第06話 玉座に落ちる微睡の影
平民の娘として生まれたニナは、伯父である侯爵に養女として迎えられ、王宮へ送りこまれる。
与えられた使命は――「王女を支え、王子の心を味方にすること」
ニナとの出会いの日の翌朝、王子はーー
王宮――朝の光が高く広がるステンドグラスを透け、玉座の間に静かに差し込む。
大理石の床は磨き上げられ、長く伸びる廊下には金糸を織り込んだ緞帳が揺れる。
天井の装飾画は柔らかな光を受け、壁や柱の彫刻に金銀の輝きが滲んでいた。
窓の外には整えられた庭園が広がり、噴水の水音と花々の彩りが王宮の静謐をいっそう際立たせている。
そこは威容を誇る古城の重厚さと、夢のような優雅さが溶け合う空間だった。
奥に高く設けられた玉座は、赤い絨毯と金の装飾が王の威を示す。
第二王子ルイスが足を踏み入れると、自然と背筋が伸び、頭を軽く下げた。
既に人払いはされ、そこにはレオニス王と彼だけ――息を潜めるような静寂が、薄氷のように場を覆っていた。
「王よ、お時間をいただき恐縮です」
言葉は丁寧だが、表情には昨夜の出来事への苛立ちがほんのわずかに滲む。
王は書類を弄る仕草を見せつつも、鋭くルイスを見据えた。
その金の瞳は獅子を思わせる輝きを宿し、銀の髪が光を反射して王座の威光を映す。
「その様子……あの娘、レイザルト家の令嬢と顔を合わせたようだな。」
ルイスは眉をひそめ、抑えた声で答える。
「はい……ですが、なぜあの娘を“月の離れ”にお置きになったのか。その理由をお伺いしたく」
王は肩をすくめ、柔らかく笑う。
「ふむ……中々、魅力的で可憐な娘だろう? お前の好みかは知らんが」
その軽口に、ルイスの胸がわずかにざわついた。苛立ちとも動揺ともつかぬ感情が混ざり合う。
「……確かに、印象的な娘ではあります」
心のどこかに残る“あの瞳”の光を、まだ振り払えずにいた。
王は椅子を立ち、赤絨毯をくぐってルイスの目前に迫る。
「お前に頼みがある――あの娘に近づけ。少しばかり誘いをかけてみろ。お前なら造作もなかろう」
その声は冗談めいていながら、確かな圧を帯びていた。
ルイスは目を見開く。
「驚くな。理由は……まあ、後で分かるだろう」
王はにやりと笑うが、その奥には読めない意図が潜んでいる。
怒りと戸惑いが一瞬で胸に込み上げ、ルイスは言葉を飲み込んだ。
握った拳がわずかに震え、浅い息を吐く。
忠誠と自尊のはざまで揺れながらも、静かに言葉を紡ぐ。
「王命ですか……承知しました。王の御意に従い、最善を尽くします」
窓の外、朝の光に透ける庭の木々が淡い風に揺れる。
光の粒は床を渡り、玉座の影が長く伸びていった。
昨夜、出会った黒い瞳の令嬢――
ルイスの胸に蘇ったその面影は、王命の響きよりも深く、静かに心を揺らしていた。
――朝の光に揺れる玉座の影のように、王命は緩やかに、しかし確かに、彼の運命を動かし始めるのだった。
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