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第十二話

 ラウフニーの店を後にした俺達は、マールの道具屋に向かっていた。

 一番金のかかる装備類の買い物を済ませたので、何個かポーションを手に入れるためだ。

 歩きながら先程の値切りによって上がった交渉術スキルを確認する。

 交渉術スキルは6.8になっていた。

 なかなか良い伸びだ。

「良かったな、5sも安くして貰えて」

「良くないわよこの鬼畜!見てて申し訳なかったわ!」

 5sも値切って購入したお気に入りの白装束に身を包んでいるというのに、呆れ顔で怒鳴るメリル。

 しかし、やはり一度は諦めかけた装備を手に入れる事が出来たのが嬉しいのか、足取りは軽い。

「お前、俺がせっかく頑張って安くしてやったのに鬼畜呼ばわりって……感謝の言葉の一つも貰っても何らおかしくないと思うんだが」

「……まぁその点については感謝してるけど……あれは流石にやりすぎなんじゃないの?三分の一も値切るなんて……」

「エドワードも言ってたろ。気が弱くて押しに弱いって。値切りに毅然と対応できないんじゃ商人は辛いぜ。まだマールの方が……っと、ここだ」


 未だ納得いかないといった表情のメリルを連れて道具屋に入る。

「あ、ドケチのお兄さん」

 昨日と同じようにカウンターの奥には頭だけ覗かせたマールが立っている。

「ドケチ?まさかあんたここでもあんな事したの?こんな小さい子に?」

「昨日お兄さんは50cの応急薬セットを49cに値切った、です。かわいそうで見てらんなかった、です」

「1cを値切るとか馬鹿じゃないの?」

「……」

 あれはただ交渉術を上げようかなと思っただけなのに、何故こんな蔑んだ目を向けられなければならないのだろう。

「で、今日はどうしたですか?」

「ああ、少し金が出来たから、ポーションを何個か買っておこうかと思ってな」

「ポーションですか。品切れ、です」

「最下級のじゃないよ。1sの方だ」

「ですから、品切れなのです。今日は朝からお客さんが絶えなくて、在庫が無くなってしまいました、です」

「……マジで?」

 そうか、他のプレイヤーが買い占めていったのか。

 既にサービス開始からかなりの時間が経過しているし、他のプレイヤーも相応に金を稼いでいるはずだ。

 非常用のポーションは金に余裕があれば誰でも欲しがる所だろう。

 在庫という概念がある以上、売り切れも有り得るのは簡単に予想がつくというのに、失念していた。

「一個10sの中級ポーションならいくつかあるですが、買うですか?少しならまけますですよ」

「いや、10sは流石に無理だよ……そうだ、親父さんは仕入れからまだ戻らないのか?」

 仕入れから戻ればポーションの在庫も復活するはずだ。

「たぶんお父さんが戻るのは明日の夕方か、明後日の昼頃、です」

「そっか、じゃあ明日また来るよ」

 在庫が無いのであれば仕方ない。

 道具屋を後にしようとする俺を、メリルが手を上げ制止する。

「あ、ちょっと待って。治癒の丸薬ってあるかな」

「治癒の丸薬はまだあるですけど、丸薬だけだとちょっと損、です。応急薬セットがお勧め、です」

「んー。そうね、包帯と軟膏も残り少ないし。それ貰うわ。値切ったりしないから安心して」

「お姉さんなら45cでいいですよ」

「え、ほんとに?やーんありがとー」

 メリルはマールの頭を撫で繰り回す。

 マールは目を細めてくすぐったそうにしていた。

「そういえば俺も応急薬の残りがやばいな。補充しとくか」

「たった今売り切れました、です」

「な、なんだってー!」

「嘘ですよ。49cになります、です」

「あれ!?45cじゃないの!?」

「寝言は寝て言え、です」

 メリルは俺とマールの遣り取りを爆笑しながら眺めていた。


「ぶふっ、強面のドワーフからは5sも値切ったくせに、あんなちっちゃい子にお情けで5cまけてもらうとか、ぷぷ」

「いつまで笑ってんだよ……」

「だって、あは、おかしーじゃん。まぁマールちゃんがしっかりしてるんだろうけどさ」

「まぁラウフニーよりは確実に商人向きだよな」

 笑いながらちょっかい出してくるメリルを適当にあしらいながら、修練場へ向かう。




 修練場は昨日の盛況ぶりが嘘のように閑散としていた。

 既に殆どのプレイヤーは前線基地の外で狩りをしているのだろう。。

 何人かのNPCとプレイヤーが藁人形に打ち込む音に混じって、どーんとかばーんとかの擬音が聞こえてくるのみだ。


「でね、こうきたのをパシーン!ってやってね、おりゃー!ってやればいいわけ。わかった?」

 あんぐりと口を開けてカクカクと頷くプレイヤーの背中を「元気がないぞ我が弟子よ!」とばしばし叩いているのは、スキルトレーナーのシャミル。

 相変わらず絶好調なようだ。

 納得がいかないのか、しきりに首を傾げながら修練場を後にする男性プレイヤーとすれ違う。

 わかる、わかるぞその気持ち。

 憔悴した背中に無言のエールを送りながら、SA習得のためにシャミルの元へ向かう。

「シャーミールー!」

 すると、突然メリルが奇声を上げて駆け出す。

「あっ!メリルー!生きてたー?何その服ーかわいー!」

「あははは生きてた生きてたー!似合う?かわいい?」

 けらけら笑いながらはっしと抱き合うメリルとシャミル。

「え?何これ?」

 突然繰り広げられる想定外の展開に、俺は言葉を失って立ち尽くす事しか出来ない。

「なーんだ、傭兵君とメリルって友達だったんだ?ちょっと意外だな。けど言われてみればお似合いかもね!」

 お幸せに!と、>ヮ<みたいな顔で両手でサムズアップするシャミル。

「もーそんなんじゃないってー。ガイとはさっき会ったばっかだし、それに私には、シャミルという生涯の友が!」

「おお、心の友よ!」

 きゃっきゃとはしゃぐ二人のガールズトークに開いた口が塞がらない。

「えーっと、メリルさん?シャミルさん?お二人は一体どういう……」

 なんとかひねり出した俺の問いに、二人は目を見合わせると、同時に口を開く。

「「友情……いえ、むしろ二人の間にあるのは……愛?」」

 なんでそんなセリフがハモるの!?

 二人の世界を展開するメリルとシャミルから思わず距離を取ってしまう。


 まぁ、こいつらの仲が良い事自体は特に不思議ではない。

 メリルはどうせ「猫耳とかちょーかわいーし」みたいな理由でライカンを選んだのだろうから、同じライカンのシャミルにも同じ感情を抱いてるのだろう。

 シャミルの突きぬけたテンションとも波長が合いそうではある。

 にしたってここまでっていうのは、様々なジャンルに寛容な俺とて流石にドン引きせざるを得ない。

 猫耳少女二人がくんずほぐれつなんて、そんな……ふむ……悪くないな。

 目の前で繰り広げられる光景に自分の中で新たな何かが目覚めるのを感じる。


「で、今日はどしたの?私に会いに来てくれたの?」

「それもあるけどー、新しいSAを習いにね」

「へぇ、もう格闘術が40.0になったんだ。さっすがメリルだね!」

「へへー、もっと褒めて」

 ふぅむ……これは新しい……実にけしからん……。

「ちょっと、あんたもSA習うんでしょ。何ぼーっとしてんのよ」

「おふっ!あ、ああ、SAね。そうだな」

 腿に軽い衝撃を感じ我に帰る。

「二人とも頑張ったんだねー。んじゃはい、これが習得可能なSAのリストだよ」

 俺とメリルの眼前に、それぞれウインドウが表示される。

「傭兵君はSA覚えるのは初めてだよね?いちお説明しとくと、SAは基本的に10.0ごとに新しい物を習得可能になるよ。例外もあるけどね。スキル値10.0で覚えるSAは50c、20.0で覚えるのは1sと段々必要なお金が増えてくからね」

 なるほど、40.0のSAだと2sものお金が必要になるのか。

 という事は……。

「ねぇ、ガイ?」

「……ほれ。こんなもんでいいか?」

 無言でトレードウインドウを開き3s程渡す。

「ありがと、後で返すから!」

「それより値段を見ないで買い物をしないでもらえますか」

「善処しまーす」

 俺は片手剣術スキル10.0から40.0までのSAから有用そうな物だけを選び、メリルは40.0で習得可能な二つのSAを指定し、授業料をシャミルに支払う。

「おけー、それじゃ指導を始めるよ!」

 SAの習得ならばあるいは、と多少期待はしたのだが、始まったのは、やはり例の擬音指導だった。


 力の抜ける指導が終わると、きちんとスキルアーツリストには新しく習得したSAが増えていた。

「よくぞ私の厳しい指導に耐えたな……もう君達に教えられる事は無い……」

「教官……」

 腕を組んで大仰に頷くシャミルと、胸に手を当て熱い瞳でそれを見つめるメリル。

 いやいやおかしいよね。まだスキル値40.0だよ。もっと先があるよ。

「はぁ、まぁいいや。ところでシャミルさん」

「教官」

「……シャミル教官。スキル40.0と45.0が狩るのに丁度良い敵は何かな」

 現在のスキル値であれば、まだマッドスピリット狩りでも問題は無いのだが、恐らくあそこの狩り場ももう他のプレイヤーに見つけられているだろうし、単調な動きしかしないマッドスピリットには飽きてきた。

「そうだねぇ……40.0ならマッドスピリットかな。あ、そこ以外?」

 うーんと首を傾げながら思案するシャミル。

「ちょっと格上だけど、傭兵君とメリルならいけるかな?南の森の東側、山のふもとにある集落の跡地が大蜘蛛の巣になってるんだ。そこにいるラージスパイダーとドレインワームが50後半までのスキル修行に丁度いいよ」

「スパイダーにワーム……昆虫系か。メリル、大丈夫か?」

「え?何が?」

 あ、この反応は何の問題もないな。

「いや、女の子は蜘蛛なんて気持ち悪くてやだとか言いそうだなと」

「ああ、別に大丈夫だけど……ちょっと、なんで平気って言ってるのに浮かない表情なのよ」

「いや、なんかバランスわりぃ奴だなって思って……」

 買い物に熱中して、女友達と黄色い声上げてはしゃいでたくせに蜘蛛は余裕とか、これだから女は意味わからん。

「あとねぇ、南の森にいるブラッディウルフなんかも君達には丁度いいと思うよ」

 ブラッディウルフか。

 あいつと遭遇したのも昨日の事なのに、早くも懐かしく感じるな。

「けど、ブラッディウルフはスキルの修行には向かないんだよね。数が少ないから探し回らないといけないし、体力が極端に低いから、効率悪いし」

 確かに、運が良かったとはいえ武器スキル値0.0で一撃で倒せるというのはずばぬけた脆さと言える。

「ラージスパイダーは肉食性で大きいけど、毒は持って無いから解毒手段は無くても大丈夫。動きもスライムよりは素早いけど、落ち着いて対処すれば問題無い相手だからね。ドレインワームは地中に潜ってるから不意打ちに気を付けて。こっちも毒は持って無いけど吸血攻撃を受けると体力を回復されちゃうから、そこに注意ね」

 ほんと、この解説の真面目さの一%でもいいからスキルの指導に向けてくんないかな。

「ただ、大蜘蛛の巣に行くなら、これだけは絶対に守って欲しいんだけど」

 シャミルの大きな目がすっと細められる。

 ただならぬ雰囲気に、周囲の温度が下がったように感じる。

「マンイーターって呼ばれてる化物みたいな大蜘蛛がいるんだ。そいつ自身は何もしないで、巣の奥で手下が運んでくる餌を食べるだけだから、巣の奥に行かなければ遭う事はないけど……絶対に近づいちゃ駄目だよ。もし見かけたら仲間を見捨ててでも逃げて。君達じゃ絶対にあれには勝てない」

「……そんなに危険なのか?」

「未だに大蜘蛛の巣なんてのが討伐されずに残ってる理由がマンイーターだよ。あいつを倒そうと思えば多大な犠牲が出る。だからあえて放置されてるんだ。奴は巣から出てこないから、手下の大蜘蛛にさえ気を付ければいいんだからね」

 シャミルの静かな気迫に圧倒される。

 それ程までに強いのか。

 フィールドボス?いや、大規模パーティーを想定したレイドボスだろうか。

 だが初期村の近くに配置されているのだし、工夫次第では、あるいは……。

「自分なら勝てる。そんな風に考えちゃうんだよね、ここにいるような人達って」

 思考を見透かされたような言葉に硬直する。

 だがシャミルはこちらを見ていない。

 どこか寂しそうに目を伏せている。

「自分なら勝てる。そんな事を考え出すと、根拠の無い妙な自信を持っちゃうんだよ。そして勝った時の富と栄誉に目が眩み、判断力を失う。そもそも勝つ手段が無いのにね」

 シャミルの言葉は、誰に向けられた物なのだろうか。

「絶対に駄目だよ。巣の奥には絶対行っちゃ駄目だ。けど巣の入り口付近なら大丈夫。本当は巣に近づく事すらして欲しく無いんだけど、君達の強くなりたいって気持ちもわかるからね。そこまでは止めないよ。気を付けてがんばってね」

 懇願するようなシャミルの言葉の最後に、システムアラートが重なる。


【人喰い蜘蛛の巣窟】

【前線基地南東の大蜘蛛の巣付近のラージスパイダーとドレインワームを指定数討伐し、生還せよ。】


 クエストタブに、新しいクエストが追加されていた。

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