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第十一話

 その後もマッドスピリット狩りは順調に進んだ。

 目だった被害と言えば俺の腿に本気で打ち込まれたメリルのローキックくらいだ。

 あまりの威力に無警告PvPフラグが立ってしまい、加害判定を受けたメリルはペナルティとして宿命値の減少を食らっていた。

 幸い、ライカンの彼女よりノスフェラトゥである俺の宿命値の方が圧倒的に低いので、メリルが受けたペナルティは些細な物だったが。


「上がりが悪くなってきてない?」

 すっかり手馴れた様子でマッドスピリットを倒したメリルが、効率の低下を口にする。

「そうか?今スキル値いくつだ?」

「一番高いのが格闘術の45.3、他の近接系が35.0から40.0付近かな。神術とかはお察し」

「俺は近接系スキルを最初に取らなかったから、一番高い片手剣術でも40.0をようやく越えた程度だな。45.0あたりから効率が落ちてるのか?」

 スキルログウインドウを確認していたメリルが頷く。

「うん。45.0超えると急に効率落ちるよ」

「そうか……格闘術以外が45.0位になるまでここで狩ってもいいけど、伸びのいい戦闘スキルに狩り場を合わせる方が効率としてはいいかな。場所変えるか?」

「どちらにせよ一度基地に戻りたいかな。ドロップ処分すれば装備も整えられるかもしれないしね」

「なるほど。俺もSA買わないとな。いつまでも通常攻撃だけじゃ効率悪くてたまらん。盾も随分ぼろぼろになったし」

「SAあんまり使わないなと思ったら、覚えてなかったの?」

「言ったろ。近接スキルは作成時に取らなかったんだよ。代わりに神術スキルと魔術スキルはそこそこ揃ってるけどな」

「なるほどね。私は最初に良い武器買ったら他に回すお金無くなっちゃったんだよね。防具欲しいなぁ」

 メリルの装備は、胴鎧とズボンが俺の初期装備で着ていたのと同じ粗末な革鎧だが、グローブとブーツは刺々しい装飾が施された鉄製の手甲と具足だった。

 恐らく防具兼格闘術用の武器なのだろう。

「よし、とりあえず基地に戻るか」

「あ、うん……一緒に行くの?」

 少し困ったような表情のメリル。

 何それ。

 お前と一緒になんか歩きたくないって事だろうか?

 ちょっとショックなんですけど。

 凹む俺に、メリルは慌てたように手を振り否定する。

「ちょ、そうじゃなくて……さっき言ってたじゃん。あまり一緒に狩ってる所人には見られたくないって」

「あー、その事か。ま、あえて余所余所しくする必要も無いだろ。隠したいのはリンクモンスターをペナルティ無しで分担する方法だけだからな」

「そっか。ならいいんだ。いこ」

「ああ……まぁ嫌なら別にいいんですけどね。ここから別行動でも」

「拗ねてんじゃないわよ鬱陶しい」

 ケツを蹴られた。

 先程のペナルティで懲りたのか盛大に手加減をしているようだが、あまり手癖足癖が悪いのは女性としてどうなのだろうか。


 前線基地の中央区に向かって歩きながら、メリルは大きく伸びをする。

「なんか久しぶりって感じ」

「かなりの時間スライムとスピリット狩りに没頭してたからな」

「ねぇ、最初NPC見た時どう思った?私めちゃびびったんだけど」

 道行くNPCの傭兵や冒険者をちらちら見ながらメリルが耳打ちしてくる。

 NPCに対して「お前NPCだろ」というような世界観にそぐわない発言は禁止行為とされているのだ。

 そういった単語はエラーワードとして登録されており、NPCに向けて発言しても、彼らはそれらの言葉に反応を返す事は無いのだが、NPCに向けてエラーワードを過剰に発言するとペナルティとして宿命値の減少を受ける。

 プレイヤー間であれば然程問題は無いのだが、自然と言葉は小さくなる。

「まぁ、最新鋭のAIを採用しているって情報は事前に公開されてたし、ゲームショウで体験もしてたから、ある程度はわかっちゃいたが、予想以上ではあったな」

「予想以上なんてもんじゃなかったよー。どう見たってプレイヤーなのに、なんかNPCだって事は理解できちゃうし、すごい混乱したもん」

 ちなみにNPCとプレイヤーキャラクターを視覚的に見分ける方法は無い。

 アトラスでは旧来のMMORPGとは違って、キャラクターの頭上に名前などを表示する手法は取られていないので、見た目では判断のしようが無いのだが、感覚的に相手がNPCであるか否かは理解できる。

 これはアダルトコンテンツに対する規制とシステム的には同じものだ。

 例を挙げると、女性の裸を未成年の俺が見てしまうと、規制処理によって、女性の裸を見てしまったという記憶は残るが、「見た映像」は記憶に残らない。

 これとは逆に、NPCフラグを持つキャラクターに接すると「相手はNPCだ」という意識を刷り込まれる。

 これは、言ってしまえば「記憶の改ざん」というなかなか恐ろしい現象だったりするのだが、悪用出来る程の大規模な改ざんは不可能だそうである。

「なんてったって『もう一つの現実』だからな。懲りすぎだとは思うが」

「まぁあの見た目で同じセリフを延々繰り返されるよりはいいけどね」


 道中すれ違うプレイヤーは皆一人身で、俺達のように連れ立って歩いている者は他にいない。

 おまけにメリルは前線基地では珍しいライカンのプレイヤーとあって、他のプレイヤーとすれ違うたびに物珍しげな視線を向けられていた。

 特に人目を憚る必要もないのだが、無駄に注目を集める意味も無いので、目立たない程度に抑えて会話をしながら歩く。

 やがて正面に、前線基地のシンボル、四神像の噴水が見えきた。

 アーカス前線基地の中心に位置する四神像の噴水から東に向かえば、武器屋や道具屋が並ぶ商業区だ。

「あれ?」

「ん?」

 後ろを振り向くと、東に足を向けた俺とは逆、西に行こうとしているメリルと目が合う。

「ソウルジェム換金しないの?」

「いや、換金するんだろ?」

「え、冒険者ギルドで換金するんじゃないの?」

「冒険者ギルド?俺は道具屋に行くつもりだったんだが」

「換金する前に?」

「いや換金しに……待て待て落ち着け。噛み合って無いぞ。一度整理しよう」

「あ、うん」

 なぜかお互い姿勢を正してしまう。

「えーと、俺は道具屋に売りに行こうと思ってたんだが、冒険者ギルドでも換金できるのか?」

「うん、買い取ってくれるよ。買取価格は品質によって上下するからわかんないけど。それに今は【ソウルジェム収集】ってギルドクエストがあるから、それもついでにこなせば報酬も出るし」

「報酬は幾らだ?」

「確か五十個で5s、百個で15s」

「……買取とは別でそれだけの報酬が出るとは、随分と破格だな」

「なんでも急ぎで大量に買い集めてる貴族の依頼だとかで、お金に物言わせてるんだって。規定数に達したら締め切りみたい。規定数は書いてなかったからわかんないけど」

「メリル、ソウルジェム何個ある?」

「五十七個。ガイは?」

「俺は五十一個だ。二人分合わせて百個の報酬貰った方が得だな」

「だね。道具屋は幾らで買い取ってくれるの?」

 確かマールに配達した時は、ソウルジェム数個と薬草、妙な小瓶合わせて40cだったはずだ。

「単価はわからないけど、百個の報酬を蹴る程ではないのは確実だな」

「じゃ、冒険者ギルドで纏め売りでOK?」

「そうだな。規定数があるなら急いだ方がいい。先に渡しておくから換金は任せた」

 ソウルジェムをトレードウインドウを使ってメリルに渡す。

 数が多いアイテムはミスティックキューブから取り出して手渡すより、こちらのほうが手っ取り早いのだ。

「いいけど……あんたちょっと私の事信用し過ぎなんじゃない?さっき会ったばっかなんだよ?」

「ネトゲで鍛えた俺の人を見る目をあまりなめないほうがいい。それともなんだ、持ち逃げでもする気なのか?」

「するわけないでしょ。安易にトレードするから何も考えてない馬鹿なのかと思っただけよ」

 ぷいとそっぽを向いて歩き出すメリル。

 言われてみれば確かに会ったばかりだというのに馴れ馴れしくし過ぎたかもしれない。

 しかし、メトゲをやっていると、稀に会ってすぐに軽口を叩ける程気の合うプレイヤーと出会う事がある。

 メリルのような気安い仲間というのはどんなレアアイテムよりも得難いものだ。

 それに、昨日まで固定パーティーを組んでいた仲間が突然ログインしなくなるのもネトゲでは良くある話だ。

 出会ってから数時間しか経っていないからと必要以上に他人行儀にしていては、仲間など出来ようはずも無い。

「ちょっと、何やってんの?置いてくよ?」

「ん、ああ、すいません先輩今行きます」

「また蹴られたいの?」

 メリルのローキックを警戒しながら、冒険者ギルドへと向かう。


 換金のために冒険者ギルドに入って行ったメリルは、数分で戻ってきた。

「報酬が15sで、ソウルジェムの買取額が8s45c。割り勘でいいよね」

「結構な額だな。……大した差じゃないが、こっちが12sでいいのか?ソウルジェムはメリルのほうが多かったのに」

「50cぽっちで揉めるのも馬鹿らしいでしょ。そもそもガイがいなかったら稼ぐどころかキャラロストだったし」

「ま、そういう事ならありがたく頂いとくか」

 一気に暖かくなった懐だが、装備を整え、ポーションを買い、SAを習得したら、これもすぐに底を着きそうだ。

「さてと、私防具買いに行くけど、ガイはどうする?」

「俺も盾を買わないとな。もっとダメージ減少率の高い奴が欲しい」

「じゃ、まず商業区ね」

 再び中央区を抜けて商業区へ。


 商業区の中でも立地に恵まれた店、エドワードの武具商店に入ると、主人のエドワードに営業スマイルで出迎えられた。

「これはガイアス殿にメリル殿。いらっしゃいませ、今日は何をお探しですかな」

「ダメージ減少率の高い盾はあるか?予算は2sだが、物によってはそれ以上でもいい」

「私は防具一式。ガイの着てる奴なんか頑丈そうだよね。同じのある?」

 俺とメリルの注文を聞いたエドワードは、考え込むように目を閉じて何度か頷く。

「そうですなぁ……減少率の高い盾は大型で分厚い鉄製の物ばかりですから、ガイアス殿にはまだ扱いにくいのでは無いでしょうか?こちらの取り回し易いカイトシールドなどいかがでしょう?」

 ショップウインドウに表示されたのは凧のような逆三角形の盾。

 今の鉄板に取っ手を付けただけの鍋蓋盾よりは立派な造りだが、ダメージ減少効果に関しては大差無いように思える。

「大型の盾だと何か問題があるのか?」

「申し上げにくいのですが、大型の盾を扱うにはいささか腕力と体力が不足しておられるかと。片手で正面に構えるだけでもかなりの力を要しますから」

「そうか。じゃあこの盾をもらおう。この盾は買い取れるか?値がつかないなら処分してくれ」

「これはまた……使い込みましたな。溶かしてインゴットにするしかありませんか。5cでよければ買い取らせて頂きますよ」

「それで頼む」

 ウインドウを操作してカイトシールドを購入し、早速装備する。

「なるほど、扱い易いな」

「気に入って頂けましたかな。さて、メリル殿は鎧一式でしたな。鋲革鎧は在庫がございますが、メリル殿には不向きかと」

「そうなの?頑丈そうだし、動き易そうだけど」

 俺の鋲皮鎧を突付きながら首を傾げるメリル。

「確かに頑丈でございますし、革鎧ですので動き易くもあるのですが、全体に鋲を打って補強しているので重量がかなりのものでして。回避と防御性の兼ね合いという面ではお勧めしかねます」

「重いのかあ。私ガイより体力無いし、回避が犠牲になるのは困るかな。他には何か無い?」

「申し訳ありませんが、当店は武器と金属鎧が専門な物で、扱っている最も軽い鎧が鋲革鎧なのです」

「じゃあ結局我慢して鋲革鎧着るしかないってこと?」

「商業区の外れに同郷の者がやっている裁縫店がございます。そちらでしたらご満足頂ける品物をご用意できるかと」

「他所の店を紹介するとは意外だな。適当な事言って鋲革鎧売りつければいいのに」

 からかうように言うと、エドワードは笑う。

「ははは、ここで2s稼ぐより心証を良くして今後より高い物を買って頂いたほうが儲かりますからな」

「ありがとうエドワードさん。で、そのお店ってどこ?」

「実は最近店を開いたばかりでしてな。入り組んだ場所にあって少々判り難いのですが……」

 エドワードの説明した道順を頭の中で思い描く。

 うん、普通にわかりにくい。

「ガイ、わかった?私無理……道覚えるとか苦手……」

 いかにも混乱していますといった表情で呟くメリル。

「まぁ、一応はな……マップ機能が無いのが辛いとこだな」

 アトラスにはシステム的なマップ機能が存在しない。

 代わりと言っていいのかわからないが、マップを作成するスキルがある。

 マップが欲しければ道具屋などで地図を買うか、自分でマッピングしなければならない。

「店名はブティック『ラウフニー』でございます……ちなみに店主は私の昔馴染みなのですが、気の弱い男でして……押しに弱いのです」

 エドワードは悪そうな笑みを浮かべる。

「なるほど……『押しに弱い』ね」

「腕は確かですし人は良いのですが、商売には向かない男ですな」

「何?どういう意味?」

 良く分かっていないメリルを連れてエドワードの店を後にする。


 何度か道を間違えた末に見つけたブティック『ラウフニー』は、裏通りの片隅のこじんまりとした店だった。

「なんか流行らなそーなお店だね。大丈夫かな」

「まぁとりあえず入ってみるか」

 店内に入ると、真新しい布特有のにおいが鼻を掠める。

 狭い店内を仄かに照らす光量を落とした照明が心地よい、雰囲気の良い店だった。

「おー、洋服がいっぱーい」

 メリルは狭い店内に所狭しと並べられた服に目を輝かせる。

「いかに凶暴とは言えメリルも女の子の端くれという事か」

「喧嘩売ってんのか」

 つい心の声が漏れてしまった。

 メリルの爪先が脹脛に突き刺さる。

「いらっしゃいませ、何かお探しでしょうか」

 ドアベルで来客を察したのか、作業場になっているらしい店の奥から店主が現れた。

 俺達の胸あたりまでしかない身長、ずんぐりむっくりとした体型、顔を覆う立派な髭。

 ドワーフだ。

 ラウフニーと名乗ったドワーフは、落ち着きなく三つ編みを施した髭に手を這わせている。

「えっと、エドワードさんにここを紹介されて。動きやすくて頑丈な防具が欲しいんですけど、ありますか?」

「おお、エドワードがここを?ありがたい事です。さて、防具ですか。うちに来たと言う事は動き易さ重視ですかな」

「ええ、そうですね。動きやすくて軽くて、それでいて防御もあって……あと出来れば可愛い見た目のがいいなーなんて」

「どんな神装備だよ」

 注文の多いメリルに呆れていると、ラウフニーはドワーフらしい豪快な笑い声を上げた。

「ガハハハ!女性は欲張りな方が可愛らしい物ですよ。ですがご満足頂ける防具があるかどうか……これなどはいかがですかな」

 ラウフニーは壁際のマネキンを指し示す。

「上はクロースアーマーと言いまして、厚手の布で仕立ててあります。中に革板で補強が入っておりますので防御にも優れておりますよ」

「へぇー、白地に青の刺繍が素敵ですね」

「そちらは魔術都市エルクリプスの上流階級に好まれている意匠でして、特に女性の方には好評頂いております」

「こっちのもかわいー」

「お目が高いですな、それはランドール地方の民族衣装を模した物で……」

 俺は店の隅に置かれた一人掛けのソファーに座って「母さんと妹と買い物に行くとこんな感じだなぁ」などと呟きながら、あれでもないこれでもないと店中の品物をとっかえひっかえ品定めする二人を眺めていた。


「ねえガイ、こんな感じでどうかな?」

 ひたすら試着を繰り返していたメリルは、最終的に白地に青い刺繍のクロースアーマーと、クロースアーマーと同じデザインのゆったりしたズボン、白地に金の装飾が施された薄手のコートというコーディネートで落ち着いたようだ。

 コートは裾が脹脛辺りまであり、ひらひらしたデザインで動きにくそうである。

 白地というのも無意味に目立つし、刺繍は一体防具として何の意味があるというのか。

「いいんじゃないか。似合ってると思うよ」

 口を突いて出そうなネガティブな意見を押し殺し、当たり障りの無い賛辞を述べておく。

「やっぱりぃー?はははまいったなー惚れんなよー!あ、これでお会計お願いしまーす」

 メリルは意味の判らない事をほざきながら俺の肩をばんばん叩くと、店主とカウンターに向かう。

 まぁ嬉しそうで何よりだ。束の間の幸福をとくと味わうがいい。

 俺は側に置かれた服から顔を覗かせている値札を眺めながらほくそえむ。

 カウンターからメリルの悲鳴が聞こえて来たのは、それから程なくしての事だった。


「うう……15sって……高すぎるでしょ……」

 提示された価格は、クロースメイルとズボンがそれぞれ4s、コートが7s、しめて15sだった。

 どうやらこの店はなかなかの高級店だったらしい。

 メリルの所持金は12sと少しなので、当然買える訳がない。

「はぁ、ですが生地も上等な物を使っておりますし、刺繍にも手間がかかっておりますからな。どの店でもこれ位の価格にはどうしてもなってしまうかと」

 カウンターで苦悶の表情を浮かべながらお気に入りの白装束を握り締めるメリルに、ラウフニーは困ったような表情でおろおろしている。

「諦める……?いや、今更他の装備なんて……でも、お金がっ……!」

 今にもざわ…ざわ…と聞こえてきそうな雰囲気で葛藤しているメリル。

 仕方ない、手伝ってやるか。

「15sですか。素人目にも上等な仕立てだとは思いましたが、流石にお高いですね」

「ガイ……あの、申し訳無いんだけど、お金を……」

 縋る様な視線を向けてくるメリルを手で制し、うなずく。

 まかせておけ、と。

「エドワード殿の言っていた通りですね。これなら商業都市一の裁縫職人というのも頷けます」

「なんと?エドワードめ、そのような事を……?」

「ええ、彼と同郷である事を誇りに思うと」

「エ、エドワード……」

 感動したように肩を震わせるラウフニー。

 何言ってんだコイツと言わんばかりの視線を向けてくるメリル。

「彼はこうも言っていましたね。金の事しか考えていない商都の商人達とは違って、ラウフニーは自らの商品、いや作品に誇りを持ち、真に自らの作品の価値を理解してくれる相手以外には、どれだけ金を詰まれようが断固として断る職人気質な男だと」

「そ、そんな、人違いでは?私はとてもそのような……お恥ずかしい……」

 しきりに髭をなでつけるラウフニー。

 後一押しか。

「貴方程の方がなぜこのような寂れた場所に店を構えているのか、ようやく理解できましたよ。ただ目に付いただけという理由で立ち入る客など端から相手にしていない。貴方こそ真の商人であり職人だ」

「そそそそんな大それた理由など……ただ商業区には既にここしか空きが無く……」

 ぶんぶんと手を振るラウフニー。

 そろそろいけるか。

 俺はおもむろに寂しげな表情を作り俯く。

「私のような者ですら貴方の作品の素晴らしさを感じる事が出来るのですから、あれほどまでに思い悩んだ末にこれらを選んだ彼女の心情たるや……」

 口をあんぐりと開けてこちらを見上げていたメリルにお前も演技しろとアイコンタクトを送る。

 メリルは察したのか、再びうつむいてうんうん唸り出した。

 芝居が下手な奴だ。

「む……そうですな。私としても心苦しく思います。ですが……」

 そんなメリルを見てラウフニーは思案するように腕を組み目を瞑る。

「彼女は既に貴方の作品に心奪われている……しかしお金が足りない……」

 心奪われている、を強調すると、ラウフニーの眉がぴくりと跳ねる。

 髭の上からでも満更でもない笑みを浮かべているのがわかる。

「どうでしょう……彼女は全財産を投げ打ってでもこの作品が、貴方の作った芸術品の如き作品が!欲しいと言っています。僅かでも折れて頂けませんか」

「む、むむ……そこまで言われては仕方ありませんな、では13s」

「10s」

「じゅ、10s!?それはいくらなんでも……」

「10s」

「な、な……」

「それが彼女の全財産なのです。無理は承知ではありますが、どうか一つ」

「じゅ、じゅうに」

「10s。貴方の男気に免じてどうか」

「ええい、11s!これ以上は無理です!」

「10s。我々を助けると思って!」

「う、ううう、うう……」

 青ざめた顔で震えるラウフニーは、観念したように肩を落とす。

「わかりました……」

 ふん、ちょろいな。

 ラウフニーの消え入るような呟きが、俺の勝利を告げる。

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