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第41話 帰還 ― 王の真実

王都は、戦勝の祝祭に包まれていた。

城門には花吹雪が舞い、街路には旗がはためき、太鼓と笛の音が空に響く。

凱旋の華やぎに民衆は沸き立ち、兵士たちは胸を張って行進する。


――だが、その笑顔の裏に、戻らなかった者がいる。

勝利とは、決して無傷の栄光ではなかった。


均衡が、かろうじて崩れなかった。

それだけが、この戦の“成果”だったのだ。


黒竜の介入がなければ、戦況は容易く傾いていた。

誰もがその事実を、声にせずとも理解している。


その喧騒は、城の奥深く――

謁見の間の扉の向こうでは、まるで別世界の出来事のようだった。


王は玉座に身を正し、

血と埃を洗い落としたばかりの銀の鎧姿のルイスを見据えた。


「よくぞ、生きて戻ったな、ルイス」


低く、だが重みのある声。


「前線は崩れかけていた。

あの判断と踏み止まりがなければ、王都は今ここにない」


一拍。


「……王国は、そなたに救われた」


その言葉には、王としての評価だけでなく、

戦場から戻った”息子”を確かに労う響きが滲んでいた。


王の労いは長くはない。

だがそこには、王太子としてだけでなく、

“信頼を預け、期待を背負わせた者”への静かな肯定が込められていた。

そして同時に、

“駒を正しく使い切った”者への冷静な評価も、確かに滲んでいる。


王が軽く右手を振ると、侍従と近衛が一礼して静かに下がる。

重厚な扉が音を立てて閉じられ、残されたのは王とルイス、ただ二人。


炎の揺らめきだけが、広間の静寂を照らしていた。


しばしの沈黙ののち、王は低く言葉を紡ぐ。


「――黒竜は、災厄にあらず」


その声は、もはや宣告に近かった。


「建国期の古文書には、

王国を護り、礎を築いた“始祖の竜”の存在が記されている」


「それは銀竜ではない。

はるか昔、この国を護り、建国の礎となったのは――黒竜だ」


レオニス王は、まるで封印を解くように、言葉を慎重に落とす。


「史実か、神話か――

だが“銀竜の王権”が、それを前提として語られてきたのも事実だ」


「そして、その黒竜の血を継ぐ者こそ、

ユリアであり……シオンなのだ」


雷鳴のような告白に、ルイスは息を呑んだ。


一瞬、思考が白く塗り潰され、玉座の間の空気が遠のく。

だが次の瞬間には、王太子としての仮面が、反射的に彼を支えていた。


「王太子としての務めは明白だ。

彼を探し出し、支えよ」


王の瞳に、迷いはない。


「黒竜は“個人”ではない。

希望であり、抑止であり、王国そのものだ」


それが守るべき存在であると同時に、

決して自由を許されぬ存在であることを、

王は語らずとも理解させていた。


ルイスは膝をつき、深く頭を垂れる。


「御意」


その声は確かに響いたが――

心の奥では、何かが軋みを立てて崩れていた。


「ひとつだけ、伺いたい」


顔を上げぬまま、ルイスは言う。


「レイザルト侯爵嬢は……

ユリア王女が、シオンだと知っているのですか」


「……いや、明かしておらぬようだ」


王の瞳が、ほんの一瞬だけ憂いを帯びたのを、ルイスは見逃さなかった。


その答えに、ルイスの胸は安堵に震えながらも、

同時に、鋭く切り裂かれるような痛みが走った。



謁見の間を辞したルイスは、

重い扉の音を背に受けながら、長い回廊へと歩み出た。


壁の紋章旗が凱旋の風に揺れ、

遠くの窓の外からは祝祭の歓声がかすかに届く。


だが、その音はもはや彼には届いていなかった。

鎧の音が石床に乾いた響きを残すたび、

胸の奥に沈む痛みが、波紋のように広がっていく。


黒竜が建国の祖――

ユリアが、シオン――。


これまで不可解だった数々の出来事。

王命護衛騎士としてニナの傍にいた理由。

時折見せる不思議な力。

すべてが、あまりにも鮮やかに腑に落ちた。


シオンがニナを見つめる眼差しを、何度も見てきた。

護衛の仮面の下に隠していた想いを、はっきりと理解できる。


――あれは、恋だ。


そしてユリアを愛してきたニナ。

それを「女同士だから」と、

どこかで都合よく納得しようとしていた自分。


だがもし、彼女がシオンという“男”だと知ったなら――

ニナは、彼を選ぶだろうか。


胸の奥で、熱い何かが弾けた。

強烈な嫉妬と悔恨、そして孤独。

自分が守り、愛してきたはずの存在が、

別の“男”へと向かってしまうかもしれないという恐怖。


「……私は、王太子だ」


思わず、唇から零れた言葉。

それは誇りではなく、逃避に近かった。


――こんな感情を抱く資格が、自分にあるのか。

国を背負う者が、

一人の女を失う恐怖に囚われていいのか。


そう問いながらも、答えは出ない。


ルイスは歩みを止め、長い回廊の窓辺に手をかけた。

硝子越しに見える王都は、光と歓声に包まれている。

だがその眩さが、ひどく遠い。


勝利の凱旋で沸き立つ国都の音が、遥か彼方で反響する。

だが王宮の天井を仰いだルイスの瞳には、

栄光の輝きではなく、静かな痛みが宿っていた。


胸の中で、黒竜の影とユリアの面影が交錯する。

ニナの喪失感に寄り添えないもどかしさ。

そして何よりも――

ニナに、もう触れられないかもしれないという現実。


それは、王子としての誇りよりも深く、

ひとりの男として、彼を静かに打ちのめしていた。


風が吹き抜け、旗が翻る。

ルイスは小さく息を吐いた。


――彼女を、手放したくない。

たとえ王子の義務という名を借りても、そばに置く。

守るために。

いや――失わぬために。



その頃ニナは、

戦火の余韻に震えながらも、ただユリアの無事だけを祈っていた。


胸に残る喪失感と戦いながらも、

彼女の想いはまだ、何ひとつ疑いを知らない。

純粋に、ただ彼女を想って。

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