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すーぱぁお父さん出動(4)

         (10)

 オンヤガゾストマカブルグトムブルグトラナムフタグルン……オンヤガゾストマカブルグトムブルグトラナムフタグルンオンヤガゾストマカブルグトムブルグトラナムフタグルン……


 濃い霧のような空間に、不気味な呪文が木霊する。それに応じて、空間は波打ち、霧は集まっては霧散し、不気味な象形文字で綴られた魔方陣の周りを渦巻いていた。

 オンヤガゾストマカブルグトムブルグトラナムフタグルン……呪文の詠唱が続くに従い、魔方陣の中央部に黒点が現れ、徐々にではあるが、それが広がりつつある。邪神『耶伽噌素斗』の出現が、もう間近に近づいているのである。


「見つけたぞ!」

 私は、左道と魔方陣の位置を探知するや、そのすぐ側へ転移していた。


「ついに来ましたか。貴方様のお手並み、得と拝見させていただきましたよ。やはり、恐るべき力量の人物だ。いや、もう人の領域を遥かに凌駕している。貴方様は既にこちら側(・・・・)のモノなのですよ」


「それがどうした。貴様、『清なる松戸』のその二つ名の意味を分かっているのか」

 私の発した強い言葉にも動ぜず、左道(さどう)暗黒丸(あんこくまる)は薄ら笑いさえ浮かべて、こう応えた。

「知っていますとも。誰も貴方様を汚すことが出来ない。傷つけることも出来ない。その『清らかさ』を奪えないと云うことでしょう」

 この男、どうしたのだ。左道家の将来の当主ともあろうものが、この程度の知識しか持ち合わせていないとは……。何かがおかしい。私は、彼にその続きを話して聞かせた。

「それは、表向きに知られていることだ。真の意味は別にある。……貴様も魔導師の家系に生まれたものならば、『松戸(・・)』と聞いて、真っ先に思い出すのは何だ!」

「なにっ! どういう意味です。松戸……松戸といえば。……ま、まさか。あ、あの『松戸家(・・・)』のことですか!」

「そうだ、私の真の役割は松戸家御当主様の護衛なのだ。『清らか』とは、御当主様の周りの異物を常に排除し、清浄な状態に維持することを意味する」

 これを聞いて、左道は額を押さえてよろめいた。

「ま、まさか……、あの松戸家の者とは。何故……何故、今まで思いつかなかったのだ」

「貴様、記憶を制御されているな」

 私がそう告げると、左道は唖然とした顔でこちらを向いた。

「まさか……そんな。僕が……、僕が、記憶制御させているなんて。……嘘だっ! これは貴方の出まかせに過ぎない」

「貴様が、そう思いたいのは仕方が無い。だが、それでは何故今まで、この何よりも一番大事なコトを忘れていた。何故、思いもつかなかった。その方が、有り得ないことだろう」

 私に言われるまでもなく、左道は、もはや動揺を隠し切れずにいた。

「そうだ、確かに有り得ない。……だが、僕は左道家の次代当主だぞ。それが、記憶を操作されているなんて……。どうしてなんだっ」

 青年はあからさまに動揺し、声を荒げていた。

「それは私にも分からない。だが、このチャンス、活かさせてもらうぞ」

 私はそう言うやいなや、内ポケットから万年筆状の棒を3本取り出した。そして、それを真ん中で折ると6本にした。


──五芒星魔法陣には、六芒星結界


 私は、6個の結界針を魔方陣に投げつけた。

「超次元流封殺法『六芒封結界陣』」

 投げられた結界針は五芒星魔方陣の周囲を囲むように突き刺さると、光だした。その光は結界針同士を結び光の陣を描き出した。瞬時に完成した二つの三角形が、五芒星魔方陣を覆い隠すように重なると、眩く輝き始めた。それと共に、魔方陣の中央に出来ている穴の広がりが止まる。即席の結界だが、左道を倒すには充分な時間を稼いでくれるだろう。


「し、しまった! これでは我が主が出てくる前に、主の結界コーティングのタイムリミットが尽きてしまう。……やってくれましたね」

 怨嗟を含んだ言葉が、端正な顔から漏れ出てきた。

「千載一遇のチャンスだったからな。後は貴様とこの結界空間を処分すれば、私の任務は完了する」


 私は、結界が魔方陣を押しとどめている時間を約5分と計算した。この時間内にに、左道を始末すればこちらの勝ちだ。未だ若く惜しい人材だが、世界の平和のために消えてくれ。


「も、もう、許しませんよ。今度は、私自らが相手だ。左道家の破壊滅法を受けてみよ!」

「望むところだ。松戸宗家を、悠久の五千年間を守護してきた秘術──超次元流で葬り去ってやる」

 私は彼と対峙すると、負けることの許されない闘いの体制に入った。



         (11)

 異空間の出入り口を広げようとする陣と、それを妨げようとする陣が、互いにせめぎ合っていた。

 もう時間がない。ここは先手必勝。

「行くぞ! 超次元流闘殺法、『雷鳴覇』」

 私の両の拳から、超高圧電流がほとばしり、青年に向かった。これに対する左道は、

「左道家破壊滅法、『暗黒封殺圏』」

 左道の交差した両腕から、暗黒の渦が滲み出ると、それはたちまちのうちに雷を吸い込んだ。のみならず、それは周囲の霧を、空間を、巻き込み吸い込みながら私に向かってきた。

「むう、貴様も重力を操れるのか。……ならば、超次元流『荷重力破砕弾』」

 私の右手に殴られた空間は瞬時に押し縮められてマイクロブラックホールを形成すると、左道の暗黒の渦に向かって突進して行った。

 両者の真ん中で、二つの暗黒の渦が、それぞれ互いを飲み込もうとせめぎ合っていた。

 少しでも気を抜くと、瞬時に相手に飲み込まれてしまうだろう、そんな状態に見えた。

「ふふふ、貴方の技は、僕の暗黒で全て吸い込んであげましょう」

「侮るなよ、左道。超次元流『雷竜覇』」

 私は、左手を開いて真横に伸ばすと、(いかづち)が竜の形を取って、波打ちながら側面から左道を襲った。

「バカなっ。マイクロブラックホールを維持しながら、電撃を使うとは」

「これで終わりだ!」

「なにを小癪な。出でよ『邪黒狼』」

 左道の影が伸びると、そこから五体の漆黒の狼が現れ、金色の竜を押しとどめた。

「やるな……」

「まだまだ負けませんよ」

 中央では重力波のせめぎあいが、傍らでは、影と雷が絡み合う一進一退を繰り広げていた。時間稼ぎに入られたら、勝ち目が無くなる。急がなくては……。



         (12)

 私と左道とは共に動けず、一進一退を繰り広げていた。このままでは、六芒封結界が破られ、邪神の出現を許してしまう。

「受けてみよ、超次元流の究極奥義を」

 私は、最後の勝負に出た。自ら重力のせめぎ合いの中心へ、と飛び込んだのだ。

「この期に及んで血迷ったか、松戸よ」

「ぬかせ。超次元流闘殺法究極奥義『超重力粉砕弾』!」

 私の拳が繰り出されるや否や、その場所に超重力の衝撃波が巻き起こった。その巨大な潮汐力は、せめぎあっているマイクロブラックホールをも瞬時に蒸発させるや、そのまま左道に突入して行った。

「まさか、こんな技まで使えるとは。防げ、左道家『虚無隔壁』」

 左道の前に、薄ぼんやりした壁が幾重にも張り巡らされた。それは、虚数空間で構成された壁であったろうか。だが、形成された超重力衝撃波は、それをも瞬時に砕き消滅させていった。

「おおおあああああ、砕け散れ。光となれ!」

 左道の空間障壁は微塵に砕け、彼の生命はもはや風前の灯火と化した。


──これで世界は救われる


 私がそう感じた刹那、突然、七彩の光が爆散するように我々の間に割り込んできた。一瞬、目がくらみ、技が途絶える。

 いったい何が起こったのだ?



         (13)

 光の輝きは、私と左道の間で無定形に様々な形を取っていたが、徐々にそれは人型に近づいていった。その上、嫌なことにその輝きの放つスペクトルパターンには覚えがあった。というより、見慣れたものだった。


「ハーイ、ダーリン。今日は出張なのね」


 光が収まった時、そこに現れたのは、白のブラウスと薄緑のカーディガンを着た女性だった。

「何でまた、よりによってこんな現場に、のこのこやってくるんだ……」

 私は、諦めともいえる気持ちで、光から生まれた彼女にそう言った。

「だって、あんまり暇だったから。そしたらさ、『ヨグ=ソトト』の気配がするじゃない。昔馴染みがこっちへ出てくるのは珍しいから、ちょっとお話しにきたの。……ああ、お家は大丈夫よ。あたしのドッペルゲンガーを置いて来たから」

 そうやって、にこやかに応える彼女こそ、私の妻にして松戸宗家の現当主──松戸アカシア(・・・・)だ。


「あらあら、こんな結界張っちゃって。これじゃ、折角ここまで来ても、彼、出て来れないじゃない」


 そう言うと、彼女は、私の作った六芒封結界を左手の一振りで、いとも簡単に消滅させた。そのまま五芒星魔方陣に歩みを進める。そして、いきなり中央の小さな穴に頭を突っ込んだのだ。

 一方の暗黒丸は、その最中、腰を抜かして座り込んだままだった。さっきまで自信に満ち溢れた彼が、恐怖の表情を浮かべ、悪戯を見咎められた幼子のようにカタカタと震えている。

 それも仕方のないことだ。彼は、妻の正体を知っているのだから。

 今も魔方陣の中央に頭を突っ込んでいる彼女を指して、

「あ、あれが……、そうなのか。……ア、アカシア(・・・・)の女王。全次元を統べる超絶対の管理者……」

 単に伝え聞いただけなのだろうが、妻の噂はこの業界に恐怖と畏怖の対象として流布されている。彼のような若造など、彼女の前では生まれたての赤子以前の存在だ。チリ、いやニュートリノのような極微小の素粒子にさえ満たない。そんな立場の彼が、ちゃんとした言葉を発せられるとは、驚嘆に値する。

 そんな時、急に妻が首を抜いてこう応えた。


「そんな言うほど大層なモンじゃないんだけどね。あたし自身は、アカシックレコードをホロメモリとして駆動する超次元演算知性体の人型端末にすぎないんだから」


「だが、アカシックレコードにAdminister権限でアクセスし、それ自由にを読み書きできる以上、彼女に逆らえるモノはただの一つも無い。全ての知識と全ての叡智を追求し続けた松戸一族の作り出した、最高最後の究極の超存在だなのだ」

 と、私は妻の言葉に訂正を加えた。

 そして、ふと左道が召喚しようとしていたモノの事を思い出した。

「そう言えば、『ヨグ=ソトト』はどうした?」

 私が訊くと、


「もう行っちゃったよ。あたしに会ったら急にかしこまっちゃってねぇ。……もう少し砕けたお話もしたかったんだけどな。……まぁ、あの人も歳が歳だからね。異質な次元を超えるのはしんどい(・・・・)みたいね。でも、左道家の末裔を見られたから、機嫌は良かったよ。そうそう、あんたに「よろしく」、って言ってたわよ」

 最後の「あんた」は、未だ真っ蒼な顔で震えている左道に向けた言葉だった。

「そ、そうですか。……そ、それはどうも、ご、ご丁寧に」

 彼もことここに至って、一回転して落ち着いたのだろうか。か細い声ではあったが、まともな言葉を返していた。


 さて、どうしたものか……。私は、上司への報告書をどう作ろうかと頭を悩ませていた。


「あれ、この子どこかで見覚えがあると思ったら、あーくんじゃないの? 未だあたしが人形だったときに、お祖父ちゃんに抱っこされてたでしょう」


 思っても見なかった妻の言葉は、左道から更なる言葉を引き出すことに成功した。

「ぼ、僕の事を……知っているんです、か?」


「お祖父ちゃん──漆黒斎(しっこくさい)さんは元気ぃ?」


「そ、祖父のことですか? えっと、あの、祖父は一昨年に、他界しました。『耶伽噌素斗』召喚の、ひ、悲願を果たせなかったこと、……ことが、心残りだったよう……です」


「そっか。でも大きくなったわねぇ。何年ぶりかしら。ちょっと、近くの茶店にでも行って、お話しましょうよ」


 そう言うと、妻は右手の指をパチンと鳴らした。たったそれだけで、この異空間は消滅し、我々三人は、駅の噴水の前に立っていた。

 私も左道も毒気を抜かれて、妻の言いなりである。出張も『耶伽噌素斗』封印も、もうどうでも良くなった気分だ。



         (14)

 近くの茶店に入るとすぐ、私は自宅に連絡を取った。こんなところから家まで、妻を一人で帰すような恐ろしいことが出来る訳がない。

 携帯で(あおい)三尉に迎えに来るように指示を出すと、妻の隣の席に座った。

輝久(てるひさ)くんに、迎えに来るようにと厳命しておいた。ちゃんとおとなしくして帰るんだぞ」


「ええ〜。折角だから二人でデートしようと思っていたのにぃ」

「私は今『出張中』ということになっているんだ。そんな無理は出来ない」

「なによ。まぁったく、色気も何もありゃしない。この朴念仁が」


「……仲、よろしいんですね、お二人とも」

 おっかなびっくりだが、暗黒丸が話しかけてきた。彼も、どんな話をすればいいのか悩んでいるのだろう。


 しばらく雑談めいたことをしていると、やっと葵三尉が到着した。

「遅れてすみません。お迎えにあがりました」

「すまないな、輝久くん。家まで着いててやってくれ」

「了解しました。しかし、ダミーを置いてくなんて、そんなの分かんないっすよ。もう、勘弁してください」

 葵三尉の情けない声が、店内に響いた。


「いいじゃない。あたしだって、散歩に行きたくなる時だってあるのよ」


「そう言ってくれれば、お供しますよ」

「あ〜、今回は着いて来れなくて正解だったな。輝久くんでは、2秒と耐たないところだったからね」

「そんなにヤバかったんですか。やっぱ、さすがは『清らかなる松戸』。パーフェクトソルジャーとしか言いようがないですね」

「そんな大袈裟なものではない。……それでは後を頼む。私は、これから会社(・・)に戻らねばならんからな」

「了解です」

 葵三尉は、直立不動の姿勢で敬礼をした。

 私は、そのまま3人を残すと、レジで会計を済ませた。念の為に、周囲の気配を探って問題の無いことを確認すると、車を預けてあるパーキングタワーへ向かった。



         (15)

 この一件から、しばらくは何も無かったの如く、平穏な毎日だった。

 と、そこへ一通の封書が届いた。差出人には『左道 暗黒丸』とあった。

 今更何だろうと開けてみると、中には手紙とロックコンサートのチケットが2枚同封されていた。


 あの一件から、左道は自分のロックバンドを組んでデビューしたらしい。

 悪魔チックなヘビメタバンドは、美形のボーカルの歌う呪術めいた曲が魅力的で、僅か数週間でチャートの上位にランクされたそうだ。

 手紙には「今度ライブをやるので見に来て欲しい」と書いてあった。


「父さん、この人達ってすごい有名なバンドなんでしょ。そんな人達と知り合いなんだね。さすが、父さんだよ」

 息子はそう言って、「すごい、すごい」を連発していた。


「また、あいつにつき合わされるのか……」


 私の口からは溜息しか出なかったが、妻は私に、


「じゃぁ、二人で行きましょうよ」


 と、前回デート出来なかった分を埋め合わせさせる魂胆らしい。


 何にしても、平和が一番。



     (了)



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