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すーぱぁお父さん出動(1)

         (1)

 私は松戸清次郎。便宜上、サラリーマンと言う事になっている。実はただのサラリーマンではないのだが、それは、追って分かるだろう。

 今、時刻は午前5時27秒前。時計など見なくても分かる。起床の時間だ。隣の妻は未だ眠っている……筈である。これは少しばかり自信がない。

 家庭での私は、よき夫であり、よき父であり、そしてよき主夫でもある。

 家庭内外の家事一切は私の仕事である。逆に妻の方は家事には一切関らず、家庭内外の事は、全くと言っていいほどしない。こんな事は世間では珍しい方なのだろうし、中には妻に激怒する者、私に同情する者などもいる事は分かっているつもりだ。だが、私にとって、この程度のことは能力の何千分の一も使わない取るに足らないことである。私がこの家でやるべき仕事──最も重要な事は別にあるのだし、そのためにこそ私がここに居るのだから。


 今日も、いつもの日と変わりなく家事を始める。

 掃除・洗濯・炊事・服飾・等など。私にとっては文字どおり、朝飯前のことである。いや、眠っていたとしても出来ることだ。子供たちを起こし、食事をさせ、片付けをし、昼食や弁当を整え、場合によってはごみを棄てる。

 そして、『会社』へと出勤する。

 いつもの事だ。家から徒歩で駅へ、そして電車に乗り、職場へと(おもむ)く。本当は職場まで自分の足で走った方がはるかに短時間で到着するのだが、普段は目立った行動はしない事にしている。


 私の職場は、御殿場市内にあるM電機である。

 ほとんどの者は、最寄りの駅から更に車かバスを利用するが、私は歩く事にしている。普通の人間には根を上げるような登り勾配の坂道でも、私にとってはどおってことはない。


 職場での私の肩書きは、『電子機器開発部 技術副主任』と言う事になっている。

 と言っても、部下やパートナーがいる訳ではないので気楽なものだ。時折、社内の打合せで新規技術を発表する以外は、会議などへの出席義務もないので、社内でも私の存在は稀薄なものになっている。このM電機には、私のような(・・・・・)立場の──半分幽霊のような──窓際族が幾人か勤めているのだ。


 出社した私が最初に為すべき事は、上司への報告である。

 と言っても、完全なレポートを提出する訳ではなく、決まりきった事項を口頭で報告するだけなのだが……。

 いつものように部長室の扉をノックし、そして入室する。室内に巧妙に隠された自動機械によるセキュリティーチェックが済んだ後、部長の待つ更に奥の部屋に出頭する。背後の扉が音もなくロックされるのを振り向きもせず確認すると、私はいつもの通り報告を行なった。


「0925時、松戸二佐、定時報告に参りました」

「いつもながら、きっかり時間通りだな。1秒も狂ってはおらんよ」


 電子機器開発部長こと多野倉(たのくら)一佐は、電子懐中時計をわざとらしく眺めながら、ややイヤミを含んだ口調で机の向こうからこう応えた。

「長い間君達と付き合ってるが、いつもながら感心させられるよ。私のような普通の人間(・・・・・)には、真似の出来ない芸当だな」

「報告します。昨日1830時から本日0730時までXA−01、及びガードシステムに異常無し。以降の観察と護衛を澁谷(しぶや)二佐と(あおい)三尉に引き継ぎました。以上です」

「うむ。いつも通りだな。……周辺の動きも、特に問題ないだろうね」

「はい。今のところ、問題は無いようです。ただ、……二週間後にある運動会──地区体育祭で何か仕掛けてくる可能性が、62.7%の確率であります」

「そうか……。確か、自治会の役員の中に公安の者がいたな。そのスジを通じて調べさせておこう。……そう、それから二課からの情報だが、CIAから新たなエージェントが送り込まれるらしい」

「3軒先のホワイト夫妻ですか?」

「いや、2丁目の青木氏のところにホームステイだそうだ」

「あそこは『銀河救世会』のはずですが」

「どうも手を組んだらしいな。警戒をしておくべきだろう」

 『銀河救世会』とは、キリスト教と仏教を足したような新興宗教団体だ。いや、正しくは新興宗教的経済団体だが。キリスト教的末法思想と修行を教義の中心におき、教祖の予言の成就──地球と銀河系の浄化──のためには戦いも辞さないとしている。その上、教義達成のためには手段を選ばない──主義主張の異なる者達との共闘も、その後の裏切りも許される──のだそうだ。また、世界規模の宗教ネットワークを通じた武器の生産と売買も手掛けている。未だに武器輸出が外貨獲得の大きなウェイトを占めている世の中だ。利害が一致すればCIAとの協調も有り得ない話では無いのかも知れない。もっとも、どっちも上辺だけのものには違いは無いだろうが……。

「分かりました。チェックしておきましょう」

「頼む。それから……、悪いが、今から『出張』して貰えんだろうか」

 多野倉一左のその言葉には、やや遠慮が含まれていた。そんなことに気づきもしないようにして、私は応えた。

「何でしょう」

「H駅前に、異常な重力波と地磁気の乱れが観測されている。それだけならまだいいのだが、瞬間的に超高密度の霊子渦動流が発生しているらしい(・・・)

らしい(・・・)……ですか?」

「そうだ。高層圏浮遊観測機から送られてくる数値はレベルD以下なのだが……。特務情報第四班からの報告では、強力な結界で封じているらしいとの事だそうだよ」


 情報戦略自衛隊 特務情報工作部隊 第四班は、別名『霊能部隊』と呼ばれている。

 霊的能力を用いて、情報収集や攪乱を行う事を主な任務としている。彼らの能力を考えれば、まず信頼していい情報だろう。


 ちなみに、特務情報第一班が潜入捜査によるスパイ活動、第二班がメディアを利用してのデマやマスコミ操作系、第三が電能部隊で、第五はエスパー部隊、第六班が薬物・科学機器の開発・運用部隊である。


 それとは別に存在する、テロや暗殺,破壊工作といった実戦系の部隊が、我々の特務戦闘工作部隊である。もっとも、私の今の任務はその中でもかなり特殊な部類に入るのだが……。


「君にやって欲しいのは、現場へ行って原因を消去する(・・・・)事だ」

「消去……ですか? 確認、もしくは解明では……」

「いや、消去(・・)だ。特務情報第四班は、既にエキスパート2名を失った。次元解析コンピュータのはじき出した危険指数は、2.85±0.37ギガカタストロフだ。間違いなく、あそこ(・・・)で何者かが、異界からの召喚を試みている。それも生半可なものじゃない。多分、特A級以上の破壊知性体だろう。呼び出そうとしている側の力も、並のモノじゃない」

 そう言う一佐の表情は、いつになく真剣なものだった。

「分かりました。すぐに向かいましょう」

「済まないあ。本来なら、陸自や公安の協力を仰ぐべきところなんだが。……なにぶんにも時間が無い。あいつ等を説得する間にも、いつ結界から召喚物が出現するやも知れんのだ」

「分かっています。それに、彼らがいては、私も動きづらいですから」

 特務情報第四班が隊員を失うなんて、通常では考えられない。相当の能力の持ち主と見ていいだろう。一般的な訓練しか受けていない陸自の連中などがいては、返って足手まといになる。

「火機は使用してよろしいでしょうか」

「うむ……、そうだな、結界内ならいいだろう。出がけに受け取れるよう、総務に言っておこう。……通用すればの話だが」

「後は、自前の装備で何とかなるでしょう」

「相変わらずの手弁当だな」

「家内の持たせてくれた『モノ』ですので」

 私がそう言ってから、多野倉一佐が次の言葉を発するまでには、かなりの時間を要した。

「そ、そうだったな……。そ、その方が、頼りになるだろう……」

 その時、恐怖の表情を隠しきれなかった一佐は、それを取り繕うように、そう付け加えた。

「もし、それでもご心配なら、『健雷神(たけみかづち)』にバックアップして貰うよう要請しておいてください」

 私は軽く言ったつもりだったが、彼の返事は予想以上に恐怖を含んだものだった。

「む、無茶を言うな。『健雷神』は、今、紅海へ向かっているところだぞ。長距離弾道射出母艦の大遠距離マスドライバーでも射程外だ。そ、それに、君も分かっているだろう。『あれ』の使用承認は、金輪際下りん。……では健闘を祈る」



         (2)

 部長室を出た私は、事務室の机に戻ると、2・3の書類を処理する事にした。別に今日やらなければならないようなものではないが、今すぐに『会社』の総務部に向かっても、準備がまだに整っていない。

 いつもの300倍くらい念入りに時間をかけて処理を追えた頃、私は席を立った。総務部では、係りの女性が、いつもの窓口にアタッシュケースと社用車のキーを用意して、私のデスクに内線電話を掛けるところだった。

 私は、目だけの合図でそれらを受け取ると、そのままビルの地下駐車場を目指した。札番号から割り当てられた車を見つけ出す。

 駐車場に置かれた車は、どこからどう見ても、ごく普通の乗用車にしか見えない。しかし、一見柔そうな車体の裏側は、特殊鋼板と耐熱・耐衝撃ゲル化材で裏打ちされ、表面には耐電磁塗装を重ねてある。安物の装甲車よりは、よっぽど頑丈だ。

 後部トランクを開けるてみると、ごくありきたりのゴルフバックとボストンバッグが入っていた。バッグの上からそれぞれ一撫でして、装備を確認する。

 流石によく手入れがしてあるが、140mm対アーマーライフルは使えそうになかった。恐らく装弾口裏に傷がある。これでは4発が限度だろう。私は黙ってトランクを閉じた。

 一応、車内を一瞥して異常無しを確認すると、助手席にアタッシュケースを放り込み、運転席についた。そんな事は、ここに来る前から分かりきっていた事なのだが、未だに大昔の癖が抜けないのだ。『三つ児の魂百まで』と言うが、正にその通りである。

 私は、車内でアタッシュケースを開けると、目的地と装備の再確認をした。

 アタッシュケースからは、やや太目の万年筆のようなものを3本だけ取り出して背広の内ポケットに滑り込ませた。残りはそのままにして、ケースを閉じる。多分、他は使えないだろう。

 私は社用車を駐車スペースから出すと、地上へのランプを登った。ゲートをくぐって公道へ出ると、目的のH駅前を目指した。



 H駅前に着いたのは午後1時を少し回った頃だったろうか。

 東京程ではないにしろ、地方では比較的大きな街の中心には人が溢れていた。車は既に駅前通り近くのパーキングタワーに預けて来てある。

 私は駅前の売店で紙パックの牛乳とスポーツ新聞を購うと、噴水脇のベンチに腰掛けた。何食わぬ顔でスポーツ新聞を開くと、内容に目を通す。ふむ、今年のペナントレースは先がよめないな。息子と約束した巨人戦が荒れ模様になりそうだ。

 すぐ近くでは、アベックがいちゃいちゃと下らない話を繰り返している。耳障りな独特のイントネーションの会話が延々と続いていた。私は、彼らに一言二言文句を言うと、睨みつけた。彼らは不満気に私を見返したが、更に睨み続けると、そのまま駅の方へ歩いて行ってしまった。駅に入る直前に、一瞬、男の方が私を振り返った。澄んだ目をしている。まだ若い彼等には、今度の仕事は荷が重かろう。

 彼らも含めて数人がこの場から遠ざかるのを気配だけで察すると、私は紙パックの牛乳を口に含んだ。そのまま上げた目線の向こうには、噴水を挟んで反対側に円筒型の交番が建っていた。中には二人ほど、警官が詰めている。私はスポーツ新聞を丸めてアタッシュケースに突っ込み、代わりに小型の地図帳を取り出すと、交番へと向かって行った。



         (3)

 交番に入ると、二人の警官が私を迎えてくれた。

 私は、やや古びた地図の一角とメモを見せた。メモに記された位置を確認してもらう様に頼むと、交番の巡査は快く応じてくれた。彼らは、奥の引出から大判の住宅地図と擦り切れたノートを取り出して、あちこちを捲り始めた。その間、私は交番の丸椅子に腰掛けると、縦長の出入り口から外を眺めていた。

 目を半眼にし眉根に意識を集中していくと、駅前を歩く人々の姿が徐々に揺らいでいく。更に念を込めると、交番の外の景色は、そのまま陽炎(かげろう)のように揺らいで影が薄くなっていった。そう、こここそが、結界内と現界とを結ぶ接点であったのだ。

 『会社』で聞いた時の出現点からは、若干はずれている。やはり、あのアベックに扮した隊員からの情報通り、結界の本体がゆっくりとだが移動しているに違いない。ただし、現実界との接点はある程度固定化されていなければならないはずだ。それは、結界内で召喚した『モノ』を現実界側に導くためなのだが、こちらとしてもそこに付け入る隙がある。


「分かりましたよ」


 先程の警官が、にこやかに話しかけて来た。その笑顔も、口調も仕草も、DNAやオーラの分布さえも、さっきと何一つ変わりはしない。ただし、一つだけ違っている特徴があった。それは、彼等はもう『人間ででは無い』という事である。

 交番の外の人波は、今ではほとんど影を失って、幻のようになってしまっていた。それと呼応するように、二人の警官の姿も二重写しのように輪部を不鮮明にしていた。結界内でも彼らの姿は警官のままであったが、その表情は冷たい無機質なモノに変貌しつつあった。


「おもちゃにしては、良く出来ているな」


 私は正直に感想を述べたつもりだった。だが、それが彼らには気に入らなかったようだ。

「貴様も仲間の後を追うがいい」

 結界の番人は、何の前置きも説明も無しに腰のニューナンブを抜くと、唐突にそう宣言して、こちらに銃口を向けた。見た目は旧式なリボルバーだが、結界の入口の番人に持たせてある物である。外見だけを真似た全くの別物と思った方がいいだろう。とは言うものの、特務情報第四班の隊員が、こんなオモチャでやられたとは到底考えられないのだが……。


「くらえ」


 と、短い罵声と同時に、撃鉄の降りる音が小さく鳴った。

 それだけだった。

 銃声も、弾丸の発射された気配も、無い。空砲ですらなかった。

 だがしかし、私は左腕に痛みが走るのを覚えた。実際に背広に血の染みが広がって行く。

「少しは驚いただろう? 霊子の波動関数だけで構成された弾丸だよ」

「霊的・物理的な相互作用をすり抜けて、霊体・幽体に直接ダメージを与えることが出来る。それは、物質的な肉体にもフィードバックされて、痛みを伴う傷となるのだ」

 警官たちに扮した何者かは、居丈高にそう言った。

「ふむん。ダメージ……と言うよりも、負の霊子エネルギーの存在確率密度関数を飛ばす訳か。飛来する速度は、ほぼ光速度に匹敵するな」

 私は、率直な感想を述べた……つもりだった。

「その通りだよ。我々の戦闘反射速度とこの距離を加味すれば、どんな超人も避ける事も遮る事も出来まい」

「更に、ここ(・・)には、結界生成に伴って空間にフィルターを掛けてある。瞬間移動も出来ぬぞ」

 なるほどな。これでは如何に霊能部隊とて、防御する術はなかっただろうに。それに、彼等は基本的には戦闘部隊ではない……。

「貴様も、全身を穴だらけにされる苦痛と霊体の拡散で、狂い死ぬがいい」

 人間では無い何者かが口にしたのは、やけに人間臭い言葉だった。

「その前に、『君達がここで何をやっているのか』を教えてくれないかな?」

 こんな状況の中で、私はいけしゃあしゃあと訊ねた。それも、彼等には気に食わなかったらしい。

「そんな事は知る必要は、ないっ!」

 二人は再び撃鉄をおこすと、徐々に引き金を引き絞っていった。こちらが到底避けられないと分かっていて、見せつけているのだ。

 ふむん、こういうところも意外に人間臭いな。『おもちゃ』という前言は、撤回しなければならないかも知れない。


 たっぷり30秒もかけて、再び撃鉄が下がった。わずかな間をおいて、カチリという音が2つ鳴る。

 そして、異界の交番に絶叫が響いた……




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