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第04話 離れの夜──誤解の邂逅

平民の娘として生まれたニナは、伯父である侯爵に養女として迎えられ、王宮へ送りこまれる。

与えられた使命は――「王女を支え、王子の心を味方にすること」


初めて過ごす王宮の美しい夜ーー

ニナは息をのむほどの衝撃的な出会いを迎える

夜の王宮は、昼間とは別世界のように静かだった。

回廊に並ぶ燭台の炎は、金色の光を床の大理石に映し、まるで星屑の道のようにきらめいている。


その奥にひっそりと建つ「月の離れ」――かつて第二王子ルイスの母が暮らした館。

そこに、今夜からニナの部屋が用意されていた。


***


部屋の中は、夢のように美しかった。

白と淡い青で統一された壁。天蓋付きのベッドには銀糸の刺繍が施され、窓からは王都の夜景が遠く輝いて見える。


歴史の気配と幻想が溶け合う空間に、ニナは息をのんだ。


(……この空間に私が居ても、許されるのだろうか)


案内を終えた侍女が退出し、ようやくひとりになった。


「……私の部屋……」


思わず零れた小さな声。

簡素な屋敷の一室しか知らなかった彼女には、ここは別世界のように感じられた。


部屋はあたためられていた。

礼服を脱ぎ、侍女が用意した淡い桃色の部屋着にそっと袖を通す。

布は柔らかく肌に触れ、裾がふわりと揺れた。


仕立ては少し緩めで、動くたびに襟元がずれ、白い鎖骨がちらりとのぞく。


(……恥ずかしい。けど、誰も見ていないし……)


十五から十九まで、カイロスの庇護のもとで異性を遠ざけられていたニナには、それがどれほど危うい姿か想像もできなかった。


***


窓の外に目を向けると、王都の街灯が夜霧に溶け、川面に淡く反射している。

ひんやりとした空気に、どこか春の柔らかい匂いが混じり、カーテンがそよ風に揺れ、月光が室内の銀糸にきらめきを与えた。


(……夢のよう……時間さえ止まったみたい)


その瞬間、扉が静かに開く音がした。


ふっと、冷たい夜気が流れ込む。月の匂いを纏ったような気配――。



銀色の髪が月光に揺れる影。

まるで空気が微かに震えたかのようだった。


一拍の沈黙。



「……誰だ」


低く、澄んだ声。



振り向いた瞬間、ニナの胸は高鳴り、思わず息を呑む。


目の前に立っていたのは、昼間のパレードで見た英雄ではない。


孤高の気配を纏い、夜空に浮かぶ月のように澄んだ青い瞳――ルイス・アヴェルシアその人だった。



彫像のように凛とした立ち姿は、静かに人を惹きつけ、息を呑むほどの美しさを放っていた。

胸の奥で、言葉にできない感情がそっとざわめく――畏敬と、ほんのわずかな熱、そして抗えない衝撃。


沈黙が一瞬落ちて、気圧が変わったような緊張が漂う。


「なぜ……ここに女がいる」



「誰かの差し金で、誘惑に来たのか?」



「ち、違います!」


ニナは慌てて立ち上がり、胸元を押さえつつ、深く頭を下げた。

身体が震え、声は自然と小さくなる。

まさか――王子殿下が、自分の部屋に。目の前にいるなど――。


「私は、王女殿下の侍女として、このお部屋を与えられました。ニナ・レイザルトと申します」



ルイスの瞳が細められる。


「侍女……レイザルトだと」



疑いと苛立ちを隠そうともしない視線。

だが、震える声と必死の眼差しが、彼の理性をかすかに揺らした。


月光に透ける黒髪。瞳は猫のように光を宿している。

無防備にさらされた白い鎖骨――その姿は夜に紛れ込んだ妖精のようで、思わず目を奪われた。


(……馬鹿な。惑わされるな)



***



沈黙が落ちる。


燭台の炎の揺らぎだけが二人を隔てていた。


怯えと緊張の狭間で、ニナは彼の横顔を見つめてしまう。

冷たさの奥に、かすかな孤独の影が見え、胸の奥がふと揺れる。



「……陛下の命だというのか」


低く呟いた声が、静寂を破った。



ルイスは小さくため息をつく。

「ならば仕方ない。だが――ここが誰の部屋であったか、肝に銘じておけ」


「……承知いたしました」


震える声で答えるしかなかった。

意味は分からずとも、この部屋にただならぬ想いが宿っていることだけは伝わった。


ルイスは髪をかきあげ、視線を逸らす。

「媚びる必要はない。ユリア王女の侍女であるなら、その務めだけを果たせ」


何か反論の様な言葉は喉まで出かかったが、勇気はなく、ニナは唇を噛みしめてそれを飲み込んだ。



ルイスは背を向け、扉へと歩き出す。



だが、最後の一瞬――ふと振り返った青い瞳が、ニナの黒い瞳と重なる。



月光に照らされたその瞳は、静かな泉のように揺れていた。


胸の奥に、微かな火が灯る。


それはまだ、二人自身も気づかぬままに――。



***



外では風が回廊を抜け、燭台の炎が揺れる。

王宮の静寂と月光に包まれ、二人の胸に芽生えた小さな灯火は、

これからの運命へと続く、ひそやかな導きとなっていた。




読んでくださり、本当にありがとうございます!


少しでも「続きが気になる」と思っていただけたなら、とても嬉しいです。

もしよろしければ、ブックマークや評価、感想などで応援していただけると励みになります。


それでは、次回もお楽しみいただけますように。

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