表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/70

第54話 伝わらない心、手放せない想い

その夜の夜会は長く続き、音楽も笑い声も途絶えなかった。


ルイスは早めにニナを帰らせた。彼は王太子としての役目を果たしたのち、人影の消えた屋敷の廊を歩く。


磨き上げられた大理石の床には灯の名残が淡く映り、

高い天井から吊るされた燭台が、金色の影を長く引いていた。

香の残りと夜気が混じり合い、祝宴の熱はすでに遠くへ押しやられている。

小さなため息がひとつ、冷えた空気に溶けた。


――もうこんな時間か。

あの部屋の灯も、きっと落ちている。

彼女はもう眠っているだろう。


今日の人前に出たニナは、いつもより一層艶やかだった。

久しく社交の場から距離を置いていたはずの彼女は、何ひとつ失っていなかった。

髪の先も、指先も、笑顔までもが光を帯び、男たちの視線を引き寄せていた。

彼女は愛想よく、どんな視線にも無防備に優しく応えた。


それは彼女の美徳であり、誇るべき在り方だと、ルイス自身が誰より知っている。


――だからこそ。


その姿が、胸の奥の棘を静かに押し広げる。

嫉妬は声を上げず、しかし確かに、熱を持って広がっていった。


ユリアが不在の日々、ニナの顔にはかすかな寂しさが宿り、

それを悟られまいとする微笑が、さらにルイスを苛ませた。

どこかへ行ってしまいそうで――手放したくなかった。


気づけば、彼女に向けられる好意の芽を、無言のまま摘み取っていた。

それがいつから始まったのか、自分でも思い出せないほど、自然な振る舞いになっていた。

彼女に届く恋文、茶会、夜会の誘いは全て破棄してきた。


──側に置く。

王太子として、彼女を守るふりをして、誰より近くに留めるために。

彼女に近づく者は排すべきだと、ルイスは自分に言い聞かせる。

それは守りなのか、独占なのか。

もはや自分でも線引きがつかなくなっていた。



その時、従者が駆け込んできた。

声は低く、報告は簡潔だった。


「殿下。ニナ様の部屋の窓が開いていると侍女の報告がございました。

念のため確認にやらせましたところ、机の上に出所不明の手紙が置かれておりました。

封は切られておらず、昼間には無かったとのことです。

ニナ様はお休みで、異変は見られませんでした。」


ルイスは紙を受け取り、封を切った。

そこに記された文字は――


愛しいニナへ。

私は元気にしております。心配かけてごめんなさい。

シオンも元気にしています。あなたのことを大切に想っています。

いずれあなたの元へ必ず戻ります。

だから、安心して待っていて。

愛を込めて、ユリア


文字は穏やかで、いつものユリアの筆跡そのものだった。

だがその一行一行が、ルイスの胸に針を打つ。

ユリア――ルイスは否応なく、あの男の存在を思い出してしまう。

ただ彼女の安否を伝えるだけの言葉が、熱く、鋭く心を貫いた。


ルイスは紙を握りしめた。震えは止まらない。

長い間抑えていた感情が潮のように押し寄せる。

守る理由を並べても、それはやはり――独占の色を帯びていた。


――このまま彼女の目に触れれば、どれほど心を揺らすだろう。

そう思った瞬間、彼は自分の正しさを疑うことをやめた。



振り返らず、ルイスは歩を進めた。


その指で紙を撫で、小さく息を吐く。

手紙は、彼の掌の内で静かに燃え上がった。

炎は一瞬で文字を赤く染め、やがて灰となって散る。

破れた痕跡だけが、冷えた床に小さく残った。


――守ることと、縛ることは、紙一重なのだと。

その違いを、彼はとうに知っていた。

それでもなお、手を離すことはできなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ