すーぱぁお父さん出動(3)
(7)
アルファは矛を左斜め前、やや下向きに構えている。対する私はといえば、両手を自然に垂らしたまま。宝剣を左手にしてはいるものの、一見、無防備な自然体である。
「お手やわらかに頼むよ」
「そのお言葉、そっくりそのままお返しします」
アルファの顔から笑みが消え、能面のようになる。それと同時に、猛烈な殺気が吹きつけてきた。こいつ、本気で殺す気でいるな。
常人であれば、それだけでショック死してしまいそうな殺気の中に、私は平然と立っていた。彼の殺気は、私に触れることもできずに、周囲を避けるように廻り、霧散するだけだった。
だがどうだろう、我々をとり巻く異空間は殺気を怖れるかのように、ざわつき、うねくり、身をよじらせていた。忘れてはならない。結界内のこの空間は、精神の力で、その性質を大きく変えるのだ。
「はっ」
かすかな吐息と共に、アルファが地を蹴った。真正面に矛を突き出し、一直線に突進する猛烈な突き。単調な一発の突きに見えるそれが、実は何百発もの連続突きの集合であることを、私は看破していた。連突きは、矛のみならず周囲の空間をも巻きこみ、超高速で振動する巨大な刃と化している。その前では触れただけで──いや、すぐ傍をかすめただけですら、あらゆるものが分子振動を励起されて分解されてしまうだろう。
──避けられるか?
──否!
私は、自身の身体が重くネバつく空間に捕えられていることに気がついていた。周囲の殺気──空間そのものが私を押さえつけているのだ。同時に、重力が強力に私の手足の自由を奪う。
元よりここは、異空間の特性を帯びた結界の中。しかも、それを生成しているのが敵方なのだ。アルファはああは言ったが、自分以外の全てのモノが敵に加勢する。
「それも、ちょうどいいハンデか」
彼らに私の呟きが聞こえたのかどうか……。
彗星の如き超高速の連突きが、成す術もない私を貫いてアルファの身体ごと突き抜けて行ったのは、ほんの一瞬後の出来事だった。
「……さすがです。この技が破られたのは、貴方で二人目です」
そう言うアルファの顔には感嘆の表情が刻まれていた。
「お誉めに預り、高栄至極だよ」
先程と変わらずにその場に立ち尽くしたままの私は応えた。
あの僅かな一瞬の間だけ、私は自分を限りなく無に近づけた。この空間では、精神の力でもって自己の存在を維持しなければならない。ならば、逆を行なえば……。自分の存在は空気の如く薄くなり、霧散してしまうだろう。問題は、アルファが通りすぎた後、自己の復元が可能かどうかだ。……結果からするとそれは可能だったようだが、一歩間違えば、そのまま消えてなくなってしまうところである。私でなければ、復元は不可能だったに違いない。
「もちろん、もう一人は、我々の主人ですが」
こう答えるオメガは、既にヘラの鞭刃を手にして元の場所に立っていた。結果的に、私は彼等に挟み撃ちにされた形になってしまった。
「さて、これで私の実力が分かっただろう。お前たちは、自分の能力は自分で分かっているはずだ。ならば、結果は闘わずとも分かろう。……おとなしくここを通してはくれないかい」
一瞬、アルファとオメガの顔が悲しげに曇ったように見えた。
「それは出来ぬ相談です。我々は、主人の命に違う訳には参りません」
「それに、貴方のお力は主人に匹敵するかも知れませんが、我々の力が主人に劣っているとは、一言も申してはおりませんし」
「さて、それは困ったな……」
やはり『何事もなく』と、言うわけにはいかないらしい。
「では、……やるか」
私は、やや諦めた口調で言った。
「喜んで!」
二人が答えたと同時に、私の周囲で凄まじい闘気が渦を巻いた。
(8)
二人のヨーマノイドの出す闘気は、さっきまでの殺気を越える凄まじいものであった。
二人の闘気は私を縛りつけようと、渦を巻いていた。しかし、私はそれをも上回る闘気でもって、これをはじいている。刃こそ交わせていないが、闘いはもう始まっているのだ。
さっきまで武器を使わなかったオメガは、『ヘラの鞭刃』を頭上で振り回しており、アルファは『ポセイドンの矛』を上段に構えている。
どちらが先に仕掛けてくるか? アルファか? オメガか?
沈黙の中に、オメガの振り回す、鞭の風切音だけがヒュンヒュンとなっていた。
先に動いたのはアルファだった。ただ一歩の飛び込みで、一瞬のうちに間合いを詰めると、斜め上段から矛で切りつけてきた。私は、それを宝剣のオーラソードで受け止める。ほんの一瞬、互いの動きが止まった。それを待っていたかの如く、オメガの鞭刃が背後から私を貫いた。
だが、オメガの鞭刃が貫いたのは私の残像だった。私は、一瞬前に、二人の遥か上空に飛び上がっていたのだ。
オメガの鞭刃が、勢いあまってアルファに突き刺さる手前で、鞭は意志を持つかのように自らの軌道を上空へと変えた。『ヘラの鞭刃』は、使い手の意志で自在にその軌道をコントロールし、目標を貫くのだ。
鞭が私に迫る直前、私は無いはずの天上に止まると、それを宝剣ではじき返した。
だいぶこの空間に慣れてきた。私は、自分の意思で空間を操り、天上を作り出したのだ。
だが、敵もじっと構えたままでいたわけではない。床を蹴って跳躍してきたアルファが私の目前に迫ると、矛で横殴りに攻撃してくる。私は又もそれを宝剣ではじき返すと、右足でアルファを床へと蹴り落とした。そのまま、天上を蹴ってアルファに一撃を加えようとしたその瞬間、宝剣を持った右手を鞭が絡め取った。わずかではあるが、一瞬だけ私の動きが止まった。そこへアルファの矛が左脇から横殴りに攻めてきた。武器は絡み止められた宝剣一振りのみ。この攻撃は防ぎようがない。ここでおしまいなのか……。
(9)
アルファもオメガも自分達の勝利を確信したに違いない。アルファの矛先が私のわき腹を切り裂こうとしたその時、矛はガッキともう一本のオーラソードに受け止められていた。
「な、なんと!」
二人ともが驚愕した。一瞬何が起こったか理解できなかったに違いない。アルファの矛先は、私の左手に握られている『丸めたスポーツ新聞』から発生してる光に受け止められていたからだ。
「そ、そんなバカなっ! 紙などを使ってオーラソードを発生できるなど、聞いたこともないぞ」
「それはそうだろう。お前達は今までそんな相手とは戦ってはきていないのだから。……オーラーソードの力は精神の力。宝剣はただのきっかけに過ぎない。これが、A級を上回る破壊知性体の力だ!」
私は、左手の光剣でアルファの矛をはじき返すと同時に、強烈な回し蹴りで彼を吹き飛ばした。同時に鞭の巻き付いている右手に念を集中する。
「うおおおおお」
オメガが自らの武器で振り回され、アルファにたたきつけられると同時に、自らの武器であるはずの鞭刃で共に縛りつけられた。私がオメガを上回る念を鞭刃に流し込み、逆に操ったのだ。
「これで終わりだ。受けてみよ、超次元流の奥義を」
私は、二本のオーラソードを大上段に振り上げると大きく振りおろした。
「超次元流闘殺法、『破砕渦動流』!」
無数の微細な亜空間の破片が渦を巻き、猛烈な龍巻きの如く、絡め取られたままのアルファとオメガを襲った。
「ウギャー!」
二人の悲鳴がこだまする。
「手加減はしておいた。命まで取るつもりはない」
私は全身が傷だらけになり、血にまみれた二人にそう告げた。
「むうぅ、何故だ。傷が塞がらん」
「いつもなら、この程度の傷など数秒で回復するのに」
アルファとオメガの苦鳴が響く。
「あたりまえだ。そのように切ったのだから。お前達はそこで大人しくしているんだな」
私は戦闘力を奪った二人を後にしようとしていた。
「そ、そうはいかん。我々の命は、主人のもの。他の者には、たとえ死んでも、なびくことは無い!」
「ここで生き恥を晒すくらいなら、死を選ぶわ!」
二人は渾身の力を振り絞って立ち上がると、共に私に突っ込んできた。
何も策は無いだろうに。そこまでに左道の精神支配は強いのか……。この二人、可能であれば、我が弟子として鍛えてやりたかったが……。
「ならば、これが最後だ! 超次元流闘殺法『亜空破断』」
巨大な亜空間の刃が、二人を共に真っ二つにした。
その死の瞬間に、アルファとオメガが「アリガトウ」と言ったような気がした。……気のせいかも知れぬ。だが、偽りのモノとはいえ、こうまでさせるのか、左道……。左道暗黒丸よ。許せぬ。
私は両の拳に、気がつかぬ間に大量のオーラを流し込んでいた。新聞紙は焼けて灰と化し、ヘリオスの宝剣は許容量を遥かに超えた精神エネルギーに耐え切れず、微塵に砕けた。
行くぞ、暗黒丸。今度こそ決着を付けてやる。
私はそう決意すると、左道の居場所を探した。そして、彼の下に一気に移動することを望んだ。