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私のパパは変な人

作者: 深水晶

 私のパパは変な人。

 朝から晩まで家にいて。

 書斎にこもって、うんうん言ってる。

 お仕事してるとこなんて見たことない。

 お酒が飲めなくて、甘いものが、小学三年生の私よりも大好きなの。

 だから、夕飯の代わりに、生クリームとチョコレートシロップがたっぷりかかったホットケーキを食べたりするの。

 珈琲には、必ず山盛りで、お砂糖五杯も入れるの。

 だからいつも、飲み終わった後のカップには、溶けかけの砂糖。

『このジャリジャリ感がたまらないんだ』

 なんて言って、お母さんと私の眉をひそめさせるの。

 私のパパはしようのない人。

 私と一緒に、映画を見て、私の涙腺がうるみだす前に、鼻水たらして号泣するの。

 おかげでいつも、私が『ほら、泣いちゃダメよ。鼻水拭いて』って、ティッシュとハンカチ差し出すの。

 恥ずかしいから、一緒に行きたくないって言うと、『ミチルちゃんはパパが嫌いなのかい?』って、本気で泣くの。

 しかたないから、慰めて『愛してるわ、パパ』って言ってあげると、私の手を取って、人目気にせずに踊り出したりするの。

 どうしてこんなに実の娘に気をつかわせてばかりいるのかしら。

 きっとパパは、精神年齢が子供なんだわ。

 見た目だけなら、理想のパパなのに。

 私は、パパがカッコイイと思えたことは一度もない。

 パパが頼りになると思えたことが一度もない。

 毎日毎日忙しくて、顔も見られなくて。

 休みの日にはだらしなくて、寝てばかりいて。

 子供とちっとも遊んでくれないパパだとしても。

 娘に世話ばかりかけるパパよりは、マシなんじゃないかと思う。



「それは、ミチルが贅沢よ」

 同じクラスの親友ユミちゃんは、そう言った。

「ミチルは、毎日パパに遊んで貰えて、しょっちゅう遊びに行ってるじゃない」

「でも、パパったら、私に面倒ばかりかけるのよ。だから、ちっとも楽しめない。私もユミちゃんみたいに、カレシ作ってデートしたいな。うらやましい」

「うらやましくなんかないわよ。小学生のおこづかいなんて、たかが知れてるもの。せいぜい互いの家に遊びに行ったり、コンビニ行ったり、近くの公園行くくらいが、せきのやまよ」

「でも、私も恋人欲しいよ。夜、電話して、おやすみ、とか言ってみたい」

「でも、ミチルは、好きな人いないでしょ?」

「だって、同級生って、うちのパパより、子供っぽいもの。あーあ、どこかにかっこよくて、優しくて、私だけ愛してくれて、大人な男の人、いないかな」

「えー? じゃ、佐藤先生は?」

「ダメだよ、佐藤先生は。右手だけど、指輪つけてた。あれ、ファッションじゃなくて、ペアっぽかった。たぶん隠してるけど、恋人いるよ」

「えー? そうなんだ。嫌よね、そういうの隠さないで欲しいわよね。期待する子いるじゃない」

「そう言えば、人気あるよね、佐藤先生。独身のカッコイイ先生少ないから。結婚してるけど、男前の長田先生と、人気二分してるよね」

「長田先生は、文句なしにカッコイイもん。だけど、佐藤先生は恋人いるの広まったら、人気転落すると思う」

「やっぱりそれはあるよね。佐藤先生、悪くはないけど、サービス悪いもん」

「そうよね。愛想笑いの一つくらいすれば良いのに。笑うだけなら、タダなのにね」

「話も授業もつまらないしね」

「うん、確かにあれは拷問。長田先生、授業上手くて良いって評判よ。長田先生の担当クラスになりたかった」

「仕方ないよ。クラス分けとか、担任とか、ほとんど運だもの。諦めるしかないよ」

「あーあ、密かに佐藤先生、いいなって思ってたのに」

「え? ユミちゃん、広瀬くんと付き合ってるじゃない」

「それとこれは別。このトシで一人にしぼるつもりないもの。私は、結婚相手は十分に吟味して決めたいのよね」

「ユミちゃんは、何歳くらいで、結婚したいと思う?」

「あたしは、そんなにあせってないから、三十歳を過ぎても、相手は選びたいわ。失敗したくないもの」

 ユミちゃんの家は、母子家庭。

 でも、もうすぐ再婚するらしいけど、ユミちゃんは、相手の人が気に入らないみたい。

「どうせするなら、やっぱり素敵な結婚生活がしたいわ。だから、絶対に妥協はしないの。家と車と男は、選ぶ時には、慎重にならなくちゃ」

「私は十六歳になったら、すぐにでもしたいなぁ」

「それじゃ高校行けないわよ」

「結婚しても、学校には行けそうなのに、どうしてダメなのかしら」

「決まってるよ」

 ユミちゃんはきっぱり言い切る。

「大人の都合よ」

 なるほど、と思った。

 大人って、ガンコで融通がきかない人が多い。

 少なくとも、小学三年生の女の子の話に、真面目に耳を傾けて聞いてくれる人は、少ない。

 だとしたら、私はやっぱり恵まれてるのかな。

 毎日働きに出ているママの代わりに、パパは一生懸命、真面目に、真剣に、私の話を聞いてくれる。

 だから私は、ママがそばにいてくれなくても、淋しくない。

 ただ、ママの帰宅が遅くなった時、夕飯だと言って、ホットケーキやマフィンやプリンなんかを大量に食べさせられるのは、本当にうんざりするけど。

 私がそんなに甘い物が好きじゃないのは、酒豪で辛党のママに似たのか、パパのせいなのか。

 たぶん両方だと思う。

 今の生活に不満はない。

 だけど、素敵な恋がしたいというのは、乙女の夢だよね。

 どこかにいないかな、私だけの王子さま。

 校内だけじゃ、一生かかっても出会えなさそう。

 だけど、全然知らない人に声をかけるのはこわいし。

 幼なじみのカッコイイお兄ちゃん、なんて人がいてくれたら嬉しいけど。

 現実には、そんな人なんて一人もいない。

「憧れでも何でも良いから、ときめく人に、会いたいな。そしたら、きっと世の中バラ色なのに」

「そうでもないわよ。楽しいばかりが、恋愛じゃないもの」

「そうなんだ?」

「男は基本的にみんな子供なのよね。ちっとも判ってないし、ワガママだし。時折うんざりするわ」

「そうなの? 仲良しに見えるのに」

「あたしが合わせてあげてるの。じゃなきゃ、すぐにでも別れてるわ」

「そっか。ユミちゃん、頑張ってるんだね。広瀬くんのこと本当に好きなのね。私、応援するよ」

「うん、ありがと。ミチル」



 私は初恋の経験がない。

 周りはみんな経験済みなのに。

 恋ってどんな感覚なのかな。

 別に付き合わなくて良いの。

 みんなが楽しそうに、恥ずかしそうに話す、その感覚が知りたいの。

 人気アイドルにも、俳優にも、ちっとも心ときめかないから。

 私、病気なのかな、と思ったり。

 ちょっぴり不安。

 こんな私でも、いつか素敵な恋ができるかな。

 だけどたぶんきっと、素敵な人に出会えたら、その瞬間に恋に落ちるの。

 その日が来るのを心待ちにしているの。

 ほぉ、とため息つくと、

「我が家の可愛いお姫様は、いったい何をお悩みかな?」

 とパパに話しかけられた。

「パパには関係ないもん」

 そう言うと、泣きそうな顔になる。

「ミチルちゃんは、パパが嫌いになったのかい?」

 パパの口癖と化した台詞。

「違うわよ。でもしばらく放っておいて」

「そんなこと言わないでよ、マイエンジェル。僕の心は潰れてしまうよ」

 パパをちらりと見たけど、まるきり平気そうだった。

「ユミちゃんと約束あるから、出かけて来るわ」

「車には気をつけるんだよ。あと知らない人についていっちゃダメだよ。生水はお腹を壊すといけないから飲まないように。お菓子には変な薬が入ってるかもしれないから、食べないように。それと……」

 パパがまだしつこく何か言ってたけど、無視して、玄関で靴をはいた。

「行ってきます」

 ドアにはきちんと鍵をかけた。

 自転車にまたがって、ユミちゃんとの待ち合わせ場所へ向かう。

 今日は、昨日オープンしたファンシーショップへ行く予定。

 オープニングセールで、全品二割引で、これまで市内で取扱なかったキャラクター商品も扱うらしいから。

 本当はママの許可がもらえたら、そろそろコスメ用品が欲しいのだけど。

 まだ早すぎるって、大反対。

 ママったら、私がまだ子供だと思ってるんだわ。

 確かに色気が足りないけど、お化粧すれば、カバーできると思うのに。

 ネイルに特に興味あるんだけど、ママはせめて小学校卒業してからにしなさいって言うの。

 しかも、学校にはしてっちゃダメって言うし。

 そしたら日祝日とか、夏休みとか、そういう時じゃないと、していけないよね。

 パパにママを説得してもらおうと思ったら、

『うちのお姫様は、何もしなくても可愛いよ』

 とか、全然頼りにならないし。

 そう考えていた時だった。

 家と家に挟まれた路地を走っていたら、後ろから車がゆっくり近付いて来る。

「ねぇ、そこのお嬢ちゃん」

 声をかけられ、振り向くと、そこには車に乗ってサングラスをかけた、見知らぬ若いお兄ちゃんがいた。

 黒いサングラスで、良く判らないけど、何となく優しげでかっこよく見えて、ドキリとする。

 外国の車なのか、運転席が左側。車の形もかっこよかった。

「はい、なんですか?」

「ちょっと道を教えて欲しいんだけど、良いかな」

 と白い歯を見せる。

「この辺りならなんとか判ると思います」

「じゃあ、こっち来て、地図を見てくれるかな」

 そう言われて、近付いて、車の中を覗きこんで、私は硬直した。

 ……え?

 お兄ちゃんは、白いコートを着ていた。

 上はきちんとしたシャツを着ていた。

 だけどその下は…………何もはいていなかった。

「きゃあああぁぁっ!!!!」

 悲鳴を上げた、その時だった。

「うちの可愛いお姫様に手を出す不貞の輩! 拙者が成敗してくれる!」

 そう叫んで、右手に何故か洗濯竿を握ったパパが、現れた。

「……え……?」

 パパは洗濯竿をまるで軽い物を扱うかのように一閃し、閉められかけた車の窓ガラスへ突き込んだ。

 見事に、相手の顎を直撃。

 物干し竿を投げ捨てると、窓の隙間から中に手を入れて、窓を全開にし、ドアのロックを外して、中にいる人を引きずり出して、

「天とお上が許しても、道理と我がゆるさぬ。貴様の不正、見届けたり! この上は、貴様の命にかわるその逸物、誓約がわりに貰い受ける!」

 何言ってるか、判らないよ、パパ。

 でも、安心したのと、嬉しいのとで、涙が込み上げ、その場にしゃがみ込んでしまう。

 パパが思いきり何かを踏みつける動作をすると、ものすごい叫び声が、辺りに響き渡る。

「うぎゃあああぁぁ〜〜〜っ!!!!」



「大丈夫? パパ」

 パパの顔には、ひっかき傷やすり傷がある。

 その後、暴走しかけたパパを、集まって来た近所の人や、警察の人が、取り押さえようとしたから。

 あの車に乗ってた人は、良く判らないけど、何かのゲンコーハンタイホで捕まったみたい。

「もう、パパったら、無茶しちゃダメよ」

「そんなことより、ミチルちゃんが無事で良かった」

 私は消毒を終えた傷に、絆創膏を貼りながら、尋ねる。

「ところでパパ、口調が何か、いつにも増して変だったよ」

 そう言うと、パパは軽くショックを受けた顔をしながら、ぼそぼそと、

「あれは今書いている小説の主人公の喋り方なんだ」

 と教えてくれる。

「そんなに変だったかな?」

 と、自信なさそうに、不安そうに、パパは言った。

「ううん。パパは私のヒーローよ。大好き、パパ」

 そう言うと、パパは明るい顔になった。

「本当かい! ミチルちゃん」

 でも、一つだけ気になる事があった。

「でも、どうしてあの時、そばにいたの?」

 偶然にしては、タイミング良すぎる。

 すると、パパはしどろもどろになった。

「……そ、それはその……っ」

「……言えないの?」

「あ、いえ、その……ね? パパはミチルちゃんが心配だから、ボディガード代わりに、後からこっそり、ほら、最近危ないから……」

「……いつもそうしてるの?」

「いや、いつもじゃなくて。原稿に詰まって書けない時とか、〆切ギリギリじゃない時とか……」

「どのくらいの頻度で?」

「えぇと、百回に九十八回くらいかな……?」

 私の肩は、フルフルと震えた。

「パパなんか大嫌い!」



 私のパパは変な人。

 年がら年中、書斎にこもって、何か呟いたり、うめいたりしながら、小説書いています。

 今度書くのは、おませで可愛い小学生の女の子ですって。

「だから、ミチルちゃんの丸一日つきっきりで取材させてよ!」

 下手なストーカーより、タチが悪いかもと、最近思います。

 でも、

「ママ、パパが変なこと言うの。助けて!」

 そう言うと、

「あぁっ、ミチルちゃん、ママにだけは言わないで!」

「全部聞こえてるのよ! この変態が!」

「へ、変態じゃないよ! 僕が一番愛してるのは、君だから!」

 そんな感じで、パパもママも、元気です。


The End.

 一部実話を元にしています。

(パパの甘党、小学生による「男は子供発言」など)


 子供との会話は、面白いと思います。

 ずれてるようで、たまに核心をついていたり、またそれでいて、知識不足で、何かちょっぴりおかしかったり。

 ませてる子供と話すと、言ってることのギャップその他に、つい笑ってしまいそうになります(怒られますが)。

 好評だったら、パターン変えて、シリーズ化します。

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― 新着の感想 ―
[一言] たいへん楽しく読ませていただきました。 ミチルちゃん かわいらしいですよね。女の子同士の会話の途中で「あれ?いくつだっけ?」と読み直しました(笑)大人かよ?(笑)みたいな会話しますよね(笑)…
2007/07/25 10:20 宮薗 きりと
[一言] 父親の子供っぽさがもう少し出せるといい(口調を変えるとかして)
[一言] パパのキャラが面白い。 話の進み方が分からなくて、最後まで楽しめました。 最近は連載ばっかり読んでたけど、たまにはこう言うのもいいかなぁ
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