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第九話

 木陰で水を飲み、包帯と軟膏と治癒の丸薬を使用する。

 応急薬セットは単体では微々たる回復効果しかないが、併用する事で治癒効果は何倍にも跳ね上がる。

 即効性は無いし、元の回復量が低いので結局は大した事はないのだが、下級ポーションと比べればコストパフォーマンスは段違いだそうだ。

「しかし、考えてみればアトラスで受けた初めてのダメージか。そう考えると、感慨深い物があるな」

 盾でガードしたため、直撃こそ受けていないが、現在の盾スキル値ではダメージを完全に軽減する事は出来ない。

 痛みこそ無かったが、身体の芯を思い切り叩かれたような衝撃はかなりの物だった。

「しっかり盾でガードしてたってのに三割近く減ってるし、直撃食らってたあの子大丈夫かな」

 包帯と軟膏くらいは持っているだろうが、助けに入っておきながら安否を確認せずさようなら、というのはあまりいい気分ではない。

 未だライフとスタミナは完全に回復してはいないが、万が一あの少女が一刻を争う状況になっていたらと思うと落ち着いて座ってはいられなかった。

 受けたダメージのせいか、倦怠感に包まれた身体を引きずり林に分け入る。


「お、いた」

「あ、さっきの……」

 猫耳少女は茂みの陰で蹲っていた。

 改めて近くで見ると、幼い顔立ちの少女だ。うちの妹と同年代くらいだろうか。

 辛そうにしてはいるが、然程逼迫した雰囲気は感じられない。

「思いっきり食らってたけど大丈夫?」

「うん、一発でライフバーが三割以下になっちゃったけど、なんとか」

 どうやらあの絡み付いた泥水には動きを鈍らせる以上の効果は無かったようだ。

 もし毒でもあったら、あの状態ではわずかな継続ダメージでも脅威だっただろう。

「包帯とか使った?軟膏と治癒の丸薬もあるなら一緒に使うといいよ。知ってたら余計なお世話だけど」

 包帯や軟膏などという名前ではあるが、実際に包帯を巻いたり軟膏を塗ったりする必要はない。

 使用すれば一定時間後に効果が発動する消費アイテムだ。

 なので一見しただけでは包帯や軟膏を使っているのかわからない。

「包帯と軟膏は使ったけど、丸薬ってのは持って無いかな」

 ミスティックキューブに触れて丸薬を取り出し、少女に差し出す。

「包帯と軟膏だけじゃ気休め程度にしかならないよ。丸薬も飲めば大分違う」

「そんな、助けてもらっただけで十分だし、悪いよ」

 丸薬の一個くらい大した値段ではないので遠慮されても困るのだが。

 まぁまぁそう言わずにと無理矢理押し付ける。

「……頂きます」

 彼女が丸薬を使用すると、音も無く丸薬は光の粒となり消えていった。

「わ……ほんとだ全然違う」

 左上に視線をやりながら目を丸くする。

 やっぱステータスバーは左上だよな。


 少女はこちらをちらちら見ながらもじもじしていたが、やがて意を決したように口を開いた。

「助けてくれてありがとう……えっと、私メリルっていうの。あなたは?」

「ガイアスだ。困ったときはお互い様がネトゲだろ。特にここじゃ一度死んだらリスポンしてもう一度ってわけにはいかないんだし」

「ガイ、ね。本当にありがとう。……ごめんね、私のせいで危ない目に遭わせちゃって」

 どうやらあの場を俺に任せて逃げ出したのを気にしているらしい。

「助けられると思ったから助けに入ったんだ。乱入してきたのがドラゴンだったら逃げてたよ」

 突拍子も無い俺の例えにメリルは噴出す。

「ドラゴンて、飛躍しすぎでしょ」

「いや、あれは相当おっかないぞ。突然目の前に沸いた時は正直泣きそうだった」

「何それ、アトラスの話?ドラゴンに遭ったの?どこで?」

「基地の南の草原にフリッグっているだろ。あれを捕まえにたまに来るみたいだ。やけに食いつくな」

 突然目を輝かせて身を乗り出すメリルに思わず後退さる。

「だってドラゴンでしょ?そりゃ見たいよ。基地の南かあ。見張ってれば会えるかな?」

 メリルは先程の沈みようが嘘のように、勢い良くまくしたてる。

「……ちょっと心配したけど、大丈夫みたいだな」

 俺の言葉の意味を理解したのか、微かに俯くメリル。


 年々リアリティを増す昨今のVRゲームには、リアルすぎるが故の弊害がある。

 RPGでモンスターに敗れる、レースゲームで事故を起こす、アクションゲームで高い所から落下する。

 仮想空間の身体がどんな状況に陥ろうと、現実の身体には何の問題もない。

 しかしそれらを操るプレイヤーの精神は仮想の物ではない。

 犬型モンスターに殺されて以来犬が怖くて仕方ない、クラッシュして以来車の運転が出来ない、突然高所恐怖症になった。

 VRゲームの体験が原因で大小何らかの心的外傷を負うプレイヤーは少なからずいる。

 アトラス程のリアリティであれば、痛みは無くとも恐怖に縛られ再び戦う事が出来なくなった、などと言うケースがあってもおかしくはない。


 しかし、再び顔を上げた彼女の顔に恐怖はない。

「そりゃ、怖いよ。またあんなふうに不意打ち食らうかもって思うと嫌んなるけど、やられっぱなしは嫌じゃん」

 メリルは勢い良く立ち上がり、右拳を左掌に撃ち付ける。

「私、殴られたら殴り返さないと気が済まないタイプなんだよね」

 そう言って笑う彼女の笑顔にどこか凶暴な物を感じるのは、口から覗く鋭い犬歯のせいか。


 ただの目立ちたがりだと思ったが、なかなかどうして、どうしようもない戦闘狂ではないか。

 スライム相手の動きはなかなかの物だったし、不意打ちさえされなければマッドスピリットの相手も問題無くこなせていただろう。

 一期一会で終わらせるには惜しい逸材である。

 何より、こういうどうしようもない奴とは馬が合いそうだ。


「なぁメリル。それならマッドスピリットに一発かましに行かないか」

 実はスライム二匹を休憩無しで狩れるようになった頃から、スキル上げの効率は落ちていた。

 チャレンジ精神から、無休憩で三匹狩りを目標にしてはいたが、効率を考えるならば、そろそろスライムより格上の敵を相手にする必要があった。

 あの不意打ちさえ無ければ、マッドスピリットはスキル上げに丁度良い相手と言える。

「そりゃ目の前にいれば言われなくてもぶんなぐってるけど、あいつもうどこかいっちゃったよ」

 木立の隙間から見える沼地には、スライムが這い回るばかりで、あの泥人形は見当たらない。

「確証は無いが、心当たりがある。ただその前にちょっとした実験に付き合ってくれないか」

「実験?何の?」

「上手くいけばさっきみたいな事故で死ぬ可能性を大きく減らせる」

「……それは興味深い話ね」

「まぁやりながら説明するよ。着いて来てくれ」


 俺はメリルを連れて沼地の更に奥、完全に人気の無い場所まで移動する。

「ちょっと、こんな人気の無い場所で何やるっていうの?」

「勘違いすんな。俺にそんな度胸はない」

 年下には興味無いしな。

 ジト目で後退さるメリルを適当にあしらう。

「ただ、これからやる事を他人にはあまり見られたくはないだけだ。有利な情報は隠しておくに限る」

「私はいいんだ?」

「メリルがいなきゃ意味がないからな」

「……ふーん」

 ぱちゃぱちゃと爪先で水面をいじるメリル。

 俺は盾と剣を構えるて沼地の外周付近で群れていたスライムに歩み寄る。

「これから俺がこのスライムを攻撃する」

 目の前の一匹をブロードソードの刃先で指し示す。

「メリルは近くで……そうだな、出来れば一メートル以内がいいな。それを見ててくれ。手は出さなくていい」

「このへんでいいの?」

「ああ、十分だ。一応言っとくけど、攻撃が当たりそうになったら普通に避けてくれ。いくぞ」

 ブロードソードがスライムを刺し貫く。

 痛みから逃れようとするかのように、激しく蠢くスライムから距離を取る。

「ステータスが下がってるような感覚はあるか?」

「特に無いかな。【システムブック】……ステの数字も変わってない」

「そうか。こっちも特に変化無し。じゃあ次だ。今俺が攻撃した奴を殴ってみてくれ」

「ラジャ」

 ガボンと音を立てて鉄甲に包まれた拳が泥水に突き込まれる。

「おっ……と、きたな」

 身体を覆う倦怠感。共闘ペナルティだ。

「うわ、なにこれきもちわるっ」

 先程俺がメリルを助けた時に、彼女も共闘ペナルティを経験しているはずだが、あの時はそれ以上に大ダメージを受けた衝撃が強かったせいで気付かなかったのだろう。

 突然言うことを聞かなくなった身体に不快感を露にする。

「一回下がってタゲを切るぞ」


 スライム達が追跡を諦めるまで引き離し、木陰に腰を下ろす。

「ここまでは予想通り。次が本番だ」

「ねえ、ひょっとして共闘ペナルティ無しでペアする方法探してるわけ?」

 水を口に含む俺に向けられるのは呆れたような表情。

「まぁな。もし成功したらかなり有利になる。闇の民選ぶような奴らは端からソロしか考えてないだろうからな」

「そりゃそうだけど……無理でしょ。何のための共闘ペナルティよ」

「駄目なら諦めるさ。諦めるためにも実験はしておきたかった」

「ま、いいけどね。助けて貰ったんだからお付き合いしますよ」

 未だ呆れ顔のメリルを連れて、再び沼地へ。


 結果の公平性を期すため、先程とは違う群れを相手に選ぶ。

「次は俺がこいつを攻撃する。その後で、メリルはこっちの奴を攻撃してくれ」

 足元で蠢く三匹のスライムの内二匹をそれぞれ剣で指し示す。

「いいけど……ガイが攻撃した時点でこいつらもリンクするんじゃないの?」

「そうだな。そいつを叩いたらどうなるか、その結果が知りたいんだ」

「ペナルティ食らうに10c」

「賭けにならないじゃないか」

「あんたは食らわないほうに賭けなさいよ!」

「まぁやればわかる。いくぞ」

 ブロードソードがスライムを貫く。

 一拍置いてから、メリルが別のスライムに殴りかかる。

「って、あ、あれ?」

 しかし、身体に纏わり付く倦怠感は無い。

 バックステップでスライムから距離を取る。

「【システムブック】」

 ステータスページとスキルリストを確認しても数値的なペナルティは確認出来ない。

「なんで?どゆこと?」

 側に駆け寄ってきたメリルはしきりに首をかしげている。

「実験は終わりだ。引くぞ」

 納得行かないという表情のメリルを引きずって林に逃げ込む。


「俺は賭けてないから、賭けは無効でいいぞ」

 メリルの負けん気を煽ってやると、憮然とした表情で10cを俺の掌に叩きつけるように押し付けてきた。

「いいって言ってるのに」

 そう言いつつもミスティックキューブに10cを収める。

「で、どういう事?なんで共闘ペナルティが発生しなかったわけ?」

 メリルは腕を組んで早く説明しろオーラを放つ。

「恐らくプレイヤーとモンスター、双方に戦闘フラグが立った状態で他プレイヤーが手を出すと、共闘ペナルティが発生する。多分な。」

「……リンクしモンスターにプレイヤーが手を出してなければ、リンクしただけのモンスターとは戦闘フラグは立たないって事?」

「確証は無かったけどな。お前を助けに入った時、最初にスライムを攻撃した時は共闘ペナルティは無かったが、マッドスピリットを攻撃したら共闘ペナルティを食らった。この違いはなんだろうと思ってな」

「ガイが攻撃したスライムはただリンクしてただけで、私が攻撃してない奴だったとしても、私はマッドスピリットにも攻撃してないよ」

「攻撃は受けただろ?ダメージやbuff、debuffの遣り取りがあるか無いか、といったほうがわかりやすいか」


 共闘ペナルティの仕様に関しては、穴は無い物かと最初から考えていた事だった。

 パーティーを組まなければ発生しないとすれば、システムとしてのパーティーを組まずに複数でボスに挑めばペナルティ無しで戦えてしまう事になる。

 かといって一定範囲内にプレイヤーがいるだけで発生していてはゲームにならない。

 共闘ペナルティが発生する何らかの要因が設定されているはずだ。

 その要因次第ではペナルティを回避する方法もあるだろうと思ったが、予想通りだったわけだ。

「んー、けどさ、言うほど意味あるのかな、これ。ペナルティが発生しないって言っても、限定的すぎない?特にボスみたいな強力な個体相手だったら意味ないじゃん」

「ボスはソロで倒すもんだろ。ボスを集団で倒して満足できる奴なら、闇の種族なんて選ばないだろ。これの利点はリンクする敵を相手にする際のリスクが減る事だよ」

「それだけでしょ?」

「それがでかい。スライムならリンクしても簡単に対処できるが、もっと素早い相手だったらどうする?同じように相手できるか?」

「他の狩り易い敵を狩ればいいじゃない」

「そうだな。誰だってそう考える。その結果リンクしない敵にプレイヤーが群がる事になる」

「……この方法ならみんなが敬遠して手付かずのリンクモンスターを狩れるってわけね」

「実際リンクしない敵なんてそう多くはないはずだ。予想でしか無いが、闇の民に安全に狩れる場所なんて物があるのかも疑問だ」

 このあたりのまともな狩場は、アクティブやリンクモンスターばかりでもなんら不思議ではない。

 恐らく、運営は闇の民のプレイヤー人口が増える事を望んでいない。

 設定的にも『種として強力であるが故に個体数が少なく、過去の大戦で劣勢に追い込まれた』のが闇神の末裔なのだ。

 メリットとデメリットのバランスを考えても、意図的にプレイヤー人口は少数に、かつ、逆境上等なやり込むプレイヤーだけが残るようにデザインされているのだろう。

「まぁ、事故死の危険を減らすだけならただ側で狩るのを意識すればいいだけなんだけどな。共闘ペナルティ無しでリンクモンスターを手分けして相手できるなら、安定して狩れる敵も増える。意味が無いって事はないさ」

「ふうん……で、まだ肝心な言葉を聞いて無いんですけど?」

「肝心な言葉?」

 これ以上何かあっただろうか。

「だからー、ガイは私にどうしてほしいわけ?」

「どうって、だから……あー」

 そういう事か。

 彼女持ちの友人などは女は面倒な生き物だなどと愚痴っていたが、その一端を垣間見た気がするぞ。

 咳払いをし、メリルに向き会う。

「えー、メリル、さん……改まって言うのも恥ずかしいな」

「ぶふっ、馬鹿じゃないの、なんかプロポーズでもするみたいじゃん」

「おい変な事言うなよ余計恥ずかしいだろ……まぁもしよければ、これからペア組んでやらないか?さっきみたいな事故も側に相方がいれば防ぎやすい。どうだ?」

「相方って芸人かよ。まぁ確かに、また不意打ち食らうのは御免だしね。OKよ。あ、友録していい?」

 友録とは、友達登録の略で、フレンドリストに相手を登録する事を意味する。

「そうだな、連絡もつけやすいし、しておくか」

「なにその、しょうがないからしてやるかみたいな反応。してくださいお願いしますでしょ?」

「してくださいおねがいしますぅ」

「ウゼッ」

 ローキックを食らう。腿に重い衝撃が走る。

「まぁさっさとすますか。【システムブック】」

 コミュニティページのフレンドリストを開き、右下の新規登録アイコンに触れると、右掌が仄かに発光する。

 この状態でフレンドリストに追加したい相手と握手をすれば登録は完了だ。

「ん、よろしく」

「コンゴトモヨロシク……」

「なんか仲魔を得た気分だわ。種族は魔獣ね」

 こんな古いネタを拾ってくれるなんて、俺の目に狂いは無かったようだな……。

 この世界で得た初めての仲間に、顔が綻ぶのを抑える事が出来なかった。

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