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第十四話

 俺がログアウトした後、メリルは冒険者ギルドでソウルジェムの換金を済ませてくれていた。

 まだ【ソウルジェム収集】クエストは残っていたらしく、クエスト報酬が20s、ソウルジェムの売却価格が11s30cとかなりの大金を得る事が出来た。

 おかげで、今の俺達の装備はかなり良い物になっている。

 メリルは武器兼防具として、甲殻類を思わせるデザインの、何枚もの板金を重ね合わせたごつい手甲と、蹴って攻撃する事を想定して作られたような全体的に刺々しい意匠が施されたブーツを6sで購入していた。

 俺は今回得た収入の殆どを使って、片手剣と盾と鎧を全て新しい物に買い換えた。


 大蜘蛛の巣に向かいながら新しく買った鎧の着心地を確認する。

 所謂プレートアーマーと呼ばれる、板金装甲で出来たパーツの間接部を鎖を編み込んだ鎖状装甲で繋いだ金属鎧である。

 基本的に全ての素材が金属であるため、重量は鋲革鎧の倍近い。

 重量を分散する工夫がされているので、見た目ほどの重量感は感じないものの、やはり多少の動きにくさは感じる。

 だが、それもSTRとVITがもっと伸びれば解消されるだろう。

 むしろ多少重いくらいの物を装備したほうがSTRとVITを伸ばすには丁度良い。

 この鎧は、素材自体はランクの低い鉄を使用しており、簡単な補修で様々な体型に対応出来るよう作られた量産品なので、価格はプレートアーマーとしては据え置きの10s。

 新しく買った片手剣は、バスタードソードと呼ばれる、片手持ちと両手持ちの両方を想定して作られた片手半剣だ。

 片手で扱うには重すぎる、両手で扱うには軽すぎるという中途半端な武器だが、これはヒューマンのステータスで考えた場合の話である。

 ヒューマンより遥かに腕力に優れたノスフェラトゥならば、この程度の重量であれば片手で楽々扱える。

 ブロードソードより大振りの剣であるため、価格も3sと少々お高くなっている。

 盾はカイトシールドを買ったばかりだったので、買い変えるか悩んだのだが、STRとVITが上昇して大型の盾を扱えるようになったので、思い切って買い換えた。

 選んだのはタワーシールドと呼ばれる大型の盾。

 大型とは言っても、全身が隠れる程の巨大な物ではなく、片手で扱えるように小型軽量化された物だ。

 分厚い木製の板を鉄板で補強したもので、これが4s。

 合計17sのお買い物で、ソウルジェム売却の俺の取り分と、メリルに貸していた3sが殆ど消えてしまった。

 所持金に余裕がなかったので、ラウフニーの店に顔を出すのはやめておいた。

 この装備であればマントの一つも欲しい所なのだが。


「やっぱ金属鎧だと戦士!って感じでかっこいいよね」

「鎖状装甲がちゃりちゃり煩いのが気になるが、やっぱ鋲革鎧とは比べ物にならない安心感だ。まぁ重量も比べ物にならないけどな」

「けど、所持金全部使っちゃうなんて、これでもう私の事は馬鹿にできませんな」

「メリルのは無計画な身の丈に合わない散財だろ。俺の計画的な買い物と一緒にしないでもらえますか」

「くっ……ああ言えばこう言う……」

「事実だろ」

 確かに所持金を使い果たしてしまうのは賢いとは言えないが、運動が苦手な俺にはステータスとスキル、そして何より良い装備が生命線だ。

 金で安全が買えるなら安い物である。

 それに、傭兵隊詰所にもギルドクエストは無いものかと確認した所、【大蜘蛛討伐依頼】と【大型ワーム駆除依頼】という渡りに船なクエストがあった。

 ラージスパイダーとドレインワームを倒した証拠を持ち帰ると、討伐数に応じて報酬を得る事が出来る。

【ソウルジェム収集】と比べれば報酬は見劣りするが、ドロップアイテムの売却分も考えれば手間に見合う報酬を得られるだろう。

 ちなみに【人喰い蜘蛛の巣窟】クエストの報酬は、金銭やアイテムなどでは無く、宿命値の50増加らしい。

 人喰い蜘蛛を倒して戻る事でシャミルからの評価が上がる、という事だろうか。

 金は貰えそうにないのは残念だが、宿命値が増加するのは、例え50とは言え有難い話だ。

 しかし、ライカンスロープであるメリルのほうは報酬が宿命値増加70であるあたり、ノスフェラトゥのこれから先の苦労が偲ばれる。


「そろそろかな?」

 周囲の景色の所々に、絡んだ蜘蛛の糸が目立つようになってきた。

「そんな感じだな。廃村になった集落が丸々蜘蛛の巣になってるって話だが……想像つかないな」

「まぁ行けば分かるでしょ」

「待った」

 横を歩くメリルを制止し、盾と剣を構える。

「いるぞ。この先正面に二匹」

「なんでわかるの?」

「危機探知スキルだよ。こちらには気付いていないようだ。奇襲を狙うぞ」

「了解。【ウインドオース】。【エアシールド】」

 メリルがボイスコマンドでSAを発動するのは、どうやら彼女なりの拘りであるらしい。

 曰く、

「必殺技は叫ぶもんでしょ」

 だそうだ。

 相手は初見の敵なので、俺も万全を期すために思考操作で身体強化SAを使用する。

『【シャドウオース】』

 足元の影から立ち昇る黒い霧が周囲を包んでゆく。

【シャドウオース】は上昇値こそ低い物の、全ステータスを向上させる優秀な身体強化SAだ。

 気配がより明確に感じられる距離まで近づくと、歩みを緩める。

「俺の装備は気配を殺すのに向かない。これ以上近づくと気付かれる。先に行ってくれ」

 小声で伝えると、メリルは黙って頷き音も無く駆け出した。

 俺はなるべく鎖状装甲が音を立て無いように気を払いながら距離を詰める。

 間もなく茂みの向こうから打撃音が聞こえてきた。

 メリルが交戦を始めたのだろう。

 既に気配を絶つ必要も無いと判断し、走ってメリルの元に駆け込む。


 茂みを突き抜けると、メリルは巨大な蜘蛛を殴りつけていた。

「ガイ!一匹しかいなかったよ!」

 確かに、メリルに襲い掛かっているのはラージスパイダー一匹のみだ。

 しかし気配は感じる。近い。

「!メリル離れろ、足元だ!」

 メリルが飛び退くと同時に、足元の地面から巨大なワームが姿を現した。

「うわぁー思ったよりでかい!きもい!」

「言ってる場合か!こいつは俺がやる!蜘蛛は任せた!」

「りょーかい!」

 メリルは二メートル近い巨大な蜘蛛が振り回す足を、紙一重で避けながら強烈な打撃を打ち込む。

 俺は完全に地面から這い出したワームと相対する。

 地面を蠢いている奇妙な姿をしたワーム。

 その見慣れない姿からは、どのような動きをするのか想像がつかない。

 だが、身体の構造的に素早い動きは出来ないだろう。

 盾を構えて鋭く踏み込み、バスタードソードを横凪に振るう。

 斬り付けた確かな手ごたえを感じる。

 続けざまに返す刀で斬りつけようとした所で、ワームの身体がぐっと縮む。

「うおっ!」

 咄嗟に正面に構えた盾を通して凄まじい衝撃が走る。

 縮めた身体を一気に伸ばす事で、ワームが体当たりをしてきたのだ。

「斬り付けたってのにお構いなしか!」

 だが、あの動きでは正面にしか跳べまい。

 ワームの横を取るように回りこみ、再び斬り付ける。

 ワームは横に回り込んだ俺に頭と思われる部分を向けようとモゾモゾ動いている。

「やっぱりか!」

 ワームは俺の動きを追うように地面を蠢くばかりで、一向に体当たりを仕掛けてくる気配がない。

 このままハメ殺しかとひたすら斬り付けていると、ワームは突然動きを止める。

 まさかもう終わりか、と気が緩んだ次の瞬間、ワームの身体から赤い霧が噴出し周囲を覆う。

「えっ?何これ!」

 撒き散らされた霧に巻き込まれたメリルも、身体に纏わり着く赤い霧に戸惑っている。

 不意に、霧が纏わり着いた身体が重く感じる。

 盾と剣もまるで鉛でも絡みついたかのように重い。

「この霧……ステータス低下効果か!」

 俺が以前に使った【カースミスト】と同じような効果なのだろう。

 おまけにメリルまで攻撃範囲に巻き込まれてしまった。

 つまり、メリルとワームの間に戦闘フラグが立ち、共闘ペナルティが発生する。

「ちょっと、これヤバいよ!」

「ステ低下に、共闘ペナまでか!ちょっとシャレにならないな!」

 こうなれば作戦変更だ。

「ペナ食らったんなら別々の敵を相手にするのは分が悪い!そっちの蜘蛛を一気に潰すぞ」

 ワームは無視してメリルが相対している蜘蛛に剣を突き立てる。

「こいつが背後を向いたら注意ね!糸出してくるから!」

「両サイドを取るように展開しよう。ワームの動きにも気を付けろ。正面に立たなければ大丈夫だ」

 ワームの動きに気を配りながら、蜘蛛を両側から刺し貫き、殴りつける。

 思うように動かない身体では、力の乗った攻撃は望むべくも無い。

 不快な倦怠感を振り払うように、一心不乱に攻撃を繰り返す。

 やがてメリルの打撃を受けた蜘蛛が、生命力を表す光の粒を振り撒きながら地面に崩れ落ちた。

 残るはワームのみだ。


「スタミナ平気?」

「きついな。霧の効果は消えてきたけど、共闘ペナが……割合減少なせいで減少値が馬鹿にならん」

「逃げる?あいつ動きは鈍いみたいだけど」

「いや、やってやれない事は無い、と思う。少なくとも逃げる程切羽詰ってはいないかな」

「んじゃ行くよ。やばくなったら撤退で」

「おう」

 同時に駆け出し、ワームに左右から攻撃を加える。

 ワームはただもぞもぞと蠢くばかりで、あの赤い霧を再び吐き出す事も無かった。

 体力も然程高くは無いのか、ワームも程なくして地面に横たわって動かなくなった。

 ワームが息絶えるのを確認すると、メリルは膝に手をついて荒く息を吐く。

「うあー、やっぱ初見の相手だときついね」

「だな。まさか範囲debuffがあるとは」

「ていうか、マッドスピリットでスキル上げしてなかったら死んでた勢いだよね」

「本当だな。メリルがいなかったら背伸び狩りして死んでたよ」

「私だけだったらワームに不意打ち食らってたし、お互い様でしょ」

「まぁ、たらればを言い出したらきりがないな。無事切り抜けられたんだし、よしとするか」


 ドロップアイテムは、【蜘蛛糸の塊】という毛玉のようなアイテムと、【血の結石】という赤黒い石だった。

 念のため来た道を戻り、周囲の安全を確認してから腰を下ろす。

「うーん、あの赤い霧は厄介だよね。範囲に巻き込まれると共闘ペナだし」

「確かにな。他のプレイヤーがいる時も範囲に気を付けないと」

「そこまで広くはなかったよね?半径五メートルってとこかな?」

「そんなもんだな。恐らく予備動作は一瞬の硬直だが、発動までが短いからな。回避は難しそうだ」

「けどそれ以外は危険は無いんじゃない?体当たりは正面だけなんでしょ?」

「まぁな。あえて霧を食らっても勝てない相手じゃない。地面に潜んでるってのも厄介と言えば厄介だが、俺が探知できるからな。蜘蛛はどうだった?」

「動きが早くて、腕が多いスピリットってとこかな。けど攻撃のスピードは劣るし、威力も弱いよ。ただお尻から出す糸はやばそう。運良く避けれたからいいけど、食らってたら身動き取れなくなる系じゃないかな」

「蜘蛛の糸か。定石通りなら、行動阻害系の状態異常だろうけど、どんな効果があるか分からない以上、試しに食らってみるってわけにもいかないからな」

 お互いに感じた事をまとめた結果、ワームの赤い霧と、蜘蛛の糸に注意すれば十分に狩れると判断した。

「それじゃ、ここが当面の狩り場って事でいいか?もちろん、もう少し進んで狩場全体の確認をしてから最終決定だけどな」

「敵の強さ的には問題無しだけど、やっぱキモいよね。勢いで殴りかかったけど、冷静に相対したらちょっと遠慮したいかも」

「虫は平気なんじゃないのか?」

「別に好きって訳じゃないもん。けどワームはもっとミミズみたいなのが出てくるのかと思ったけど、そこまでキモくはなかったね」

「いや、十分キモいだろ。エイリアンっぽくて」

「ああいう皮膚が硬そうな奴ならいいけど、イモ虫とかミミズとか、ぶよぶよしてる奴はやだなぁ」

「考えただけで鳥肌もんだな」


 先程の戦闘でスタミナをほぼ使いきっていたので、全快まで回復するのに時間がかかる。

 会話の内容は段々といつもの雑談へと変わっていった。

「そういやあんた、ちゃんと家事やったの?やたら早かったけど」

「ん?まぁ交代制で家事やるようになって大分経つからな。流石に慣れたよ。ネトゲのサービス開始して暫くは、最低限の事しかやらなくても誰も文句言わないしな」

「うーん、それでも私には無理だなぁ。家事とか超苦手。あ、家事で思い出した。友達に聞いたんだけど、そろそろクラン設立出来るとこもあるんだって。確か……」

 なぜ家事で思い出すのかと突っ込みたかったが、激しく脱線しそうなので堪える。

「Imperial Orderか?」

 心当たりのあるクランの名を告げると、メリルは目を丸くする。

「そうそれ。知ってたの?」

「アトラスで最初にクラン設立する!って意気込んでたのは知ってたけど、こんなに早く設立まで持ってくとは思わなかったな」

「結構有名なの?」

「別ゲーからの移籍組だよ。俺もやってたゲームだから、少しはわかる。かなり大規模なクランだし、同じ移籍組でAGの購入権手に入れた他クランのプレイヤーをかき集めてたから設立資金はすぐ集まるだろうとは思ってたけどな」

「もう参加予定メンバー五十人越えらしいし、あとはマスターの宿命2000待ちだって」

「て事は、結成メンバー六人は宿命1500は行ってるのか。こっちは未だに-1000のままだってのに」

「私なんて誰かさんのせいで初期値より減ってるんですけど」

「自業自得だろ」

 肩を小突こうとした拳を身を捩ってかわす。

「そろそろ行くか」

「おっけー。隙あり!」

 立ち上がりざまに、べしっとローキックを食らう。

「バーカ」

 と言って駆け出すメリル。

 小学生か。


 大蜘蛛の巣は、先程大蜘蛛と遭遇した場所から少し進むと、程なく見つかった。

 森を切り開いたスペースに、十五棟ほどの崩れかけた粗末な小屋が建っている。

 その廃村は、至る所に蜘蛛の糸が絡まり、一種異様な光景だった。

 完全に人が住む空間ではなくなった廃村の、そこかしこにラージスパイダーが徘徊している。

「うわぁ、いっぱいいるね」

「ワームも見えている奴だけじゃなく、何匹も地面に潜ってるな。リンクするならかなり厄介だぞ」

 しばらく廃村、いや、大蜘蛛の巣窟を観察していると、蜘蛛達にはある程度の行動パターンが存在するのがわかる。

 ラージスパイダーは、基本的に二匹、もしくは三匹一組で所定の箇所に固まっている。

 更に二匹一組のラージスパイダーが、何組も巡回するように巣の中を歩き回っている。

 ワームに関しては特定のパターンは見られず、一箇所にじっと固まっていたかと思えば、突然巣の中を這い回ったり、突然地中から這い出てきたり、逆に地中に潜り始めたりと、行動が読めない。

 群れを成しているワームもいれば、一匹で行動する者もいたりと、ワームは蜘蛛よりも組織化されていないイメージである。

「蜘蛛はリンクするだろうね。ワームと蜘蛛はリンクするのかな?」

「リンクか、アクティブか。まぁ両方と見て臨むべきか。その前に巣の全容を確認しよう。山際まで移動するぞ」

 巣窟から一定の距離を取り、山際まで移動すると、山へと続く山道が確認できた。

 山道には、廃村と比べて蜘蛛の糸がより濃密に張り巡らされている。

 何匹ものラージスパイダーが、せわしなく山道の入り口を出入りしている。

「あの先がマンイーターの棲家か?」

「いかにもって雰囲気だね」

「見える範囲では、廃村内にはラージスパイダーとドレインワーム以外はいないな。あの先へ行かなければ大丈夫だろう」

「てか、他のプレイヤー全然見かけないね」

 確かに、周囲に感じる気配は大蜘蛛とワームのみ。

「これはソロじゃきついだろ。手を出すのも躊躇うレベルだ」

「穴場ってやつだね」

 その後、周囲の捜索を続けた俺達は、巣窟から少し離れた森の中に、小さな小川を発見した。

 そこを拠点とし、大蜘蛛狩りを開始する。


「蜘蛛の群れと群れの間はそれなりに開いているから、巡回をひっかけなければリンクせず戦えるかもな」

「けど、かなり密集してるよね。戦ってる間に動き回ったら探知の範囲に引っかかりそう」

「試しに釣ってみるか。メリル、遠距離攻撃手段あるか?」

「一応あるけど……威力はお察しだよ?」

「遠距離から注意を引ければいい。じゃ、試しに俺が先に釣ろう。リンクしたら俺が攻撃を当てた奴以外の敵を頼む。他の群れまでリンクしたら逃げろよ」

「ラジャ」

 木陰に潜むメリルを置いて、息を殺し集落へと近づく。

 巡回のラージスパイダーが通り過ぎ、地中にワームがいない事を確認してから、神術スキルの呪文攻撃系SA【シャドウアロー】を発動する。

 最下級の攻撃神術だが、詠唱無しで使用可能で再使用までも短く、ディバインエナジーの消費も少ない。

 釣りには最適だ。

 周囲の影が収束して形作られた漆黒の矢を、二匹で固まっているラージスパイダーに放つ。

 ヒュンと風を切る音とともに放たれた【シャドウアロー】は、ラージスパイダーの無防備な腹に突き立った。

 痛みにもがくように節足を蠢かせたラージスパイダーは、こちらの姿を認めると這い寄って来た。

 リンクしたのは側にいた一匹のみ。

 上手い事釣る事が出来た。

「メリル、頼んだ!」

 森へと分け入りながら声をかけると、茂みから飛び出したメリルが、こちらに向かっていたラージスパイダーの一匹を殴りつける。

「ちょ」

「あれっ」

 途端身体に纏わり付く倦怠感。

 共闘ペナルティだ。

「おま、そっちじゃねぇ!」

「ごめ、ミスった」

 メリルは俺が攻撃を当てた方のラージスパイダーを殴っていた。

「どうする?」

「まぁイケるだろ。予定通り分担だ」

「おっけ……ごめんね?」

「ドンマイ」

 苦笑して片手を上げ答える。


 まぁこの程度のミスはネトゲを楽しむ上でのスパイスみたいな物だ。

 俺だって別ゲーではもっと酷いミスを数え切れないくらいしてきた。

 まぁこれが原因でキャラロストしたら悔やんでも悔やみ切れないのは確かだが。

「これは死ねないな。まぁこの程度じゃ死なないけど」

 これでロストしたらメリルは責任を感じるだろう。

 カサカサと這い寄る蜘蛛に相対し、盾を構えて腰を落とす。

 振り翳された大蜘蛛の節足の一撃を防御し、【シールドチャージ】で攻撃動作中の蜘蛛にスタンを入れる。

 間髪入れず【チャージストライク】を使用する。

 二秒間の溜め動作の後、強力な突きを放つ片手剣スキル30.0で習得する近接攻撃系SA。

 発動までに二秒という、近接攻撃としては長すぎる硬直のせいで使い所が難しいが、その威力は中級SAにも劣らない。

 大きく引き絞られた右腕が、SAの発動と共にエフェクトの軌跡を残して強烈な一突きを大蜘蛛に叩きこむ。

 共闘ペナルティを受けて威力が落ちているとはいえ、【チャージストライク】の威力は決まれば凄まじい。

 大ダメージを負ったラージスパイダーの動きは目に見えて鈍くなっている。

 畳みかけるように間断無く剣を振るう。

 相手が弱っているのは確実だが、こちらのステータスも落ちているせいか、決定的な一撃を入れる事が出来ない。

 やがて、力無く足を動かす事しか出来なくなったラージスパイダーを刺し貫くと、光の粒を撒き散らし息耐えた。

「ふう……梃子摺ったけど、ペナ有りでも一対一で問題無いか」

 見ればメリルの方も特に問題は無いようだ。

 既に動きが鈍ったラージスパイダーを蹴りつけている。


「はぁ……なんで間違えちゃったんだろ」

 ラージスパイダーからドロップアイテムを回収し、戦闘を負えたメリルに近づく。

「マジごめんね」

「そう気にするなよ。ネトゲじゃ良くある事だろ」

「けど、死ねばロストなのに……」

「死ねば、だろ。死んでないんだから問題無いさ。ほら、サクサク狩ろうぜ。日が暮れる前にクエストをこなして基地に戻りたいからな」

 早ければ夕方にはポーションの在庫が復活しているはずだ。

 俺達の他にも在庫切れでポーションを購入出来なかったプレイヤーが、在庫の復活を狙っているだろうし、今回を逃したら次はいつになるかわからない。

「……そうだね。よし!次は私が釣ってくるね!殴る相手間違えないでよ!」

「お前……どの口で……余計な物まで釣ってくるなよ」

「いってきまっす!」

 俺の非難含みの視線から逃れるように、メリルは大蜘蛛の巣へと駆けて行った。

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