」

 夕飯の支度をするためにログアウトを開始する。

 メリルは夕飯ギリギリまで神術上げを続け、夕食を食べた後はすぐログインして再び神術上げに励むという。

「なぁ、45.0ってのはあくまで目安で、別にそんな根詰めてやる必要はないんだぞ?」

 性に合わない呪文戦闘を続けたせいで、メリルはかなりストレスがたまっているようだ。

「わかってるわよ。けど上げないと気がすまないの」

「……そうか。まぁ頑張れよ」

「あいよ、また後でね」

 ディバインエナジーの回復を終えたメリルが、マッドスピリットに向かうのを見送り、俺はログアウトした。



 本日の家事を全て終わらせて再びログインすると、メリルはきっちり神術スキルを45.0にしていた。

 一度基地に戻り、戦利品を処分する。

 既に装備やアイテムはそこそこ良い物を揃えてあるので、今回の売り上げは全てSAの習得に回す事にした。

「ようやくゴブリン狩りね……今の私ならマンイーターですら倒せる気がするわ」

 南西の鉱山地帯に向かう道中、メリルは神術上げで溜まったフラストレーションを抑えるように何度も拳を打ち鳴らしていた。

 鉱山地帯まではかなりの距離があるが、ゴブリンには道中の森の中でも遭遇する事がある。

 森の中にいるゴブリンは単独行動をしている場合が多い。

 なので、まずは単独行動をしているゴブリンと一戦して相手のパターンを探る事にする。

【テリトリーサーチ】をしながら鉱山地帯に向かって森の中を進んでいると、前方に二つの気配を感じる。

「二匹か。まぁ問題無いだろう。メリル、鬱憤を晴らせるぞ」

「待ってました!」

 我慢しきれないとばかりに身体強化SAを使用して駆け出すメリル。

 同じく走りながら【シャドウオース】を使用し、タワーシールドとバスタードソードを構える。

「メリル、どっちをやるかはお前に任せる。あの茂みの向こうだ、かましてこい」

「りょーかい!」

 メリルは更に加速すると茂みを飛び越え、その状態からSAを発動する。

「先手必勝【稲妻キック】!」

『ギィ!?』

 突然茂みから現れた影に仲間を蹴り飛ばされ、慌てながらも武器を構えようとしているゴブリンに走り込んだ勢いを乗せた片手剣SA【ステップインスパイク】を放つ。

 無防備なゴブリンの脇腹に強烈な突き技を叩きこむ。

『グギャァァ!』

『ギギギ!オノレ、敵襲カ!』

 メリルの【稲妻キック】を受けたゴブリンが苦しそうに吐き捨てる。

「おわっ喋った!」

「驚いたな、まさか言葉が通じるとは」

『ダカラドウシタ、愚カナ者メ。今更命乞イハ聞カンゾ』

 腰に佩いたショートソードを抜き放ち、バックラーを構えたゴブリンがメリルに斬りかかる。

「人型相手はやっぱ燃えるわ!」

 メリルはゴブリンが振り回すショートソードを巧みに避け、すれ違いざまに強烈な蹴りを放つ。

「そっちは任せた」

 俺は盾を正面に構え、先程突きを見舞ったゴブリンと相対する。


『ギギギ、クソッ、奇襲トハ卑怯ナ』

 どうやら先程の突き技が急所を突いたようで、ゴブリンは脇腹を押さえよろめいている。

「すまんな、すぐ楽にしてやる」

『ヌカセ!コノ程度デ勝ッタ気カ!』

 手負いとはいえ、流石序盤の強敵と言われるだけの事はある。

 素早く繰り出された剣撃を盾で受けると、大蜘蛛の比ではない衝撃が身体の芯を叩く。

 あの枯れ木のような腕のどこにこれだけの力があるのだろうか。

 次々と繰り出される攻撃を盾で防御しながらタイミングを伺う。

 怒涛のような攻撃は食らえば脅威だが、力任せにショートソードを振るうだけの動きは読み易い。

 相手が振りかぶった瞬間を狙って盾を振り上げる。

「ギィッ!?」

 攻撃を弾かれたゴブリンは、さながら万歳をするような無防備な体勢になる。

 盾防御SA【シールドパリィ】。

【シールドチャージ】よりもタイミングがシビアだが、攻撃を盾で弾く事で相手を無防備状態にする事が可能だ。

 無防備状態はスタンよりも持続時間が短いが、無防備状態の相手への攻撃はダメージが倍化する。

『【ファストスラッシュ】』

 一瞬の好機を逃さず、攻撃速度の速い【ファストスラッシュ】で、無防備なゴブリンの胴体を袈裟斬りにする。

『ギィィィ……オ、オノレェ』

 ショートソードを取り落とし、なおも縋るように手を伸ばしてくるゴブリンだが、その手が俺に届く事はなく、そのまま倒れこみ息絶える。


 メリルは少々梃子摺っているようだった。

 どうやらゴブリンには衝撃ダメージが効き難いようだ。

『オノレ、チョコマカトォ!』

 次々と繰り出されるゴブリンの剣撃。

 しかしメリルは、その悉くをかわしてゆく。

「【アームブレイク】」

「ギァッ!?」

 ゴブリンがショートソードを大振りに振りかぶった瞬間、メリルが突き出した拳がショートソードを握るゴブリンの腕を叩く。

 衝撃に耐えかね武器を取り落としたゴブリンの一瞬の隙を突いて、メリルのアッパーがゴブリンの顎を打ちぬいた。

『グギッ!』

「【バーストナックル】!」

 体勢を崩したゴブリンの粗末な革鎧に守られた胴体に強烈な拳が叩きこまれる。

 爆発音のような轟音とともに吹き飛ばされたゴブリンは、二度と立ち上がる事はなかった。


 地面に横たわるゴブリンの亡骸を前に、俺とメリルはブロンズダガーを手に持ち立ち尽くす。

「やっぱ、人型も解体できるのかな?」

「そりゃ……出来るだろ、多分」

「……ゴブリンのレバーとかドロップしたりして」

「生々しすぎるだろ……」

「早く解体しなさいよ」

「……このシステム変更されないかなぁ。印象が悪いんだよ、解体なんて」

「ほら、さっさとする」

 渋々ゴブリンの亡骸にブロンズダガーの刃先をあてる。

 表示されたウインドウには【虚族の魂魄石】と呼ばれる濁った白い石と【銅貨34枚】が表示されている。

「そうだよなぁ、内臓系な訳ないよなぁ」

「けど解体して銅貨を入手って変だよね」

「あんま深く考えるな」

 ドロップを回収すると、ゴブリンの亡骸は光の粒となって四散する。

 しかし、地面にはショートソードとバックラーが残ったままだ。

「おい、これ拾えるぞ」

「それも戦利品てこと?」

「そうみたいだな。しかし、ミスティックキューブに入れれば容量の心配は無いとは言え、重量がきついな」

「とりあえず持てるだけ持てばいいんじゃない?」

「刃は欠けてボロボロだし、質も悪そうだ。売っても二束三文だろうな」

「1cを値切るケチなお兄さんが何言ってんの」

「いや、だからそれは……」

 俺はこれから先ずっとそのレッテルを貼られて生きていかなければならないのだろうか。



「ふいー、かなりスタミナ使っちゃった」

 先程戦闘を終えた場所から少し移動し、周囲の気配を探り、安全を確認してから手近な木陰に腰を下ろす。

 然程苦戦した訳でもないのに、スタミナゲージは六割を切っていた。

「俺もかなりスタミナを削られた。攻撃が重くて盾で防ぐのも一苦労だ」

 盾防御は伸びが悪く、まだ56.0を超えたばかりなので、ゴブリン相手では少々厳しい。

「けど、やっぱ冒険してるーって気になるよね、ゴブリンとかを相手にすると」

「確かに。しかし言葉が通じるとは思わなかったな。知性が低いって割には口調もしっかりしてたし」

「けど攻撃は単調だったから、頭は悪そうだけどね」

 システムブックを開きスキル値の上昇を確認する。

「あまり伸びてないけど、まぁ60.0からはこんなものなのかもな」

「これから先は上げるの大変そうだね。当分ゴブリン狩りかな」

「だろうな。まだ鉱山に乗り込むのは早いから、森の中で少数で行動している奴を狙おう」

「おっけ。そういや、このへんにも湧き水無いかなぁ。冷たい水飲みたい」

「そうだな……あるかもしれないな。探してみるか」

 確かに冷たい水を好きなだけ飲めるというのはかなりの魅力だ。

 まず湧き水を探し、狩りの拠点を確保するために、俺とメリルは森の奥へと進んだ。

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