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第十三話

 修練場を後にした俺達は、中央区の食堂兼酒場に来ていた。

 前線基地には東西南北と中央、五つの酒場がある。

 まず南門をくぐってすぐの場所、昼は傭兵隊詰所となっている建物の一階が、夜には酒場になる。

 場所が場所だけに客は傭兵が主、というより傭兵しかいない。

 次に西門の側、こちらは冒険者ギルド支部。

 こちらは一階が昼夜問わず完全に酒場となっている。

 むしろ酒場のマスターが副業で冒険者ギルドの業務を行っているといった雰囲気だ。

 当然客層は冒険者が多数を占める。

 北の酒場は南と西の酒場と比べればいくらか上品な雰囲気で、一階が酒場で二階が宿屋というこの世界における一般的な酒場だ。

 主な客層は下っ端の騎士団員や北の方からやってきた旅人である。

 東の酒場は商業区の商人達が主に利用しているが、商人の人口は少ないので他所と比べて寂れている。

 客層は商人達と、混雑を嫌った冒険者や傭兵、騎士団の者が半々と言った所だ。

 今俺達がいる中央区の酒場は、前線基地の中央にあるが故に、客層が偏る事は無く、冒険者と傭兵と騎士団員が相席している光景も珍しく無い。

 また、他所よりは料理のメニューが充実しているので、純粋に食事を楽しみたい場合はここを利用する者が多い。

 かく言う俺達も、目的は食事だったので中央区の酒場を選んだのだ。


「ねぇ、どうする?蜘蛛の巣行く?」

 運ばれてきた食事を半分程片付けた所で、メリルは先程シャミルが言っていた大蜘蛛の巣を話題に出した。

 メリルは見た事もない馬鹿でかい貝が入ったパスタをフォークでいじっている。

「なんかあそこまで言われて行ったら死亡フラグ立ちまくりだと思うんだけど」

「空手の全国チャンピオンともあろう人が弱気じゃないですか」

 肉汁の滴るフリッグのステーキを切り分けながら、おちょくってみる。

「茶化さないでよね。もし死んだらロストなんだよ?」

 テーブルの下で足を踏まれた。

「まぁ確かにマンイーターとやらに遭遇したら死ぬだろうな。けどクエストも発生したし、とりあえず入り口までは行ってみてもいいんじゃないか?」

「もし入り口にそれがいたらどうするの?」

「いくらなんでもそこまで理不尽な展開は無い……と思いたいけどな。そんなに行きたくないのか?」

「行きたくないっていうか、蜘蛛の巣に行くにしても、もう少しスキルを鍛えてからにしたいかな。武器スキル以外はまだ30.0台のもあるんだよ?」

「確かに格上の狩り場で不測の事態に対処できるかは不安ではあるな。けどいいのか?」

「何が?」

「俺は近接系スキルはほぼ横並びだけど、メリルは格闘術だけ飛びぬけてるだろ。またマッドスピリット狩りじゃ武器スキルの上昇機会を無駄にするんじゃないか」

 マッドスピリットより格上のモンスターを相手にすれば、格闘術スキルの上がりも良くなるし、それ以外のスキル値が低いスキルはより早く上昇するのだ。

 効率を考えれば現時点で大蜘蛛を相手にするのは悪い手ではない。

「そりゃ少しもったないとは思うけど、無理してロストしたら後悔しそうだもん」

「確かにそうだな。効率ばかり考えて死んだら世話無いし。そういう事ならもう暫くはマッドスピリット狩りだな」

「ガイこそいいの?マッドスピリット狩りは飽きてきたって言ってたし、蜘蛛の巣のがいいんじゃないの?」

「これまでのネトゲの修行僧のようなレベル上げと比べたらなんてこたないよ」

「頼もしいというか、馬鹿っぽいというか」

 呆れたように笑うメリルは、どこかスッキリした表情になっていた。

 修練場でのシャミルのただならぬ雰囲気に当てられたのか、修練場から酒場までの間もどこか元気が無かった。

 料理が運ばれてきても食欲が無いようだったが、胸のつかえが取れたのか、今では凄い勢いでパスタを食べている。


 ネトゲでは何が切欠で縁が切れるかわからない。

 リアルの事情などのどうしようもない理由や、ドロップアイテム分配時のいざこざ、交友関係などの些細な不注意。

 会ってすぐに親密になるのが珍しく無い一方で、一晩で連絡すら取れなくなるのも珍しくはない。

 避けられない事情が原因であれば諦めるしかないが、だからこそ回避できる些細な食い違いなどはなるべく避ける努力をせねばならない。

 特に、死ねばロストという重いペナルティが存在する以上、命の賭場である狩り場は両者納得行く場所を選ぶ必要がある。

 メリルは、敵と相対すれば暴走特急のような闘い方をするのに対し、狩り場の選択には慎重だ。

 一方で俺は、慎重な闘い方が身上ではあるものの、狩り場の選択には効率を重視し格上の狩り場に臨むのも厭わない。

 これまでの狩りや会話を通して、深刻な意見の食い違いによる関係の途絶を懸念していたが、見事なまでの真逆っぷりが結果としては両者の行き過ぎた部分にブレーキを掛け合っている。

 悪く無い関係と言えるだろう。

 メリルはどうかわからないが、俺にとって既に彼女の存在はアトラスというゲームを楽しむ上で無くてはならない物になっている。

 あまりゲームの楽しみを他者との関係の中に見出すのは、その関係の破綻がゲームの寿命となりかねないので、余り好ましくはないのだが、まぁ気づけばそうなってしまったのでは仕方ない。


「んー、これもいっとこっかなー。すいませーん!」

 メリルは店員を呼びつけデザートを注文する。

「パフェなんかあるのか。俺も食べるかな」

「パフェとかにあわねー。何、甘党なの?コーヒーに砂糖とか入れるタイプ?」

「ほっとけ。砂糖入れて何が悪い」

「悪いなんて言って無いじゃん。そうだよねーガイ君まだおこちゃまだからしかたないよねー」

「はあ?おこちゃまはどっちだよ中学生みたいなツラしやがって」

 テーブル下で熾烈な足の踏み合いを繰り広げながら馬鹿な話に興じる。

 先程の沈みようにはいささか気を揉んだが、デザートまで食べられるのであれば心配はいらないだろう。

 奇妙な形の木の実の乗ったケーキを食べ終えたメリルと、再びマッドスピリットの沼へと向かう。




 マッドスピリットの沼地は、何人かのプレイヤーの姿が見られる物の、予想していた程混雑してはいなかった。

「スライム沼もあんまり人いなかったけど、他にいい狩り場あるのかな?もしかしてみんな蜘蛛の巣にいってるとか?」

 前線基地からマッドスライムが群棲している沼を抜けてここまで来たが、見かけるプレイヤーの数は昨日と比べて明らかに少ない。

「と、言うよりキャラデリして光の民に作り直したプレイヤーが多いんじゃないか?昨日の早い段階でそういう書き込みがかなり目に付いたしな」

「マジ?って、まぁ私も人の事言えないか。スピリットの不意打ちでロストしてたら作り直してたかも」

「その割には私に対する感謝の念が感じられませんが」

「はいはいありがとうございます。さぁちゃっちゃと狩って陰気な沼地とオサラバよ!」

 全く感謝の念が感じられない言葉と共にマッドスピリットに殴りかかるメリル。

 まぁ次の狩り場も蜘蛛の巣に覆われた陰気な廃村だけどな。


 先程の狩りでは特に危険は感じられなかったので、交代制ではなくそれぞれのペースで狩りを進める。

 既に狩りなれた相手という事もあり、自然と倒すまでの所要時間を競うような狩りになってゆく。

「おつー」

 マッドスピリットを仕留めて沼から上がると、既に倒し終えて木陰に座っていたメリルに嫌味七割労い三割の言葉をかけられる。

 ニヤニヤしてるから嫌味成分が高いのは間違い無い。

 マッドスピリットが衝撃ダメージに弱いという点を差し引いてもメリルが倒すスピードは早い。

 こちらが躊躇するような場面であっても、メリルは果敢に踏み込み攻撃を繰り出すのだから、手数が違いすぎる。

 やはりモンスター相手と人間相手の違いはあれど、リアルでの格闘技経験は大きなアドバンテージだ。


 アトラスにおける強さのバロメーターであるステータスとスキルは、現実での身体能力のような物だ。

 身体能力が高ければ、当然強い。

 しかし身体能力がいかに優れていようと、それを操るプレイヤーの経験が未熟な物であれば本来の性能は発揮できない。

 ゲームには相応の自信があるが、運動はからっきしな俺にはメリルのような闘い方は不可能だ。

 過去のタイトルで、メリルのような蝶の様に舞い蜂のように刺す華麗な戦闘スタイルを目指した事はあるが、結果は散々な物だった。

 だからアトラスでは、回避を防御の主体とはせず、堅実な盾による防御と重装備というスタイルを選んだのである。

「ま、隣の芝生は青いってやつだな」

 メリルの攻撃速度と殲滅の早さを羨んでもスタイルが違うのだから仕方ない。

 俺はメリルに無い要素を伸ばせばいい。

「とは言え、こうも露骨に差が出ると流石に辛いな」

 こちらが休憩している間に、メリルはもう戦闘を始めている。

「せいぜい離されないように頑張りますか、と」

 スタミナとライフが九割程回復した所で立ち上がり、マッドスライムに向かう。

 派手に動き回るメリルと違って省エネ戦闘がこちらの持ち味だ。

 あと少しステとスキルが伸びれば、休憩なしで二匹相手に出来るようになる。

 そうすれば効率も違ってくるだろう。


 周囲が夜の闇に包まれても、俺とメリルのマッドスピリット狩りは続いた。

 俺は【ナイトサイト】を使用する事で、メリルは種族特性の【夜目】によって暗所の戦闘もこなす事が出来る。

 それでもメリルの【夜目】は然程性能が良くはないので、視界の狭窄は避けられない。

 俺のステとスキルもかなり上昇しため、俺とメリルの戦闘の効率は差が無くなってきていた。


 やがて夜が白み始める頃まで狩り続けた結果、俺とメリルの近接系スキルは殆どが45.0を越えた。

「思ったより時間かかっちゃったね」

「やっぱ夜間戦闘はしんどいな。特にこいつら身体が透けてる上に黒っぽいから見難いったら無い」

「それでいて向こうは目とか無いから夜でもお構いなしだもんね」

 メリルは日が落ちてからの戦闘中に、一度攻撃を受けてしまった事を思い出したのか、悔しそうにしている。

 いかに予備動作が大きいとはいえ、あれほどのスピードの攻撃をずっと避け続けていた事を思えば、一撃受けた程度気にする事は無いと思うのだが、

「私みたいな紙装甲は一撃が命取りなの」

 との事なので、回避型なりの矜持があるのだろう。


「んじゃ、早速いきますか。蜘蛛の巣とやらへ」

「ああ、悪いけど俺一度落ちるわ」

 勢い込んで歩き出したメリルは、大きく肩を落とす。

「ええー、何で?まだリアルじゃ朝の六時じゃん。こんな時間になんかあるわけ?」

「今日は俺が家事当番の日だからな」

 我が家では家事は当番制となっている。

 母さんが週四日、残りの三日を俺と妹と親父で分担しているのだ。

「え、何?複雑な家庭環境だったり?」

「そういう訳じゃない。うちは家族全員ネットゲーマーだからな。自然に出来た分担というか」

 俺の言葉に、メリルは驚いたように目を丸くする。

「へぇー、えらいじゃん。私も実家住みだけど家事なんてなーんにもやってないよ」

「しっかりしろよ二十歳のくせに……まぁそんな訳で、悪いけど俺は一度落ちるよ。そう時間はかからないと思うけど、向こうの一時間はこっちじゃ四時間だからな。先に蜘蛛狩ってるか?」

「まだ十九だっつの。んー……じゃあ私も一度落ちようかなぁ」

「別に気にしないでいいぞ。毎回プレイ時間合わせてられないだろ。近接スキルは上げなくても、神術スキル上げとか、いろいろすることはあるんだし」

「あたしだってずっとこっちにいられる訳じゃないもん。リアルでそれなりにしなきゃなんないことはあるし。それに一度落ちてwikiとか見たいなと思ってたから丁度いいよ」

「そうか?じゃあ一度基地に戻ってから落ちよう。蜘蛛に挑む前にドロップ処分して、新しい鎧が欲しい」

「そうね。あー3s後で返さないと」

「そういや冒険者ギルドのクエスト、まだいけそうか?」

 長時間の狩りに加え、マッドスピリット狩りの効率上昇により、先程よりかなり多くのソウルジェムが集まった。

「あー、どうだろ。もう結構時間経ってるし……一応落ちる前に見といたほうがいいかな」

「あの報酬美味いからな。悪いけど、まだクエ残ってたら清算頼む。冒険者ギルドまで付き合う時間はなさそうだ」

「あいよ」

 トレードウインドウを開きソウルジェムをメリルに渡しておく。

「合計百五十個いってるじゃん。百個の報酬と五十個の報酬貰えるね。クエ残ってますように!」

「報酬抜きでも結構いい額になりそうだな。5s値切ってサヨナラは流石に申し訳無いし、俺もラウフニーの所で何か買うかな」

「で、また値切るんですね。わかります」


 そんなふうに馬鹿話をしているうちに前線基地に到着した。

 ログアウトするために北門近くの宿屋へと向かう。

 基本的にどこでもログアウトは可能なのだが、宿屋などの特定の施設以外では一分程自キャラが棒立ちでその場に残ってしまうのだ。

 前線基地内であれば襲われる事は無いだろうが、あまり気持ちのいいものではない。

「あ、ちょっと待って。一応私のメッセアド教えとくね」

 宿の前に差し掛かった所で、メリルはシステムブックを開き、パーソナルデータを送信してきた。。

 こういったアドレス情報などは別途AG本体に保存されて、パソコンなどに送信可能になっている。

 表示されているのは明らかにメッセ用の捨てアドではあるが、正直メッセのアドレス交換までするつもりは無かったので少々面食らう。

「いいのか?捨てアドとは言えそう簡単にアド教えて」

「だって、家事終わったらすぐインするでしょ?連絡つかないと面倒じゃん。何?どこか変なとこにアドレス流しちゃう人?」

「まさか」

「じゃあいいじゃん。私の人を見る目をあまりなめないほうが良い」

「そっか。じゃあとりあえず落ちたらこっちからメッセ送っておくよ。また後でな」

 時間が押しているので、手早く別れを告げて宿の扉を開く。

「あいよ、また後で」

 メリルは手を振って冒険者ギルドへ歩いていった。




『3...2...1...ログアウト処理完了。お疲れ様でした』

 意識が暗転する。




「ん……」

 意識が覚醒し、目を開けると、視界一面を覆う液晶画面。

 頭部を覆うヘッドギアに内臓されているサブディスプレイだ。

 目元までの深さのあるヘルメットのようなそれを外し、ベッドに放り投げる。

 微かに凝り固まった身体は、伸びをするとボキボキと音を立てる。

 VRゲームのプレイ中は、身体は睡眠状態とはいえ、脳は覚醒状態のままだ。

 微かな寝不足による疲労を感じる。

 小学生の頃から愛用している学習机に置かれたパソコンの電源を入れる。

 一番上の兄が引っ越す際に貰ったお古のため、立ち上がるまでに少々時間がかかるが、まだ十分現役だ。

 時間がかかるので、放置して顔を洗うために洗面所に向かう。


「あら、こんな時間に起きてくるなんて珍しい。どこか出掛けるの?」

「そういうわけじゃないけど、たまにはねー」

 台所で朝食の用意をしていたお母さんに適当な返事を返して洗面所に入る。

 ふと、鏡に写っている見慣れた顔をまじまじと眺めてしまう。

 ふさふさした猫耳と鋭い犬歯の覗く『メリル』の物ではなく、『押切唯」の顔。

「うお、唯、何で起きてんの?てか使わないならどいてくんない?」

 洗面所の入り口から顔を覗かせた二つ上の兄を蹴り出し、手早く顔を洗う。


「まったくもう。早起きはいいけど、寝不足じゃ意味がないんだからね」

「わかってますー」

 私の眠そうな様子から寝不足である事を察した母の小言を聞き流しながら、急遽用意されたトーストとハムエッグを食べる。

 言われてみれば、こんなに早起きをしたのは中学生以来か。

 当時は毎朝見ていた朝のニュースが未だにやっているのにちょっと感動する。

 しかし、体感ではもう二日以上アトラスをプレイしていたのに、現実ではまだサービス開始から半日程度しか経過していないというのは不思議な感覚だ。

 朝食を食べ終えた後、小学生の頃の習慣であるコップ一杯の牛乳を飲んでから自室に戻る。


 パソコンは、二件のメッセージを受信していた。

 片方は知らないアドレスからだ。

 恐らくガイだろう。

 開いてみると簡潔な一文が表示される。

『ガイアスだ。とりあえずメッセが届くかテスト。ついでに俺が巡回してるサイトを貼っとく』

 なんとも素っ気無いテキストメッセージに苦笑し、ガイのメッセアドレスを登録する。

 もう片方のメッセージは小学生の頃からの親友である真紀からだ。

「マキ、おはよー」

『あ、おはよーユイー。ほら、みーもおはよーって』

『あう』

 ディスプレイの向こうのマキは、昨年生まれたばかりの長女美雪の手を持って軽く振っている。

「みーちゃんおはよー。もう起きてるんだ?」

『もうっていうか、この子朝の四時に起きちゃって。おかげで寝不足』

 マキは小学生の頃からのトレードマークである赤縁の眼鏡の上から涙を拭く真似をする。

『赤ちゃんいるとVRやれる時間もないしねー。可愛い我が子をほっとくわけにはいかないし』

 マキは私の一番上の兄と高校卒業と同時に結婚し、昨年美雪を生んだ。

 一番上の兄は私達と十歳離れているので、結構な年の差婚である。

 マキはゲーム好きで、空手を辞めてどう日々を過ごして良いかわからなくなっていた私に半ば無理矢理ネトゲをプレイさせたのもマキだ。

 マキと兄が付き合い始めたのもゲームが切欠である。

 兄は大昔のレトロゲームの収集家で、同じくレトロゲー好きのマキは昔から兄に懐いていた。

 そんな二人だし、いつか結婚するのだろうかと思ってはいたが、高校の卒業式の日に結婚の報告をされた時は開いた口が塞がらなかった。

「育児は大変だねー。VRやってると泣いてたりしても気付かないもんね」

『そうそう。だから昼にちょっと暇だなーって時でもインするわけにもいかないしね。けど、今日の夜は修一さん早く帰れるって言ってたから、少しはアトラス出来るかな』

「お、ほんと?けどやっぱ種族が違うと会うの大変みたいだよ。向こうで会えるのは相当先かも」

『まーじでー?種族変えようかなぁ。ダークエルフにすればすぐ会える?』

 面食いのマキは当たり前のようにエルフを選んでいた。

 種族を変えるといってもダークエルフしか選択肢がない辺り筋金入りと言える。

「ダークエルフなら会えない事もないけど、闇の種族はお勧めできないなぁ……ていうか、みーちゃん眠そうじゃない?」

『あら、ほんとだ。ごめん、ちょっと待ってね』

 マキは美雪ちゃんを大事そうに抱き上げると、画面外に消えた。

 寝かしつけに行ったのだろう。


 私はその間にブラウザを起動して、ガイのメッセージに貼り付けられていたリンクを開いていく。

 殆どはブックマーク済みの大手サイトだったが、いくつか未チェックのサイトが混じっていた。

 それらをメインに情報を漁っていると、マキが戻ってきた。

『寝たい時に寝て起きたい時に起きるんだから、ほんとかわいくてやんなっちゃう』

「いいじゃん、かわいいなら」

 同い年の幼馴染も、もう母親かと思うと感慨深い物がある。

『で、ダークエルフ、っていうか闇の種族はやばいの?掲示板とかでもそういう書き込みはあるけど』

「インできなくてもチェックはしてるんだ。あー出来ないから情報漁ってるのね」

『そゆこと。なんかソロだと随分マゾいって話だけど、ユイは大丈夫なの?』

「確かに私も危ない時あったけど、運良く助けてもらえたからね。今はそいつとペアでやってるから気にならなかったけど、確かにずっとソロだと辛いかもね」

 ペアという言葉にマキは目を丸くする。

『ペアって、闇の種族はパーティー無理なんでしょ?ていうかその相手は誰なのよ、男?』

「私の相方が限定的に回避する方法見つけて、それで一緒にやってんの。まぁ、男だけど、年下だよ。まだ高校生だって」

『へー、年下の高校生!あんたもなかなかやるもんだ』

 ニヤニヤしているマキに「ないない」と言って手を振る。

「そんなんじゃないし。あ、ペアの事、掲示板とかに書かないでよ。秘密にしておきたいみたいだから」

『二人だけの秘密ってやつ?甘酸っぱいですなぁ』

「だから違うってば」

 暫くマキにはこのネタでからかわれそうだ。

 新婚の頃に散々いじった事を未だに根に持っているのだろう。


 その後、情報サイトや攻略サイトを巡回しつつ、マキが育児の合間に収集した情報を教えてもらう。

『そういえば、早いとこだとそろそろクラン設立するみたいよ』

「なにそれ、ガセなんじゃない?いくらなんでも早すぎでしょ」

 クランとは、一言で言えばプレイヤーの集まりだ。

 ギルドやレギオンなど、ゲームによって呼び方は様々だが、システムとしてはどれも大差無い。

 クランを結成するにはクランマスターとして宿命値2000以上のプレイヤー一人と、宿命値1500以上の結成メンバー五人、そして結成費用として10gが必要だという。

「10gをこんなに早く用意するなんて無理でしょ。私達でもこれまで稼いだのはせいぜい20sってとこだよ」

『まぁそのへんは私はわかんないけど。でもお金はすぐ集まったって話だよ。そのクラン、正式開始前からメンバー募ってたらしいからね。公式見たらメンバーリスト五十人余裕で越えてたもん』

 テキストチャットで送られてきたリンクの先にはやたらと凝った造りのサイト。

 どうやらImperial Orderと言うクランのようだ。

 なるほど、確かにその五十人が20sづつ出し合えば10gにはなる。

「ヒューマンなら宿命値2000もすぐなのかなぁ。闇の種族だとマイナススタートだから宿命値全然稼げ無いんだよね」

『あとはレギマスの宿命2000待ちらしいよ。廃人は怖いねー』

「まったくだ」

 まぁ、結局徹夜してしまった私が言えた事ではないが。


 メッセのアラームが受信を告げる。

 ガイからだ。

 送られてきたのは、またも簡潔なテキストチャット。

『そろそろインできそう』

 時計を見ると、ログアウトしてからまだあまり時間は経っていないが、この程度で家事を済ませられるのだろうか?

『どったの?』

「うん、相方からメッセ。そろそろインできそうって」

 言ってから、しまった、と後悔する。

 画面の向こうのマキはにやにや笑っている。

 ようやくガイの話は鎮火したというのに、また火をつけてしまった。

『仲が大変よろしいようで。妹にようやく春が来たみたいで、お姉ちゃんは嬉しいよ』

「お姉ちゃん言うな」

 カメラに向かってデコピンをし、ガイのメッセージに返信する。

『OK。それじゃ中央区の噴水で待ち合わせで』

「じゃ、インするから閉じるよ。またね」

『はいはい、お幸せにー』

 ものすごく反論したかったが、言ってもマキを喜ばせるだけなので、手だけ振って別れの挨拶を済ませパソコンの電源を落とす。


 アトラス用に買った、そこそこ高級な座り心地の良いリクライニングチェアに座り、アルカディアゲートのヘッドギアをかぶる。

 出来ればVRチェアモデルが欲しかったが、親の援助無しで私に買えるのはベーシックモデルが精一杯だった。

 それでも、AG難民が未だに巷に溢れている以上、贅沢は言えない。

 正式サービス開始前に買えただけでも、私はかなり恵まれている方だ。

 ヘッドギアの側頭部にあるパネルを操作し、ログインを開始する。

 意識が遠のいていく。

 一瞬の暗転の後、私の身体は『押切唯』から、『メリル』へと変わっていた。

 ここ数年は感じていない高揚感を感じながら、エントランスレイヤーからアトラスの世界へと旅立つ。

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